第7話

 喫茶店を出ると、土砂降りではないもののパラパラと雨が降っていた。


 傘をさすと隣に青澄がやってきて俺の傘に入った。


「うーん……一人で入るには広いが、二人で入るには狭すぎる」


「なら出る?」


「や、くっつけばなんとかなるよ」


 青澄はそう言うと俺の右腕と自分の左腕がピタッとくっつくくらい密着してきた。


「塩野義君って案外背高いよね。いくつあるの?」


「180」


「わ、大きい〜。私は163だから……17センチ差か。素数だ、素数」


「そっすね」


 素数だけに。


 青澄からの反応がないためちらっと横を見ると、青澄は笑いをこらえるように唇を噛んでプルプルと震えていた。


「なっ……何!?」


「ふはっ……や、笑いたいんだけど、こんなので笑ってたら塩野義君の言う事全部に笑わないといけなくなっちゃうから耐えてた」


「笑いたい時は笑えばいいと思うよ!?」


「や、条件付きシンジ君だ」


 青澄がポツリとそう言うと、もはやボケのフリにしか思えない。


「笑いたいとしたら、笑えばいいと思うよ」


「仮定形シンジ君?」


 青澄が即答する。


「正解」


「笑いたいよね? 笑えばいいと思うよ」


「確認系?」


「押しつけ系」


「ふふっ……なるほど」


 青澄はくっくっと笑い、唇を内巻きにして下を向いた。


 その時、前から来た上品な老夫婦。急に妻側が手を叩いて「あはっはっは!」と笑い出した。


「みっちゃん、笑いすぎ」


「だって面白くて〜」


 すれ違いざまに二人の会話を聞く。ふたりとも全く壁がない様子。砕けた雰囲気で会話をしていた。


「や、いいよね。あそこまでいけたら」


「そうだね。青澄さんがあんなに手を叩いて笑ってるところとか想像つかないけどさ」


「アッハッハ」


 青澄は真顔で適当に笑いながら手を叩く。まるで柏手のようだった。


「なんか神社のお参りでもしてるみたいだよ……」


「や、まあここがテンションの限界値だ」


「お酒飲んでも変わらないの?」


「おっ、誘ってる?」


「ただ聞いただけだよ!?」


「や、今のは自然すぎてそのまま『飲んだところを観察させてあげるよ』って言いそうになるところだった」


「言いそうなら言えばいいじゃん……」


「や、まぁ淑女としての建前もありまして」


 冗談めかして青澄が頭をかきながらそう言う。


「淑女?」


「ん。淑女」


 青澄は変顔をしながら自分を指差す。


「淑女は変顔なんてしないよ」


 俺の指摘で青澄は真顔に戻る。


「『淑女は変顔をしない』ってドラマかラノベのタイトルにありそうじゃない?」


「多分推理もので、犯人を見つけた後に変顔で現場から去っていくのが名物シーンだよ」


「ふはっ……なにそれ……ふふっ……」


 青澄はありもしない架空のシーンを想像してやたらとツボに入ったらしく、一人で引き笑いをしながら手を叩く。あっという間に本人が認識している限界であるところの柏手を超えてしまった。


 少しして青澄は自分の行動を客観視したのか、「あ……」と言うと恥ずかしそうに顔を上げた。


「しっ、塩野義君……」


「なに?」


「私にも人間味のある一面が備わっていたらしい」


「そんなに面白くないことでゲラゲラ笑ってるのってむしろサイコパスみがあるよ!?」


「や、今のは結構面白――あ、あれ? しっ、塩野義君!」


 今度は演技ではないとすぐにわかるくらい青澄が慌てだした。


「どうしたの?」


「や……傘、忘れた」


「持ってきてないって言ってたじゃん。あ……俺の傘!?」


 言われてみると青澄に貸していた傘をどちらも持っていなかった。


「ん。さっきの喫茶店に忘れたっぽい。ごめん……」


「それこそ人間味のある行動だよ」


 別に急いでいるわけでもないので何の問題もない。二人で笑い踵を返して喫茶店に向かった。


 ◆


 喫茶店から傘を持って出てきた青澄は安心した様子で傘を広げずに俺の方へ駆け寄ってきた。


「ごめん、待った?」


 青澄が冗談っぽく言う。


「いま来たとこ」


「なら良かった。傘、入れてもらおうかな」


「この傘、一人で入るには広いけど二人だと狭いんだよね」


「なら、身を寄せ合えばよかろうもん」


 青澄はそう言ってまた傘に入ってきて俺の隣を歩く。


 実際、二人ではいるには少し狭いため、肩に少し雨が当たる。青澄も同じ状況なんだろう。


 なるべく青澄が濡れないように彼女の方に傾けてみるも、すぐに捕捉され青澄は傘の角度をもとに戻してくる。


「割り印みたいじゃない?」


「何が?」


「私達を上から見たら、傘で守られてた部分と濡れてる部分があって、それは塩野義君と私とこの傘の組み合わせじゃないとぴったり一致しない」


「あぁ……確かに。割り印だね」


 同じ印鑑を任意の線で割っているため、ぴったりと一致するのは割り印の時に押した紙だけ。


「だからずらしちゃ駄目なんだよ。綺麗に円形になるようにお互いの傘を濡らさなきゃ。雨の日しかできない遊びでしょ?」


「日傘と日焼けでもできるよ」


「や、日焼けは好きくないな」


「好きくないんだ」


 変な言葉〜と思いながら復唱する。


「ん。好きじゃないというよりは、好きくない」


「なら、雨でちょうどいいね」


「そ。あ、レインブーツ見に行きたいな」


「いよいよ雨装備を充実させるつもりだね」


「雨の日に外に出るという選択肢ができたもので」


 青澄は俺の方を見ながら微笑んだ。


―――――――

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