14:爆弾と探求者はただ遊ぶ

 レックス・ランカ。年齢25歳。

 彼が秘宝探求者トレジャーハンターを始めたのは、10年程前のこと。彼には同い年の兄と幼馴染の魔女が居た。

 兄の影響で秘宝探求者トレジャーハンターを目指し、幼馴染合わせて3人で数多くの試練を乗り越えてきた。だが、3人で冒険できたのはたった3年という短い月日。

 とある試練の真っ最中、最奥まであと一歩という状況。謎の集団による妨害によって兄は死亡。幼馴染も、敵の不意打ちによって生死を彷徨っていた。

 死の間際。魔女はレックスの手を取る。優しくゆっくりと自分の頬に添えさせる。


「────生きて」


 ネムレ・アビドロス。【狂愛】の魔女。

 彼女の願いは呪いとなり、その日死ぬはずだったレックスを不死へと変えた。

 腕を切り落とされても再生し、腹を突き刺されても修復する。

 これまで様々な死を体験してきた。

 圧死・溺死・咬死・衰弱死・餓死・窒息死・斬死・討死・直撃死・衝撃死────。

 死んで死んで、生き返る。その繰り返し。

 いつしかレックスは、死への恐怖が無くなっていた。痛覚は生きている為、痛みに耐性があるわけではない。

 だが、生き返るからこそ自分が傷付いても大丈夫という精神が植え付けられた。

 代わりに他人の────仲間の怪我を恐れるようになった。

 死ぬことは怖くない────死なせることが怖い。

 だからこそレックスは、仲間と戦うことが不得手。

 ならば、1VS1サシならどうなる?


「カッカ! 強ェーな、テメェ!」


「そちらこそ! かなりのお手前で!」


 左手に【自在】の鎖を、右手に【衝撃】の短剣を握って、レックスは手数でクリスティーナを翻弄する。鎖による遠距離からの四方八方の攻撃、近付いても短剣で吹き飛ばされる為距離を置かれる。

 状況的に考えればクリスティーナが不利。しかし、クリスティーナはレックスの鎖による攻撃を全て防いでみせた。


(剣の方は別に痛くねェ、刃先が鋭くねェから斬られることもない。厄介なのはその能力だな。そんでもってあの鎖。攻撃の軌道が読めねェ、不規則で動きまくる上に次いでに本体ちゃらんぽらんも突っ込んでくる)


 動きながら次の攻撃を想定する。右からか左からか、はたまた前か後ろか。レックスの場合、天井うえ地面したからの奇襲も警戒しなければならない。

 考えれば考える程、レックスのやりたいことがわからなくなっていく。それがどうしようもなくうざったらしくて、どうしようもなく


(これだよコレっ! このちゃらんぽらんは大っ嫌いだけど、コイツと戦うのは────)


「楽しいなァ!」


 心の底からの本音を叫ぶ。クリスティーナの拠点である戦国家せんこっか・ブロスでも、十分に強い奴らは居た。

 だが、そいつらには戦っていればわかる戦術パターンや癖があった。数分手合わせしていればなんとなく理解できる。

 しかしこいつはどうだ。癖はあってもパターンが存在しない。こちらの動きを予測して攻撃を先置きする知能戦を仕掛けてくるかと思えば、鎖とともに真正面から殴り込む大胆さを兼ね備えている。

 先の読めない戦闘法。身体能力が高いとか、戦闘バトルセンスが高いだけでは片付けられない強さ。

 単純にこの男レックスは視野が広すぎる。クリスティーナとのサシの勝負だと言うのに、使える空間を目一杯使って戦っている。遺産も環境も空間も、使える物をとことん使って戦って遊んでいる。


「えぇ〜こっわ、戦闘狂こっわ。嫌だわ〜、戦いが生き甲斐みたいな人ホント嫌だわ〜」


 嫌味ったらしく軽口を吐くレックス。喋りながらも動きに無駄はなく、的確に相手の嫌がる箇所へ攻撃を仕掛ける。


「こんなに運動したのは久しぶりだなァ! もっともっと遊ぼうぜ、ちゃらんぽらん!」


「ちゃらんぽらんって言うんじゃねーよ! お前年下だろーが! レックスさんって呼びなさい!」


「誰が言うかクソジジイ!」


「反抗期ですかコノヤロー!」


 攻撃を繰り返すレックスと、防御に徹するクリスティーナ。両者一歩も退かない攻防戦。

 押しているはずのレックスに違和感が走る。


(ハルバードの言ってることが正しければ、クリスは【爆弾】の魔導士なんだろ? 能力は使わないのか、それとも使っているのか。だとしても、この身体能力はなんだ?)


