最期のアダムとイヴ

つむぎとおじさん

全1話

 ひざまずく若い男女の前に、メフィストが現れた。

「オマエらか。このワタシを呼び出したのは?」


「はい。僕たちは心から愛し合っています」

「いつか寿命が尽きて、別れなきゃならないなんて耐えられません」


 メフィストは鼻で笑った。


「若いくせに、ずいぶん先のことまで考えてるな」


「だからお願いです、おじさま。どうか、私たちに永遠の命をください」


「永遠?」メフィストは口角を片側だけ上げた。「オマエら、そんなこと言ってられるのも今のうちだけだぞ。4年もすれば愛なんて冷めるもんだ」


「僕たちに限って、それはありません!」


 メフィストは肩をすくめた。


「いいだろう。では10億年、それでどうだ?」


「10億年!? そんなにくれるんですか?」


「あ、でもミイラになって10億年とか、そういうずっこいことは無しですよ?」


「おっと、抜け目ないお嬢ちゃんだな。よし、オマエらに正真正銘、若いまま、元気なままの10億年の命をくれてやろう」


 二人が喜びの声を上げると、メフィストは消えた。


 その瞬間、世界が静まり返った。


 いや──厳密に言うと、お互いの声は聞こえるのに、周りの音が消えたのだ。さらに、景色が目まぐるしく変わり始めた。建物が形を変え、山々が生き物のように動いている。


「……キョウ、これって」


「まわりの時間が、ものすごい速さで進んでるんだ!」


「あの意地悪じじい、なんて嫌がらせを!」


 やがて彼らの周囲に檻が出現し、そして3秒ほどで消えた。


「今の……何?」


 キョウが頭の中で計算する。自分たちにとっての1年が、世界にとって1億年に相当するとすると──、

「僕らは100年くらい、見世物にされてたみたいだ」


「……キョウ、なんか静かになったわね」


「人類が滅びたようだ。僕たちだけだ」

「地球上に二人きりなんてロマンチックね」


 メフィストの計らいで、洋服も風化をまぬかれていたが、二人は生まれたままの姿になり、思う存分愛し合った。


 二人は荒涼とした大地にあおむけに寝転がった。


「これからどうなるのかしら」


「新しい生命体が生まれて……そいつらは、きっと下等生物だから、僕らを食べるんじゃないかな」


 キョウの予測どおり、生物の誕生と絶滅が何度かくりかえされた。


「……本当に何もおこらないわね」


「メフィストが約束を守ってるんだろう、10億年の寿命を」


「律儀なジジイね」


 まもなく10億年(彼らの体感で約10年)が過ぎようとしていた。


 二人はかつて海だった場所に座り、干上がった大地の果てを眺めている。


「アイ、ごめん。僕があんな魔術書を試さなければ……」


「ううん、いいの。地球の最期を見届けられるなんて、なかなかできない経験よ」


「アイ、僕は君といっしょに過ごせて幸せだった」


「私もよ、キョウ」


 二人はそっとキスをした。

 夕陽が二人を照らしていた。


 ──と、美しく締めくくりたいところだが、太陽が超高速回転しているせいで、彼らから見た明るさはまったく変わらないのだった。


(おわり)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

最期のアダムとイヴ つむぎとおじさん @totonon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