いつもの洋食屋さん

ヒゲめん

いつもの洋食屋さん


 毎月、27日は彼氏といつも、この洋食店に一緒に食べに行く。元々、彼の誕生日の9月27日に二人で街を歩いてると、ふと、この洋食店が目に留まった。中に入ると、朝の連続ドラマに出てきそうな感じの、レトロとアンティークが敷き詰められた洋食店、どこからか有名な女優さんが出て来そう、エアコンも自動販売機みたいに大きくて、上からイッパイの冷風が出てくる。階段の手すりから、絨毯から、高級そうな漆のテーブルとクリームな白色のテーブルクロスから、椅子から、全てがタイムスリップして現在に辿り着いた代物、そんなレトロな椅子に座って、コース料理を頼んだ後に出て来る料理の皿も、この古い内装らしい、そのままのアンティークなお皿、全てが一体で、もう、何もかもがお気に入りになって、27日に二人が暇なら、この洋食店で食べようって二人で決めて、学生の頃は27日になると、二人でこの洋食店に来てディナーを食べていた。


 大学も卒業の春、突然、彼が打ち明けた。親父の会社を引き継がないといけないので、実家に帰ると、

 彼は四年になった去年から、ちゃんと就職活動もしていて、この街で暮らす決心をしてた筈なのに、最後の授業が終わり、最後の27日となる夕方に、このレトロないつもの洋食店で、いつものディナーを食べてるときに、彼はそれを私に告げた。

 実はお父さんがぎっくり腰なって病院に行ったとき、ヘルニアと診断されて、しばらく入院してたみたい。それを知らないまま、正月に帰省したときに、お父さんの入院を知って、今まで、ずっと、悩んで、悩んで、悩んだ結果、内定を断って、お父さんの会社に就職するって決めたんだって。

 そんなの、汚いよね、お父さんの病気を理由にしたら、『行くな』って言えないじゃない。『私のそばにずっと居て』って言えないじゃない。『そうなの』とか、『お父さんもお母さんも大変ね』とか、そんな言葉しか言えない。突然、さよならの話を言われて、しばらく、声が出なかったよ、そんな今生の別れの言葉を打ち付けられて、もう、どんな顔していいかなんて、わかんない、だって、卒業しても、二人でいつも、ここでディナーを食べれるって思ってたもん、食べてないのに、喉に何か詰まって、少し下の彼のナイフとフォークをただ、見つめて、前菜がきたとき、ハッとして、息を吸って、でも、我を返った後も再びボーッとしていた、ふと思いなおしてみると、私、彼の前で焼きもちなんて、焼いた事ないのに、嫉妬なんてするほど、彼は他の子と喋らなかったし、彼と離れるなんて一秒も考えた事なかったから、今、初めて、それを考えて、何をしていいか、解らなかった。

 少し、下を見ていた。向いの彼の前にある前菜が盛られた皿の両サイドのナイフとフォークが動かなかった。ふと気付いた。彼は前菜を食べていないって、そのとき、どうしようって思った。私のこと気にしてる。絶対、私のことを気にしてるって、そう思ったら、なぜか私のおなかの下の方からなんか怒りが込み上げ、不思議と猛烈なメラっとした炎がついた。彼はどう思てるの?私が別れを惜しんでるように映ってるの?、彼と別れて辛そうに見えてる?そんな目で彼は私を今、見ているの?私のそんな状況判断が火種となり、メラメラ内蔵が煮えたぎられた。そっちから、今、突然、別れを切り出してきて、勝手に私から離れようして、私が離ればなれになるのを悲しそうにしてると間違った形勢判断をしてる彼に対して、憎悪の気持ちが私の中で膨れ上がる。

