15:影VS爆弾
「ンだァ?
「はいそうです。つっても、お前相手にどこまでいけるかわかんねーけどな」
「やるだけやって、アタシを楽しませろよ」
「あーあ。これだから自己中は嫌いなんだよ」
レックスの〝
「これでお互い、本気で
「俺はお前を殺さねーよ。俺は死なねーし。ん、待てよ? ならこの戦い、俺を殺したいクリスの負けってことでいいのか?」
「なわけあるかァ!! 本格的にぶち殺してやろうかテメェ! いや、殺せないなら骨全部折る方が痛みが残るか? そうするか?」
「助けてハルバード君! 君のお姉さんすっごい怖い」
殺せないなら骨だけを折る、どれだけ嫌われているんだ俺は。そんなことを思うレックスは、先制攻撃を仕掛けんと詠唱する。
「やられる前にやらねばな。〝
詠唱と同時に影が揺らめく。
クリスティーナを囲むように影の柱が出現。影の柱は生き物のようにしなると鞭のようにクリスティーナを襲う。
5本同時攻撃。
逃げ場は無いと思われたが、猛獣はニヤリと嗤う。
「甘ェんだよ、〝
右の
たった一発の攻撃で、レックスの生み出した5本の影が全滅する。
影の特性上、光が無ければ能力を使えない。しかし、強すぎる光は影すら喰らい尽くす。
レックスが危惧していたことが目の前で起こってしまった。
鎖を爆破させた時から薄々勘づいていた。
爆発で必ず生じる発光。
彼女の力は、レックスの生み出す影を殺せる。
「どうしたの? こんなモン?」
余裕綽々とでも言いたげにクリスティーナはレックスを見下す。影での攻撃は、かえって逆効果になりかねない。
「やっぱそうなるよな…………。怖ーけど、
再びペラペラと
「〝
唱えると、レックスの足元が湧き水のようにボコボコと動き出す。続けて噴水の如く吹き出した影はやがて人の形を形成する。
もう一人の────レックス。身長・髪型・格好、ネックレスやチェーンのような遺産は身につけていないが、本物そっくりの分身が現れた。
感心するように、クリスティーナの口からほへェ〜と声が漏れる。グリムとハルバードは、突然現れたもう一人のレックスに驚きを隠せず、ベルジナは初見ではないのか見守っていた。
「
「殴れば関係ねェけどな」
「乱暴な女子はモテねーぞ」
「アタシより弱い男には靡かねェんだよ」
軽口合戦。お互いがお互いを煽る。
レックスは
レックスの狙いをクリスティーナは理解する。篭手の能力はわからないがおそらくは遺産の一種。分身体に近距離戦を任せて、隙ができた所を【衝撃】で吹き飛ばす。数的優位と影による環境を生かしたレックスらしい手数勝負。
「準備はできた? いつでもどうぞ」
「それじゃあお言葉に甘えてッ」
2人のレックスが同時に走り出す。
「同時かよ……」
短剣を持ったレックスと、ボクシンググローブのように篭手を嵌めたレックスが同時に襲ってくる。本体はニヤケ顔で迫ってきているが分身体は無表情。身につけている装備だけでなく、その表情からも差別化がされていた。
クリスティーナは面倒臭そうに構える。どちらが来ようとやることは変わらない。こちらの攻撃が少しでもかすれば、相手は致命傷を受けることになるのだから。
けれど、待っているだけでは面白くない。レックスはクリスティーナが近距離でしか技を扱えないと思っているのだろう。その逆を突く。
「同じ顔が2つあると、気持ち悪ィな! 〝
見えない拳の弾丸がレックスの分身体を穿つ。
体内爆破+体外爆破の同時発動。
センスのみで編み出した爆風の銃撃。
その威力は凄まじく、たった一撃で分身体は水飛沫のように飛び散り原型を崩した。
分身体は戦闘力こそ本体と同等の強さなのだが、耐久力が極端に低いというデメリットがある。それこそベルジナのデコピンでも肉体を崩す程の紙装甲。
(つーか紙装甲じゃなくても、クリスの攻撃一発で本体1ストック落ちるんですが!?)
