13:2つの再会

 衣服が土まみれだというのに、明るい雰囲気のままレックスが2人の無事を確認する。

 ぽっかり空いた穴からは、レックスに続けてハルバードが踏ん張りながら出てきた。そして、一人だけ見覚えのある顔を発見する。


「ね、姉さん!? どうしてここに!?」


 予想外の再会。ハルバードは姉の顔をジロジロと見る。


「ハルくん! やっと会えたよ〜♡」


 見るからに上機嫌になるクリスティーナ。上機嫌なまま、クリスティーナは弟ではなくレックスに視線を向けた。


「あなたは、誰? アタシのハルくんと、どんな関係かな?」


 先程までベルジナとグリムに向けていた圧が、レックスただ一人に向けられる。殺意にも似たそれを一身に受け止めたレックスは、変わらず軽い口調で返す。


「どんな関係って……。そりゃあ好きな話題で語り合える同士と言う他ないだろ」


 ピキっという鈍い音が広い空間に響く。顔だけを笑顔にしたクリスティーナの額に、青筋が数本浮かび上がる。


「同士……同士、ねェ…………。ハルくん、どういうことかなァ?」


 ギギギと音がなりそうな程に、ぎこちなく首を動かす。未だになぜ姉がここに居るのか脳内を整理しているハルバードは、当たり前のように答える。


「どうって言われても……。レックス兄さんと漫画の話で盛り上がっていただけだけど」


 ピキピキっ。クリスティーナの青筋が更に増えた。弟であるハルバードは、姉が怒っていることはわかるがなぜ怒っているのか理解できていない。


「兄さん……!? 兄さんってどういうことかなァ!? お姉ちゃんに詳しく教えてくれる!?」


「教える? あぁ、漫画の話ね。俺は最近の漫画もよく読むけど、やっぱり昔連載してた漫画を読み返すってことにハマって」


「テメェには聞いてねェんだよ!」


 好きな話をしようとしたレックスは、クリスティーナに怒鳴られわかりやすくシュンとする。睨みつけられ続けるハルバードはというと、キョトンと首を傾げる。


「試練の中で俺が迷ってたら、隣のレックス兄さんが助けてくれたんだよ。レックス兄さんが来なかったら、多分俺死んでた」


「あっそ! そういう事ね、助けてくれたんだね。でも、そこのちゃらんぽらんを兄さんっていうのは辞めようか! あなたにはアタシが居るでしょ!?」


「そりゃあ俺の姉弟きょうだいは姉さんしかいないけど。レックス兄さんは、ほら、命の恩人で尊敬してるし」


「尊敬ェ!?」


 絶叫に近い声でクリスティーナは驚愕する。クリスティーナの足元の地面に亀裂が入る。

 気付けば近づいていたレックスはクリスティーナの肩にぽんと手を置く。


「まあまあ、落ち着きなよ。えっと、クリスティーナだっけ? こうして姉弟が再会できたんだから、結果オーライってことで」


「気安く触ってんじゃねェよ」


 豪快に笑い飛ばすレックスと怒りでわなわなと震えるクリスティーナ。意識を震える姉から仲間達へ向ける。近くで倒れていたグリムにランラン気分で近付く。


「おーい、大丈夫かー? 俺のいない間にえらい目にあったみたいだな」


「は、はい。それよりレックスさん、今までどこに……?」


「地下」


「地下ぁ!?」


 今度は意識をベルジナへ向けた。


「ベルも無事みたいだなー。良かった良かった。それじゃあ遺産だけ手にして皆で帰るか」


「それはいいんですけど……どうして地面から出てきたんですか?」


溶解かした」


溶解かしたぁ!?」


 遺産まで歩もうとしたレックス。だが、一人の声に呼び止められる。


「オイ待て」


 低い声だった。振り返れば、そこそこ距離のあったはずのクリスティーナが目の前にいた。身長差でクリスティーナの方が見上げているはずなのに、目だけがレックスを見下している。


