インダストリイズ アンフェア
ヒゲめん
インダストリイズ アンフェア
ここは廃墟ビル、年に二、三回かな、高校からの親友の野口ヒロと、ここで待ち合わせをしていて、俺はビルの中で待っている。二人が会えば、野口ヒロはいつも俺に、いつものお節介の小言を言う。彼は警視庁勤務でエリートキャリアど真ん中のバリバリの優等生、俺と一緒に警察に入り、そして、警視庁を去った俺を説得しようと、人目の付かない、この廃墟ビルで飽きもせず、説教をし、愚痴をこぼし、そして…。
そして、いつものように、この廃墟ビルに、階段を上がる野口ヒロの靴音がビル中に響く。その階段から現れ、セメントの埃だらけの灰色の冷たい床を嫌そうに歩き、俺を睨みながら近寄り、その野口ヒロはいつもの言葉を交わす。
「おい、真司、いつまでそんな生活を続けるつもりだ、今なら、まだ間に合う、俺が上に話をつけて戻してもらうように説得するから、また、一緒にやらないか?そんな社会のゴミみたいな反社組織で仕事するのはやめて、俺と一緒に本庁に戻ろうぜ」
この廃墟に来たときに俺に言う、いつも同じお決まりのセリフ、と言っても台本読んで喋ってる訳でもなく、まぁ、本気で俺を警視庁勤務に戻したい様だが、俺は給付金詐欺に関与していたとされ、汚職刑事としてマスコミに祭り上げられる予定だったが、警察の権力によって免れ、懲戒免職となり警視庁を去った。その後は知り合いのツテで反社の組織に入り、前科一犯のいわゆる、暴力団員となって活躍している。
そして、目の前に居るこの野口ヒロは、高校からの同級生で同じ東京大学に行き、同じく警視庁勤務となったが、俺がしくじったため、お互い、水と油な人生を歩き出し、年に一、二度、ここで落ち会って、このヒロに警視庁に戻るように毎度説得されている。
そして、俺はいつも、定番の野口のセリフに、このセリフで言い返す。
「それは無理だ、俺が詐欺を働いて免職になったのは、庁内で俺のことを煙たがってる奴が仕掛けた罠だ。そして、そいつらは、まだ、本庁のデスクに座って出世コースを歩いてる連中だ。戻った所で、俺に対する嫌がらせが続く。それだけならいいが、俺を復帰させたヒロ、お前までが奴らのターゲットにされっちまうから、俺は本庁を去ってよかったんだ」
この廃墟ビルに来て何度も、このセリフを舌を噛まずに言ってる。飽きもせず俺もよく言うよと自分で感心する。いつか、このヒロの前でこのセリフ以外を口にしたいがね。
そして、それを聞いたヒロが諦めもせず、お決まりのセリフを言う。
「それは、俺が何とかするっていつも言ってるだろ、お前を免職に追いやった連中なんか、とっくの昔に俺も見限っていて、とっくの昔に俺も嫌われているさ。そんな事気にする仲じゃなかったじゃないか、今ならまだ間に合うって、同じ高校、大学に進学して、一緒に何回も旅行に行った仲だろ、お願いだ、もう一度、本庁に戻って、俺達やり直そうよ、今なら間に合うからさ」
その後、俺がこのセリフを言う。
「今なら、今ならって、何年その言葉を俺に言ってる?正直に言うよ。元警視庁勤務の肩書のおかげで、俺はこの反社組織で、他の団員より優遇されていて、この稼業でも出世コース歩いてるんだよ。今は若頭補佐の付き添いになって部下も数人いる立場で、稼ぎは本庁勤務の十倍以上貰っていて、高級車を乗り回す程贅沢な暮らしをしている。今更辞められないね、悪い、もう戻る気ない。なんなら、お前がこっち来ればいいだろ、俺の下で働くなら、金は本庁の数倍出してやるぞ、お前、こっちの世界に来いよ」
「復帰する気が無いなら、なぜ、俺をここに呼ぶんだ」
ヒロのこのセリフに、最後は俺がこう返して、この場はお開きになる。
「お前から、警視庁の情報を聞きたくて呼んでるんだ。金ならここにある。なんなら、俺と組んで、ひと儲けしないか?今の収入じゃ生活きついだろ?俺と手を組んで、黒いボーナス貰わないか?」
バシッ
ヒロは、俺の頬を叩き、言葉を吐いた。
「俺は、お前が相談したいと言ったから、ここに来たんだ。ふざけるな!そんな頼み事なら、二度と俺を呼ぶな!いいな、俺も忙しんだ、お前みたいなロクデナシと付き合ってる暇なんかないんだ、もう、帰る。いいか、こんな下らない事で二度と呼ぶなよ!」
ヒロは階段を降りて、ビルから出て行った。俺はそんなヒロを見送り、近くにある、いつものコンクリートの固まりに腰掛け、別の、本当に用がある人物がやって来るのをしばらく待っていた。その人物はいつも、ヒロが帰ったのを確認してから、俺のところにやってくる。
コンクリートにしばらく腰掛けていると、小さな足音が、次第に大きくなっていき、その音が俺の目の前で止まり、そして、この男もいつものセリフを吐く。
「お前達、相変わらずだな」
俺はその男を睨み、怒り気味の声で話し掛ける。
「あんたが、そうさせたのでしょ、あんたが居なかったら、俺達二人は同じ本庁勤務の仲間でいられたんだよ」
その男は、少しニヤけながら、言い返した。
「ホント、野口もバカだよな、あいつが今でも庁内勤務でいられるのは、あいつの代わりにお前が暴力団組織に潜入捜査しているおかげなのにな、何も知らないバカだよな」
俺は睨みながら立ち上がり、この笑いながらふざけたセリフを吐く、この男の胸座を掴み、言葉を吐いた。
「あいつがこの潜入捜査を知ったら、あいつは責任感じて、俺の代わりに暴力団員になって潜入捜査するだろうがっ!そもそもな、もし俺が潜入捜査を辞めたら、あいつが、俺と同じように無実の汚名と罪を着せられて、俺の代わりに反社組織に潜入させると、お前に脅されるから、俺が今でも反社組織に潜ってんだよ、そうでなかったら、こんな汚い、肥溜めの組織の中に入るかよ」
目の前の男は、ニヤニヤしながら話を続けた。
「そうだよな、俺が、最初、野口を暴力団員になり済まして、反社組織に潜入捜査させるとお前に言ったら、そしたらさ、お前が野口の代わりに潜入捜査すると言い出して、お前が反社組織と内通して給付金詐欺に関与してると、俺がお前の嘘汚職事件をでっち上げて、警視庁をクビにして、その後、反社組織に拾ってもらって、そして、お前は今、反社組織が板に付いて、組のシマを任されてるやり手の悪党に成長したからね、いいね、幼馴染とのお熱い友情って」
俺は、怒りに任せて、その男をコンクリートの床に押し倒し、その男の上に乗り、拳を挙げたが、その男はニヤけた笑いとイラつかせる喋りを止めなかった。
「こういう潜入捜査は、お前らが適任なんだよ。調べは付いてるんだよ、お前と野口は高校時代から、一線を越えた仲だって、大学時代の二人だけの旅行でも熱く楽しんでるってね、実はさ、反社組織ってさ、男が好きな野郎が多くてね、そう言う趣味を持ってる野郎は裏社会で出世しやすいんだよ。だからお前と野口は、反社組織の潜入捜査に適任なんだよ。優秀な本庁勤務が欲しくて、俺が東京大学の学生を調べ上げて、お前達の特別な仲が見つかってな、それで、警視庁で働かないかって、大学時代に俺が誘ったんだよ。最初からお前達を反社に潜らせるためにね」
この男は笑いながら、ペラペラ喋りやがった。この、俺の目の前でニヤけてる野郎の名は安田警視正で、俺とヒロの上司だ。ヒロを反社組織に送り込まないという条件で、俺が悪人を演じて反社組織に潜りこんで、裏から情報を集める。こんな汚い任務をこのふざけた野郎からやらされてる。
このふざけた男は、まだニヤけた口を閉じずに動かし続けた。
「お前が今、下に就いてる若頭補佐の峰上龍二は相当の男好きだと、界隈では有名な話だ。そんな奴の下に就いて、お前はもう、その若頭補佐の右腕になってやがる。流石、俺がそっち方面で見込んだ男だ、お前はよくやってるよ。ったく、何回奴と関係持ったんだ?ホント、お前の腕はすごいよ、今度、俺にも味合わせてくれよ」
俺は、怒りが頂点に達し、拳を固め、この小汚い笑い顔の下の床は白いコンクリートなのを解っていながら、固めた拳を骨折する覚悟でその、汚い笑い顔の横を殴りつけた。
「こらこら、こんな所で病院に行くような怪我をされちゃ困るよ、俺や野口や今の任務のためにも、お前の体を大事にしてる峰上のためにも、もっと、自分の体を大事にしたらどうだ」
殴りつけた俺の拳はコンクリートに届かず、このふざけた男の手の平の上にあった。俺は口を開いた。
「俺は龍二とそんな関係にはなっていない。誤解されては困る」
目の前のその男は、また、ふざけた言葉で言い返した。
「じらしてるのか、全く、お前のテクニックはすごいよ、優秀なキャバ嬢は客とは関係持たないと言うしな、まだ三年しか経ってないのに、たくさんの組員を飛び越して、あの若頭補佐の直ぐ下に就くなんか、本人に気に入られてる以外に、どうやって、そんな出世が出来るんだよ。ホント、俺の目に狂いはなかった、お前は、俺が期待した以上にやってくれてる」
俺は、この男の手の平にある握り拳の力を緩める事なく、ふざけた野郎を睨みつけた。まだ、この男の口は、なんの遠慮もせずに動く。
「そろそろ本題の、任務の説明に入りたいんだが、俺を押し倒したまま、お前は何をしたいんだ?お前にとっても、ここでさっさと、用を済ました方がいいだろ、早く立ち上がって俺を起こせよ」
俺は、握り拳を震わせながら、その手を床に付いて立ち上がり、このくだらない男を睨みながら手を差し伸べた。その男は、俺の手を握って立ち上がり、スーツの白い汚れを払いながら話を進めた。
「あーあ、俺の稼ぎは所詮公務員、スーツ代も馬鹿にならないのに、家に帰って、この汚いスーツを見た女房が怖いよ」
「だったら、煽るんじゃね、最初から任務だけ説明すりゃいいだろ」
「一応、確認しないとね、完全に組織の手に染まっていないかと心配でね、現状、俺に協力するしか、今の道がないのを、お前に再確認させないとね、ミイラになったミイラ取りになられると困るんだよ」
ふざけた上司の安田警視正は、コンクリートに腰掛け、真剣な顔つきになり、今日、ここに来た目的を話し始めた。
「今回は、とあるキャバクラで未成年の女性が働いている店があって、その店を摘発したいのだが、摘発するためにこちらで周りを固めてるんだが決定打がなくてね、そこで、元本庁勤務で今は裏組織で活躍してる矢崎君、つまり、君に決定打になるような証拠を手に入れて欲しいんだ」
矢崎はコンクリートに座り、少し俯きながら返答をした。
「それって、俺らの支配下にある店ですか」
「いや、むしろ同じ系列だが、内情では君の組とは揉めてる前川組が牛耳ってる店だ」
矢崎は顔をしかめて言った。
「どうして親同士の因縁のある前川組のキャバクラを摘発するのに、俺に頼むんだ?俺に何ができる?」
「以前、君の組織の森岡組の若頭補佐である峰上龍二が、その前川組と揉めてケジメ付けられただろ、一応、表では同系の兄弟分の組織となってるから、事が大きくなる前に峰上が折れて、前川組に頭下げに行ったんだよな、まだそれを峰上は根に持ってる筈だ。だから、前川組の支配下のキャバクラが摘発される分には、お前にとっては都合がいいだろ、俺達は何としてでも、決定打が欲しいんだよ」
安田警視正は、淡々と説明を続けている。
「俺達が摘発したい、そのキャバクラについての情報だが、多分、お前も知ってると思うが、そのキャバクラがあるビルは六森ビルという名前で、一部はお前の峰上の支配下の店もあるが、そのキャバクラも含めて大部分が前川組の支配下で、ビル全ての店舗が前川組のシマになるのも時間の問題くらい、こっちの調べでとっくに調査済みだ。昔は森岡組のシマで峰上が受け持っていたのに、今では前川組にほとんど取られたのも知ってる」
