ご先祖さま

あべせい

ご先祖さま



「久しぶりだな」

「ハイッ」

「どうした?」

「どうした、って……困っているから、お呼びしたのです」

「きさまに呼ばれるのは、あまりうれしくないな」

「ご先祖さま、そうおっしゃらずに、聞いてください。あの女性がいけないンです!」

「また、オンナか。いい加減、自分で片が付けられないか」

「出来ることならやっています。出来ないから、ご先祖さまにおすがりするのじゃないですか」

「いいだろう。話してみろ」

「実は、3日前です。いま話題のショッピングモールに出かけたのです」

「遊園地も併設されている、オープンしたばかりのショッピングモールだな。それがどうした」

「そこで、たまたま、彼女に出会ったのです」

「いいじゃないか。新しい施設だ。だれだって一度は覗いてみたくなる。彼女はふつうの神経の持ち主だ」

「そうじゃないンです。わたしはひとりでしたが、彼女はひとりではなかった」

「彼女はいくつだ」

「確か、28です」

「いい年だな。結婚していてもおかしくない年頃だ」

「彼女には連れがいました。それも男です。父親ではない」

「だったら、恋人だ。よかったじゃないか。結婚相手がいて」

「ご先祖さま。いったい、だれの味方なのですか。わたしが愛している彼女に、男の連れがいたというのに」

「きさまのことだ。諦めきれず、その場で彼女に毒づいたか。『結婚の約束をしておきながら、どういうことだ!』って、な」

「それが出来るなら、こうしてご先祖さまに、ご相談はいたしません」

「そうだな。話を続けろ。きさまの話はまだるっこしくて、いかん」

「ぼくは、彼女の目の前まで近寄りました」

「やるじゃないか。きさまにしては、上出来だ」

「彼女はびっくりしたように瞳を大きく見開き、ぼくを見つめました」

「きさまに、謝ったか」

「いいえ」

「図太いオンナだな」

「彼女を侮辱しないでください。彼女はそんな女性ではない。心の優しい、天使のような女性です」

「この期に及んで、まだそんなたわけたことを言っているのか。きさまは、オンナにコケにされているのだぞ」

「いいえ。誤解です。ぼくは、驚いている彼女に尋ねました」

「うむ」

「すいません。駐車場に戻るには、どうすればいいのでしょうか、迷ってしまってって」

「だらしがないヤツだ。ガツンといかないか」

「そうしたら」

「どうした?」

「『ご案内します。お待ちください』ぼくにそう言ってから、連れの男性に対して、

『恐れ入りますが、この先に喫茶室がございます。そこでお待ちください。お嬢さんもご一緒に』って」

「おい、待て。どういうことだ。彼女は、そのモールの従業員なのか。それに、男は子連れ」

「そういうことなンです。子連れの男性を案内していた、というわけです」

「釈然としないが、話を続けろ。しかし、何かが、おかしい」

「ぼくは、小さな女の子の手を引いて去っていく男性を見送りながら、彼女に言いました。『あの子は、いくつになったの?』って」

「きさまの話はどうなっているンだ」

「その少女は、女性のほうを何度も振り返りながら、笑顔で手を振っていましたから」

「もう、いい。彼女は何と答えたンだ?」

「『わたしが知るわけないでしょ。さァ、こんどはあなたの番だわね。どこに行く? 駐車場はいやよ』って」

「モールの従業員なら、服装を見ればわかりそうなものだ。しかし、きさまのことだ。オンナに対しては、見るところが違うンだな」

「初めてのショッピングモールだったし、彼女は、大好きな山吹色の、山吹色はぼくも大好きです。その山吹色のジャケットを着ていたので、ユニホームだなんて思いもしませんでした」

