第8話

 青澄とのデートから2週間が経った。それから雨が降ることもなく定期メンテナンスも先のため青澄と話す機会は訪れないまま。


 今日は午後から雨の予報になっている。俺は別に歩いていけるのだけど、なんとなくバスで行くことにした。


 だが、青澄はバス停にいない。しばらく待ってもやって来ないので、自分が乗るバスをスルーした。


 それでも青澄はやってこない。


 途中、メガネを掛けた女性がバス停にやってきた。青澄の同僚の林さんだ。


 チラッと見ると目が合い、向こうも俺に気づいて会釈をしてきた。とはいえ「青澄さん元気してます?」と声をかけられる関係性でもない。


 そろそろ連絡先くらい聞いてもいいんじゃないだろうか、とふと思いながら後続のバスに乗り込み職場へと向かった。


 ◆


 昼休憩、駅前の立食いうどんの店に入り、ぶっかけうどんの乗ったトレーをカウンターへ運び、うどんをズルズルと食べ始める。


 外は天気が崩れかけ、という感じ。


 少し辛味を足したくなり、七味唐辛子の容器に手を伸ばすと、ちょうど隣にきた人と手がぶつかる。


「あ……すみませ――青澄さん!?」


「やっほ。今気づいたんだ?」


「うどんに集中してたからね。こんなところで一体何を……」


 よく見ると、青澄は大きなキャリーバッグを足元に置いていた。


「出張帰り。学会で海外に行ってたんだ」


「あ……そうだったんだ。どこの国?」


「ガーナ」


「ガーナ……」


「アフリカ大陸の西側にある共和制の国で首都は――」


「ガーナは知ってるよ!?」


「じゃ、なんでそんなに驚いたの?」


「あー……いや、海外出張かーって思って」


「ん。国際学会だったからね。やっぱり日本はいいよね。ご飯を食べる時にハエが飛んでないし、シコシコのうどんが食べられる。会いたかったよ〜、うどんちゃん。ちゅっちゅ」


 どうやら青澄の中で、経理担当という設定は既にどこかにいってしまったらしい。


 久しぶりの日本食なのか、青澄は七味唐辛子を数回ふりかけてうどんを啜ると目を瞑って出汁の味を噛み締めた。


 その後、何かを思い出したように「あ」と言って鞄から薄気味悪い人形を取り出して俺に渡してきた。


「なっ、なにこれ?」


「お土産。現地だと雨季に現れる神様なんだってさ。要するに雨降らしのお守り」


「これ以上雨男力を増やさないでくれる!?」


「ふふっ、迷信だよ。科学的じゃないもん、雨男なんてさ」


 青澄が笑ったのとほぼ同時に外でゴロゴロと雷が鳴った。


 二人で同時に外を見ると、ゲリラ豪雨が激しくアスファルトに叩きつけられていた。


「……迷信……なんだよね? 青澄さん」


「君で論文を書いてみようかな」


 青澄は真顔でそう言いながら外を見ずにうどんを啜った。

 

 ◆


 雨の中、外回り用の営業車の助手席に青澄を乗せて工業団地の方へと向かう。


「や、悪いね。家まで送ってもらうなんてさ」


 青澄が雨の降る外を見ながらそう言う。ゲリラ豪雨によりタクシー乗り場は大渋滞。たまたま近くに用事があったので、俺の使う営業車で青澄を家まで送ることになった。


「気にしないで。午後の仕事先も同じ方向だから」


「そっか。ん……そこの交差点の次の路地で入る」


 青澄の案内で青澄の自宅へ向かう。


 連絡先よりも先に家を知ることになるとは思わなかった。


「そこの門のある家を通り過ぎたら左で……ここ」


 青澄の案内でやってきたのは大きなマンションだった。


「おぉ……でか……」


「社員寮なんだ。ま、ただの借り上げのマンションだけど」


「なるほど……」


「今日はありがとね。この人形、すっごい効果あるのかもね」


 青澄はシートベルトを外すと、微笑みながらガーナ土産の人形を指でつついた。


「そうかもね」


「日本にも雨季があったらいいのにな。そうしたら、君と毎朝会えるんだ」


「梅雨があるし……というか晴れた日もバスで通勤すればいいんじゃないの?」


「や、ルーチンは守りたい系なんだよね。それに……好きみたいじゃん。晴れの日までバス停で会うためにバス停に行くなんてさ」


「会社に行くためにバス停に行くんだよ!?」


「目的と手段は逆転しつつあるね」


「そ……そっか……」


「ん。寄ってく? うち」


 青澄は寮を指差し、にっと笑ってそういう。これは……誘われてるのか!? まだ昼だぞ!?


「入れるの?」


「ううん。男の人は入れないよ」


「一応俺も男なんだけど……」


「だから、悪いことをしようとしてる」


 ニヤリと笑って青澄がガーナ土産の人形をつついた。


「まぁ……午後も仕事だから……」


「だよね。お疲れさま」


「青澄さんこそ。出張お疲れさま」


「ありがと」


 会話が途切れ、青澄が「そろそろ行こうかな」と言った。


「うん、俺もそろそろ行かなきゃだ」


 青澄は何度か深呼吸をすると「これ、あげる」と言って鞄から名刺を取り出して渡してきた。


「……名刺?」


「私物携帯の番号も、ラインのIDもついでに書いてる。身分も役職も、全部教えたようなものだね。もし車内に忘れ物があったら連絡して」


「忘れ物がなかったら?」


「……任せるよ」


 青澄はニヤリと笑い、助手席から出る。助手席のドアの開け閉めの振動の後に、後部座席のドアが開いた。荷物を引っ張り出しながら「またね」と青澄が言ってドアを閉めた。


 雨の中、必死に荷物を引きずりながら寮の中へ戻っていく。


 忘れ物なんてしようがないはずなのだが、青澄は現地のホテルで使ったと思しきキツめのシャンプーの香りや、名刺、呪術グッズのような人形。他にもいろんなものを車内に置き去りにして部屋へ戻っていった。


――――――

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雨の日だけバス停に現れるお姉さんと話した後やたらとエンカウント率が上がった件 剃り残し@コミカライズ開始 @nuttai

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