全自動変身洗濯機

まさつき

身も心も、洗い流して

 見るからに怪しげな機械の前でユカリ女史は得意満面。

 花のような顔立ちと、雪みたいに白い肌を油まみれにしたまま佇んでいた。

 ずっと仕事をしていたのか、白衣もホコリだらけである。

 そこへいつものように、近所の少年サタケがやってきた。


「博士、こんちはー」

 汗をかきながら、大好きな女発明家マッドサイエンティストの研究室に遊びに来たのだ。

 外は猛暑日の夕刻、研究室の中も機械の熱で暑いまま。


「やあ、良いところに来たね少年っ」

「またヘンなモノを作ったの?」

 少年が興味津々に見上げる機械の姿は、ドラム式洗濯機にしか見えない。

 しかし大きさが違った。研究室の天井に届くほどの背丈がある。


「ヘンとは失敬な。これぞ私の新発明。名づけて『全自動変身洗濯機』。服の汚れも体の汚れも心の汚れも洗い流して、本当の自分を取り戻せるんだよ。すごいでしょ」

「心の汚れ?」

「大人になるとさあ、自分の気持ちを隠したり、ごまかしたり……いろいろあるの。そんな〝汚れ〟を、この洗濯機は全部きれいにしてくれるのさ」

 サタケは顔をくもらせて、後退った。いつもどおりに、悪い予感しかしないのだ。


「さあ少年! まずはキミが試すんだっ」

「えーっ、博士自分で試してないの?!」

「私はーぁ、心がぁ、キ・レ・イ、だからぁ……いいのっ」

 こうなると、ユカリ博士は後に引かない。いつもどおりに、サタケは実験に付き合うこととなった。

 渋々ながら、サタケはユカリ博士が開けた洗濯機の扉をくぐる。


「命に別状はないから、安心したまえ」

「あったら困るよ……て、うわわわ……なんかネバネバするぅ……」

「ただの〝心の洗浄液〟だよー。大丈夫大丈夫」と、ユカリ博士は楽しそうに洗濯機のスイッチを押した。


 ごぼぼぼぼ、アワアワアワ、ジャーシュー……ブロロロロ――。

 チンッ!


「おお! 出来た……じゃなかった、キレイになった?」

 わくわくしながら、ユカリ博士は装置の大扉を開く。


 しかし、少年の姿は、無かった。

 そこにあるのは、まっさらな素肌を晒した、美丈夫がひとり。

 すらりと背が高く、キラキラした瞳でユカリの顔を見つめている。

 体に何も身に着けていない。

 すべて洗い流されたのか――素っ裸である。

 ユカリの視線は、下を向いたまま動かない。

 やがて我に返り、美丈夫の顔を見上げた。

 ほんのりと上気した美顔に向けて、女博士はようやく声をかけた。


「えーっと……どなた?」

 頭の上から、低く穏やかな声がユカリの頬を撫でた。

「僕ですよ、サタケです。ユカリさん」

 洗濯機から、滑らかな肌のすらりとした素足がまろび出る。

 現れたのは、もはや見慣れたサタケ少年ではなかった。

 青年となったサタケである。の効果が強すぎたのだ。


「え、サタケ君……なの?! なんでっ、どういうこと!?」

 自分の発明の結果だというのに、ユカリは慌てふためきながらも……頬を染めていた。それほどに、青年の姿は美しいのだ。

 晴れやかなサタケ青年の声が響いた。


「素晴らしい発明です! 僕のユカリさんへの恋心がすべてあらわになって……これが本当の僕。姿も形も。ずっと君に言えなかった本当の気持ち。君の発明のおかげで、僕は生まれたままの自分を取り戻したんだ!」


 サタケはユカリの胸元に手を伸ばし、白衣のボタンを外してゆく。少年の頃からは想像できない大胆で手慣れた仕草で、油に汚れた白衣をはらりと落した。


「君もありのままの姿を、僕に見せて」

「あ……はい……♡」


 ユカリはすっかり陶然として、サタケに導かれるまま洗濯槽に足を踏み入れる。

 扉を閉め、サタケは静かにスイッチを押した。

 重たく機械が震えはじめる。


 心を洗う洗濯機はユカリの本当の姿を、熱い夜の中に剥き出しにするのだった。

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全自動変身洗濯機 まさつき @masatsuki

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