第一話 流行り病

学校に着き、俺等は「またね」と言葉を交わし別の教室に向かった。

俺らが通っている学校はいわゆる『魔法学校』という物だ。

『攻撃魔法科』、『防御魔法科』、『治癒魔法科』の3つの学科に別れており、俺は『治癒魔法科』、光香は普通科だ。

光香は攻撃、防御、治癒魔法に目覚めることがないまま高校生を迎えた。

「20歳になるまでに目覚める可能性はある。」という噂はあるが、光香は全然気にしてない様子で「まぁ攻撃も防御も治癒もいらないでしょ!」と、いつも笑いながら言っている。

俺は『治癒魔法』に目覚めた。まぁ多分「遺伝」だろう。


「……はぁ、学校めんどくせぇなぁ…。」


独り呟き扉を開けた。

扉を開けた瞬間、教室の中の視線が全て俺に向いた気がした。

いや、気がしたわけではなさそう…。

俺が席に着くと、教室内がざわめき始めた。

耳を澄ましてみると、全て「灯愛が来た!」という内容だった。

俺はできるだけ顔を伏せて机をぼーっと見つめる。

俺は、ちょっとしたことで有名だ。

別に特別イケメンでもないし、ずば抜けて成績がいいわけでもない。

逆に顔の場合は、平均的…というか特徴のない顔とよく言われる。

成績に関しても大体平均ぐらいだ。

じゃあなぜそんなに有名かって?