なるほど、あの六森ビルのキャバクラ「ライアン」を安田は言ってるのかと、俺は理解した。あのビルは、前川組と峰上補佐の間で揉めた、因果のあるビルだ。俺に任務を持ち掛けた理由も見えてきた。
安田は続けて、任務と今の俺の立場との関係性を説明をした。
「そこでだ、そのビルで一番稼ぎのあるキャバクラが違法で摘発されて営業停止喰らったら、ビルのオーナーと前川組との関係に亀裂が入る。そんな美味しい話が、森岡組の峰上やお前の耳に入ったら、お前の組や補佐はどうするのさ、わかるだろ、それがお前の手柄になるんだよ。いいな、今回のこの捜査に、お前も動いて貰う。なんとか、あの店を摘発できる、決定的な証拠を用意してくれ。頼んだぞ」
安田警視正は、矢崎に書類を渡して、席を立ち、矢崎の返事も聞かずにその場から去った。この安田の、有無も言わずやれという横暴な無言の態度は、この後お前がどう動くかは、全てお前の判断で、全てお前の自己責任で動けという態度を示してる、ふざけた態度だ。
俺はしばらく、その書類を眺め、全て、目を通した。
書類の内容は以下だ。六森ビルに店舗を構えているキャバクラ「ライアン」で働いているキャバ嬢の中に二人、未成年がいるらしい、一人は藤崎來未で十六才、高校入学して間もなく家出をして、ここで働いているらしく、これだけしか情報は書かれていない。もう一人は入江ミユの十四才で中学不登校、前川組に親が借りた借金があるらしく、その借金の支払いのために、この店で働かされてるとの事、両方の親などの情報は一切書かれていない。書かれている情報は以上のみだ。
ちなみ、この六森ビルは元々、俺がいる森岡組のシマで峰上補佐が受け持っていたが、補佐と前川組が揉めたトラブルで補佐が、前川組に詫びに行った後に、ほとんど前川組にシマを取られたという、補佐と前川組との因縁のビルであり、峰上の下の俺が無関係でもないビルである。
だが、このビルの店の摘発に、俺が動いたのがバレたら、タダでは済まない。間違いなく俺は消されて、最悪、森岡組は系列から絶縁され、解散になってもおかしくない、危険な任務だ。目立った動きは無論できないし、補佐にも相談出来ない。つまり、敵にも、味方にも、相談できずに、隠密に行動しないといけない難しい内容だ。この隠ぺいが成功した後も、俺がした事はバレてはいけない、バレると、前川組から恨まれ、仕返しが来るだろう、危険な難題だ。
俺は、書類を持って廃墟ビルを出て、愛車であるグレーのレクサスに乗り、取り敢えず家に帰った。
そして、バーボンをグラスに入れて、それを手に持ちながら、しばらく考えた。まずは何より、目的のキャバクラ店「ライアン」に誰かを送り込み、この店の内部事情を知らねばならない。一応、軽くは情報を集めるが、その情報集めを誰かに感づかれて、俺が怪しまれたら終わりなので、目立って動くことは出来ない。そう考えると、内部に誰かを侵入させるのが手堅い。とりあえず、今はそれだけを考えて、俺は家を出て、組に戻った。
潮の香りとヒールの女
今、俺は組の事務所でデスクワークをしている。反社組織でも金を扱う以上、各店の経営状況や税金計算を含めた経理など、カタギの会社と変わりない卓上の業務がある。窓を見ると外はもう真っ暗になってる。仕事にひと段落ついたので、俺の上司である峰上龍二若頭補佐に話し掛けた。
「補佐、俺の用はもう済みましたが、俺が手伝えるものは、何かありますか?補佐」
補佐は、ソファで煙草を吹かしていた。補佐はこちらを振り向きもせず、返事をした。
「んん、別にないな、あ、俺もやることがなくなったし、もう、事務所閉めるか」
俺は、周りを見回して答えた。
「じゃ、残ってる若い者はどうしますか?俺が連れて行きましょうか?」
「いや、俺がみんな店に連れて行くわ、お前も来るか」
俺は、これから、寄る店があるので断ろうとした。
「今日は、ちょっと行かないといけない店があって、申し訳ないっすが、別行動させてもらいます」
「そうなのか、わかった。じゃ、帰っていいぞ、あっ、そうそう、今週、伯父貴に顔見せに行かないといけないから、矢崎、お前ついてきてくれ、そのときは一泊するから、一日空けておけよ」
補佐は座ったままで、俺に振り返りながら用を言った。
俺はそれに対して、日程の書かれたホワイトボードを見ながら答えた。
「あ、この日ですね、わかりました。この日は予定入れません、それでいいですか」
「おう、じゃ、俺の用はもういいぞ」
「わかりました、では、お先に失礼します」
俺は、補佐に礼をして、若い衆のお疲れの挨拶が響く事務所を出て行った。
俺は、森岡組のシマで一番稼いでるキャバクラ店『ギャザ』に入り、カウンターに座ってバーボンを頼んだ。そして、バーテンダーに、とある言付けを伝えて、一杯飲んで出て行った。キャバクラの客が座る席は、ほとんどがボックスのソファなので、カウンター使うのは森岡組の者と客に就いてないキャバ嬢くらいだった。
俺は店を出て、ラーメン屋に寄ったり、ぶらぶらしながら、深夜二時半、港の波止場に着いた。そこで座って、しばらく待っていると、甲高いヒールの足音を立てて、一人の女がやって来て話し掛けた。
「あんた、久々にやって来たと思ったら、いつも、ここに呼び出して何なのよ」
俺は、その女に近寄り、問いに答えた。
「たまにの方がいいんじゃないか、お前は闇金から億の借金を抱えてる女で、俺はその借金女の取り立てを任されてる闇金勤めの男、毎日店に行って借金を催促してもいいんだぜ」
「ちゃんと払ってるだろ、払ってるなら会う必要ないだろ」
「利息分は何とかな、まっ、沢山儲かった月は多く払ってるから、額は少しずつ減ってきてはいるけどな、雀の涙ほどで、完済に何十年もかかるかとは思うが」
「雀の涙は言い過ぎだろ、一応、あの店で一番稼いでるエースだよ、私は」
「確かに、あの店で一番稼いでるキャバ嬢さ、俺の目に狂いはなかった。本来なら、下品な店で働かされるのを、俺が補佐に頼んで見逃して貰った。そして、お前の借用書は、俺に任せられて、お前は、あの店で働くようにして貰えた」
「それには、感謝してるよ、私が父親と胡散臭い金融に借りに行ったとき、受付にはあんたが座ってた。そして、当時区役所勤務だった私のサインでお金を借りたのが始まりだった」
「ああ、覚えてるさ、それから、何回か、店の受付で会って、お前が並の女じゃないと感じ取って、下品な店に沈めないように、今の補佐に説得した」
「私が欲しかったのかい」
「いや、下品な店に沈めるのは何もない女だけだ、持ってる女はそんな店で安く稼ぐのは、かえって損する。お前のように、キャバ嬢にした方が何倍も稼げるし、キズものじゃないから、惚れ込んだ客が現れたら更に、その男から踏んだくれる。下品な店で働くより、もっと稼げる女と見たのさ」
女は、上を向き、笑いながら言い返した。
「あんたの何が、そう思わせたのさ?何が疼いたんだよ」
「俺とお前は借金取りと負債者の関係なんだよ、まだ白い女に手を出すのは縁起が悪いんだ、そんな女を汚すと、稼げる女が稼げなくなるんだ、不思議とね」
女はため息つき、視線は少し下になり、話を続けた。
「今日は何の用でここに呼んだんだい?ここに呼ぶときは、必ず、私に頼み事だろ」
俺は女の方を向き、近づいた後、本題に入った。
「その通りだ、頼み事だ、お前に今の店を辞めて貰いたい」
女は目を見開きながら、俺に振り向いて答えた。
「どうしてだい?私がなんかやったのかい?なぜ上手く稼いでる店を辞めなきゃいけないんだい」
俺は話を続けた。
「お前に、前川組が経営してるキャバクラに勤めて貰いたいんだ、今の店を揉めた事にしてね」
女は少し睨んで喋った。
「なんだって?俺を追い出すのか?なぜだ?借金はどうするんだ?」
俺は静かに、率直に話を続けた。
「前川組に昔取られたシマの店にスパイで勤めて欲しいんだ。その店の情報が今、どうしても欲しいんだ。そのかわり、借金は一千万円減らして、利息は無期限で凍結する。それが報酬だ」
「どうして私を追い出すのさ、ちゃんと仕事はやってるだろ」
「落ち着け、俺はどうしても、前川組が持ってる店の内部事情が知りたいんだ。そして、それを知るには、その店にスパイを送り込むのが一番、そして、それを頼めるのはお前しかいないんだよ、だから、お前の借金を減らしてやってでも、お前にその店に潜入して内部を教えて欲しいんだ」
女は、しばらく考え込んだ。長い時間、難しい顔をした後、肩で息をして前を向き、返事をした。
「いいよ、わかったよ、店を辞めて、その前川組の店で働けばいいんだね」
俺は少しホッとして、返事をした。
「ああ、俺には、お前しかいないんだ。頼む」
俺は、更に今回の頼み事について、淡々と説明し続けた。
「店を辞めるときは、店長やママと喧嘩して、店と揉めて辞めてくれ。その方が店に潜入しやすい。そして、最初に、森岡組に借金があるのも店に教えてくれ、俺が取り立てに行って、お前の処遇を確認する。お前が信頼されてるなら、俺にお前を差し出さずに、俺を追い払うだろうだろう、それで様子を見たい」
女はため息をつきながら返事をした。
「世話になった店とやりたくもない喧嘩をして出ていくんだね、はぁ」
俺は説明を続けた。
「今回の件が上手く行けば、前川組の店は潰れて森岡組のシマに代わるから、そうなったら、お前は五年程、森岡組に近づかないでくれ、それはお前のためだ。片付いてすぐに戻られると、お前がスパイだってバレて、お前が前川組から狙われるから、しばらくは離れて貰って、折りが来たら、お前が逃げ延びた場所を、俺が突き止めて捕まえた事にして、元の店に無理やり働かせる段取りでやる」
女は笑いながら話した。
「あははははは、そのまま私がトンヅラして消えたらどうするんだい」
俺もニヤけながら答えた。
「お前は上等の女だ、俺が逃す筈がない、絶対に見つけだして、俺の傍にずっと置いてやる」
女は手の平を肩の高さで上に向けて、肩を上げた後、答えた。
「あたいは、そんなトロい女じゃないよ、まぁいいさ、借金が無くなるなら、その話に乗るよ。今の店と喧嘩別れして、あんたの言う、前川組の店に勤めて、あんたに、ここで報告すればいいんだね、それで借金チャラになれば楽なものよ、引き受けるよ」
「借金はチャラじゃない、一千万円減って数年間、利息を凍結するだけだ」
「はいはい、さっそく明日から始めるから、今日はもう、帰るわ、他に何かある」
「わかってはいると思うが、これは、絶対、他には言うなよ、以上だ」
女は、黙って、ハイヒールの尖った靴音を響かせながら帰って行った。
数日後、俺は、若頭補佐との約束通り、伯父貴に挨拶に来た。場所は車で数時間の所で、今回は補佐の車に乗って、目的の場所に伺った。
そこでは、補佐が伯父貴と軽い談笑をしながら、お互いの事務所の動向や状況を軽く探りあってた。その中には、補佐が前川組と揉めた話も出て来た。伯父貴は話をつけてやろうと言ってはいたが、補佐は丁重に断っていた。
時は三時過ぎ、伯父貴は席を立ち、一向は料亭を出て、伯父貴と補佐はここで別れた。そして、今は、車に乗ってホテルに向かう途中で、補佐が話し掛けた。