 私は息を大きく吸い、背筋を伸ばし、長い背もたれにもたれ掛け、口をニヤリとして、彼の顔を少し笑顔で見つめて、一言。

 「今日の前菜、美味しいわね」

 その一言を放ち、ナイフとフォークを持ち、レタスを食べる。

 何言ってるのよ、まだ前菜食べてないわよ、まぁ、いいわ、なんだか腹が立ってくるとおなかが減ってくるわよ、私は前菜を食べながら、また、一言。

 「んん?話、もう終わりかしら?今日は、いつもの27日にそんな用で、ここに呼んだの?」

 あー、何が『終わりかしら』だ、そんな言葉使った事ないだろ、もういいや、このまま、行こう、このまま行くしかない、今の私は、何故か腹の底から点火したこの怒りに頼るしかない。彼と離れて、悲しくて泣きそうになってる姿なんて、絶対、見せれない、武士の一生の恥、この怒りを頼み所にしよう、そして、よく、彼を見るとね、思ったら、なんか、彼って、マヌケな顔をしてるよね、今でも、緩んでるのか、締まってるのか、ようわからん顔で、なんで、こんな顔を好きになったのかしら、私も男を見る目がないわ、よく、このマヌケ顔に惚れたもんだ。でも、いつも、やさしいんだよね、とても、やさしく、あったかくて、包まれてると気持ちいいんだよね、でも、それも、もう終わりなんだよね、って、そんなの思い出したら、涙出そうじゃないか!あぶない、あぶない、私の目の水が緩み掛けたわ、もう彼を思い出したらいけない、もういけない、こんなときは食欲よ!そう、食欲、とにかく食べなきゃ、

 すると、突然、声が

 「おい、話、聞いてるのか」

 彼の声だった、もうダメだ、今日はとにかく食べましょう、私を支えるのは食べ物よ、絶対暗くならないわ、なんで、こんなマヌケ顔の前で泣かなきゃいけないのよ、顔の筋肉緩めちゃダメよ、最後まで、堂々としてなさい。そして、笑顔でバイバイよ、寂しくして、目に涙を貯めたら、孫の代まで、言われるわよ。


 五年後


 今日も27日、年に数回は、この洋食店に来ている。友達から聞いた情報によると、この店って、かなり有名らしい。実は戦前からある老舗の洋食屋さんで開店以来、内装は変えいないらしい、全てがモノホンの古い内装なのね、そしてコースのみはディナーだけで、ランチはコースだけでなく、オムライスやらハンバーグやら置いてて、かなり賑わっているらしい。この店で食べるようになって、十年近く経つのに、一度も昼に来たことなかった。だって、家から遠い場所だし、夜のコースは結構、値段が張るので、昼食まで値を張る食事は財布にもキツイ。この近くには、服屋も、他の有名店もないので、休日に来る用もない。夕方以前のこの洋食屋さんの姿を、私は何一つ知らなかった、夕方以降は数えきれないほど来てるのにね。

 27日が近づくと、この店を思い出し、来たくなる、もう、習慣化してる、お洒落な店って、料理なんかなくても落ち着くのよね、この自動販売機みたいな大昔のエアコン、メンテナンスしてもらえるのかしら、おそらく昭和の初めか大正ものだよ、こんなエアコン使ってる店ってまだあるんだ。なんか、この店だけ、時が戦前で止まってるみたい。この店の中は、何一つ、新しいものがない、店のオーナーのこだわりがすごいよ。

 前菜がきて、スープがきて、魚が只今、私の前に到着、私はいつも魚、昔の彼は肉だったけ、私は肉を頼んだ事ないから、この店の肉が何か忘れたよ、時々、彼と半分づつもしたよね、その頃の私は、ここに、一人で来るなんて、考えてもみなかったよ、ずっと、二人で、いつまでも、この店に来るって思ったよ、27日にね。でもね、今は、ここには、新しい彼氏は呼ばないようにしてる。

 学生の頃、もう、二度と、彼と会えないと、思ったらね、最後に店を出て別れた後に、やっぱり一人で泣いちゃったね。彼は故郷に帰るまで一周間以上あるから、また会おうとは言ったけど、私は会わなかった。まだ、彼の前では涙は見せていない。帰りは泣いたけど、彼には見せていない、二人でいる間はがんばって意地張ってしまったので、会いたくなかった。彼と別れて、とても辛いなんて、彼にずっと居て欲しいなんて、そんな気持ち、絶対見せたくなかった。この店が、彼との最後になった。