簡単な話だ。


「……席につけ。授業を始めるぞ。」


そう言い扉を開け教卓に向かうのは、戦慄センリツ ケン

この治癒魔法科の担当教師兼、俺の実の父親だ。

そう、俺が有名なのはこの人が原因だ。

親父は回復術師としてかなりの実力者だったらしい。

俺は教師をしている親父しか見た事なかったため昔は疑っていたが、親父の同僚から「この人こそが世界を救う。」と真剣な眼差しで言われ初めて本当なんだと実感した。

退職した今でも、よく応援を頼まれるほどだ。

そんな親父を誇りに思ってはいるが…、

俺は親父のことはあまり好きではない。


「……灯愛?おい灯愛!」


「え!?な、なんだ…!?」


隣の席の友達に声をかけられて驚く。

周りを見ると、クラスの全員が俺を見ていた。


「……あ!!」


状況を理解した俺は素早く立ち上がり、巨大な黒板に書いてある文字を読んで思考をできるだけ早く動かす。

しかし、賢先生は顔を顰め、呆れたようにため息をついた。


「もういい。座れ。」


冷たく言い放たれた。

俺は小さく「……すみません。」とだけ言って席に着く。


「怒られちゃったな~?」


煽るように隣の席の男に笑われる。


「……うっせーな。ほっとけよ…。」


頬杖をついてそっぽを向く。


「ごめんて~!」


にしし!っと言いながら謝るのは芽牙ガキバ 青焚セイタ。一言でいうと、俺の友達だ。

彼はとにかく人を煽ることが大好きだが、根は優しい奴だから勘違いしないでくれ。


「にしても珍しいな~?灯愛がぼーっとするなんて。あんだけ親父に怒られるのは勘弁って言ってたのにさ~?」


いつも通りの笑顔で不思議そうに聞く彼を横目に、ノートを埋めながら答えた。


「……いつの話だよ…。今は逆に、親父の言いなりになるほうがこりごりだ。」


俺は親父があまり好きではない。

理由は単純、自分の考えを押し付けてくるからだ。

親父は俺を回復術師にしたいらしい。俺からしたら大迷惑だ。

確かに俺の治癒魔法は遺伝か、結構強力なもので「才能がある」と色々な人に言われてきた。

しかし俺には将来も、就きたい職業も、自分に合った生き方も色々あったはずだ。

それを親父は「回復術師」という一つの道に俺を縛り付けた。


「回復術師になる気はない。」


そう毎回親父に訴えているが、

親父は「お前にはこの道しかないのだ。」とほざく。

その言葉に腹が立って仕方なかった。

妙な説得力があるのが余計にイラつく。


「……賢先生、なんでそんなに灯愛に執着するんだろうな。」


ふと思ったかのように、青焚は呟く。

一瞬、どういう意味か分からなかった。


「は?どういうこと?」


「いやーさ?」


彼は、真剣な顔で俺を見つめる。


「親が自分の子供に期待したり、過保護になりすぎて新しい道に子供を行かせたくなかったり、あと自分の職を継がせようとする親は大量にいるけどさ?」


「賢先生の場合、なんか違うんだよな~。」


すると彼は板書している親父をぼーっと見ながら独り言のようにつぶやく。


「愛って感じはしないし、ましては道具に使っているって感じもしないし…、なんか…灯愛が回復術師になった、


その先を見てるっていうか____」


「…おい二人とも、何を駄弁っている?」


その時、俺らの肩が分かりやすく大きく跳ねる。

明らかに怒っているような顔で賢先生は俺らを睨みつけた。

俺は思いっきり顔を逸らす。


「えっちょ、灯愛!?」


その瞬間、賢先生は青焚を睨みつけた。


「お前、そんなに私の授業を聞きたくないんだな?」


「こ、こここここれは違くてですね…!!」


「ほう?どう違うんだ?私に分かりやすいように教えてくれ。」


「え、えっとぉ、」


青焚はドチャクソに怒られ、授業が終わった。


「灯愛~!!ひでぇよ~!!」


彼は俺に抱き着き、涙目で叫ぶ。


「すまないな青焚。必要な犠牲だったんだ。」


ドヤ顔をかまして、青焚を煽る。

「この野郎!!」と青焚から痛くないパンチを食らった。

今日は午後の授業がないため、帰ろうと青焚と一緒に光香を待っていた。

その時、


「うひ…、うひひひひぃ……。」


変な笑い声のようなものが聞こえてきた。


「?なんだ?」


青焚は声のほうを見ようとしたが、

俺は彼の肩を力強く掴み、彼を止めた。


「ひ、灯愛…?どうした、怖い顔して。」


「………嫌な予感がする…。」


彼を説得しようとしたその時、


「きゃぁぁぁぁぁぁああ!!!!」


女子生徒の叫び声が聞こえた。


「!?」


俺ら二人は声のほうに駆け付ける。



「……っ!」


息をのんだ。

血まみれの廊下。

鼻を突くような独特な匂い。

怯えた顔で泣きじゃくっているのは普通科の女子生徒。

それを囲むように大勢の人が集まる。

その中心で、自分の臓器を引き摺り出し、自分の掌をさっきからカッターで刺しているのは、


____光香だった。


「光香!!」


俺は光香に駆け付ける。

後を追うように青焚も駆け寄った。


「み、光香!?どうした!!しっかりしろ!!」


光香の肩を掴み、彼女を揺らす。

彼女の眼は、焦点が合ってなかった。


「きもちぃ…、きもちわるいぃぃぃ…!!!!」


彼女はそう叫びながら、自分の掌を刺し続ける。

訳が分からず混乱していると、青焚に頭を強く叩かれた。


「何やってんだよ!!今光香を治せるのは俺等だけなんだぞ!!」


「!!」


その言葉で我に返った。

俺は急いで、とりあえず内臓の出た腹を治そうと手を近づけた。

青緑色の光が彼女の傷を治す。


「いや!!いやぁぁ!!私のお金ぇぇぇ!!!!」


「……は?」


一瞬、思考が止まった。

‟お金”…?

光香は、自分の臓器を金に換えようとしてるのか…?


「ふぇぇ…、うえぇぇっぇん!!ひどぉ゛いぃ!!ひぃくんの馬鹿ぁ゛!!!!」


そう叫び、彼女は俺にカッターを振り上げた。

腕に、ほんのりと痛みを感じる。


「…っ」


ギリギリで腕を頭の上に構えたおかげで何とか顔に傷を作らずに済んだ。

しかし腕に結構深く傷を負い、じわじわと痛みが脳に伝わる。


「うっぅえぇぇぇ…、頭痛いよぉぉぉぉ……、」


そう泣きじゃくっている彼女に心を痛めながらも、掌を治す。


「先生!!ここです!!」


その時、青焚が複数の先生を連れて戻ってきた。


「!!こ、これは…!!」


「は、早く戦慄先生を呼ばないと…!!」


教師達もパニックに陥る。

青焚は俺に駆け寄り、光香を見つめる。


「……光香の様子は?」


「…さっきから錯乱しているようだ…。傷は全て治した。」


状態を把握した彼は、光香に肩を貸し立ち上がる。

光香の体は驚くほど震えていた。



その後、光香は病院に運ばれた。


「……灯愛、ちょっといいか?」


親父に呼ばれ、俺は親父の部屋に向かう。


「……どうしたんだよ。親父。」


すると彼は、困ったような顔で俺に話し始める。


「……最近、とある病気が流行っているんだ。」


いきなりそんなことを言われ、少し戸惑った。

どんな病気も治す親父の口から、しかも困った顔で病気の話をするのは聞いたことがない。


「病気…?珍しいな。親父が病気の話をするなんて。」


「あぁ、今回は私も驚いている。」


親父は耳を疑うような事を言った。


「……‟治せないんだ”…。」


……は?