「そう言えば、アズサ、店辞めたよ、なんかいきなり、ママと揉めてな、啖呵を切って、店を出て行って次の日、店に辞めると電話してきたみたいだ、お前、アズサに何かしたか?あいつ、店で一番稼ぐから、こっちはかなりキツくなるんだが、お前も借金残ってるからヤバいだろ、どうする?」
アズサは、港で話し合い、前川組のキャバクラに潜入して貰うキャバ嬢の名だ。予定通り店と喧嘩別れして辞めてくれたらしい。俺は言葉を返した。
「それは困ります、まだかなり借金残ってるから、これでトンズラやられると俺も辛いっすよ」
「なら、このアズサの件はお前に任せるぞ、探し出して連れ戻してくれ」
俺は、返事をした。
「わかりました。ええと、さっきの伯父貴との会話ですが、前川組の件で伯父貴が話をつけると言ってくれたのに、なぜ、断ったんですか」
補佐は答えた。
「あ、あれはな、口先では助けてやるとは言ってるがな、伯父貴の本心は俺達に貸しを作り、前川組に取られたシマの分け前を取ろうって考えてる、下手するとシマをみんな横取りされて、俺が親父に怒られるんだ。伯父貴に頼む前になぜ、親の俺に相談しないのかってね、親父に相談したら間違いなく、前川組にやられた俺のシマは全部、組長の親父が持って行ってしまうけどね」
この世界で人に頼るのは、稼ぎを頼った相手に差し出すのと同じ、助けてやるという言葉はハイエナが餌を横取り宣言してると思った方がいい。
補佐と話してる内に、車はホテルに到着した。俺と補佐はフロントでキーを貰い、エレベーターで移動して、キーの番号と同じ部屋を探していた。すると、補佐が話し掛けた。
「今日は言いたい事があるから、先にお前の部屋に行くぞ」
俺は同じ番号の部屋を見つけ、俺と補佐は俺の泊まる部屋に入った。
すると、補佐は俺の肩を壁に押し付け、顔を俺の目の前まで近づけて話した。
「なぁ、そろそろ好いだろ、今日連れてきたのは、お前と二人っきりになりたかったからだよ」
補佐は、顔を俺の左側に近づけ、吐息を左耳に吐いた。
「俺がなぜ、お前を今まで、どの部下よりも大事に扱ってきたか、俺の大事なシマや借金取りの客をお前に任せてきた。取り分は山分けでな、俺の下に就いて数年程で、俺の稼ぎの大半を任せて、行く行くは、俺のシマと稼ぎを全てお前に任せるつもりでいる。今日は、お前と二人で時間を過ごしたいから、ホテルに泊まると決めたんだ。今日は二人でゆっくり過ごそうや」
補佐は左横から左手を、俺の顎と右頬を包み込み、補佐の口先が左耳に触れるのを感じた。
俺は、補佐とは逆の右を向き、補佐に言い返した。
「でも、今、揉めてる前川組の件、俺は一切関与していませんが」
補佐は、俺の顔を包み込んだ左腕の先の手のひらで俺の髪を撫でながら言った。
「前川組との件は、一発触発で、下手すると命の取り合いになる、ここは長年、俺を慕ってる石井に任せてる。危険な仕事だ、お前には、ちと早い」
俺は、不機嫌そうに応えた。
「いざとなったら、俺は子供扱いされるんですね、補佐が困ったとき、子供の俺はのけ者扱いで、補佐にとって俺は、母が可愛がってる息子みたいな感じですか」
補佐は、左手で俺の髪を撫でながら返答した。
「何を拗ねてる?お前は元エリートで稼ぎの大半を任せてるが、組同士の揉め事は長年の経験が大事だ。心配するな、行く行くは、それらもお前に任せるつもりだ。今は俺の稼ぎを扱えばいい」
俺は強い口調で喋った。
「俺は覚悟してこの世界に入ったんです、俺はこの稼業の仕事を全て補佐に任せられたいんです、金勘定するために、この組の門を叩き、補佐の下に就いたんじゃ無いんです、俺にこの稼業の本業を任せる気がないのなら、補佐の下に長く居る気は無いですね」
補佐は、顔色を変え、撫でてた左手を肩の後ろまで振りかぶり、その左手を、俺の顔の右側の壁に叩きつけた。
「俺のしてやってる事に不満か?ここまで、お前にしてやって、お前をかわいがり過ぎて、文句言ってる下の者もいるのに、なんだ、その態度は、他の組の揉め事なんて、本来のこの稼業の仕事じゃねんだよ、そんなの映画やアニメの世界で現実は違う。ここで生きて行くなら金が全てだ、ここは、稼ぎさえあれば、上にのし上がれる。金が組や組織での強さなんだ。その大事な稼ぎの大半をお前に任せて、周りの部下が俺に不満を持ってて大変なんだ。どうしてそれをわかってくれないんだ」
俺はまだ、補佐の居ない右を向き、冷たく言い返した。
「前川組の件、俺に任せてくれると思ってました。俺は金勘定だけやらされて、補佐の下でどの部下よりも稼ぎが多くなりましたが、他との揉め合いになったら別の部下に頼んで、俺は手を汚さずに優遇されてるから、皆が俺に対して不満をこぼしてる。他の組との揉め合いだからこそ、補佐は俺に任せてくれると思ってました。補佐が俺を裏切ったんです」
補佐は、鬼の形相に変わり、俺に怒鳴りつけた。
「じゃ、お前に何が出来るんだ!まだ、この世界で四年くらいの、駆け出しのお前が出来る仕事じゃねぇって!わからないのか」
俺は間髪入れずに言い返した。
「わからないです、俺は、補佐から、ここの組員として、認められてると思ってました。この件も俺に任せると思ってました」
補佐はもう一度、左腕を振りかぶり、壁に左手を叩きつけて怒鳴った。
「わかった、素人のお前に何が出来るかやって貰おうじゃないか、お前が前川組相手に何が出来るか、見届けてやるよ。けどな、この件は俺だけじゃなく、組のメンツにも係わる大事だ。もし、お前がやった事で、俺達の組が下手売ったら、俺が庇いきれなくなる。お前の指が何本も飛ぶのを覚悟しとけよ」
俺は返事を返した。
「じゃ、この前川組との問題は、俺が動いても良いって事ですよね」
補佐はキレながら返答した。
「ああ、デカい口叩いたお前に、何が出来るのか見てやるよ」
俺は、右にある、壁についた補佐の左手をくぐって、部屋のドアに向かいながら言った。
「補佐、ありがとうごさいます、颯爽、組に戻って、前川組について調べます。このままじゃ、補佐の立場がありません、俺は前川組が許せないんです、急いで組に帰ります」
俺はドアを開け、部屋を出て行って、外に出てタクシーを拾い、ホテルを後にした。
アズサ、ライアンに乗り込む
亜谷アズサ、会社の経営者であった父の借金を背負い、その借用書を手にした森岡組の峰上がアズサを矢崎に預けて、その矢崎の紹介で、森岡組が経営してるキャバクラに勤めるようになる。それからアズサは、その店で一番稼ぐキャバ嬢にまで上り詰めたが、矢崎の面倒な頼み事のせいで、今まで世話になった店のママとオーナーに強引に喧嘩を仕掛けて、その店と喧嘩別れして辞めて去ってしまった。
その後のアズサは、現在、六森ビルのエレベーターに乗り、最上階にある。前川組が持ってるキャバクラ『ライアン』に向かっている。ちなみに、この六森ビル、昔は森岡組のシマだったが、峰上が前川組と揉めたのが原因で、ビルのオーナーとの関係が悪くなり、ほとんどが前川組のシマに代わった。
最上階に着いたエレベーターはゆっくり開き、その中から、服とアクセサリーと持ち物を全てブランドで固め、モデル歩きをするお高い女に装ったアズサを吐き出した。
この最上階は全てのフロアがキャバクラ『ライアン』となっていて、エレベーターの外は、既に店の中になっていた。右には受付のカウンターがあるが、今は営業していないせいか誰もいない。お高い装備をしたアズサは、床磨きをしてる男性に声を掛けた。
「ええと、今日の三時から面接の予定のアズサですが、私はどこに行けばいいですか?」
モップを持ってる男は、アズサに振り向き、モップを置いて対応した。
「貴方がアズサさんですか、今日、面接ですよね、私はこの店の店長の柴と申します。お電話でアズサさんのお店の経歴をお聞きしましたが、それについて、この店のオーナーがいろいろ聞きたいそうなので、しばらく、そこの席で休んで貰えませんか、飲み物はすぐにお出しします。オーナーは、予定時間の三時には来ると思いますので、席でゆっくりしててください。それから、アズサさんの席は、もう掃除は済んでいますが、他の席はまだですので、私はオーナーが来るまで掃除を続けさせて貰います。ご了承下さい」
アズサは席に座って待った。
しばらく経つとエレベーターの扉が開き、中から、二人を後ろに従わせた、値の張りそうなスーツを着たオールバックの男が出て来た。
その男は、掃除をする店長に話し掛けた。
「おい、柴、今日、面接に来る女は居るか」
店長の柴は答えた。
「はい、そこの席で待ってます」
その声を聞いて、アズサは席を立ち、オールバックの男はアズサを眺めた後、店長に喋った。
「わかった、そしたら、その席で話そうか」
オールバックの男はアズサの座ってる席へ少し歩いたが、何かを思い出し、掃除してる店長に再び話し掛けた。
「おい、柴、また手下が、スマホの使い方がわからなくて困ってるから、代わりに操作してくれないか?俺の部下は文字の打ち方もわからないバカばっかりだからな」
「はい、わかりました。用が済めば、私も面接に同席します」
店長はそう言った後、掃除道具を持って、オールバックの手下と一緒に裏へ下がった。
そのオールバックの男は、アズサの席に向かい、アズサに話し掛けた。
「お前が、あのギャザで働いていた嬢か」
アズサは、返答をした。
「はい、以前はギャザで働いていました」
ちなみにギャザは、アズサが少し前まで働いていた、森岡組が持ってたキャバクラ店の名前だ。先ほど、裏に行ってた店長がここにやって来て、オールバックの男の横に就いた。
オールバックの男は、話を続けた。
「俺達の調べによると、ギャザで一番稼いでたみたいだな、かなり稼いでたのに、どうして辞めたんだ」
アズサは直ぐに答えた。
「店長やオーナーと揉めてしまって、おまけに、借金返済が遅いってうるさくて、我慢も限界がきてブチかましてしまってね、そのまま店を出たんだよ」
オールバックは少し、含み笑いをしながら喋った。
「借金か、かなりあるみたいだな、それで、なぜ、俺の店で勤めようと思ったんだ」
「他の店の募集にも行きましたが、ギャザのオーナーの息が掛かった店が多くて、なかなか採用して貰えず、ここに来ました」
「そうか、しかし、ギャザではかなり稼いでたと聞いたが、ここはギャザと違って店の大きさも格も二つくらい上だからな、ここで沢山稼ぐ自信はあるのか」
アズサは答えた。
「ありますよ、半年以内に、ここの誰よりも稼げる女になると思いますね」
オールバックは笑いながら答えた。
「はっは、この店をギャザみたいな三流の店と同じにされると困るよ」
「この地域で一番稼いでる店は間違いなくギャザでしょ」
「それは、ギャザのオーナーが見栄張って、大きなホラ吹いてるだけだろ、ギャザはもう落ち目さ、今は俺の、この『ライアン』が、ここらでは一番だね」
アズサも笑いながら答えた。
「じゃ、私を雇って、店の稼ぎを上げたら、辞めた私の分の稼ぎが減ったギャザよりも上だって、周りから、見栄張ってると思われずに言えるね」
オールバックは、煙草を取り出しながら喋った。
「でもな、一度でも店と揉めた女はね、難しいね」
アズサは、持参の宝石が散りばめられたライターを両手で持ち、オールバックの咥えた煙草に火を付けた後に答えた。
「そうですよね、ギャザのオーナーは、この地域ではかなり権力があるから、どの店に行っても、すぐに断られるんですよ、貴方も怖いですよね、ギャザのオーナーに睨まれるとね」