 しばらくは、この店を見るのが辛かった。この店を見ては、泣きそうになって、この店から離れた。この店に行くようになったのは、また、彼氏が出来た。一年後だった。

 ホントはここに、新しく出来た彼氏を連れて来ようと思ったけど、ここでまた、別れて、この店を嫌な場所にしたくなかった。おかげで、あれから、二人の彼氏と付き合い。現在の彼は二人目となる、その今の彼と付き合って一年経ったけど、結ばれる話はまだ無い。こうなったら、別の男も探さなければね。一人の男を信じて、チャンスを逃した先輩の愚痴を沢山、バーで聞いてる。今の時代、結ぶ気のない男といつまでも、関係を続けるなんて出来ない。今はそんな時代よ、男との関係なんてビジネスよ。


 更に一年後


 今日も、27日よ、習慣って恐ろしい物ね、ここのウエイトレスも調理師も、私を『27』って呼んでるかもね、仕方ないわよ、この店に、27日の夕方から夜しか着た事ないからね。私がウェイトレスでも、そんなあだ名付けるわよ。

 いつものコースを頼み、前菜が来たとき、店の玄関から、ゾロゾロ人が入ってきた。家族連れで幼稚園児と手をつないでる綺麗な女性と、ベビーカーに乗った赤ちゃんと、そのベビーカーを引いているやさしそうな顔の夫と…、どこかで見た顔だった。五年以上前の学生の頃にここでいつも見てたマヌケ顔だった。それが、まだ二十歳でも通用しそうな幼い顔なのに、短く髭を生やしてる。はっきり言って、似合ってない、笑う。でも、やっぱり、昔と比べて、ちょい老けたかな、どうして27日の今日に来たんだろ。

 その昔付き合ってた元彼は、コースを三人分注文した、肉肉魚、女の人はやっぱり魚。元彼は子供と奥さんと楽しそうに喋っていた。奥さんが、元彼に話しかけた。

 「すごいよね、この店、全てが昔にタイムスリップしたみたい、全てが昔のまま、最初、私は京都に行きたかったから、あなたと喧嘩になったけど、あなたの言う通り、こっちに来て良かった」

 喜ぶ奥さんを見て、上機嫌で元彼は答えた。

 「そうだろ、外国の人なら京都だけど、日本人ならここだよ、昭和の初め頃にタイムスリップした感じがいいだろ、ここに、お前を連れて行きたかったんだ」

 「こんな、ドラマのセットのような古びたレストランって実際にあると思わなかったわ、でも、この街の特徴をよくよく考えると、確かにこの街ならありそうよね、こんなレトロなレストランって」

 奥さんの声に、マヌケ顔のヒゲの元彼は胸を張って答えた。

 「そうだろ、こんな店、東京にも名古屋にもない、この街にしかないよ、この街は日本のどこよりも早く西洋文化を取り入れた、大昔からハイカラな街だから、戦前から内装変わっていないハイカラ古風な店やバーなんて、まだまだ、ここにはあるんだ、すごいだろ、この店で食べ終わったら、次はジャズのイカしたバーに連れてってやるよ、そこで、お前の肩抱いたら、もう、お前、メロメロになるぞ」

 「はいはい、こんな洋風が溢れた街に学生時代居たんだね。この街って、噂には聞いてたけど、実際に旅行で行くと、意外と普通の街だって他の奥さん達から聞いてたから、来る迄は期待してなかったわ」

 「この街のこんな店は、他と違って観光客目当てにお洒落な内装をしてる訳じゃないから、地元の常連に居て欲しくて観光客を嫌う傾向があるんだよ、地元の人もヨソの人に教えないからね。こんな、戦前から続いてる。洋食店やバーなんて、地元の人だけで楽しんで、観光客に荒らされないように、みんな大事にしてるんだよ」