「どうした、クリスティーナ。てか、名前長いからクリスでいい?」


「ハルちゃんが一人で試練攻略に来るわけねェんだよ。テメェだろ、ハルちゃんをたぶらかしたのは」


「姉さん、それは違うって」


 ハルバードの否定とレックスの提案を無視しながら、クリスティーナは己の質問だけを押し通す。殺しもいとわない雰囲気。


「それは違うぞ。ハルバードは自分の意思でここに来ただけだ。俺はたまたま出会っただけだぞ」


「そうだよ姉さん! 俺は変わる為に一人で来たんだから!」


「なわけねェだろォが!! アタシの可愛い弟は勝手に試練に挑むような馬鹿じゃねェんだよ!!」


「クリスさんクリスさん。後ろ振り返ってみて。あなたの可愛い弟が涙目だから。涙で前かすんで見えてないから」


 実の弟に対しても辛辣な対応を見せるクリスティーナ。後方で涙を目に溜めるハルバードに少し同情する。


「ハルちゃんを危険に晒したテメェをアタシは許さねェ! 死んで詫びろやッ!!」


「話を聞けぇ自己中シスコン娘! 俺は関係ねーつってんだろ!」


「テメェの話は聞きたくねェんだよ!」


「頭硬すぎんだろーが!」


 ヒートアップするクリスティーナと、不憫すぎるレックス。両者譲れないものがあるようだ。

 一触即発の雰囲気に、割って入ったのは未だに倒れるグリムだった。


「レックスさん! それ以上刺激したらダメです! その人、相当強────」


「黙ってろやボンクラ!!」


 クリスティーナが動く。レックスではなくグリムを目標として。

 右脚を振り上げる。動けないままでいるグリムへ向かって放とうとするサッカーボールキック。

 後に起こるであろう悲劇を予感して悲鳴が上がる。それはベルジナのものなのかハルバードのものなのかわからない。

 蹴りを振り切るその瞬間、レックスの停止の声がクリスティーナに届く。


「────なにやってんだ、お前」


「ッ!?」


 クリスティーナの身体中に巻かれた一本の鎖。力には自信があったクリスティーナは、思わず声を漏らす。

 鎖の先端を確認した。レックスだ。先程まで流暢に笑っていたレックスが、その面影を消し去り怒りを顕にしていた。


「…………遺産使いかよ」


「質問に答えろ。なにやってんだ、お前は」


 ファントリアともクリスティーナともまた違った圧。再会してから楽しそうに会話していたレックスは、もう居なかった。

 クリスティーナは余裕そうな表情のまま、レックスへ返答する。


「アァ? このボケカスをぶっ殺そうとしただけだけど? それがどうしたァ?」


「グリムがボケカスならお前は道端に転がる犬のクソ以下だ。俺の仲間に、手ぇ出すんじゃねーよ!!」


 鎖を巻いた状態で、器用にクリスティーナごと回転させる。レックスを軸に風が吹き荒れる。

 遠心力たっぷり。タイミングを見計らいレックスが遺産の力を弱めた。


「うらぁああああああ!!!」


 壁目掛けて、クリスティーナを投げ飛ばす。再び広い空間に土埃が舞う。

 ふぅーっと小さく息を吐くレックスは飛んで行ったクリスティーナの方を観察する。やがてなにかに気付いたレックスは、冷や汗を滝のように流しながらハルバードへぎこちなく笑みを向けた。