オールバックは煙を吹かしながら、アズサを睨みながら喋った。
「店と揉める女はどの店でも揉めるからって意味だ、何勘違いしている」
アズサは、間髪入れずに言い返した。
「えっ、私はそのつもりで言った筈ですが、どの店でも、私の信用が無いという意味ですが?オーナーは何を勘違いされて、話されてるのですか?」
オールバックは煙草を灰皿に強めに叩いて言い返した。
「お前、言っただろ、俺が怖がってるって」
アズサは直ぐに言い返した。
「はい!私が、いつ、この店でも揉めるか怖がってると言う意味で言いました。オーナーはなぜ、その言葉が気になったのですか?オーナーが恐れているものは他にあるのですか?暴力団が怖いのですか?確かに怖いですよね、私も反社組織は怖いですよ、店を経営してるオーナーも大変ですよね、ギャザのバックにいる暴力団に目を付けられるとね」
オールバックは灰皿に煙草を押し付けて、声のトーンを下げて喋った。
「はぁ?何を言ってる、お前、ここに何しに来た、俺に何を言いたくてここに来たんだ」
アズサは少し横を向いて答えた。
「私は、ギャザを辞めてから、どの店に行っても、ギャザと繋がってる暴力団の圧力で働くのを断られているんだ、でも、知り合いからの話では、ここはギャザの店とオーナーを嫌ってるから働かして貰えると聞いて、面接に来ました。この店も、ギャザのバックの暴力団に恐れをなして、私を追い出すって言うなら、諦めるしかないじゃないですか」
オールバックはアズサを睨みつけて、チラッと周囲を見回した後、静かに強く言葉を吐いた。
「お前、知ってるだろ、ここがどの組のシマかって、知ってて言ってるだろ、お前、舐めてるのか、本気だぞ、それ以上言うと、タダじゃおかねぇぞ」
アズサは睨み返して、静かに淡々と話した。
「タダじゃおかないって、私に何をするんですか、ギャザから目を付けられてる私をどうするをつもりで?私を縛ってギャザに差し出して、ギャザのオーナーのご機嫌を取るつもりですか?」
オールバックは灰皿を横に蹴り飛ばし、アズサの目の前まで顔を近づけて睨みつけた。横にいる店長の柴は、オーナーの体を抱いて、前のめりのオールバックのオーナーを止めようとした。
「お前、そんな口で、ここで働けると思ってるのか?ああ」
アズサは、冷たい顔で視線を下に下げた後、その顔を上げてオールバックの目を見つめ、静かに言った。
「私は、今まで、身を粉にして働いて、尽くしてきたのに、捨て猫のように捨てた。あのギャザのママとオーナーが憎いんです。あいつらに一泡吹かせたいんです。今まで精一杯働いて、ここまで私を追い込むあいつらが憎いんです。でも、ここなら、私を働かしてくれて、あいつらに見返せると思って、オーナーに会いに来たんです。ここが駄目なら、遠くに逃れて、一から出直すしかありません。今までの、過ぎた言動、申し訳ございませんでした。ギャザのバックの暴力団の息が、この店にまで息が掛かってるなら、私はもう、終わりだと思ったら気が動転して、ヒステリーを起こしてしまいました。無礼な態度、許して下さい」
アズサの目は少し潤んでいた。前のめりで立ったままのオールバックは左に少し向いた後、背筋を伸ばし、襟を正し、静かに席に就いて、両腕を広げてをソファの上部に置いて、肩の力を抜きながら話を進めた。
「はぁ~あ、俺は最初から、お前を雇うつもりだったのにね、まぁ、俺も悪かったわ、それにしても、ギャザは飛んでもない女を雇ってるな、あっちの嬢の教育はどうなってるんだ、全く、おいっ、この店でな、ママや他の女や、俺の知り合いに、さっきみたいな態度はするなよ、これからこの店で、もう一度、今みたいに揉めたら、問答無用で出て行って貰う。そのときはお前、もう、この街では生きて行けないと思えよ、ったく、度胸ある女だ、決めたよ、採用するよ、今日から、この『ライアン』で働いて貰う」
アズサは、涙を流して、テーブル越しにオールバックの首に抱き着き、歓喜の言葉を言った。
「ありがとうございます!今までの無礼ごめんなさい!今日から一生懸命働きます!ホントにありがとうございます、私、変な事言っちゃって、ホントは、ヤバい、ヤバい、って心の中で思いながら、泣きそうになってました!ごめんなさい、そして、ありがとうございます」
オールバックは照れ臭そうに喋った。
「もういいよ、こっちも言い過ぎたし、今日はあの、ギャザの店を、いろいろ聞こうと思って話に来たのに、まさか、こうなるとは思わなかったよ、いいよ、はぁあ、ホント女は怖いよ、お前って、なんか難しそうにも感じるが、あのギャザで一番の稼ぎ頭ってのも、なんとなくわかるな、この店の、どの女にもいない、独特の棘と魅力と色気がある。森岡組のことは心配するな、この店で働いてる内なら、なんかあったら俺に言ってこい。ここで稼いでくれるなら、森岡組の心配はする必要はない」
アズサは抱き着いた両手を緩め、オールバックの顔に済んだ笑顔を接近させ、申し訳なさそうに喋った。
「あのう…、その森岡組のところに…、に少し借金があって、取り立てがくるかもしれませんが…」
オールバックが笑いながら言った。
「店に来るなら大丈夫だ、心配するな、家まで来るなら警察に電話しな、今は暴対法ですぐにサツに目を付けられるからな、金なんか払わなくていいぞ、大丈夫だ」
アズサはまた喜んで、オールバックに抱きついた。
オールバックは横にいる店長に話し掛けた。
「おい、柴、この女にこの店の説明をしてやれ、今日は、俺の知り合いの社長が来るから、この子を付けてやれ、それで、どうだったか後で俺に報告してくれ、それから、柴、先月、客数は変わらないのに、売り上げ落ちてたよな、どうなってるんだ、女にもっと酒を飲ますように言っとけ、ちゃんと酒を仕入れてるのか?掃除もちゃんとしろよ、ったく、使えねぇな、一流大学卒のエリートさんはよ、こいつ、慶応卒だぜ、慶応出て、キャバクラの店長だよ、面白い奴だ」
店長は席を立ち、アズサに挨拶をした後、店の中を案内しだした。髪をオールバックにしてるオーナーは、手下に酒を持ってくるように命令して、一杯酒を飲んだ後、手下と一緒に店を出た。
堕ちぶれたエリート達
ライアンの店は、最上階のフロア全てが店の敷地になっており、エレベーターの扉が開くと、すぐに受付のカウンターがある構造で、この店のオーナーの手下が交代でボディーガードとして働いており、カウンターの傍に立っていた。
アズサもライアンに勤めるようになってから一ヶ月くらいは経った。アズサは持ち前の接客力でどんどん指名客を増やし、一ヶ月でこの店の上位の位置に付いた。今日もアズサはライアンで勤めていた。
すると、今日は控室のほうが、何やら騒がしかった。アズサは指名客と席に座り接客していたが、騒ぎが気になるので、お手洗いに行くと客に伝え、席を外して、控室に向かった。
控室のドアから、怒鳴り声が聞こえた。オーナーの手下と店長が話し合ってるみたいだ。
「井出さん、飲み過ぎです、声が大きいです、静かにしてください。他のお客様に迷惑が掛かります」
酔ってる手下の井出は大きい声で店長に怒鳴った。
「はぁ?何言ってる?俺達になんかあるのか?俺はここでオーナーの命令で来てるんだが、文句あるのか?」
店長はひどく酔ってる手下を宥めた。
「お願いです、声が大きいので、フロアに聞こえます。別に酒を飲んでも構わないですが、静かにお願いします。お客様が不快になられたら、店の売り上げに響きます」
悪酔いの手下は店長に詰め寄った。
「おい、柴、お前、偉くなったもんだな、毎日、フロアと便所掃除やってる小間使いの癖に、いつから、俺達に命令できるようになったんだ?」
「命令ではありません。お店のお客様の迷惑になるのは控えて欲しいとお願いしています」
手下は、店長の顎を持ち、話を続けた。
「それをな、命令って言うんだ。俺に言ってるだろ?いつから店の便所掃除が、俺のやる事に口出しするようになったんだって聞いているんだ。ちょっと携帯電話が使えるからって、いい気になるんじゃねぇぞ、俺の言ってるの、わからないのか?お前、なんか、賢い大学に行ってたのに、俺の話もわからないんだな、馬鹿は大学に行っても馬鹿だな、大卒でキャバクラの便所掃除って、お前、大学で何してたんだ?はははは」
手下は笑いながら、店長の顔に指を差した。
店長はめげずに冷静を保ち、落ち着いて貰う様に、切に話し掛けた。
「静かにして貰えれば、それでいいですので、お客様が来なくなると、困るのはオーナーです。お客様の中にはオーナーの知り合いも来ています。これがオーナーの耳に入ると、どうなっても知らないですよ」
手下は、店長の頭にグラスの酒をこぼして喋った。
「あ、お酒、こぼしちゃった。店長、掃除、頼みますね」
店長は、頭が濡れたままでモップを取りに行き、酒で濡れた床を拭き出した。
手下は、いきなり、店長の足を払って倒し、モップを取り上げて槍のように持ち、溢した酒で濡れたモップの布を、地面に倒れた店長の顔の目の前まで突き出し、軽く喋った。
「てんちょ~お、俺が酒をおごりますよ~、このモップに濡れてる酒を飲んでくださ~いよ、遠慮しなくてもいいよ~、てんちょ~」
アズサは、手下と店長の二人が居る控室のドアを突然開けて文句を言った。
「おい!私の指名客が帰って行ったじゃないか!どうしてくれる!お前ら!何ここで暴れてんだ!うるさ過ぎるぞ!この事はオーナーに報告するからな」
手下は、モップを置いて舌打ちをして、ソファに座り、喋った。
「はいはい、わかりました、大人しくしていますよ、おい、大卒、この店の当番だから、携帯電話で兄貴に文字の報告しないといけないんだ、ほれ、渡すから兄貴に返事しとけ」
手下はポケットからスマホを取り出して、テーブルに放り投げた。
アズサは倒れてる店長に話し掛けた。
「店長、そんな汚れた制服では客は嫌がりますので、新しいのに着替えて貰えませんか?」
店長は起き上がり、手下のスマホを持って着替え室に向かった。その後、アズサは控室を出て行き、待たせてる指名客の席に戻った。
話は変わり、矢崎は、今回の事件の資料を貰いに、いつもの廃墟ビルで上司の安田警視正と会っていた。
矢崎は安田に貰った資料を見ながら訪ねた。
「ええと、今、そっちで調べてる捜査の資料ってこれだけですか?」
安田警視正は答えた。
「ああ、それが現状の全てだ」
矢崎は、安田を詰めて言った。
「なんか、この資料、引っ掛かるんですがね」
安田は、矢崎の言った言葉の意味を尋ねた。
「何が、引っ掛かるんだ」
「二人の未成年の資料が少ないですよね」
安田は顔色変えずに答えた。
「未成年の資料については、今回の捜査とは無関係の人達に迷惑かけないように、情報は伏せている」
矢崎は気が乗らない感じで返答した。
「そうなんですか、知っていても、俺には教えないと考えていいんですね」
安田はすぐ、答えた。
「ああ、知りたいと言っても、一切、教えない、悪いか」
矢崎は納得して、再び、静かに資料を読み始めた。
安田は矢崎に話し掛けた。
「未成年の二人は既に確定してるから、今から踏み込んでも構わないが、未成年なのを知っていて、キャバクラに働かしている決定的な証拠が欲しい。でないと、未成年が年を誤魔化していて、組は何も知らないと、逃げられてしまう。何か、前川組が言い訳出来ない、決定的な物を用意出来ないか」
