第10話 幸せになったシルヴィア

 愚かなレオナルト王太子は、王城から飛び出し、バルディア王国の本陣に向かって叫んだ。


「グレン王! 俺と勝負しろ! 1対1でだ。俺の風魔法の素晴らしさを見せてやるっ!」


 レオナルト王太子は風魔法で軽やかに舞いながら、「速さこそ最強!」と得意げに叫ぶが、グレン王は微動だにしない。


「なるほど。速さだけはあるな。しかしなにがしたいんだか、全くわからん」


 そう呟くと、次の瞬間、雷が閃きレオナルト王太子の足元を貫く。グレンの魔法属性は炎と雷。必要最小限の魔力で、最大の効果を出す戦闘スタイルである。


「ぎゃあぁ!」


 転倒する王太子。すかさずグレン王が炎の壁で退路を塞ぐ。


「さて、これで無駄な動きは封じた」


 レオナルトは光魔法を炸裂させるが、ただの閃光で何のダメージもない。


「……眩しいだけだな」


 余裕のグレンが雷を放つと、レオナルト王太子はピクリとも動かず白目をむいていた。


「……弱すぎるな。これでよく戦おうと思ったものだ」




 しかし、次の瞬間、レオナルト王太子は禁忌の魔法に手を伸ばす。それは死者を蘇らせる秘術。怪しげな呪文を呟く彼に、グレン王は冷ややかに目を細めた。


 やがて、腐臭を漂わせながら死者がよろめき立ち、バルディア軍へと襲いかかった。剣を突き立てられても、手足を失っても、なお蠢く異形の群れ。


 グレンもまた、無数の屍兵に包囲される。雷で焼き尽くしても、炎で炭のように焦がしても、なお動き続ける。


「……なるほど、厄介だな」


 さすがのグレンからも、ため息が漏れた。


「はははは! どうだ? 俺の力を思い知ったか、シルヴィア! 今こそ後悔するがいい!」


 しかし、シルヴィアの瞳はメラメラと闘志に燃えていた。レオナルト王太子の次の言葉が、彼女の心に火をつけたのだ。


「お前を軍師に戻してやる。アルストレイン公の影でなく、今度は俺の影として働け。俺は最強の軍神として歴史に名を刻む! シルヴィア、お前は永遠に脇役なんだよ。お前の人生なんて、俺のためにあるんだからな!」


「……冗談じゃないわ! 誰があんたの影で終わるものですか!」


 怒りに震えるシルヴィアの周囲に、闇が渦巻く。影が形を持ち、風と融合し、ゾンビ兵士たちが新たな意志を宿したかのように動き出した。


「私は私の道を切り拓く。二度と、誰にも支配させたりしない!」


 覚醒した彼女の魔力が戦場を覆い、レオナルト王太子の顔からは血の気が引いていった。ゾンビ兵士の群れが、国王夫妻、レオナルト王太子、エグリス王国の重臣たちとその家族に襲いかかる。その中には、当然のようにシルヴィアの両親やセレスティーナの姿もあった。


「シルヴィアや……許してくれ。血を分けた親子ではないか……私だけは助けておくれ……」


「シルヴィア! あなたを産んであげたのは私なのよ? 母親だけでも助けてちょうだい……!」


「お姉様……私を見捨てるの? お願い……助けて……お姉さまぁーー!」


 シルヴィアは寸前でゾンビ兵士たちを止めるつもりだった。しかし、その前に——レオナルト王太子も、国王夫妻も、アルストレイン公爵夫妻をはじめとした重臣たち、そしてセレスティーナまでもが、突如として力なく地に倒れた。


「……愚かだな。やはり伝説は真実だったか」


 グレンが低く呟く。


「これは……一体どういうことですか? 皆、息をしていません……!」


 シルヴィアは信じられないものを見るように立ち尽くした。


 死者を蘇らせる禁忌の魔法——それには相応の代償がある。術者が敵の命を奪えなかった場合、呪いは術者自身と、彼に最も近しい者たちの命をも喰らい尽くす。その危険ゆえに、この魔法は決して使ってはならない禁忌とされていた。


 その事実をグレンから聞かされたシルヴィアは、言葉を失い、冷たく横たわる両親と妹をただ見つめるしかなかった。



「気にするな。こいつらの運命は、彼ら自身が選んだものだ。シルヴィアのせいではない」


 グレンの低く優しい声が、シルヴィアの心の奥底に響く。


 彼の腕の中に抱かれた瞬間、シルヴィアは張り詰めていた感情が解けていくのを感じた。この温もりは、今まで味わったことのないほど優しく、そして揺るぎないものだった。


 ——この人の傍は、本当に安心できるわ。




   それから数ヶ月後のこと、グレンの執務室でシルヴィアは彼と向かい合っていた。


「シルヴィア。君は優秀な軍師というだけでなく、すごい闇魔法の使い手だったのだな? ずっと俺だけの軍師でいてほしい……いや、俺は君にもっと近い存在になってほしい」


 静かに告げられた言葉に、シルヴィアの胸が高鳴る。


「それは……どういう意味ですか?」


 グレンは微笑を浮かべ、ゆっくりと彼女の手を取った。


「俺の妃になれ、シルヴィア」


 その言葉に、シルヴィアは驚きに目を見開いた。しかし、彼のまっすぐな瞳に隠しきれないシルヴィアへの愛を感じ、ゆっくりと微笑む。


「……こんな私でよければ、喜んでお受けします」


 こうして、シルヴィアはバルディア王国の王妃となり、エグリス王国はバルディア王国の属国として新たな時代を迎えることとなった。






 やがてシルヴィアとグレンの間には、愛らしい娘が生まれた。ジュヌヴィエーヴ——現在5歳。母譲りの知性と好奇心を持ち、手にはいつも兵士の人形を握っている。だが、シルヴィアと決定的に違うのは、彼女が惜しみない愛情に包まれて育ったことだった。弟のライオネル、3歳は姉を心から慕い、どこへ行くにも後を追っていた。


「ライオネル、こっちにへいたいさんおくの。ちがうよ、そうじゃないの!」


「うーん……むじゅかしい ……」


「大きくなったらライオネルのぐんしになってあげる。おねぇちゃんにまかせて!」


「うん!」


 そのやり取りを見ていたシルヴィアとグレンは、目を合わせて微笑んだ。


 今、シルヴィアは夫の深い愛に包まれ、かつて手に入れることのできなかった、温かく幸せな日々を過ごしていた。


 ——これは、新たな未来への始まり。


 そして、彼らの物語は幸せの中で幕を閉じる。






 完










 おまけ




 ちなみに、ゾンビ兵士たちはレオナルト王太子たちの魂を糧にし、その命の年数分だけ活動できるという妙な仕組みだった。結果、彼らは城の雑役や危険な鉱山作業などに駆り出され、予想外の大活躍を見せることに。


「死してなお働かされるとは……ある意味、レオナルト王太子殿下は役に立ったな」


 そんな皮肉交じりの評価を受けつつも、ゾンビ兵士たちは今日もどこかで汗(?)を流している……らしい。








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「引き籠もりの悪女」と言われ追放された公爵令嬢、実は最強の軍師でした! 青空一夏 @sachimaru

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