「それで、どうした?」

「児童公園くらいの広さのイベント会場があって、そのときイベントは何もしていなかったから、そこに並んでいるベンチの一つに、2人で腰掛けました」

「彼女は仕事中だろう。そんなことをしていて、いいのか」

「細かいことを気にするご先祖さまだ。いいじゃないですか。少しくらい、休んだって。朝から、一度も休憩していないンですよ、彼女は」

「わかった。いいから、話を続けろ」

「時刻はもうすぐ2時でした。ここからは、彼女との会話を再現します」


「いつから、ここに勤めているの?」

「オープンした日からだから、10日になるわ」

「楽しい?」

「エエ」

「ぼくたち会うのは、1ヵ月ぶりだよ」

「そうだったかしら」

「メールをしても、返事がないし、電話をかけても、すぐに切られてしまう」

「タイミングが悪いのよ。あなたは……」

「でも、返信くらいできるだろう? 四六時中、飛び回っているわけじゃないだろう」

「わたしには、夫もこどももいるのよ。奥さんに捨てられた、あなたと一緒にしないで」

「夫といっても、元夫だろう。こどもといっても、元夫の連れ子」

「どうして知っているの! 教えていないわよ」

「3ヵ月もつきあっていれば、それくらいわかる」

「あなた、ストーカーしたのね。そうでしょ」

「そんなことはしていない。本当だ」

「したのよ。正直に言いなさい。したって!」

「ごめん、一度だけ……」

「いつよ」

「最後にデートした夜」

「あの夜の帰り、わたしの後を尾けたの」

「もう、5週間前になる」

「ごまかさないで。そんな話じゃないでしょ。どこまでストーカーしたの?」

「それは……」

「わたしのマンションまで尾けてきたの! 正直に答えなさい」

「マンションの入り口までだよ。中に入りたくても、あそこの玄関ドアはセキュリティロックされているから」

「住人のだれかと一緒だったら、簡単に入れる。あなた、エレベータの数字を見ていたでしょ」

「どうして、そんなことまで」

「玄関のドア越しにエレベータが見える。エレベータドアの上の階数表示を見て、わたしがどこの階で降りるか、確認したでしょ」

「したかったけれど」

「どうしたの?」

「数字があがっていくエレベータの階数表示を見ていると、『あなた、何をなさっているのですか?』って、後ろの男性に声をかけられた」

「同じマンションの住人の方があなたを怪しんだのよ。警察に通報されたでしょ」

「そのとき、別の2人連れの婦人が来られて、玄関ドアを開けて中に入った。すると、ぼくに声をかけた男性は、慌てたように、再び閉じかけた玄関ドアの隙間から、中に入って行く。だから、ぼくも彼に続いた」