声が出なかった。意味が分からなかった。


「……親父に…、治せねぇ病気…?」


震えた声でやっと声を出す。

彼は、小さく頷いた。


「……そう、私にも治せないのだ…。その上、この病気は流行り病。回復術師でさえどうにもできない事態が続けばこの街はどうなるのか分からない。」


心臓がドクドク動く。

嫌な予感がした。

なぜ俺にその話をしてきたのか、なぜ今なのか、

そして…、あの‟彼女の奇行”は……、


「……まさか、光香のあの奇行は…、その‟流行り病”のせいって……。」


収まらない鼓動。

それがうるさくて仕方ない。

けどその瞬間、俺の呼吸は一瞬途切れた。


「………正解だ…。」


的中した。



その後の記憶はあまり残っていない。

とりあえず親父に体を休むよう言われ、家に帰ってきた。


「……ただいま…。」


「お帰りー…、あれ?にーちゃん顔色悪いね。」


無地のエプロンを身に着け、キッチンから声をかけるポニーテールの少女は戦慄センリツ 歌千カセン。俺の妹だ。

歌千は俺に近づき、額に手を当てた。


「うん、熱はないね。まぁ治癒魔法で治っちゃうか~!」


彼女は笑いながらキッチンに戻った。


「……ちょっと、友達が病気になっちまってな…。」


「んー?もしかして光香さん?」


言い当てられ動揺した。

すると彼女は、「やっぱり~!」とニヤニヤしながら茶碗を洗う。


「にーちゃん光香さん好きだもんね~!そりゃげっそりするわ~!」


「別に好きじゃねーよ。」


「あくまで幼馴染なだけ」と、何度も言っているはずだが…、なぜか千歌は俺が光香のことが好きだと妄想する。

否定しても「へいへい。」とニヤニヤする。そういう年頃なのだろうか…。

……正直普通に困る。


「……光香が、治せない病気になって___…って、ん?」


とあるものに目が留まった。

見覚えのない、‟観葉植物”。

いや、人工葉じゃない…、本物の植物?


「なぁ、この観葉植物なんだ?」


歌千に植物について聞いてみる。

すると歌千は、「あー、それー?」と観葉植物に近づく。


「なんか今日宅配がきてさ~?この観葉植物が届けられたんだ~。」


……宅配?


「てっきり、お父さんかにーちゃんが頼んだ物だと思ってたけど、違うの?」


絶対俺ではない。

ここ2ヶ月ぐらい俺は配達機能を使った覚えがない。

親父は…、買い物ガチ勢だからないだろう。

……なら、一体だれが…?


「にしてもこの植物、独特な匂いするんだよね~。」


そう言い、彼女は植物の匂いを嗅ぐ。

俺もそれにつられて匂いを嗅いだ。

確かに、鼻を突くような独特の青臭い匂い…。


「……ん?」


俺は、何度もその植物の匂いを嗅いでみる。


「え、に、にーちゃん……?どーしたの…?怖いよ……?」


動揺したような彼女の声を無視し、俺は匂いを嗅ぎ続ける。

ようやく分かった。


「この匂い…、あの時の光香の匂いと同じだ…。」


光香の病気は、これが原因だというのか?

けど、植物に病気を発症させることなんてあるのか…?

それも…、治癒魔法でも治せない病気を…?


「……光香もこの観葉植物を部屋に飾っていただけか…。」


とりあえず、そう結論付けることにした。



ベットに潜り、ぼーっとしていたらいつの間にか朝になっていた。

一応親父に、「光香に触れたお前にも病が移っている可能性があるからマスクはしとけ。」と言われ、マスクを生成魔法で生成し学校に向かった。


「……眠い…。」


目を擦りながらふらつく足取りで学校に向かった。

重たい足と鞄を引き摺りながら歩いていると、


「も、もしかして…!!治癒魔法学科の生徒ですか…!?」


とある中学生ぐらいの女の子に呼び止められた。

息を切らし、乱れた服で涙を流しながら俺の目の前に出てきた。


「え、あ、はいそうですが…。」


そう答えると、彼女は俺の腕を引き走った。


「え!?あ、あの…!!」


「助けてください!!お母さんが……!!」


泣きながらそう叫ぶ彼女に引っ張られて、母親の元に向かった。



彼女について行くと、そこには何台ものパトカーが止まっており、警察が複数人いた。

俺たちに気づいた一人の警察官が近寄る。


「え、もしかして、戦慄さんの息子さん?」


その警察は、俺の顔を見てそう言った。

親父の知り合いなのか…?


「あの、今どういう状況なんですか…?」


「あー…、それが……、」


俺は彼の案内で家の中に入れられた。


「……っ!?」


「離せ!!離せぇぇ゛ぇ!!!!」


そう警察官の腕の中で叫び暴れているのは、30代後半ぐらいの女性。

……この感じ、光香と同じだ…。

俺は彼女に近づき、手を翳す。

その時、俺の鼻に刺激が走る。


「……まさか…っ!!」


彼女の匂いを嗅ぐ。

昨日感じた、忘れられない匂い…。


「‟独特の青臭い匂い”……。」


やはりそうだ…。

この匂いは、あの観葉植物と同じ匂い。

なら…、あの植物が原因…?


「もしやこれは…、病気じゃない…?」


「___正解です。」


扉から、幼い声が響く。

その場にいる全員が後ろを振り返った。

腰より長く白い髪の毛、白いワンピースにサイズの合わないカーディガンを羽織り、体に合わない厚底のヒールブーツで足を包み、赤いマフラーを巻いている、重そうな二つの大きいバックを両手に持った幼い少女。

その少女は、聞き覚えのある‟耳をくすぐる声”で放った。


「それは、‟病気ではありません”。」

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過去からの迷い人。 時雨シグレ @utudesu

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