喫煙者と父からの手紙

不知火白夜

第1話

 小さい頃、実親や養親が立て続けに死去したことをきっかけに、僕は兄と共に新しい家族に引き取られることになった。いや、『兄と共に』と書くと語弊がある。実際は、兄は東洋人の老人の元に、僕は東欧人の家族に引き取られることになったからだ。

 何故そんなややこしいことになっているのかというと……僕たちは諸事情でとある組織に所属し、そこで師匠のような人がそれぞれ僕と兄に就くことになった。更には僕たちがまだ10歳未満と非常に幼いこともあって、その先輩が保護者として面倒を見ることになってくれたのだ。


「初めまして、リュカくん。私は、タリエル・ハハレイシヴィリという。好きなように呼んでくれたまえ。一応私は『父親』と言うことになるけど、無理して父なんて呼ばなくてもいいからね」

「…………ん」


 タリエルさんは僕の名前を呼んでから、僕を怖がらせないようににこりと目を細めた。続けて、僕が彼の言葉に頷いたのを見てから彼はゆっくりと口を開く。


「……これから君は私の家で、私の妻や子供達と過ごすことになる。不安だろうが、みんな君を歓迎しているから心配しないで。……そうだ、お近づきの印に君に何かプレゼントでも贈ろうか。何がいい?」


『プレゼント』――その言葉に、僕は前々から興味を抱いていたものの名前を口にした。


「…………たばこ」

「……え?」

「……たばこが、ほしい」


 僕のその言葉に、優しかったタリエルさんの顔つきは、驚きから厳しい顔へと急激に変化してから『冗談でもそんなことを言うんじゃない!』と怖い声で言い放った。



 それから十数年後、18歳になったリュカはすっかり喫煙者になっていた。高級な葉巻を定期的に購入し、所属する組織の事務所や自宅にてゆっくりと蒸かすことが日課になっていた。

 ある日の午後、リュカは、自宅の一室でのんびり休日を堪能していた。さっきまでは別室で読書に耽っていたのだがそれも一旦やめて、いくつかの道具を手にソファに腰を下ろす。

 リュカが持ってきたのは葉巻やシガーカッター、ライターだ。ちなみに、灰皿は既にテーブルに置いてある。

 慣れた手つきで灰皿の上でシガーカッターで葉巻の端を吸い口を切り落とし、ライターで火をつける。葉巻をゆっくりと回しながら端に火をつけ、頃合いを見て葉巻を蒸かす。口の中で上品で濃厚な香りを味わってから、リュカは、ふぅ、と煙を吐き出した。

 煙が空中にて漂うのを眺めながら、リュカは自分が喫煙者になって相当の時間が経っていることをぼんやりと思った。

 リュカが煙草に興味を持ったきっかけは、実母の再婚相手の男が喫煙者だったことだった。彼が頻繁にうまそうに煙草を吸っているのを見て、なんとなく興味を抱いた。どんな味なのだろうか、そんなに美味しいのだろうか……興味が膨らんだ結果、男が見ていない隙に吸ってみようとしたこともあった。大抵見つかってひどい叱責を受けることが常だったので達成できたことはなかったのだが……その興味は燻り続け、タリエルに聞かれたあの日に口から出てしまったのだ。タリエルに怒られたことに対してあの日は驚いたが、今は当然のことだと理解している。

 タリエルは、リュカが大人になる前に煙草や葉巻に手を出そうとするのを何度もきつく注意した。

『そういったものは体に悪いから吸うんじゃない。それに、吸うとしても、もっと大人になってからにしろ』――そう何度も指摘されて頭では理解した。しかし結局興味はなかなか消えず、そのまま数年。リュカは所属組織の任務の都合で家族の元を離れてから、こっそりと吸うようになってしまった。

 初めて吸った時はあまりの煙っぽさに咳き込んでしまったが、やがて吸い方を学び理解し、うまく嗜むことが出来るようになり、その結果、18歳でありながら喫煙歴数年という状況になってしまった。

 ちなみに、リュカ本人はタリエルの元は離れているものの、息子が喫煙をしていることは完全にバレており、定期的にくる手紙には仕事の調子を問う文章や近況報告、父親としての愛情を示す文章に続けて、毎回『煙草をやめなさい』ということが記載されている。

 リュカは、一旦葉巻を灰皿に置いてから、今日届いたばかりのタリエルからの手紙に目を通す。内容の一部はこんな感じだった。

『――ところで、煙草は吸いすぎていないだろうか。お前ももう18歳になっているから喫煙すること自体は問題ないだろう。しかしほどほどにするように。葉巻にしろ煙草にしろ決して体にいいものではない。お前は前線部隊に属するものなのだから、体が丈夫で健康でなくてはいけない。少しでも健康に気を遣うように。私もマリアムも心配しているんだからな』

 手紙では、その下にも長々とリュカを気遣う文章が綴られている。

 リュカは、それに無言で目を通しながら、また葉巻を手に取って、味わい、漠然と思う。

――……父上も母上も、実の息子でもない僕に対してよくもここまで心配してくれるものだ。

 そんなことを思いながら、リュカは、義理の両親には悪いが、自分は死ぬまで葉巻をやめられないだろうなと感じていた。なんていったって、葉巻は彼にとっては美味しいのである。

 葉巻には味わいが色々ある。濃厚で深い味わいのものからあっさりしたものや甘さのあるものまで。リュカは基本的に味わい深く香りも濃いものが好きだが、時々気まぐれで違うものも嗜む。それに、葉巻を蒸かしていると気分が落ち着くのだ。リラックスするものをやめろだなんて、とても出来ない。

 それに、周囲には喫煙者が多い。女性の喫煙者は滅多に見ないし自分のように幼い頃から吸っているものは珍しいが、男性は多くのものが煙草なり葉巻なりを嗜んでいる。父のように一切吸わない方が珍しいかもししれない。

――母上はともかく、父上は一度やってみればいいのに。そうすれば良さが分かるだろう。

 そんなことを思いながら、またリュカは葉巻を蒸かし、ソファに凭れながら煙を天井へ向けて吐き出した。

 そんな彼は知るよしもない。

 数ヶ月後に、とある人物と関わることで、リュカは自ら禁煙の決断をすることになるなんて。

 そんなことは、誰も想定していなかった。

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喫煙者と父からの手紙 不知火白夜 @bykyks25

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