悲しい程に漫画・ゲーム脳なレックス。走りながらも、短剣を
「〝
レックスの足元ではなく、今度はクリスティーナの足元から分身体の手が伸びる。
「うぇっ! キモ!」
相変わらずの無表情で見た目少女の足にしがみつく自分の姿を
「〝
「しまっ────」
キモすぎる
軽い土煙がクリスティーナを包むが、切り裂くように煙を払い除ける。直撃したかに見えたがダメージは少ないようだ。
「あァクッソ! どんだけ技のレパートリーがあるんだよ! バーゲンセールですかコンチクショー!」
「畳み掛けていくぜー! よっと!」
片手で掴んでいた篭手をクリスティーナの左右それぞれに投げる。レックスに向けていた視線は投げ込まれた篭手に誘導された。
「〝
詠唱と同時にクリスティーナを挟むように2人のレックスが出現。左右それぞれに篭手を嵌め、その拳はクリスティーナ目掛けて放たれた。
「甘ェ
その場でしゃがみ回避。
攻撃を止めることが出来ない分身体は、勢いそのままクロスカウンターの要領で互いの頬を殴り飛ばす。
再び分身体が消えた。だがクリスティーナの体勢を不安定にさせることに成功。レックスは更に攻撃を繰り返す。
「〝
姿勢を低くしたクリスティーナの腕を分身体が掴まえる。身動きを取ることが出来なくなったクリスティーナへ、周囲に出現した黒い鞭が一斉に打ち込まれる。
「だァァァッ! ダリィ攻撃ばっかしてくんじゃねェよ!!」
打ち込まれるよりもほんの少し早く。
地面に向かって〝
爆発の威力というよりも、爆発で発生した光によってクリスティーナを囲む影が飛散した。
攻撃は失敗に終わったが至近距離で爆破したことによって、クリスティーナ自身にも決して見過ごせないダメージを負ってしまう。
最大級の
「〝
空いている右手を自らの影に突っ込み、まるで海水を浴びせるように弾く。
水滴の如く飛び散った影は太く頑丈な縄となってクリスティーナに巻き付く。
本来であれば払い除けられる攻撃なのだが〝
「ほら、よ!」
レックスは腰を落とし右拳を軽く引く。クリスティーナの顔が近付いてくるそのタイミングを見計らっての────。
「へいッ!」
全力ストレート、2度目の炸裂。今度は踏み止まることなく、クリスティーナの小さな身体が後方へ吹き飛んだ。
この男、まさに容赦無し。目の前で倒れる少女を強敵と認めたからこその手加減無用な戦い。
突然やってきた鼻を劈く痛みからか、ピクピクと震えながら立ち上がるクリスティーナ。
「お前が俺に当てた攻撃は、最初の不意打ち一発だけ。俺がお前に当てた攻撃は、真正面からの2発。それで、誰の攻撃が甘いって?」
煽りの鋭さは相変わらず。
レックスの言う通り浴びせた回数はこちらが上。
クリスティーナの一撃必殺は十分脅威だが、当たらなければどうってことはない。
他者から見ても今追い込んでいるのはレックスの方。鼻血を吹き出しながら震えるクリスティーナは、最初こそ猛獣のような圧だったが今はない。
勝利は目前だろうか。
答えは────否。
「痛ってェなァ…………。久しぶりだ、こんなに痛いのは。いつだったっけ? アタシがボロボロになりながら戦ったのって…………」
ユラユラと揺らめきながらクリスティーナは構える。吹き出る鼻血を気にもせず、まるでトリップするかのようにレックスを置き去りにする。
クリスティーナの発する違和感をレックスは不思議に思う。気にする事はない、そう頭で理解しても気にせずにはいられない。
(なにか、仕掛けてくる? それか単純になにも考えることができなくなったのか? けど、クリスから出る蒸気が増してるような……)
薄かった蒸気が、徐々に濃ゆくなっていく。
構えながらもクリスティーナはダランと脱力している。攻撃を仕掛けてくるにしても挙動がつかめない。
目に見えない恐怖がレックスの肌を襲う。ピリピリとした空気が辺りに漂う。
「全身だけじゃなくて……爪や目まで神経尖らせるような……それだけじゃなくて、もっと…………脳みそまでドバドバするような……あんな戦いが、懐かしくて楽しくて嬉しくて高揚するような…………今、アタシ
ギラギラと目を輝かせ、クリスティーナは目の前から消える。
目で追う────なんて動作も許さない速度で、クリスティーナはレックスの左脇腹を吹き飛ばす。
「────は?」
痛みを感じるよりも先に理解が追いつかない。
文字通り吹き飛んだ。半身がほとんど消え去る。
持っていた
「ハハハハハハハハ!」
猛獣もしっぽを巻いて逃げ出すような笑い声を上げながら、クリスティーナは楽しげにレックスの右目を貫く。
今度は視界が吹き飛んだ。残った左目も血で赤く染まり始める。