 息を切らすことなく永遠と動き続けるクリスティーナ。攻撃をしている側のレックスの方が汗をかいている。

 違和感の極めつけは、レックスの頭部をパンチ一つで粉微塵にしたあの破壊力。


「このままじゃマズイです」


 横になっているグリムの隣で、ハルバードがボソリと呟く。辛うじて聞こえたグリムが聞き返した。


「マズイって、どういうことですか?」


「姉さんにとってアレは準備運動みたいなものなんです。身体を温めるための、単なる有酸素運動で。心拍数が上がれば上がるほど、姉さんの能力は覚醒していきます」


 弟であるハルバードと、魔導士であるクリスティーナしか知らない能力情報。遠目でわかる程に、クリスティーナの身体から蒸気の様なものが溢れ始める。

 気にせずレックスの鎖が、クリスティーナの腕に巻き付く。明らかな悪手だった。


「仲良しごっこでもするかァ?」


 巻き付かれた腕を強引に引き寄せる。抵抗虚しく、クリスティーナの剛腕で引き寄せられたレックス。

 近付いたレックスの土手っ腹目掛けて、クリスティーナの強烈な一撃が炸裂する。


「〝穿撃バレット〟ッ!!」


「ガッ!」


 衝撃でレックスの体が地面にめり込む。攻撃を受けた腹には、拳一個分の風穴が空いていた。


「いっ、てぇえええええ!!!」


 一撃一撃が必殺の威力。見た目少女が拳で出していい火力ではない。

 痛みで絶叫しながらも、レックスは空いた腹を再生させる。が、クリスティーナの攻撃は終わっていなかった。


「もう、いっぱつ」


「グッ!」


 横腹を刈り取る勢いでのサッカーボールキック。レックスの体が宙に浮く。再生はまだできていない。

 クリスティーナは軽く跳躍し、浮いたレックスの右足を両手で掴みながら。


「トドメッ!」


 勢いそのまま、地面へ叩きつけた。地面が陥没する────否、地面が崩れる力で、レックスを叩きつけた。

 声すら上げられないレックスは、その場でダランと体を地面に預ける。不死の呪いをかけられていようが、意識がなければただのサンドバッグ。


「んだァ? もう終わりか?」


 勝ちを確信したクリスティーナ。レックスから言葉は返ってこない。

 大の字でピクリとも動かない。気絶したと解釈したクリスティーナが、ハルバードの元へ戻ろうとしたその時。


「────ァ?」


 一部の地面を踏みしめたその時だった。踏んだ地面が淡く光り始め、光った箇所から複数の鎖が飛び出した。

 クリスティーナの全身を完全に拘束する。こんな芸当ができるのは、アイツしか居ない。


「クソジジイッ!」


 首だけを動かし、ソイツに視線を向ける。倒れていたはずのレックスは、肉体の再生を終わらせていた。


「種明かしはまだしねーよ。ま、なんとなく【爆弾】の能力が理解できた。その馬鹿力も、有り得ねー身体能力も。なんなら、そのわけだ」


 腰に装備した魔法袋マジックバックに手を伸ばしながら、レックスはクリスティーナの能力の謎を紐解いていく。


「【爆弾お前】の能力チカラは、言わば爆発的なエネルギーを体内で構築する能力だろ?」


「ふ、ご名答〜」


 クリスティーナはしたり顔で肯定する。


「もっと詳しく教えてやるよ。アタシは、細胞一つ一つを壊れない力で小規模爆発させてる。爆発させた力を外側に向かってぶつけている感じだな。運動すればするほど、体内に熱を閉じ込めて更に強くなるって仕組みだ」


「聞いといてなんだが、変わった趣味をお持ちで……」


「好きで自傷行為してるわけじゃねェよ」


 壊れないように調整しているとはいえ、自分の細胞をなんの躊躇もなく爆発させている。はっきり言ってイカれた行為。

 グリムがファントリアを討伐できたのは、自分の肉体が壊れても良いとイカれた覚悟を決めた決死の攻撃だったからだ。

 クリスティーナはどうだ。下手をすれば死ぬという行為を、ただのパンチ一発に乗せて殴っている。

 レックスの経験上、脳内に危険信号が送られる。イカれた奴は、総じて強い。この上なく強いのだ。


「どいつもこいつも…………。負けてらんねーな」


 レックスが取り出した一冊の本。

 グリム戦で見せた【影】の魔導書グリモワール。ペラペラと捲り、戦闘準備を終わらせる。


「カッコつけてるとこ悪ィけどよォ……。アタシにはまだ能力あるぞ。爆発させるのは体内だけじゃねェ」


 鎖の中でモゾモゾと動いたかと思えば。巻き付いていた鎖が光を伴い、ボンッと破裂する。

 想定していたことだが、実際目にすると恐ろしい光景だ。


「あー、やっぱし?」


。生物は無理だけどな」


 解放され自由の身となったクリスティーナ。ふふんっと鼻を鳴らして、親に自慢する子供のような仕草をする。

 本来であれば可愛らしい姿なのだが、現状が現状だ。猛獣が力任せにじゃれつく姿が頭に浮かぶ。


「お前、それいくらだと思ってんだ」


「知らねェよ。どうせ安モンだろ?」


「一本あたり5万ギルだぞ。それを4本も壊しやがって」


「アタシに触ったコイツらが悪い」


「あーそうかいそうかい。絶対弁償させてやるからな」


「やってみろよ」


 息を吸って、大きく吐く。精神を整えて、呟くように呪文を唱える。


「〝黒影領域ブラック・エリア〟」


 レックスの足元に伸びた影が、地面を覆う。

 どうやら宴は、始まったばかりのようだ。

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