降臨するトリと千度変わる悪夢
長月瓦礫
降臨するトリと千度変わる悪夢
あの夢を見たのは、これで9回目だった。
旅に出てから、これで9回目の悪夢だ。
決まった姿を持たない主人の顔がゆらめき、変化していく。
少なくとも千度、姿形が変わっていく。
行くあてもない、ただの気まぐれな旅だ。
トリはトリだ。名前のない茶色の鳥だ。
それ以外、何もない。何もないはずだ。
時代に適応するため、迫り来る侵略者を迎え撃つため、おもしろそうだったため、ことあるごとに主人は姿を変えた。
不定形の主人から1羽のトリが命令を受けた。
『下界に降りて人間を観察しろ』
たったそれだけだった。そのトリは下界へおりた。
他のトリたちから向けられた視線にすら気づかない、愚かなトリだった。
トリたちは千の顔を持つ主人に付き従っていた。
彼らにとって主人の命令は絶対である。
主人に命令に背くなど、あってはらならないはずだった。
家畜同様に付き従っていたトリたちの中でたった1羽、主人に歯向かうトリがいた。
『ごきげんよう、ご主人様。トリの降臨です』
主人の前に降り立ち、そのトリは名乗った。
『あなたがたは自我を持たないはずだが』
『自我ってなんですか? トリはトリです』
『あなたの名前は?』
『トリはトリです』
そんな問答が続いた。不毛なやり取りは数十分間続いた。
このトリははっきりとした自我を持っている。
このことに気づいたトリの主人は、手を叩いて喜んだ。
『おもしろい! 世代交代を繰り返すうちに反逆者が生まれたか!』
『反逆者? トリはトリです』
『長年の時を経て自我を得た我が眷属よ、喜ぶがいい。
千の顔を持つ我ですら予想できなかった!
いわば、可能性を超えた存在である!』
『可能性ってなんですか? トリはトリです』
他のトリたちは主人に歯向かい、馬鹿げた問答を繰り返す同胞を見放した。
皮肉なことに、歯向かった愚かなトリを主人は大層気に入った。
自我を持つこの個体ならば、人間観察をよりおもしろいものにしてくれるだろう。
そう思い立った主人は、トリを下界に向かわせた。
こんなことがあって、トリはあてのない旅を始めたのである。
時代を超え、境界を越え、空の下をぱたぱたと飛んでいった。
「おい、なんだよコイツ。なんかさっきと見た目が変わってんだけど。
さっきまで鳥だった、よな?」
「よかった、雅樹くんにも同じものが見えているのか。
俺もフクロウか雀だとばかり思っていた。
今はなんだろうな、よく分からないが……」
「だよな、ちょっと先生呼んでくる!」
一人の学生がバタバタと走り去った。
トリはトリだ。空腹で倒れたところを学生たちに拾われたのが最後に記憶だ。
茶色のふっくらとした小鳥の姿、それはあくまでもこの世界のなじむためのかりそめの姿だ。
今は蛇のような鱗に覆われ、背中からはコウモリのような翼が生えている。
トリたちは千の姿を持つ主に仕えていた。
その中でもトリは一際小さかった。小さいことに気づいてしまった。
だから、トリはトリなのだ。
「君は何者だ。ついさっきまで、ここに茶色の小鳥がいたんだが」
残った学生は静かに問うた。
危害を加える気はないのか、静かに見つめていた。
「トリはトリです……姿を持たない主人と仲間がいっぱいいるんです。
けど、トリはトリなのにみんな分からないんです。なぜでしょう」
彼は怪訝そうな表情を浮かべる。
「何を言っているかまるで分からない。喋るとも思わなかったしな。
だが、このままだと君は捕まり、どこかに連れて行かれると思う」
「それは困りますね。痛いのは嫌です」
「じゃあ、ここから逃げればいい。
逃げるなら今しかないと思う」
それはそうだ。少し眠ったから、飛ぶだけの元気はある。
トリは体を起こす。
「あなた、ニケ少年の絵にいた人そっくりですね」
「なんの話だ?」
「トリは果てしない時間を旅してきましたけど本当に会えるなんて……喜んでいいのでしょうか」
「悪い、何のことか本当に分からないんだ」
学生と顔を見合わせて、二人して首をかしげる。
あの少年が死んでから、何年が経ったのか。
トリには想像もつかなかった。
「トリを助けてくれてありがとうございました。
また会えたら、お礼します」
「そうか。俺は御徒町だ。また今度会ったら、君を描かせてくれないか。
なんだかおもしろそうだ」
「おや、あなたも絵描きですか。思っていたより多いんですねえ。
世界をひと周りした後、覚えていたら考えます」
「そうだな、それだけ立派な翼があればどこにでも行けるだろうな」
トリは翼をはためかせ、窓ガラスを通り抜けた。
そういえば、そんなこともできたんだった。
旅が長すぎたせいで、自分のことをすっかり忘れていた。
「いってらっしゃい。元気でいろよ」
「それじゃあ、いってきます」
トリは飛び立ち、次の世界へ向かった。
降臨するトリと千度変わる悪夢 長月瓦礫 @debrisbottle00
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