なにをされたかわからない。ただ、味わったことのない死が迫っていることだけが理解できる。
「アーハハハハハハ!!」
猛獣改め、悪魔は嗤う。
痛みをかなぐり捨てて、目の前で立ち続けた
掌から発生させた爆破を全身くまなくレックスへ浴びせた。
原型を留めさせない。
確実に殺す。
跡形もなく消し炭にする。
血すらもこの世に残さない。
明確な殺意ではなく、子供のように純粋で、与えられた
「レックスさん!」
見守っていたベルジナが声を荒らげる。これまで共に旅を続けていたが、ここまで無惨に壊されていくレックスを見るのは初めてだ。
レックスは死なない。
魔女の呪いによって不死。
怪我をしても直ぐに治るし欠損した部位すら時間が経てば再生する。
ベルジナが危惧しているのは肉体的なダメージではなく精神的なダメージ。いくら不死身だからと言っても精神面に影響が出ないわけではない。
精神が崩壊すれば流石のレックスでも戦いを継続することは不可能。それだけは避けたい。
「ハハハハハ! 壊れちゃったねー! ぐちゃぐちゃになっちゃったねー! 死ぬのかな? 死なないよね? 死んじゃったら面白くないもん! もっともっとあそぼうよ! 脳みそぶち撒けて、目ん玉飛ばして、手足
「テメェはメンヘラかぁ!!」
微かに飛び散った血肉を結合させ、宙に浮きながらレックスは頭部のみを形成させる。
「レックスさん!?」
流石のベルジナも困惑する。
レックスの(精神的な)死を予感していた直後に、頭だけでツッコミを入れるいつも通りの姿。
通常運転は嬉しいが、見た目があまりにも猟奇的すぎる。悔しいことに今のレックスの姿はモザイク処理されていた。
「やっぱし生きてた! 嬉しいな!」
「嬉しいじゃねーんだよ! 俺の姿見てみろ! デュラハンみたいになってんだろーが! バカスカ爆発させやがってよ。普通に怖いわ! どこの層に喜ばれるんだよ、メンヘラ無邪気殺人ロリなんて! ちょっと人気出そうで悔しいです!!」
爆散した血肉を動かし、頭以外の肉体を完璧に作り治す。その肉体は上裸だが爆破の衝撃で飛び散ったはずのパンツだけは履いていた。
「【修繕】のパンツ履いてて良かった。危うく俺のレックスさんがこんにちはするとこだったぜ」
【修繕】の魔女が生み出した衣服型の遺産。破れようが燃やされようが、切れ端さえあれば質量を無視して原型を保つチート遺産。
器用に離れた肉体を動かして宙に舞う頭部をキャッチ。まるで帽子を被るように頭をくっ付けた。
半裸の
どちらが狂気的と聞かれればどちらもと応えたくなる光景。本人達は至って真面目な所が逆に笑いを誘う。
「俺の
「どこからどう見ても変態です」
「遺産の無い俺なんてただの主人公だもんな」
「どこからどう見ても
「ふぅ、これで読者からの人気も保てたな」
「私なんでこんな人と一緒に旅してるんだろ」
独り言を呟くレックスと遠くで聞こえない程度にツッコミを入れるベルジナ。
脅威は未だに去っていないが、あまりにもいつも通りなやり取りを繰り広げる。
ジッと見ていたクリスティーナは嗤いながらレックスへ近づいていく。
「ねーねー、今度は何する? 一回全部壊しちゃったからさー。あっ! 皮だけ剥ぐってのはどう? きっと楽しいと思うんだー!」
「誰も得しない遊びやめなさい。お前アレか? 脳みそまで爆発させて
「そーかも!」
「メンヘラ無邪気幼児退行殺人ロリって属性盛りすぎだろ。盛りすぎて逆に矛盾が生じてんだろーが」
世間話のような穏やかな空気が流れるが、お互いの格好が穏やかではない。
片方は傷だらけで返り血含め真っ赤。
片方は傷こそないが半裸ポーチ。
このまま殴り合ってくれた方がまだ嬉しい。
身に付けていた遺産があちらこちらに散在する異様な現場。レックスはベルジナへ声を掛ける。
「ベルー、悪いけどそこの遺産投げてくれー」
「え、でも」
ベルジナが躊躇うのも無理はない。
レックスの言った遺産とは試練を支える槍型の遺産のこと。覚醒したクリスティーナ相手に、能力もわかっていない遺産で戦いを挑むことは無謀という他ない。
心配するベルジナを他所にレックスは続けて声を掛けた。
「だいじょーぶ。俺を誰だと思ってんだ?
「は、はい!」
飾られていた遺産を手に持ちレックスへ投げる。片手で
「待たせたな。んじゃー始めるか」
「えへへ、たのしいの好きー!」
ゴングが鳴った。
導きの魔女と秘宝探求(トレジャーハント) 鍵錠 開 @tirigamibadman
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