「その男性は、マンションの住人じゃない」

「キーを持っていなかっただけかも知れない」

「それも考えられるけれど」

「それでどうしたの。わたしの部屋まで来たの?」

「そういうことがあったから、目を離したすきに、キミの乗ったエレベータの階数表示を見ることができなくて、どこの階でキミが降りたのか、わからなくなった」

「お生憎さま」

「そうでもないよ」

「どういうことよ」

「ぼくと一緒に玄関ドアを潜り抜けた男性と一緒に、同じエレベータに乗ったンだ」

「どうして、そういうことになるの!?」

「仕方ないじゃないか。玄関に入ったのに、回れ右して出て行くのは、却って怪しまれる」

「いいじゃない。どうせ、怪しいンだから」

「すると、妙なことが起きた」

「妙って?」

「その男性はエレベータに乗ったのだけれど、なかなか階数表示のボタンを押さないンだ。ドアが閉じても、じっとしている」

「ヘンね」

「その男性は、後ろに立っているぼくを振り返って、『どちらまで?』って、聞くンだよ」

「その男性は、あなたが部屋までついて来たら困るから。あなたのことを怪しんでいるのよ、きっと。あなたがボタンを押してから、自分の部屋の階のボタンを押すつもりよ」

「ぼくもそう思ったから、最上階の『9階』です、と言ってやった」

「どうして?」

「前に本で読んだンだ。同じエレベータに怪しい人物が乗っていたら、危険を避けるために、最上階で降りろって」

「そんな話、聞いたことがないわ。それで、どうしたの?」

「ぼくが9階と言うと、その男性は、『9』を押しただけで、ほかの数字を押そうとしない。たまたま、彼は9階の住人だったのかも知れないけれど、おかしいだろう」

「その男性は、あなたと一緒に9階で降りてから、階段を使って自分の住んでいる階に行くつもりなのよ」

「しばらくしてから、ぼくもそう思った。でも、そうなると、厄介だ。ぼくと同じ行動になるから」

「あなたも、階段を下りるつもりだったの?」

「だけど、違った。エレベータが9階に着くと、男性が『どうぞ』と言って、手を外に向かって差し出す。先に下りてください、って」

「わかりかけてきたわ」

「キミは鋭いからな。男性はぼくを先に降ろして、ぼくの動きを監視するつもりなのだ。ぼくはそう察知したから、男性の指示に従って、先にエレベータを降りた。すると、その直後、男性を乗せたまま、エレベータのドアが閉まった」

「当然よ。その男性は賢明よ。あなたと関わりたくないの」

「そうでしょうか。とにかく、ぼくは、9階の廊下を歩き、それとなく、あなたの住まいを探した」

「あなたッ、あのとき、あの廊下をうろついていたの」

「あなたの住まいは、あの9階でよかったってこと」

「い、いいえ、それは」

「そうか。そうなンですね。ぼくはいまでもはっきり覚えてい。『904』号室の前を通りかかったとき、中から話し声が聞こえた。小さくて、なかなか聞き取りづらかったけれど」

「……」

「あの女性の声は、『遅くなって……、こんなつもりじゃなかったのだけれど』と言っていた。あの声は、鈴を転がすような、美しい、快い響きだった。やはり、あなたの声でしょ」

「だったら、そうかもね」

「そのとき、ぼくはそうとは思わずに聞き流した。でも、あなたの声に続いて、男性の声が聞こえた。『いいよ。気にしていないから。早く、シャワーでも使ったら』って」

「あなた、そんなことまで聞いていたの」

「そりゃそうでしょ。ぼくの大好きなあなたが、どんな生活をしているのか。気になって当然だ。例え、それがぼくにとって、好ましくないことであっても、知りたい。それが性分です」

「それで、いまの気持ちは?」

「あの夜、あなたは、ぼくと別れた後、もう一人の男性のマンションを訪ねている。あのマンションはあなたの住まいではなかった」

「よかったわ。あなたに知られなくて」

「あなたはいったい、ぼくのほかに、何人の男性とおつきあいなさっているのですか?」

「真剣になってきたわね。いよいよ本題に入るという感じかしら」

「誤魔化さないで、正直に答えてください。ぼくは、スペアですか」

「スペアは、もういるわ」

「だったら、ぼくは3番手?」

「3番手は、あなたと一緒にエレベータに乗っていたひと。あのひともしつこくて、わたしのマンションを探し当てようと、最近、わたしのあとを尾け回している」

「だったら、あの夜、ぼくがあなたとデートしたことを知って、彼は逆上したでしょ」

「その程度で逆上していたなら、わたしとは……」

「あなたとはつきあえない?」

「……」

「本命は、あなたが入ったマンションの部屋の男性なンですね」

「バカ言わないで。わたしがあの夜、あなたが尾けていることを知らなかったと思っているの。わたし、ストーカーには、ずいぶん気を使っている。いつも、後ろに全神経を集中させて。だから、あの夜も、あなたと3番手が、わたしを尾行していることは知っていたわ」

「あなたは、なンてひとだ」

「当たり前じゃない。女ひとりが、この大都会で生き抜くには、この程度の気配りは常識よ。あなたは、女性の立場が、全くわかっていない。女性は弱いの。まだまだ、この世は男性社会。女性は、マイナーなの。もう少し考えなさい」