矢崎は資料を眺めながら尋ねた。
「それは、見つけろっていう意味ですか、作れっていう意味ですか」
安田は答えた。
「決定的な証拠が欲しいんだ。奴らを犯罪者に確定できる何かが、それがあればいいんだ」
矢崎は片手間で答えた。
「そうですか、わっかりました。何とかしてみます」
それから沈黙が少し続き、矢崎は資料を揃えた後、もう一度、ページを飛ばしながら、資料を注意深く見た。安田は、矢崎が資料を一通り見たと思い、尋ねた。
「他には質問はないか?」
矢崎は資料を眺めながら答えた。
「ええと、一人の男が気になるんですが、そっちで調べて貰えませんか?」
安田は答えた。
「知りたいのは誰だ、お前が俺に何かを頼むって珍しいな、調べたい事は全て、反社組織の情報網使って、そっちで調べてただろう」
「反社を使うと森岡組や前川組の連中にも、俺が探ってるのが漏れるからね、組の者に気付かれると困る内容は、あんたに頼んだほうがいいだろ?あんたが持ってきた任務を成功させたいならね」
安田はため息と共に肩を落とし、納得して言った。
「わかった、こっちで調べとくよ、後はもう無いよな、じゃ、俺は帰るからな、お前も頑張ってくれよ、お前が困って何も出来ないなら、野口にも潜入捜査に協力して貰うように、野口をクビにして、森岡組に世話して貰うようにするよ」
矢崎は顔色が変わり、安田の胸座を締め付けた。
安田は笑って誤魔化しながら弁解した。
「じょ、冗談だよ、ははは、嘘に決まってるだろ、軽いジョークだ、もっと気楽にやれよ」
矢崎は安田の胸座を離して喋った。
「ふぅ、止めて貰えませんか?俺は、あんたの捜査に協力しても、しなくても、どっちでもいいんですよ、俺はもう、今の職でも、前の本庁勤めよりも沢山稼いでいますからね」
「偉い言いようだな、俺はいつでも、警察と手を握って悪行を重ねる反社の悪人を逮捕して務所にぶち込んでもいいんだぞ」
「反社に勤めてる元部下に頼らないと、ホシも上げれない本庁勤めに私を逮捕するなんて、できるのですか?」
「そのときは、部下を潜入捜査させるかもね、心配するな、お前の顔が割れてる部下を潜入させないからな、お前を捕まえる目的でな」
安田は笑いながら、その場から去った。
高学歴好きの女と逃げられた男
現在、深夜二時過ぎ、ライアンはもう閉店で、店に残ってるのは閉店前に来たオーナーと店長、そして、何故か店長に好意を持ち、傍に居たがってるアズサが居た。おそらく、店長に好意を持ち、密になろうと見せかければ、店に長く居ても怪しまれないと考えたんだろう。オーナーと店長が座ってる中、アズサは店長の横に座り、アズサから店長の手を握った。
オーナーはそれを見て笑いながら、アズサに話し掛けた。
「お前、そんな奴を気に入ったのか、そんな、便所掃除と金勘定しか出来ない。ヒョロヒョロの男がいいのか?」
アズサは店長の手を握りしめながら言い返した。
「いいだろ、慶応ボーイだよ、慶応ボーイ、一度、慶応ボーイと付き合いたかったんだよ。今まで、私が惚れた男はアホばかっりでさ、一度は頭のいい男を仲良くしたくてね」
「大卒でも、こいつはキャバクラの便所掃除とキャバ嬢のご機嫌取りしか出来ない奴だぞ、いいよな、こんな男でも大卒なら男が寄って来るからな」
「よく見ると、ここの制服も似合ってて、顔も満更じゃないしね」
アズサはそう言いながら、店長の顎を持って自身の方に向けて、うっとりした顔で店長の顔を見つめた。
オーナーは、呆れかえって言葉を放った。
「わかった、わかった、おい、アズサ、今から柴と仕事の話するから、今は席を外してくれないか」
アズサは前を向いて店長に喋った。
「わかったよ、じゃ、休憩室でしばらく休むよ、終わったら教えてね、店長」
アズサは席を立ち、控室に向かった。
オーナーは懐から煙草を取り出し、火を付けた後、店長に語り掛けた。
「柴、最近、売り上げが伸びてきたな」
「はい、あのアズサが来てから、客の数は増えています」
「全く、すごい女だな、もう、あいつが入ってまだ二ヶ月なのに、指名客の数も、指名客の落とした金も、一番に迫ってる。あいつがこの店で一番になるのも時間の問題だな」
「はい、あの女性が来てくれたおかげで、客のリピートが増えてるのは間違いないです」
「いい拾い物をしたわ、ギャザはさぞかし、悔しがってるだろうな」
オーナーは笑いながらソファの背を持たれ、両腕を広げ、両側のソファの背もたれの上に置いた。
オーナーは、再び話しを始めた。
「話は変わるけどさ、別のメイド喫茶で金を沢山落とす馬鹿な奴が居てね、そいつからもっと金を巻き上げたいから、この店を紹介して、入江ミユに付かせようと思うんだが」
店長は顔を曇らせて喋った。
「え、ミユに付かせるというのは、つまり…、アフターもですか」
オーナーは、少し頷きを入れて答えた。
「まっ、そういう事かな、メイド喫茶より、こっちに来てシャンパンやら飲ましたほうが金になるかなと思ってね、その客がさ、店員のメイドにしつこく迫って困ってるんだよ、追い出したいのは山々だが、店に金を沢山落とす客だからね、こっちに回して、席ではミユと他の誰かを付かしてやって、金を今以上に沢山落として貰って、帰りはミユに任せたら、いいんじゃないのと考えてね」
店長はまだ顔を曇らせたまま、オーナーに意見した。
「あのう、ミユは既に、それ目当ての客が二人いるのはご存じですよね、更に一人増えたら、ミユの体が持たないのでは、無いですか、最悪、毎日、二人を相手にと考えると、無理があるのでは…」
オーナーは持たれてた背を起こし、店長に顔を近づけ、睨みを効かしながら喋った。
「体が持たなかったら、何なんだ?あいつは俺が拾ってきたんだ。あいつは俺が一番よく知ってるんだよ、なぜ、俺が拾ってきた猫を、お前が心配してるんだ?飼い主の俺が信用出来ないのか?大卒」
オーナーは店長の顔に煙草の煙を吹きつけた。
店長は下を向いたまま、少しビクついて喋った。
「ええと…、そんなサービスをするなら、もっと別の店を作って、そちらでそのようなサービスを展開すればと、私は思います。この店をキャバクラとして経営して行くのなら、法に触れる行為は…、控えた方が…、この店は内装も金が掛かっていて…、違法なサービスをしなくても儲かっている店です…、この店は、クリーンでいたほうがと…、思います」
オーナーは立ち上がって、店長の胸座を掴み、店長の顔を自身の顔に近づけ、鬼の形相で唾を飛ばしながら喋った。
「おい、便所掃除が日課の大卒、俺のこの店の経営にケチをつけるのか、この店はな、前川組の親から、全てを俺に任せられてるんだ。前川組が持ってる店でも一、二を競うくらいのデカい店なんだ。そんな店を任せられてるのが俺なんだ、他の店も任せられてるんだ。もう、キャバクラの経営も十年近くやってきてる俺が、ここに来て便所掃除三年の大卒さんに、何でケチ付けられないといけないんだ?大卒の癖に、口が過ぎるのがわからないのか?」
オーナーは、店長の髪を引っ張り、店長の顔を床の寸前まで下げて、絨毯のシミを見せつけた。
「大卒の掃除係よ~、ここ、汚れてるじゃないか、ちゃんと掃除しとけよ、全く、大学出て掃除もまともに出来ないのか、えとな、俺が組に入った頃はな、こんなシミを兄貴に見つかったら、立ち上がれない程殴られ、蹴られたんだ。俺はお前にどれだけ甘くしてるか、わかっていないのか?ったく、甘くすると調子に乗るな、大卒は」
オーナーは床に伏せた店長を起き上がらせて、店長の胸元を、人差し指が立った手で押さえながら喋った。
「俺の言った事、わかったよな、何度も同じ事言わないからな」
オーナーは押さえた手を戻して、入口の方に向き、話を続けた。
「俺の用は済んだから、後片付けが終わったら、控室で待ってる女と帰ってもいいぞ、俺はもう寝るわ、じゃあな」
オーナーは、入口に向かって歩き、エレベーターに乗って帰った。
それから数日後の夕方六時頃、矢崎は六森ビルのライアンに乗り込こもうとしていた。
六森ビルのエレベーターで最上階まで行き、扉が開いてすぐの受付の手前くらいから矢崎は、店の人を呼ぶように大きな声で尋ねながら、ゆっくり、店の中へ歩いた。
「すみません、ここに、亜谷アズサさんいますか?」
すると、店の奥で掃除していた店長が驚き、中に入ろうとする矢崎を制止させ、対応した。
「初めてのお客さんですね、誰かの紹介ですか?ええと、店はまだ準備中で開店時間は七時になっていますが、また、一時間後にお越しください」
矢崎は物腰軽く答えた。
「私は亜谷アズサさんの昔からの知り合いでして、知人に聞いた話では、ここで働いてると聞いたもので、アズサさんに聞きたい事があってき来ましたが」
店長は、この厚かましい矢崎に対して、気持ちを落ち着かせながら対応した。
「ええと、只今、営業時間外となっており、関係者以外は中に入れないので、お客様なら開店時間の一時間後に来て頂いて、ご指名をお願いします。それ以外に、従業員などに御用の場合は、携帯電話やスマホなどで直接のご連絡お願いします。開店は一時間後ですので、エレベーターに引き返して、改めて、出直してください」
矢崎はまだ冷静に接していた。
「じゃ、持たせて貰っていいですか?それから、エレベーターから降りてきた人、全てにアズサを知っているか、聞き回ります、こちらも、仕事でここにお邪魔してるもので」
店長は少し、強めの口調で対応した。
「ええと、ここは私有地なので、勝手な真似をされては困ります。お引き取りお願いします」
矢崎は、全く無視して、喋った。
「しばらく、ここに居ますね、警察呼んで貰ったら、助かります。私も人探しで警察に協力して貰って、この店を調べて貰うと、探す手間が省けるので」
まだ、オーナーが来ていないので、手下のボディガード役もまだ店に来ていない、店長は、この男がアズサを探してるという言葉で、昔、アズサが借金抱えたまま、前の店を辞めて、ここに来たという話を思い出し、店の奥に下がり、オーナーに電話を掛け、アズサと昔、関係しる男がアズサを出せと店に居座ってる現状を説明した。
それから、十分後、オーナーと手下がエレベータから出て来た。
矢崎は、近づいてきたオーナーに話し掛けた。
「ええと、すみません、ここにアズサという名前の女性が働いてる筈なんですが、知っていますか?」
オーナーは、矢崎をしばらく観察して、返事をした。
「どちら様ですか?ご用件はなんですか?」
矢崎は喋った。
「私は、アズサに用があるだけです。アズサと話がしたいのですが」
オーナーは再び、聞き返した。
「そちらのお名前は何ですか?」
矢崎は同じ内容を何度も言う。
「用があるのはアズサだけです、アズサがここに居るなら呼んで貰えますか」
オーナーは警告をした。
「ええと、名前を名乗らないなら、不審者とみなし、警察を呼びますが」
矢崎は全く動揺せず、同じ言葉を喋った。
「それなら、助かります。ここにアズサがいるなら、警察に頼んで探してもらいますので」
オーナーは少し強い口調で言った。
「ここに居ません、お引き取り下さい」
矢崎はまだ食い下がった。
「アズサはここに居る筈です、警察呼んで下さい。警察に調べて貰いますので」
すると、店の奥から店長がオーナーを呼び、オーナーは奥に下がり、小声で会話をした。おそらく、既に店に来て控室にいるアズサに、この男の正体と事情を聞いて、オーナーに小声で簡単に説明したのだろう。
