第22話 デッドリスト
……ない。ないない、どこにもない!
俺は冒険者ギルドの片隅に設置された掲示板に、取り憑かれたかのように食らいついていた。
この掲示板には、クエストの期限から一週間以上連絡が途絶えた冒険者の名前が張り出される。ギルドの職員たちは事務的に「長期未帰還者リスト」なんて呼んでいるが、冒険者たちの間ではもっと直接的で、残酷な呼び名がある。
──通称、デッドリスト
ここに名が載るということは、ほぼ100%で「死」を意味する。クエストを放棄して逃げ出す者も稀にいるらしいが、大半はダンジョンの奥で命を落としたか、盗賊に襲われでもしたか……。
いずれにせよ、ここに載ったら最後だ。
生きて帰ってくる例はほとんどない。
ルゼが俺の元からいなくなって、もう三ヶ月。彼女は優秀だったが、それ故に危険なクエストにも手を出していただろう。去った理由が何であれ、彼女が無事でいる保証などどこにもなかった。
だからこそ、ここに来るのが怖かった。現実を突きつけられるのが恐ろしくて、ギルドに近づくことすら避けてきた。
だが、いつまでも逃げているわけにもいかない。祈るような気持ちで、再び掲示板を睨みつける。
――ルゼ・ヴァンデール
何度も、何度もリストを目でなぞる。インクのかすれた文字に、見慣れない名前の数々。目を皿のようにして探してみたが、そこに彼女の名前は見つからなかった。
「……ふっ、はは……はははっ!」
安堵とも脱力ともつかない乾いた笑いが、喉の奥からこぼれた。全身の力が抜け、思わず壁に手をついてしまった。
……よかった、本当によかった。
ここに名前が載っていない。それはすなわち、ルゼはクエスト受注中に失踪したわけじゃない、ということだ。生きている可能性は相当高いだろう。
それがわかっただけで、心の底から安心できた。
となると、彼女が消えたのは別の理由。そんなのはおそらく一つしか無いわけで……。
「やっぱ俺、見捨てられたってことだよなぁ……」
ルゼは俺の元を去った。それは、もう俺にはついていけない、あるいは、価値がないと判断したのだろう。
「ま、三年間何もしなかったしな。それも仕方ないか」
自嘲気味な笑みが浮かぶ。だが、不思議と怒りや恨みは湧いてこなかった。むしろ、これで良かったとさえ思う。
彼女にはソロでSランク冒険者になるほどの、圧倒的な実力がある。その才能をフルに活かせる場所なんて、いくらでもあるはずだ。
俺みたいな半端者とつるんでたら、彼女の未来を曇らせてしまう。こんな関係、もっと早く終わらせるべきだったんだ。
ルゼは今もどこかで生きている、それだけで俺には十分だった。胸の奥に痞えていた重荷がすとんと落ちたような、そんな解放感があった。
「……さてと。これからどうすっかな」
掲示板から離れ、ギルドホールの中を見渡した。活気のあるこの場所なら、他にも色々とやることがありそうだ。
もちろん、これ以上ルゼの消息を追おうという気はなかった。彼女が自ら姿を消したのなら、捜索するのは野暮ってもんだろう。
しかし、三年のニート生活のブランクはデカいと改めて感じる。急に「自由時間だ」って言われても、どうすりゃいいんだ。
明日の剣王祭まではまだ時間がある。宿で惰眠を貪るのも悪くないが、せっかくデカい街まで来たんだ。何かこう、有意義な時間を過ごしたい。
そう考え事をしながら目的もなくフラフラとしていると、俺の足はいつの間にか、冒険者ランキングが張り出されてる一角へと向いていた。
これは半年に一度更新される、大陸中の冒険者達の強さの指標。SランクからFランクまで、細かく能力と実績が数値化され、上位100名がリストアップされている。
──それが、この冒険者ランキングだ。
「懐かしいな」
かつては俺も後ろの方に、ひっそりと名を連ねていた時期があった。まぁ昔の話だし、恐らく誰も気づいてなかっただろうけど。
俺は興味本位で、ざっとランキングに目を走らせてみる。
かつて魔王軍の四天王だった頃は、人間側の戦力分析として、このリストは嫌ってほど見てきた。特にTOP3は要警戒人物としてマークされ、逐一情報が共有されていた。彼らは人間でありながら、その実力は四天王クラスに匹敵する、正真正銘の『化け物』連中なのだ。
「ははっ、こいつら変わんねえな……」
思わず苦笑が漏れる。TOP3の顔ぶれはあの頃と全く同じ。どれだけ時が経っても、最前線に居座り続けていた。まったく、老いも衰えも知らないのだろうか。
そんな感傷に浸りながら、視線を下へと滑らせていく。4位、5位……と見慣れた名前や、新たに名を連ねた者たちの名前が並ぶ。そして、ある名前の前で俺の目は釘付けになった。
17位――ルゼ・ヴァンデール
「……マジか」
思わず声が漏れた。 彼女がSランクに昇格したことは知っていたが、まさかこれほどの高みにまで到達していたとは。実質、月イチの稼働だけでこの順位。その才能の底知れなさに、改めてゾッとする。
もし本気で冒険者を始めたら、TOP10入りは余裕なんじゃないか?
「やっぱあいつ、俺なんかのそばにいるべきじゃねぇわ……」
そう呟いた、まさにその時だった。
バシンッ!!
突如、背中を思い切り平手で叩かれ、俺は「ぐえっ」と情けなく声を漏らした。衝撃で、ランキング表に額を打ち付けそうになる。
「いっ……てェな! んだよ、いきなり!」
俺は舌打ちを鳴らし、睨みつけるようにしながら振り向く。するとそこには、俺の背丈を優に超える大男が立っていた。
ダンジョンニートは隠居したい Shig @shi_g
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