どうせ最後ならsideA

りお しおり

sideA

 やってしまった…。

 隣で眠る彼の穏やかな寝顔を見ながら、私は頭を抱えた。


 昨夜は酔っていた、とても。

 だけど記憶をなくすほどでも、判断を誤るほど酔っていたわけじゃない。彼が私をそう思っていたとしても、そうじゃない。


 私は私の意思で、彼とそうなりたいと思って、酔いに任せて、違う、そう見えるように彼を誘った。どうせ最後だと思ったから。


 私と彼はずっと友だちだった。

 同期の私たちは仕事の相談や愚痴に始まり、お互いの恋愛相談をするようになった。おもに私の愚痴だったけれど。

 男女の友情は成立する、と私たちはずっと言っていた。


 私が浮気をしていた恋人にふられたときには、やけ酒につき合わせた。もう恋なんてしないなどと月並みなことを本気で言っていたけれど、私はいつの間にか彼を好きになってしまった。ありきたりな話である。

 とはいえ彼には恋人がいたし、私も臆病になっていた。だから代わりに、彼と張りあえるように仕事に邁進した。


 そうしているうちに彼は恋人と別れ、男女の友情を選んだ私にも、失恋の痛手を忘れた頃に別の恋人ができた。だけどそんな恋愛はうまくいかなくて、すぐに別れた。

 彼には新しい女の影があるようにも、そこまではいってないようにも見えた。恋人がいるとなれば遠慮せざるを得ない。だから聞けなかった。

 男女の友情は成立する。だけど簡単なことで壊れる。だから、壊れるくらいなら関係を壊したくなかった。このままの関係なら、彼の傍にいられる。彼と笑っていられる。そう思っていた。


 彼を失いたくなかった。彼がいるから私は、会社を辞めずにいられる。

 仕事は行き詰まっていた。女だからという理由で仕事を否定されることもつらかったけど、女だからという理由で許されるときはもっと堪えた。

 会社に彼が存在していることで、どうにか持ちこたえていた。それでも愚痴は言えても彼にでさえ弱音は吐けなかった。


 必死に強がっていたのに、昨日彼が会社を辞めると言った。起業する友人に誘われて挑戦することにしたと、関西に行くのだと言った。

 頭が真っ白になった。彼がいなくなったら、張りつめた糸が切れる。もう、頑張れないと思った。

 どのみち彼が離れていくなら、ほしい。私の中に濃い記憶を刻み込めるなら、それでよかった。どうせ最後なら、まやかしの愛でもいいから与えられたかった。


 心と裏腹に私は彼が新天地に向かうことを祝い、はしゃぎ、たくさんのお酒を飲んだ。彼が止めるのも聞かずに。

 そして酔いつぶれた私を彼はマンションに送ってくれた。私を支えてベッドまで連れてってくれた彼が帰ろうとした瞬間、帰すまいと抱きついた。戸惑った彼の隙をついて、私からキスをした。

 酔っている私を諭そうとする彼に構わず、キスを続け、彼のワイシャツのボタンを外した。


 しよう、と決死の覚悟で誘うと、彼は小さく舌打ちをして、私をベッドに押し倒して荒々しいキスをした。

 そうして私たちは、体を重ねた。


 彼と寝たことに後悔はない。私が望んだことだ。ごつごつした彼の手に触れられ、激しく求められた。彼が私のことを好きなんじゃないかと勘違いしてしまいそうなほど。

 彼に愛されているわけではないことは切なくもあったけど、繋がれたことは泣きたくなるほど幸せだった。気持ちがあふれて止まらなくて、彼にしがみついて熱に浮かされたように好きだと繰り返した。好きだなんて、言うつもりじゃなかったのに。


 酔っぱらいの戯言だと、思ってくれればいい。酔った末の一夜の過ちだとわりきってくれればいい。私たちの友情が揺らがないように。


 穏やかな顔で眠る彼をそのままに、私はシャワーを浴びるためにベッドを出た。目覚めた彼に、どんな顔で謝って、どんなふうに笑い話にしようか考えながら。


 どうせ最後なら関係が壊れたっていいと思っていた。だけど私たちの間にあったのはずっと純粋な友情だったのだと、彼に思ってほしいから。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

どうせ最後ならsideA りお しおり @rio_shiori

作家にギフトを贈る

カクヨムサポーターズパスポートに登録すると、作家にギフトを贈れるようになります。

ギフトを贈って最初のサポーターになりませんか?

ギフトを贈ると限定コンテンツを閲覧できます。作家の創作活動を支援しましょう。

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画