オーナーはカウンターに戻り、突然、手を叩き、矢崎に話し出した。
「なんだ、同じ系列の森岡の事務所の矢崎さんだったんですね、顔も知らずに失礼しました」
矢崎は態度を変えず、同じ内容を喋った。
「俺はアズサに用があるだけだが、なぜ、同じ系列の事務所が持ってる店で、俺が探してる人間を匿ってるんだ?」
「矢崎さん、お互い兄弟関係にある親を持ってる私を困らせるのはやめて貰えませんか?」
「困らせてるのは、どっちなのかな?ここにアズサが働いているのはもう、こっちはわかってるのだが」
「矢崎さん、ここは、前川が持ってる店なんですよ、いいんですか?よその店で面倒を起こしても?」
「だから、面倒を起こしてるのはどっちだ?俺は仕事でここに来てるんだ。俺の仕事の邪魔して面倒を起こしてるのはどっちだ?」
「兄さん、何を困ってるんですか?借金抱えた女に逃げられて困ってるんですか?兄さん、だったら、手を貸しましょうか?」
「はぁ、どういうことだ?」
「逃げられて返済の目途がなくなって焦げ付いた兄さんの借用書を三掛けで、私が買い取りましょう。そうすれば、兄さんの手間が省けますよ。兄さん、兄さんのお仕事、私がやりやしょう」
矢崎は少し笑ったが、目は睨みつけて強い口調で喋った。
「えらい、前川も森岡を下に見てくるよな、心配しなくても、うちのアズサを返して貰えれば、俺はすぐにでも帰るので、奥にいるアズサを連れて来て貰えないか?」
「兄さん、大きい借金抱えた女に逃げられて、えらい長い間、探し回って、そして、うちらに身に覚えも無い因縁をここで付けて、兄さんの仕事っぷりを見ていられなくてね、うちの前川の親父の下で、そんなグズグズしてたら、恥ずかしくて事務所に出入りなんかできませんね。そちらの事務所はみんな、仕事の遅い男にお優しくて、羨ましい限りですな。そう言えば、森岡の店が嫌になって、辞めて出て行った女を知ってますが、散々、コキ使う森岡の店で働くのは嫌と愚痴溢してたの思い出しました。その子、もう前の店で働きたくないって、俺に強く言ってましたね、名前は忘れましたが」
矢崎は、強く喋った。
「嫌も何も、アズサはまだ借金、全額返し終えずに、店を出たので、こっちは借金だけ残っていてね、なんなら、あんたが借金払ってくれるなら、俺も助かるんだが」
オーナーはニヤけながら鼻にかけて喋った。
「だから、借用書を三掛けで、私が引き取るって言ってるじゃないですか、なんなら、親が兄弟のよしみで、色付けて四掛けでも構いませんが」
「お前の言った言葉、組に報告するが」
「だったら、借金女に逃げられた失態も組に報告する気ですか?そもそも、組に相談すれば、ここに来る必要なんてないでしょ」
「これが、同じ系列の事務所の人間にする態度なんだな」
「兄さん、借金抱えた女逃がして下手打ったからって、ここで当たり散らして営業妨害するの、やめて貰えないですか、これ以上、この店の営業邪魔するなら、私も組に相談させて貰いますが」
矢崎はそろそろ引き際と考えた。この店に潜入させたアズサは、前川組からどう思われてるかの探りに来ただけで、アズサを連れ戻す気は最初から無かった。
「同じ系列の事務所のお前が、俺から逃げた女を匿ってるって事でいいんだな、わかった、今日は、取り敢えず帰るが、また、日を改めて来るからな」
オーナーは矢崎に軽いお辞儀をして喋った。
「お客様なら大歓迎です、また日を改めて、お越しください。当店は指名も出来ますが、席料は十億円となっております。ですが、同じ系列の事務所のよしみで、三割引きの七億円にさせて頂きますので、ご気軽にお立ち寄りください。あっ、当店は席料前払いになっていますので、席料は、予めご用意お願いします。まさか、森岡の人が、ツケでお酒を飲むなんで恥ずかしい行動致しませんよね、そんな情けない行為、すぐに噂になりますよ」
「次来るときは、アズサを、このカウンターの前に立たせて用意しとけよ」
矢崎はそう言って、エレベーターに向かった。しばらくして、エレベーターのドアは開き、矢崎が乗った後、オーナーはエレベーターまで来て、深く頭を下げながら声を掛けた。
「またのご来客、お待ちしております」
オーナーは背を起こし、お互い目が合った後、エレベーターの扉は静かに閉じていった。
港の女と一流商社の夢を見た男
深夜二時過ぎ、矢崎は真っ暗な波止場でボーッとしていた。
すると、その波止場で、ハイヒールの靴音が徐々に大きくなって、矢崎の傍で止まった。
「いつ見ても、冴えない男の後ろ姿だね、兄さん、そっちは上手くいってるのかい」
アズサが声を掛けた。
矢崎は振り向き、アズサに話し掛けた。
「ライアンに移ったキャバ嬢が荒稼ぎしてるって噂を聞いてね、利息を俺に収める気があるなら、遠慮なく貰うけどな」
アズサは矢崎の横に座り、答えた。
「なら、ここには二度と来ないよ、このままライアンで稼ぎ続けて、あんたには二度と会わなくても私は構わないんだよ。私がライアンに移って沢山稼いでるおかげで、オーナーに可愛がられて、怪しまれずに店に居れるのだろう、誰のために頑張ってると思ってるんだ」
「俺のためか?まるで尽くす女のような言い方してるが、それなら安心した。いずれは俺の傍に戻ってくれるんだな」
アズサは矢崎から顔を背き、少しの沈黙の後、口を開いた。
「俺は、いつ裏切っても構わないんだぞ、ったく、ふざけた野郎だ、俺に何を聞きたくて、ここに呼んだんだ?用がないならもう行くからな、こんな冷たい風が吹く港に呼ぶなよ」
「わかった、わかった、あのな、入江ユミはどんな感じだ?やっぱり、客を送ってから、何かあるか?」
「ミユが客に付くときは、必ず、他の女も一緒に付いてるね、それで、他の女は送らず、いつもミユが男を送り、一時間以上帰ってこないのに、店長も手下も、オーナーにも怒られない。まぁ、黒だね」
「そうか、やっぱりな、でも、証拠がないからな、何とか証拠を手に入れたいな、それじゃ、もう一人の藤崎來未はどうだ?」
「クミちゃんか、明るくて愛想がいいから、指名客はついてるよ、でも、客とタメ口で喋るのが多いから、やっぱり、元ヤンって感じかな、幼い頃から男友達多そうな元ヤンって、水商売に会ってるんだよな、稼いでるよ、私には及ばないけどね、見た感じ調子良さそうで、お店で働くのは気に入ってるみたいだ」
「そいつらが店で写真撮ってるなら、幾つか手に入れてくれないかな」
「わかった、本人から貰えないかやってみるよ」
「ほんと、アズサのおかげで助かってるよ、前川のあの店を潰せる目途は、もう付いてる。お前は思ったより大活躍してるよ、これからも頼むな」
アズサは、また、矢崎から顔を背け、しばらく黙った。続けて矢崎は喋った。
「あとは、タイミングだけだ、そのときになったら、またここに呼んで事前に知らせるからな、いろいろ助かったよ、ありがと」
「あーっ、イラつく、もっと他にいい場所ないのか、寒くてしょうがない」
「ここなら、他に誰も居ないのを簡単に確認できるから便利なんだよ、我慢してくれ」
「わかったよ、ったく、他には?無いなら帰りたいんだが」
「もういいよ、用があるならまた呼ぶから、この件が済んだら、飯でも酒でも奢ってやるよ、行きたい場所があるなら連れて行ってやるよ」
アズサは背を向き、ゆっくり去りながら喋った。
「この件が終わって店が潰れたら、私に会えるかどうかの保証は出来ないよ、森岡組のシマでは働けないからね、遠くに行かないと食っていけないよ」
アズサは、そう言い残して、去って行った。
今日は日曜の夜明け前、ライアンは月曜日休みなので、店長の柴は、月曜だけ家に帰る事が出来る。店が閉店した後でも、店内の清掃にお金の勘定、飲酒の在庫と一日の注文量との照らし合わせ、表計算ソフトに入力計算してから、売り上げの結果を導き出し、戸締りをして六森ビルを出て行き、週に一回しか帰らない、築の古い賃貸のワンルームに帰ろうとしている。
店長がその帰り道で道路を歩いてると、突然、グレーのレクサスが真横で止まり、その車の中から黒いスーツを着た男が出てきて目の前に立ち、店長の肩に手を乗せ、語り掛けた。
「この前はどうも、覚えてるかな、アズサを出せと店でゴネた、森岡の下で活動している矢崎という者だが」
店長の柴は、ライアンのオーナーの前川組と仲が悪い森岡の組織の人間なのを思い出して、ハッとした後、ビクビクし、目線を逸らし、下を向いたたまま震えていた。
矢崎は笑いながら、店長の背中を軽く叩き、誤解を解こうと、明るい声で話し出した。
「いやいや、別に仕返しとか、暴力を振るうとか、そんなのじゃないから安心してくれ、少し、柴さんと話をしたいなと思って、今日はライアンが休みなのを狙って、柴さんを待っていたんだよ、怖がらないでね、アズサを出せとか、脅すような、怖い事は一切しないから」
矢崎はそう言いながら、腕を店長の両肩に乗せて、横から覗き込むように柴の顔を見ながら喋り続ける。
「別にこの前の事は、一切、怒っていないから、ただ、うちの組織は教育を受けていない、頭の悪い馬鹿しか居なくてね、俺も兄貴の店を沢山任されるようになってから忙しくて、手が回らなくなってね、それで、俺の店の経営を任せる人、経営を知ってる優秀な人材が欲しくてね。それで、前川組のシマのライアンの店員を探ったところ、慶応卒で店の売り上げや経営状態をパソコンで計算してる。優秀な柴さんを知ってね、それで、その柴さんと仲良くなって、ヘッドハンティングしようと思って待ってたんだよ」
矢崎は笑顔で、店長の柴の顔を覗き込んで喋った。店長は黙ったままで、矢崎の話は続いた。
「俺が管理してるイタリア料理の店があるんだが、一緒にそこで朝食食べないか、食事の内容はランチだけどね、心配しなくても、暴力は一切振るわないし、脅しもしない、長くても二時間話し合うだけ、無論だけど、飯代は取らない」
矢崎は淡々と話した。柴は黙ったままで、矢崎は話を続けた。
「俺は、君に会社を設立して貰って、その社長になって、将来は、俺の店をみんな管理して貰いたいんだよ、俺は柴さんを調べて、ライアンに居た前も知ってるよ、国内の飲食店を経営してる外資が資本の企業に就職して、ここの地域で運営してる傘下の飲食店を全て任されてるマネージャまで登りつめたのに、ライアンのオーナーの川野に騙されて、借金を背負い、安い給料でライアンの経営と掃除をやらされてるって聞いたよ、優秀な人材を無駄遣いしてるよな、俺は大卒なので、優秀な人をそんな安く遣わないよ、そんな不憫な話を聞いて、そんな優秀な柴さんと話がしたくて、ここで待ってたんだ」
店長の柴は、ハッとして、少し、矢崎の方に顔を傾けた。
矢崎は、助手席のドアを開けて、柴を誘った。
「俺は東大卒の元警視庁勤めでエリートコースの上級公務員だった。今、君の周りにいるような知識の足りない奴らとは違う。俺の兄貴は、俺が東大卒で頭がいいと思ったから、兄貴のシノギの管理の全てを俺は任されてる。そんな兄貴みたいに俺も、優秀な人間に飲食店の事業展開を任せたいんだ。これ以上はこんな外の道路じゃなくて、二人っきりで話したい。俺の車に乗ってくれるね」
矢崎は柴をジッと見た。柴は少し考えた後、黙って助手席に乗った。矢崎は車を動かし、イタリア料理店に向かった。
