金のシール

まさつき

貴方を幸せにしたい、だけなの

 心の台紙に金のシールを一枚貼る。史朗しろうの笑顔を受け取るごとに。

 金のシールはご褒美のしるし。史朗の笑顔を作れるのは、私の喜び。


 小学校の先生に「彩花あやかちゃん、よくできました」と、標にもらった金のシール。

 いつも頑張って、たくさん褒めてもらって、心を喜びで満たして。

 金のシールで台紙を埋めつくした私。


 今も同じ。今は史朗が、金のシールをくれる大切なひと

 一緒に暮らす、最愛の彼。

 いつだって史朗は笑顔をくれる。笑顔をくれるから、笑顔になれる。

 先生みたいに金のシールではないけれど、私の台紙くちびるシールキスをくれた。


 それなのに史朗は。去ってしまった。

「幸せになってくれ」と言い残して、二人で暮らしたアパートからいなくなった。

 大学で出会って4年。就職してから3年。一緒に暮らしたのは、6年間。

 家業の旅館を継ぐためいずれ実家に帰るとは、分かっていたけれど。

 私も連れて行ってくれるものだとばっかり――昔は、「君が女将さんになってくれたら」なんて、言ってたのに。

「彩花を、連れていくことは出来ない」、だなんて。

「そんな生き方で、彩花は幸せなのか」、だなんて。


 私にシールをくれる人はもういない。

 あれほど尽くしたのに。史朗の幸せは、私がすべて造っていたのに。

 どうして、彼は消えてしまったの?


 史朗が残した最後の言葉。

「僕が求めるのは、対等なパートナーだ。彩花の愛情は疑わない。でも尽くされるだけだなんて。僕には、重すぎる」


 ――おかしい。

 私が尽くす。史朗は幸せになる。だから私も、幸せを貰える。


 ――対等だ。

 いくら言葉を反芻しても、史朗の言葉が分からない。

 きっと史朗は、私に幸せの標をくれていたことに気づいていないだけ。

 私を手放して初めて、自分の幸せに私が必要だと気づいているに違いない。


 だから、私は。

 今ある生活を全て捨てて、史朗がいる実家の旅館がある町へと、旅立った。


    §


 東北の地、趣のあるひなびた温泉の地に、史朗の生まれ育った家はある。

 町は、豊富な温泉とレトロな家並みの雰囲気を求める観光客で、溢れていた。

 昔は余りに錆びれて廃業寸前まで傾いたと、史朗から聞いたことがある。

 でも、SNSを通じて海外で有名になったことをきっかけに、最近はインバウンド需要もあって立ち直れたと、史朗は張り切っていた。

 とうとう一度も、私を連れて行くことはなかったけれど。


 こんなところだよと何度か見せてくれた写真の記憶を頼りに、史朗の実家を探し当てた。現地に赴くと、なるほどたしかに、日本人客は数えるほどしか見当たらない。

 温泉街の中心から少し離れたところに、史朗の暮らす旅館はあった。

 素泊まりは出来るかなと宿を尋ねてみようとしたとき、足が止まった。


 ――女の人がいた。史朗と一緒に。

 着物が良く似合いそうな、控え目でありながら、凛とした佇まいの女性。

 史朗の新しい想い人だと、一目でわかった。

 なんて、幸せそうな姿。

 そうか……恋人として、パートナーとしての彩花は、もう必要ないのね。

 ――でも。

 私に金のシールをくれる人は、貴方あなたしかいないの。

 だから。私は、決めた。


    §


 1年の時が過ぎた。

 あれから一度温泉街を離れた私は、再びこの地に戻ってきた。

 仲居として、史朗の旅館で働くために。

 どこでも人手不足のご時世。採用は、すぐに決まった。

 もちろん、昔のまま仲居になってはすぐに史朗に彩花であることが分かってしまう。それでは、愛する史朗の幸せな家庭を、壊してしまう。

 そんなの、ちっともうれしくない。


 だから私は1年前、決めたの。

 史朗の傍にずっといるために、姿かたちを作り変えようと。


 史朗との生活のためにとずっと貯めてきたお金を、全部つぎ込んで。

 顔を別人に作り変えた。大きかった胸にも縮小術を受けた。

 史朗は、小ぶりな胸が好きだったから。

 怖い思いもしたけれど、闇社会を頼って偽の身分も手に入れた。

 代償は小さくなかった――でも、構わない。おかげで、別人になれたから。

 人目を引く華やかな容姿は、捨て去った。

 地味で、控え目で、史朗の影となるのに相応しい姿を得た。

 史朗のために。

 私の幸せのために。

 史朗を今よりもっと、幸せにするために。

 心の台紙を、金のシールで、満たすために。


    §


 仲居として働き出してから、1年余りが過ぎた。

 史朗と女将さんの間には、可愛い女の子が生まれていた。

 二人の幸せのために、私は女将さんに近づき、親しくなった。

 女将さんのためになることは、史朗の幸せにつながる。史朗の好みなら何でも知っている私だから。女将さんの信頼を得ることなんて、簡単だった。

 そうして次第に仲居ではなく、史朗夫妻の家政婦としての仕事が増えていき――やがて、私は史朗の家庭に、潜り込んだ。


 ついに、本当の幸せが始まる。

 やっと、史朗の傍に戻ってこれた。


 ――ねえ、史朗。

 これからずっと貴方の陰で。

 貴方たち一家の幸せを、私がこの手で、作ってあげるね。


 そうして、いっぱいいっぱい私の心を、金のシールで埋め尽くして。

 それが私の、幸せだから。

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金のシール まさつき @masatsuki

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