「どうして、こうなるンですか。いまぼくは、あなたが複数の男性と交際していることを問題にしているンです」

「それは、女性の自己防衛の範疇なの。覚えておきなさい」

「そういうことでしたら、ぼくはあなたとのおつきあいはきょう限りで、やめさせていただきます」

「あなた、わたしを忘れることができるの。諦めることが出来るっていうの?」

「バカにしないでください。ぼくだって、男だ。女のひとりやふたり」

「女のひとりやふたり、どうだというの?」

「いつでも、見つけることは出来ます」

「それは、出来るでしょうよ。でも、わたしクラスの女性は見つけられるかな。どう?」

「……」

「急に自信がなくなったみたいね」

「そ、それは……。では、伺います。あなたにとって、男性の魅力って何ですか。容貌ですか。体力ですか。頭脳ですか」

「あなたには、何がある?」

「そんなことを言われても……。自分の口から言えないです」

「あなた、体力は?」

「自信はありません」

「知力は?」

「大してありません」

「器量は?」

「あまり」

「だったら、男性の魅力に欠けるってことじゃない。それで、わたしによく交際を申し込んだわね。その度胸だけは褒めてあげるけれど」

「あなたの本命の恋人は、男性の魅力の全てを備えているというのですか」

「勿論、そうでないと、わたしはつきあわないわ。ただ……」

「ただ、なんですか?」

「ただ、彼自身は、そのことに気がついていないみたい」

「あなたのカレは、自分の魅力に気がついていないのですか。勿体ない。本命のカレはいったい、だれなのですか。ぼくが知っている男性ですか。教えてください。お願いします」

「そんなこと、出来るわけないでしょ。わたしの最も大切なプライバシーだもの」

「その人物を知らないと、ぼくはあなたを諦めることができない。後生ですから。ぼくを助けると思って、どうか……」

「ダメよ。ダメダメ。頭を下げても、土下座をしても、わたしには通用しない」


「ご先祖さま、こんな調子で、ぼくは彼女に見限られようとしているのです。なんとか、してください」

「よくわかった。彼女は賢明だ」

「どうして、賢明なのですか。恋人に三俣も四股もかける女性ですよ。本命の恋人を明らかにしてくれれば、ぼくはきっぱり諦められるのに。ひどい仕打ちだ。彼女は悪魔だ」

「きさま、ひょっとして、その本命が自分のことだと思っていやしないか。そうだろうッ」

「ど、どうして、そんなことを。ぼくは、それほど高慢じゃないですよ」

「きさまの話を聞いていると、彼女から、『あなたが本命なのよ。それを言わせるつもり』そういう言葉を引き出したくて、うずうずしているようにみえるが」

「彼女の本命になりたい気持ちはあります。しかし、それも、彼女が二股、三股をしていないことが前提です。恋の多い女性を追いかけるつもりはありません。不真面目、ふしだら。人生をなめている」

「オイオイ、それくらいにしておけ。彼女のすべてを知ってからだ。何も知らないうちから非難するのは、愚か者のすることだ」

「いいですよ。愚者でも痴れ者でも。ぼくは、彼女の裏の顔を見てから、生きているのがいやになっているンですから」

「しかし、彼女が三俣、四股をしている、っていうのが、どこまで真実なのか。きさまはしっかりした証拠でも握っているのか」

「どういうことですか」

「彼女なりの事情があって、そう見せかけているだけなのかも知れない、ってことも考えられるからだ」

「そうでしょうか。特別な事情があるというのですか……」

「例えば、嫌いな人物の誘いを避けるため、そういう女と見せかけている」

「ご先祖さま、それって、ぼくのことですか」

「だとしても、きさまはそれを認めないだろう」

「なんだか、寂しい結末だな」

「調査不足だ。もっともっと、彼女の身辺を探ってみろ。自ずと真実は見えてくる」

「ご先祖さま!」

「なんだ、急に大声を出して」

「ご先祖さまは、すべてご存知なのでしょう。彼女の素顔を含め、彼女がふだんどこで何をしているのか。どんな日常を送っているのか。ご先祖さまは、ぼくのような、俗界の人間ではないのですから、天界からいろいろなことを見聞きされているはず」

「ようやく、そこに来たか。ずいぶん、時間はかかったがな」

「勿体ぶらずに教えてください。本当の彼女の姿を……」

「まだわからないのか。人間の心は常に揺れ動いている。本人さえ、ままならないことがある。だから、それを知っても意味がない。いまこのとき、この瞬間の、彼女を知っても、それが未来永劫、保証されるものではない」