矢崎は、コインパーキングに車を止め、店長を連れて小さいイタリア料理店に入った。
店はテーブルが四つにカウンターもある、これだけ聞いたら、ラーメン屋みたいだが、テーブルは全てテーブルクロスの上に、席毎に布のナフキンが引かれていて、その上には右にナイフとスプーン、左にはフォークが置かれてある。内装の壁もレンガ調の本格的でお洒落な店だ。
店長の柴は、レンガデザインの壁を触って材質を見たり、照明の位置や、カウンターの奥の調理場を眺めたりしているのを、矢崎は観察して声を掛けた。
「さすが、沢山の飲食店のマネージャを務めていただけあって、内装のチェックは鋭いね。ここの主人であるシェフは元高級ホテルの料理長を務めていて、定年退職してから、この店舗を借りて、今では夫婦で経営してる。俺が森岡組に入る前は、主人と森岡組は揉めててね、俺が間に入って和解して、俺の兄貴がここを任され、俺がここを受け持つようになった。じゃ、座ろうか」
矢崎は椅子を引いて、店長の柴をエスコートして、自身は反対側に座って、話を続けた。
「この店は、本当はランチからの開店十一時だが、事前に主人に電話して、早朝に開けて貰った。主人も年を取ってるせいか朝型らしく、こんな、早朝六時でも店を開けてくれたよ、勘定は上乗せしないとな」
席を座ると、制服を着た年配の女性が直ぐに、ワインとグラスをテーブルに置いて行った。矢崎は店長のグラスにワインを注いだ。その後、数分で前菜が目の前に置かれた。
店長の柴は、グラスを回してワインの色を見た後、少しだけ口にして、前菜と皿を軽く観察し、正しく食器を持ち、味を確かめるように前菜を味わた。
矢崎は笑顔で話し掛けた。
「流石、元高級ホテルのシェフだろ、こんな料理とワインが、こんな街角で、中華料理屋みたいにあるんだぜ、面白いだろ」
柴は少し笑った。
料理のコースはどんどん進み、メインデッシュの皿が二人に運ばれた。
柴は慣れた手つきでナイフとフォークを持ち、丁寧に魚を食べた。
矢崎は、関心しながら喋った。
「魚をナイフで食べるって難しいのに、流石、元飲食店マネージャだね。俺の手下にここで食べさせたら、前菜をスプーンで食べようとしたり、フォークを両手で持ったり、ナイフを箸みたいに握ったりと、散々だよ。今どきの反社組織でもさ、企業や資産家との食事の会合があってね、そんな時に、西洋料理のマナー知ってる組員いたら重宝するのに、前川組はなにやってるんだがね」
矢崎も、メインディッシュを味わいながら食べた後、それを少し横にどかして、ノートパソコンをテーブルの上に置いて、キーボードを叩きながら喋っていた。
最後にはコーヒーと洋菓子が出されて、矢崎は柴の前の少なくなったグラスに、ワインを注ぎながら本題に入った。
「森岡組がこんな店をシマに出来たのは、俺が兄貴である若頭補佐の下に就いてからなんだ。こんな店の主人とはよく揉めてたらしい。今の反社組織は、柴さんも知ってると思うが、暴力団対策法で個人も含めた。団体や企業など、カタギの人と表で繋がるのは難しくなっている。だから、反社も裏で会社を作って、見掛け上は会社同士の取引で、各事業や店舗とやり取りしないといけない。だから、カタギの人に会社を作らせて、そこから間接的に事業を支配しないといけない。これからのこの世界ではね、柴さんのような人材はどんどん引き抜いて、資金を提供して起業させて、傘下にしていかないと反社はやって行かないのに、あんな教育受けていないキャバクラのオーナーじゃ、理解は難しいよね、柴さん」
柴は、ワイングラスを口に付け、矢崎の話を聞いていた。矢崎は話を続けた。
「ったく、一任されている店舗の売り上げ、現場での役割毎の定員の増減と人件費や店の高熱費、その他もろもろのデータを取って表計算でまとめて数年間の売り上げ予想まで立てて、各店舗の展開をそれぞれ考えて、それらを全て取締りの会合で説明するために、スライドを作ってプレゼンを準備できる。こんな人材をなぜ?前川組やオーナーは、キャバクラの便所掃除で遣うのか、奴らは何も見えていないんだな、柴さん、奥の席に行って貰えるかな、そこに俺が座るから」
柴はワイングラスを持ち、隣りの奥側に席を変え、矢崎は席を立ち、柴の隣に移動して、向い側にあった矢崎のノートパソコンをひっくり返して二人の間に移動させてから座った。
その見覚えのあるノートパソコンの画面を見て、店長の柴は、目を見開き、グラスのワインを飲み干した。
矢崎は、そんな柴のリアクションを見ながら、柴のグラスにワインを注ぎながら話を始めた。
「これっ、手に入れるの大変だったんですよ、柴さんが企業に勤めて、飲食店マネージャやってた頃の、オフィスソフトのデータやら、プレゼンのスライドのファイル、その企業が独自で使ってる店舗管理ソフトと当時の柴さんが受け持ってた店舗のデータですよ、データファイルだけなら、企業のデーターベースに残ってたので簡単ですが、企業独自の管理ソフトの入手は大変でしたよ、それがないと、店舗のデータは見れないから仕方ないですが」
店長は驚いて、矢崎に聞いた。
「なっ、なぜ、これを」
矢崎は、また、少なくなった柴のグラスにワインを注ぎ足し、話した。
「優秀な人材が欲しくて、柴さんがどれだけ仕事が出来る人なのか、知りたかったんですよ。すごいですね、当時は年収一千万超えていたんでしょ、一企業の秀でたエリートサラリーマンですね、それで浮かれてお金を散財して、キャバクラに毎日通いつめて、ある女に惚れこんで、その女のために借金をしてまで店に通って、その女の借金まで背負わされて、その借金が会社にもバレてクビになって、その女の借用書を持ってた前川組のオーナーに、キャバクラ『ライアン』の会計と掃除を安い給料でやらされるようになった。人生ってまさしく、一寸先は闇ですよね、柴さん」
突然、今のライアンで働く切っ掛けになった自身の失敗談を聞かされて、柴さんは、また、グラスを飲み干し、顔を赤くなり、目を潤ませていた。
矢崎はまた、ワインを注ぎ、話を続けた。
「その借金って、そんなに大きい金額じゃないのだが、当時の柴さんは、キャバクラの代金も借金して払ってたので、高収入にも係わらず、返済は難しかった。仕方ないですよね、いきなり、二十五を過ぎたくらいで、大金稼いだら、お金なんて、いくらでも沸いて出るって、勘違いしますよ。柴さんって、高校まで青森にいたんでしょ、そこから慶応に入って、企業に就職したと実家の親に報告してたのに、反社に借金背負わされて会社クビになって、安い金でキャバクラの掃除やらされて、そんな現状を実家は知っているんですか?」
柴は、顔を真っ赤になりながらも、グラスを飲み干し、矢崎はまた注ぎ、話を続けた。
「情けなくて言えませんよね、親はまだ、企業で出世して活躍してるって思ってますよね。キャバクラで、安い金でコキ使われている。今の現状のままでいいんですか、俺は勿体無いと思ってますよ、本当なら今でも、沢山の飲食店を管理する高収入のエリートこそが、柴さんの本当の姿と、私は思いますから」
矢崎は、左腕で柴の頭を包み込み、二の腕を柴の枕にして、右手で柴の髪をいじった後、柴の顎下を持ち、耳元で小さく喋った。
「俺は東大卒で元エリート公務員なんです、今、柴さんのいる傍の人で、唯一、柴さんの多くを知り、本当の柴さんを知ってる人です。私が柴さんを活かして、会社を持たせて、実家に胸張って報告できるようにしてみせます。だから、今日は、ゆっくり休みましょう」
店長の柴は、顎下を持ってる矢崎の手を振り払おうとせずに、矢崎の腕に頭を持たれて、目から沢山の水が、頬に伝い、そのまま矢崎の手も濡らした。
矢崎は自身の唇で、店長の口を塞いだ。矢崎は、一瞬ビクッとしたが、やがて力が抜けて行った。そんな時間は、しばらく続いた後、矢崎は耳元で囁いた。
「俺が受け持ってる、サウナや大きい入浴場も完備してるホテルがあるんです。そっちに行ってみますか」
矢崎は、柴を観察していた。柴は頷いたので、矢崎は万札を数枚テーブルに置いて立ち上がり、柴の腕を持って店を出て行き、柴を車に乗せて走らせた。
柴と矢崎は、次の日の朝まで一緒に過ごした。
店長の柴は、企業で働いて金を散財してた頃、男相手にも遊んでいた経験があるのも、矢崎は既に調べていた。
誰も聞こえない、店長の挨拶
キャバクラ「ライアン」はいつも通りに店を開いていた。今日は締めの日で、その日は閉店前に今月の売り上げや利益、キャバ嬢の個々の稼ぎなどをオーナーに報告する日となっている。
今は深夜一時半過ぎ、ライアンの客は全て帰ったので店はもう閉店をして、キャバ嬢は全員、着替え室兼休憩室で寛いでいる。そんな時間にエレベータから、オーナー一人が出て来た。締めの日は他の日とは違い、後ろに付き添う、いつものうるさい部下は別の場所で待機か帰らせて一人で来るのが、オーナーの習慣だった。オーナーはいつも通り控室に向かった。
控え室の前まで来ると、ドアの向こう側からいびきが聞こえた。ドアを開けると、顔を赤くして寝ている手下と店長が座っていた。手下はいびきを掻いていた。
オーナーは、肩を落として喋った。
「ったく、いい気なもんだ、おい、店長、書類を持ってこい、いつもの話だ、俺は酒を持ってくる、それまでに用意してくれ」
オーナーは、そう言って、部屋を出て酒を取りに行った。
店長は、寝ている部下のポケットからスマホを取り出し、また、ポケットに戻した後、今月の経営状態をまとめた書類をテーブルに置き、横に並べた。しばらく経つと、酒を手に持ったオーナーが部屋に入ってきて、毎月のように、オーナーに書類を見せて、店長が、横で寝ている手下のいびきが鳴ってる中で経営状態の説明をした。
三十分くらい経ち、今は深夜二時過ぎ、キャバ嬢はほとんど帰ったが、休憩室で喋ってる人も少なからず居た。締めの日の経営状態の話し合いが終わる手前で、店長がオーナーに、とある問題を報告した。
「ええと、組で働いている女で、藤崎來未さんが居ますが、まだ、決定的な確信ではないですが、店で働いてる女の会話を横から聞いた話では、今の年齢は、まだ高校生の十七みたいで…その…十八以下みたいですが…この藤崎、どうしますか?」
オーナーは淡々と話した。
「それがどうかしか?」
店長は少し驚き、オーナーに尋ねた。
「えっ、未成年で飲酒の仕事をさせてますが…」
「だから?何が言いたいのだ?」
「この店に未成年が働いているのが外に漏れたら、この店、潰れますよ」
オーナーは面倒そうに話した。
「誰が漏らすんだ?お前か?俺の手下か?そうなったケジメつけるだけだろ」
「ええと、特定の幼い子好きのお客に、未成年のミユさんをいつも、一緒に帰らせて、長い間帰ってきませんが、これはオーナーがさせてるので、私は文句言えませんが、このキャバクラで、未成年と体の関係を持たせるサービスをしてしまうと、このライアンは、そんなサービスがあるキャバクラと噂が広がって、いろんな人から目を付けられそうなんですが、オーナーは、どう思いますか」
オーナーは、険しい顔で店長を見て、声のトーンを下げて言った。
「だから、このライアンの、そんな噂が、どこから漏れるんだ?俺かお前か手下しかいないだろ?」
「お客様が噂を流します。現在、ミユがいつも帰りを送っているロリ好きの三人の客が噂を流す可能性が大いにあります。しかも二人は、オーナーがユミさんを抱かせる目的で、この店に連れて来た客で、もう一人は、その内の一人の紹介で、これも、オーナーの指示で帰りを、ミユさんに送らせています」
