理由

青切 吉十

部屋とTシャツと彼

 なぜ、彼女と別れたかだって?

 そんなことを聞いてどうするのさ。

 今後の参考に?

 ならないよ。ぼくが彼女を捨てた理由を聞いたって。

 というよりも、明確なこれと言った理屈はないよ。何となくだよ、何となく。

 えっ、それでもなにか、あったはずだと?

 ……まあ、ねえ。よく思い出して見ろと言われれば、まあ、そりゃあるよ、理由は。でも、ねえ、そんなことを人に話しても。

 ……まあ、いいや。きみのお願いだ。思い出してみよう。


 僕が彼女と別れようと思った、その発端はTシャツだったと思う。

 そう、Tシャツ。

 Tシャツってさあ、捨てる直前がいちばん着心地がいいじゃない。体にしっくりしてさ。

 だから、家の中にいるときは、ぼろぼろのTシャツを着ていたわけ。

 ユニクロで買ったチャーリー・ブラウンのTシャツ。

 知っているでしょ?

 チャーリー・ブラウンだよ。ピーナッツの、スヌーピーの。

 緑色のチャーリー・ブラウンのTシャツを着ていたわけだよ。長い間、ぼろぼろになるまで。ちょっと大きめのサイズ感のやつをさ。首周りに穴があいていたけど、ぼくはへっちゃらだった。そりゃあ、郵便屋さんとかが来たとき、ちょっと恥ずかしかったけれど、まあ、彼らはともだちでも何でもないから、その羞恥心なんて瞬間的なものさ。つまり、我慢できた。

 そんなある日のことだった。同棲していた彼女が見かねて、新しいTシャツを買って来てくれた。まあ、その後、彼女に起きたことから逆算してみれば、買って来てしまったというべきだろうね。

 それはチャーリー・ブラウンの柄ちがいのTシャツで、ミスターサックがプリントされていた。ぼくはミスターサックが好きだったから、チャーリー・ブラウンよりもね、とてもうれしかった。

 うん?

 それで、もういらないと思って、彼女が古いほうのTシャツをぼくの知らぬ間に捨ててしまい、それが原因で別れた?

 ちがうよ。たしかに、古いTシャツはもうない。ぼくが捨ててしまったからね。捨てたのはぼくだよ。ぼくがぼくの意思で捨てた。


 こほん。それでね、ぼくは、さっそくその新しいTシャツを着て、約束があったから、ともだちの家へ向かった。

 事件、事件と言っていいのかな、それが起きたのは、その帰り道さ。

 通り道のローソンでタバコを買ったら、サークルの後輩の月代さんがアルバイトをしていた。

 彼女は、ぼくの新しいTシャツをかわいいと褒めたあと、もうすぐあがりだと言った。そして、何となくぼくに誘ってほしそうだったから、ぼくは飲みに行かないかと彼女を誘った。そしたら、彼女はついて来た。それで、ちゃんと居酒屋に行ったあと、ぼくたちはホテルに行って寝た。

 そう、一夜の過ちというやつだね。

 ぼくは同棲している彼女がはじめての女で、彼女以外と寝たことがなかった。だから、とても新鮮だった。何だか、ちがう行為をしているようだった。

 なぜ、月代さんと寝たのかだって?

 そりゃあ、ぼくも寝たかったし、彼女も寝たがっていた。それに、彼女はぼくの新しいTシャツを褒めてくれたしね。

 Tシャツを褒めてくれていなければ、ぼくが月代さんを飲みに誘うことはなかった。とうぜんの帰結として、一緒に寝ることもなかった。そういうこと。


 翌日の夕方。ぼくは寝間着代わりのチャーリー・ブラウンのTシャツに着替えようとしたが、首回りの背中側にあいている大きな穴を見て、これはもう着るべきではないのではないかと思った。新しいTシャツを買ったことだしね。

 ぼくはそこで、このTシャツはきょうまでで、明日の朝、洗濯機ではなく、ごみ箱へ捨ててしまおうということに決めた。


 その日の夜、ベッドで寝ようとしていると、彼女がねえと声をかけてきた。ぼくは、きょうはいいやと答えた。すると、彼女が何でと言った。調子が悪いのと言った。ぼくは何となくだよと答えた。そして、彼女は言った。浮気でもしたのと。女の勘はとても、そして異様に鋭い。しかし、それは単なる冗談だった。彼女は笑いながら、Tシャツの首回りにあいている穴越しに、ぼくの背中に爪を立てた。痛くはなかったが、なんだかとてもわずらわしかった。それから、ぼくは義務感から彼女を抱いた。何だか、とってもつまらなかった。それは彼女にも伝わっていたようだった。だから、ぼくは事が終わってから、たぶん、沈黙に耐え切れなくて言ってしまったんだと思う。そうだよ。きのう、サークルの後輩と寝たよと。


 それから、一晩中、大げんかとなり、彼女は家を出て行った。彼女が暴れたせいで部屋の中はむちゃくちゃになった。花瓶が割れて、床が水で濡れていた。ぼくが、それを脱いだチャーリー・ブラウンのTシャツでふいていると、彼女から電話がかかってきた。そこで、ぼくから別れを切り出し、ぼくたちは別れた。彼女はまさか別れ話になるとは思ってはいなかったようだったから、ぼくが彼女を捨てたようなものだね。


 いきさつは以上になるだろう。なにかの参考になったかい?

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理由 青切 吉十 @aogiri

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