「ご先祖さま。それって、責任放棄じゃないですか」

「バカもの! きさまに話すことはもうない。帰れ、とっとと、消えうせろ!」


「どうだったの。あなたのご先祖さまの回答は?」

「なんだか。はぐらかされたみたいで、はっきりしたことを言わないンだ」

「でしょ。そういうご先祖なのよ。わたしも昨日、聞いてみたの」

「キミも……」

「あなたとこのままおつきあいをしていていいものか、どうかって」

「それで、返事は?」

「あなたに対する回答と同じ」

「同じって、まさかッ、あのご先祖……」

「そう、まさかよ。あなたのご先祖もわたしのご先祖も、同じなの。戦国時代まで遡ると、あなたとわたしは繋がっているンだって。遠い遠い、ずいぶん遠いけれど、わたしたち、親戚なのね」

「それじゃ、結婚はできない。恋はしないほうがいい、ってこと!?」

「そんなこと言っていたら、この世の中じゃ、いつまでたっても結婚相手は見つからないわよ」

「アダムとイブの時代まで遡れば、人間はみんな繋がっている」

「人類、みなキョウダイ、って大昔に、どこかのバカが言っていたって聞いたわ」

「バカじゃないだろ。言い当てているよ。ぼくはあまり感心しないけれど」

「いまそんな話、していていいの。あなた、何のためにわたしを呼び出したの?」

「ぼくは、きょうこそはキミの本当の気持ちを確かめて、はっきりさせたいンだった」

「わたしの本当の気持ち?」

「キミの本音、本心、ぼくをどう思っているのか……」

「それを知ってどうするの? 何かの役に立つの?」

「役に立つ、って……そういうことじゃなくて……」

「どういうことよ」

「ぼくは、キミのことを、この世のだれよりも、大切にしたい、大切なひとだと思っている」

「待って、そんな……」

「ぼくは真剣だ」

「男のひとから、そんな告白を、正面切ってされたら、わたし……わたし、そんなこと言われたこと、ないから」

「ぼくのこの気持ちは、決して変わらない」

「待ちなさい。あなた、ご先祖さまのことばを忘れたの」

「そうか」

「わたしがいまここで告白しても、それが未来永劫、変わらないという保証はない。同じく、いまのあなたのことばも、保証の限りではない。そうでしょ」

「だったら、この世のなかの男女は、添い遂げますと誓って結婚しても、その場限りの誓い、ってこと。結婚ってそんなものか」

「そうよ。あなただって、すぐに気持ちが変わってしまう。大恋愛したと言っている夫婦が、結婚1年で、早々と離婚する例は珍しくないでしょ」

「だったら、誓いの意味がない」

「誓っても、その場だけ。一時しのぎ……」

「一時しのぎ、ってひどいよ。恋って、そんなにつまらないものなのか」

「わたし、だから、いろんな男性とおつきあいをしている。おつきあいといっても、食事までよ。時間も2時間まで。お酒を一緒に飲むのは……、気を許せるひとだけ」

「ぼくと一緒に、一度だけ、お酒を飲んだよね。先月」

「あれは、気を許していたから」

「ぼくのほかに、一緒に居酒屋なんかに行った相手はいない?」

「いない……」

「本当に?」

「あなた、うまくわたしの気持ちを引き出そうとしているわね」

「気持ちよりも事実だ。もう一度、ぼくとお酒を飲みに行くつもりはある?」

「その回答は、難しいわ。あなたが誘ったら、そのとき考える。いまは……」

「いまは?」

「白紙、白紙状態。真っ白」

「真っ白か。でも、ほかにお酒を飲んだ相手はいないよね」

「いるわよ」

「いるッ!」

「当たり前でしょ」

「元夫とか、元カレじゃなくて、この1、2ヵ月の間のことだよ」

「……」

「好きだ! 愛している!」

 彼は、いきなり彼女を引き寄せ、強く強く抱きしめた。

「痛いわ。でも……、とっても気持ちいい……」


「オイ、どうだ。うまくいったろう」

「ご先祖さまのおっしゃる通りに進めた結果です。ありがとうございます」

「礼を言うにはおよばン。わしは、彼女の進言通り、きさまに勧めただけだ」

「エッ!?」

「そういうことだ。出来る女の策略は、ご先祖以上なのだ。うまくやれ」

              (了)






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ご先祖さま あべせい @abesei

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