 「そうよね、観光客目当てだったら、もっと客が居そうだもの、今は、カップル一組に二人の女性、それと一人の女性、すごいよね、私の街だったらタイムマシンがあっても見つけるのが無理な、こんなお洒落な古風でコースのディナーを出すレストランに、一人で来るなんて、大人の女性ね、私は一人なんて無理だわ、そんな恰好いい、この街の女性に憧れるわ、街が素敵だと女性まで素敵ね」

 ヒゲの元彼は咳払いをして、静かに注意した。

 「他の客の話はしないのがエチケットだ、田舎者と思われるぞ」

 奥さんは、慌てて赤面して話した。

 「すみません、こんな洒落た店に来たことのない、田舎育ちなもので、素直に恰好いいと思ってしまったわ、ごめんなさい」

 奥さんは赤面して、下を向いた。

 ヒゲな元彼は、話題を変えようとしている。マヌケな顔を私に向けようとしない。

 「みんな前菜食べたようだね、次は、スープだ。ちなみに俺は、身銭を切ってのコース料理なんて、この街以外で食べたことないね、ここは、店の内装だけでなく、料理も旨いんだ。スープもみんな旨い。みんな、この店と料理の味を一生覚えておけよ、二度と来ないかも知れないからな」

 奥さんが、食器を皿に置いて答えた。

 「また、来ればいいじゃない、あなたの学生時代住んでた街の店でしょ、何度も、ここに旅行に来てもいいわよ」

 マヌケな顔は奥さんを見つめて囁くみたいに言った。

 「いい店はここだけじゃないって言っただろ、次行くとしても、もっと他の店も紹介するさ、この街は、素敵でお洒落なレストランなんて星の数程あるから、安心しな」

 奥さんは、そのマヌケ顔を見て笑いもせず、うっとりして見つめ返した。

 少しの間、見つめ合う二人を見て、ちょっとイラっときた。


 そのマヌケ顔の家族は和やかに食事を楽しんでいた。私は昔から食べるのが遅いせいで、後から来た家族のほうが先に食べ終わったようだった。奥さんは子供をトイレに連れて行き、戻ってきた後、元彼は立ち上がり、奥さんに声を掛けた。

 「先に子供連れ出してくれ、俺はベビーカー引くから、俺が勘定払うよ」

 「あら、珍しいわね、私と一緒に行くときは、いつも勘定は私なのに」

 「いつもは、君に地元の店を紹介して貰っているだろ、この店は俺が御馳走して、恰好つけたいんだよ」

 「わかったわ、じゃ、外で待ってるね」

 奥さんは子供を連れて、外に出た。

 ヒゲの元彼はベビーカーを引いて入口向かおうとしたが、途中でベビーカーを置いてこっちに来た。

 そして、私の席の横に置いてる勘定の紙を手に取って、一言、

 「今日は、俺が払うよ」

 マヌケ顔の元彼は、相変わらず、意味のないマヌケな澄まし顔でその一言を言い、私の勘定の紙を持って行った。なんか、生意気だった。


 私もその店を出て行って、家に帰り、深夜、着替えてベッドに入った。横になってしばらくすると、メールの着信音がなった。六年ぶりくらいの元彼からのメールだ。

 「今日 4月27日 会社に少し早く連休貰えたので 家族で旅行した 27日は別に狙ってない 偶然だ まさか 君が 来てるなんて 考えもしなかった しかも27日 しかも一人 びっくりしたよ 奥さんにバレないか ヒヤヒヤした 女のカンこわし もう この街に来ても あの店に 二度と行かない 俺は家族と元気にしてる 君は素敵な女性 いい奥さんになれる 頑張れ 頑張れ バイバイ」

 こんなもの見せられて、私にどうしろと言うんだ?

 私は必死に悔し涙が出ないように顔に力を入れた。思いっきり私の婚期に気を使われている。なんて武士の不覚だ。あの忌々しいマヌケヒゲ顔の元彼の顔を思い出して、ベッドで体中を怒りで満たしながら、強引に寝ようとした。



  いつもの洋食屋さん 終わり

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