「…………ごめん。お姉ちゃん、投げちゃった……」


「姉さんんんん!! な、なにやってんですかレックス兄さん!」


「悪い、あまりにも調子に乗ってたからムカついちまって…………。これだからメスガキものは苦手なんだよ」


「なんの話ししてるんですか!? 確かに発端は姉さんですけど!」


「俺は主人公を煽るヒロインよりも、清楚で奥ゆかしい花のようなヒロインが好きなんだよ」


「一人で勝手に話を進め出した!?」


「アァ…………痛ってェなァ……。投げられるなんていつぶりだァ?」


 クリスティーナがゆっくりと歩いてくる。どうやら軽傷ですらない様子。頭を乱暴に掻きながら、投げ飛ばした張本人であるレックスを視界に捉える。

 クリスティーナが無事だったことを確認したレックスは、酷く安堵したように胸を撫で下ろす。


「良かった〜、お前の姉ちゃん頑丈で」


「言ってる場合ですか! 逃げてください、レックス兄さん! 姉さんは、キレるとなにをするかわかりません!」


 ハルバードは慌てながら逃避を促す。魔物に遭遇した以上の慌てっぷりに、レックスは疑問符を浮べる。


「ん? よくわからんが大丈夫だろ。確かに頭のおかしい奴だけど、死ぬことはねーよ」


「そうじゃなくて────あ、逃げて!!」


「ん〜?」


 クリスティーナがいた方へ首だけを動かす。目の前には、そいつがいた。脚の次は拳を引き絞り、勢いそのまま対象を穿つようにパンチを放とうとしている。


「あ、やべ」


「〝穿撃バレット〟ッ!」


 残念なことに、狙いが外れることはなかった。

 レックスの顔面が歪む。歪む、というよりも崩れる。立っているだけで地面に亀裂を刻むクリスティーナの超パワーに、勢いを乗せた顔面ストレート。


 倒れることもないまま、レックスの頭部が破裂した。頸元から血を吹き出し、目や耳などが爆散して飛び散る。

 叫び声は聞こえない。絶句だった。間近で眺めていたグリムとハルバードの目に、醜怪しゅうかいな画が飛び込む。

 ただ一人、ベルジナだけが真剣な眼差しでその光景を見届けていた。


「弱ぇクセにいきがんじゃねェよ、バァーカ!」


 クリスティーナだけが声を上げる。誰も動けない。

 クリスティーナは頭部の無くなったレックスに興味を示さないまま、ハルバードに声を掛ける。


「帰るよ、ハルちゃん。フー爺も心配してるらしいから。早い内に戻るよ!」


「ぁ、あぁあ……………………」


 小さな声が漏れる。絶望感が積もる。

 今まで生きてきた中で初めて見た死体。目の前で人が死ぬという事実に、ハルバードは限界を迎えた。

 勝手に胃液が上がる。消化されていなかった物と共に口から吐瀉物としゃぶつが飛び出す。


「……………………オェ」


 人が死んだ。姉が殺した。命の恩人が目の前で命を落とした。

 一度に処理できない程の情報が流れる。処理しようにも、鼻につんざく鉄臭い香りが吐き気を加速させた。


「れ、くすさん? え、だめ、でしょ…………それは────────だめだろそれは!!!」


 同じく、冒険者としての道を救ってくれた恩人が亡くなった。毎度笑顔で冗談を口にしていた陽気な秘宝探求者トレジャーハンターが、今や何も言わずに立ち尽くしたままだった。


「うるさいよ、君。人が死んだとか、どうでもいいことでしょ? だって人間はいずれ死ぬんだから。このちゃらんぽらんは、それが今日だったってだけでしょ?」


「んなわけあるか! レックスさんはこんなところで死んでいい人じゃない! 自分よりも他人を優先する僕の恩人なんだ! そんな人を殺して、アンタに何があるって言うんだよ!!」


「生きていても死んでいても、アタシには関係ないけどね。それとも何? こいつと一緒の場所へ連れて行こうか?」


 口出しを許さない殺意が再びグリムを襲う。グリムへ歩き出そうとしたその時、聞き覚えのある聞いてはいけない声が部屋中に響く。


「痛ってぇええええ!!!」


「「…………え?」」


「…………はァ?」


 皆の意識が集中する。声の主は、レックスだった。頭部が消し飛んだはずの、死んだはずのレックスが、絶叫しながら痛みを訴える。

 消し飛んだ頭を触りながら、まるで強烈なビンタを食らった程度の騒ぎを起こす。

 ベルジナ以外の皆が困惑した。目の前で死んだだろ、動けなかっただろ、多量の血を吹き出していただろ。


 どんな魔法を使ったんだ?

 幻覚でも使ったのか?

 生き返ることが可能な遺産か?

 それとも超再生可能な魔導士なのか?


 幾つかの仮説を立てたが、正直脳が理解を拒む。生き返りの遺産があったとしても、レックスの反応は人の反応だった。


「あっぶねぇ! 久しぶりに死ぬかと思った! やっぱ怖ーな、もう死にたくねーな」


 元の軽い口調で愚痴りながら、レックスはふぅと息を零す。遠くの方からレックスに向けて、ベルジナが声を掛ける。


「レックスさん! それ以上死なないようにしてくださいね! 初見の人には刺激が強すぎます!」


 ベルジナに片手を挙げながら、レックスは忠告を素直に受け取った。


「確かになー。これR15作品だもんな。間違えて18禁になるところだった、あっぶねー」


 別の心配をし始めるレックス。いつも通りの反応にベルジナはげんなりと肩を落とす。


「待て待て待て待て、おかしいだろ? テメェ、さっき死んだよな。どうして生き返った? 何をした?」


 本気で困惑するクリスティーナ。レックスはさも当然かのように、淡々と答えた。


「何って、決まってんだろ。遺産でもなけりゃあ俺は魔導士でもない。俺は魔女に直接んだよ」


「はァ?」


 脳がパンクしそうだ。レックスが言っていることが正しければ、これまでの戦いの辻褄つじつまが合う。

 魔導書グリモワールを読んだ者は誰であろうと呪われる。グリムは力が暴走し、クリスティーナは暴走こそしなかったが身一つで魔法を行使することが可能になった。

 読んだ魔導書グリモワールはその場で跡形もなく消える。それなのに、グリム戦で見せたレックスの魔導書グリモワールは消えることなく魔法のみを使うことが出来た。

 遺産の放つ呪い以上の呪いを、その身に刻まれている他ない。


「あ、そーだった」


 何かを思い出したかのように、レックスはクリスティーナへ向き直る。身体を近づかせ、今度はこっちが見下すように。


「俺、やられたらやり返さないと気が済まねーんだよな」


 大きく振りかぶり。レックスの右ストレートが、クリスティーナの顔面をぶん殴る。

 レックスは女子供を容赦なく殴るタイプではない。なんなら女も子供も好きな方であり、守りたいと思うタイプだ。

 レックスが手を出す存在。それは、強くて自己防衛の出来る性根の腐った大馬鹿者だけである。


「グボッ────」


 鼻血を吹き出しながら、大きく身体を逸らす。

 痛む鼻を抑えながら、クリスティーナはより一層強くレックスを睨み付ける。


「テッメェ…………、やりやがったなァクソがッ!」


 怨念を込めたクリスティーナの言葉に、レックスはどうでもいいとばかりに小指で鼻をほじる。


「知るか。文句があるなら、かかってこいよ」


「上等……! ぶち殺し確定だァ!!」


 レックス・ランカVSクリスティーナ・ルミネッタ。

 謎の遺産使いと【爆弾】の魔導士の火蓋が幕を開ける。

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