「だったら、何だよ」
「お客様の紹介と言う事は、お客が、知人に、この店で未成年を抱いてるのを話しているのですよね」
オーナーは、書類をテーブルに叩くように置き、強めに喋った。
「いいだろ別に、そのお客は顔が広くて、キャバクラ好きの知人にも、この店を紹介してくれてるんだ。うちの常連客には、その客の知人も多いんだよ。それで店の売り上げが上がってるんだ。何がいけないんだ?」
オーナーは店長を睨んだ。店長は目を逸らし、斜め下を向き、ドモリ気味に喋った。
「ここの店を、未成年が抱ける店と紹介されているんです。ここは性的マッサージの店でもなく、イメージクラブでもなく、キャバクラなんです。そんな、体を売るサービスをするなら、別の店を作り、そこでサービスをさせた方が、この店は安全だと、私はアドバイスしたいのです」
オーナーは、頭が血が上り、店長の髪を引っ張り、横に放り投げた。
「何度も同じ事言いやがって、世の中、表も裏もあるんだ、女がお酒注ぐだけじゃ、ここまで沢山の客を持つのは難しいんだ。店は儲からないと潰れるだけなんだ。このデカい店を潰すと、俺はもう、親父から店を任せて貰えなくなるんだ。こっちは生きるか死ぬかでやってんだ。もし、今後、同じ事喋ったら、お前の借用書、組がやってるヤバい裏金融に流すからな、そうなるとお前、何年地獄で生き永らえて死ぬかの人生になるぞ、最後は腹の中の内蔵を全て無くなった体でなぁ、よく覚えておけ」
髪がボサボサの店長の顔をずっと睨みながら、オーナーはそのセリフを淡々と低い声で喋った。
店長は髪を直し、座り直した後、喋った。
「私は、お店が心配で、オーナーが失態しそうで心配で、アドバイスしました、それだけです」
オーナーは、そのままで店長に語りかけた。
「俺が心配していないんだ。お前の余計な心配はいらない。わかったな」
オーナーは、襟を正してソファに座り直した。
「今日はもう、終わりだな、まぁ、この店の経営は順調なのは、俺はわかった。明日は大事な用があるから帰るぞ、その手下はこのまま寝かしとけ」
オーナーは席を立ち、ドアに向かった。店長はテーブルに散らばった経営状態の資料を整えてから立って、ドアに向かうオーナーを見送る。
ドアを開けた後、オーナーは最後に言った。
「戸締り頼んだぞ、寝てる手下は、朝起こして、俺に来るように伝えておけ」
店長は、はいと返事をして、オーナーは部屋から出て行った。
店長はその後、寝てる手下のポケットからスマホを取り出し、スワイプした後に出て来た、赤い、四角いボタンを押した。スマホの画面には、この文字が表示された。
「録音完了しました」
そのスマホの赤いボタンは丸に変わった。店長はそのスマホを、手下のポケットに戻し、ドアに向かって、店長はボソボソと喋った。
「オーナー、お疲れ様です、もう休めますよ」
その後、店長は、自分で作成した、今月の経営状態の資料を集めて持ち上げ、枚数を確認して、寝ている手下を残して、静かに部屋を出て行った。
その後の六森ビル
それから二ヶ月後、警視庁の安田警視正の部下の野口は、自身が作ったチーム全員を出動させて、六森ビルにあるキャバクラ『ライアン』に乗り込んだ。店に居たオーナーと手下と店長は全員逮捕され、未成年で働かせていた二人は保護され、店の中の資料やノートパソコン、逮捕者の持ち物は全て押収され、オーナーと店長の柴との会話が録音された手下のスマホが、この店で未成年に飲酒の接待をさせ、更に淫行行為も強要させていたという犯罪の、決定的な証拠になった。
但し、店長の場合、スマホの録音の会話内容だけでは、この犯罪を共謀して犯した共同正犯として立証するのは難しいと判断され、前川組の組員に脅迫された被害者の立場として証人になって貰い、この犯罪の立証に協力をして貰う条件として不起訴処分にされ、すぐに釈放された。この不起訴処分は、柴が手下のスマホの録音を仕掛けて、捜査の協力をした事実を、矢崎を通じて知っていた、安田警視正の計らいとも、取れなくもない。
ライアンの摘発から早くも、二か月が経ち、ライアンの店は未成年の雇用と淫行が発覚したトラブルにより、ビルのイメージが悪くなって激怒した六森ビルのオーナーによって、強制退去と損害賠償の訴訟を行う予定だったが、矢崎がビルのオーナーに駆け寄って相談し、元ライアンだった最上階の店舗契約の名義を、前川組と無関係で不起訴処分になった元店長の柴に変更して店舗契約を続行して、反社組織とは表向き契約を交わしていなかった事実にする条件で森岡組、前川組の両方との和解をして、契約の続行と訴えの中止をして貰った。簡単に言えば、経営側の関与は一切なく、事件に関与した前川組の一部の組員が勝手に脅迫してやった犯行にして、犯罪を全て、その組員達に擦り付ける事で丸く収めた。
今回の事件後、元のライアンの店舗は、店の名前を『ルージュ』に変えて、内装そのままで看板を変えて、森岡組の峰上補佐のシマとして営業再開した。そして、六森ビル内の店舗は、摘発後すぐに、矢崎が店回りしたおかげで、全て峰上補佐のシマになり、前川組は六森ビルとは無関係となった。
新しい店は、現在、元店長だった柴がしばらく、オーナー兼店長となり、以前のライアンから勤めてたキャバ嬢達にも、オーナーの柴が説得して再契約して貰い、そのまま、新しい店『ルージュ』で働いて貰うようにした。
店長候補の人材を確保出来れば、柴は会社を設立して、新しい店はその会社の法人契約に変更して、将来は複数の飲み屋、飲食店の経営や管理をする事業展開を目指すみたいだ。
アズサについては、しばらく、森岡組から離れる予定だったが、予定よりも早く、店は峰上補佐のシマになったので、すぐに森岡の者に拉致され、捕まったアズサ、矢崎、峰上補佐、店のオーナーになった柴との、四人の話し合いにより、新しい店『ルージュ』のママに昇進しての継続勤務で話が決まった。森岡側にとって、ルージュで働くキャバ嬢で信頼できるのはアズサだけなので、ギャザを裏切ったのは水に流しての昇進だった。ちなみに、ママへの昇進は柴の提案で、行く行くは店長にして、ルージュを任せたいらしい。
森岡組が握っている柴の借用証については、今回のライアンの事件の尻ぬぐいを森岡組がした事で、ライアンに係わっていた前川組の関係者に矢崎が直接交渉して、借用証を回収した。
ライアンの未成年摘発後のビルの状況は以上である。
話は変わり、ここは、街外れの、リーマンショックで飛んだ不動産が放置してる廃墟ビル、近所からは、少し気味悪く思われているので誰も近づかない、話を聞かれたくない時に最適な絶好の場所。そこで、矢崎と本庁の上司である安田警視正の二人はいつも、ここで落ち合い、お互いの情報交換や依頼の説明をしている。
今日も、この廃ビルの常連客の二人が、ライアンの摘発について話し合ってた。
矢崎はふと、疑問に思う事があり、安田に聞いた。
「安田さん、思う所あるんですが、聞いていいですか?」
「ん?なんだ」
矢崎は、頭に引っ掛かってる内容を伝えた。
「以前のライアンの事件の件なんですが、こんな、未成年を取り締まる犯罪予防行為に近い捜査を警視庁で、しかも、安田さんがなぜ、受け持ったんですか?」
安田は、なーんだといった感じで、ため息をつき、矢崎の疑問に答えた。
「ああ、確かに、思うところあるよな、それは、未成年で働いていた、二人のうち一人の藤崎來未が原因だ」
矢崎が、頭を傾げて聞いた。
「未成年の藤崎來未?この少女がどうしたんですか」
安田は淡々と説明した。
「この藤崎來未は偽名で、本名は大友久美、同じ本庁勤めの大友警視正の娘なんだ」
矢崎がボンッと握り拳で逆の手の平を叩いた。
「なるほど、本庁勤めの娘だったのか」
安田は、立て続けに喋った。
「その娘はな、中学の頃から、結構、悪さしててね、不良とつるんでいたんだが、父親は本庁での仕事が忙しくて、気にも留めなかったんだ。それがさ、娘が高校行き始めて、たまたま、父親が家でゆっくりしてた時に、パツキンで化粧の濃い娘にバッタリ出くわしてね、それで大喧嘩になってしまい、娘は家を飛び出してしまったんだよ。それで、父親のほうは、家に帰らない娘が気が気でならなくなり、仕事での知り合いに頼んで、内密で調べたところ、その六森ビルのライアンで名前と年齢を偽ってキャバ嬢になって働いていたのがわかったんだ。それで、なんとか娘を保護したいのだが…、父親は、ほとんどの部下を家に呼んでね、娘に全員の部下の顔を見られてるから、自身の部署で、自身の部下を使ってライアンの捜査が出来なくて、困り果ててね…」
安田は、話を続けた。
「それで、そのライアンの店を調べたところ、ライアンの経営者は前川組で更に、その六森ビルのシマ争いで、森岡組と前川組は揉めて、今は前川組のシマになってるのを調べ上げたんだよ。それで、森岡組に係わる問題なら、俺、安田に頼めばいいと、他の誰かに薦められて、その問題を俺が引き受けたんだ。他の部署の頼みを聞いて貸しを作ると、仕事上、いろいろ得があるのは、警察でも、会社でも、反社組織でも変わらんだろ、だから、引き受けたんだ」
矢崎は納得しながら喋った。
「そうだったんだ、だから、持ってきた資料に、働いてる未成年の情報がほとんど無かったのか、なるほどね」
安田は少し、笑みを浮かべて話した。
「そうだ、問題が解決する前に、娘の素性を知られたくなかったんでね」
「つまり、あんたが上司のご機嫌を取って、出世するために、俺は利用させられたって事ですね、これは、俺に貸しが出来たね、俺を利用して、同僚や上司のご機嫌をとってるんだから、なんか、飯を奢るとか、高級品をプレゼントするとかして欲しいね、でないと、あんたのご機嫌取りで、他の組と揉めさせられるなんて、こっちの割合わないですよ」
安田は矢崎を睨んで言い返した。
「何言ってやがる。六森ビルのシマは峰上補佐が貰って、お前に全てを任してるんだろ?お前の出世と稼ぎを増やしてるネタを、俺は提供してるんだぞ、逆に、封筒に万札沢山入れて、俺に渡すのが礼儀だろうが」
矢崎は、笑いながら言った。
「本庁勤めが反社に賄賂を要求していいんですか?」
安田は不機嫌そうに言い返した。
「こっちは公務員だから、仕事を沢山こなしても、同僚の機嫌取っても、出世しても給料は雀の涙程しか変わらないんだ。お前から貰う物は賄賂じゃない、上司への気の利かしたプレゼントだ、ホワイトデーみたいなものだよ、上司の苦労を気遣うためのプレゼントや一封なら、いつでも受け取るよ」
矢崎は笑いを絶やさず返事をした。
「この潜入捜査の任務を解いて、本庁勤めに戻して昇進してくれるなら、いくらでも一封を包みますが」
安田は立ち上がり、階段を見て、その後喋った。
「くそっ、俺の稼ぎじゃ、定年後でもない限り乗れない高級車を乗りやがって、こっちは、増えない給料明細見ながら小言を言う嫁を相手に、毎日耐えて生きてるのに」
矢崎は言い返した。
「いつでも、役割を変えていいですよ、安田さんと俺の」
安田は、振り向かず手を振って、階段へ向かい、降りて行った。
終わり
インダストリイズ アンフェア ヒゲめん @hige_zula
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