徒夢

あじふらい

徒夢

僕は窓の外を見下ろした。

眼下では、東京の街がキラキラと輝いていた。

僕が夢を見て、夢に破れた街。

僕もつい先刻まで、あの街のあの灯りの一部を構成していたのだ。

東京タワーとスカイツリーがよく見える。

耳に何かが詰まったような不快感を感じ、着々と高度が上がっていることを実感する。

黒々とした川が見え、海岸線近くに暖色の照明で統制されたエリアが目に入る。

一度も足を運ばなかったが、あれが噂に聞くディズニーランドだろう。


僕の上京生活は二年半で終わった。

一度地元の会社で勤めてから、やはりと思い立って大学へ進学した。

働きながらの入試対策はやはり大変で、結局志望校に入学するまでに四年の月日を要してしまった。

それでも何とか入学の権利を勝ち取り、郊外の安アパートを契約したのが二年半前。

金を得ればアルコールに変えるかパチンコに行くかの二択しかない父親が、「お前は大学に行っても何者にもなれない」と自信ありげに吐き捨てたのを今でもありありと思い出せる。

同級生との交流もそこそこに、勉学とバイトに勤しんだ。

田舎から出できた僕にとって、この街で四年間頑張りぬけば、あの陰鬱とした生まれ故郷から、あの罵声と暴力と無気力の家から、抜け出し完全に別れを告げることができるだろうという展望のみが日々の希望であった。


そんな日々は、唐突に終わりを告げた。

父が母を刺した。

それだけなら、まだいい。

父が実家に火をつけて完全に消し炭にしたことも、両親の荼毘がいらなくなったのも、まだいい。

僕の絶望は、家賃の引き落としができなかったという大家の電話をきっかけに、実家を燃やし尽くしたであろう炎より勢いよく広がり、あの陰鬱な田舎の吹雪の夜のように僕を包み込んでいった。

僕が社会人時代に貯金した金は、銀行口座からごっそりと消えていた。

おそらくアルコールかギャンブルに消えたのだろう。

父親に仕込まれた爆弾で、父親の予言通り、何者にもなれずに、夢は果てた。

勉学どころではなく、明日からどうやって生きればいいのかわからなくなってしまった。

かろうじて財布に入っていた現金で航空券を買った。


どうせ終わらせるなら、できるだけ遠くまで逃げてしまいたかった。

西へ西へと、航空機は針路をとる。

地元の街も、東京も、さして変わりはなかった。

僕の終着点の南の島も、僕の目を通して見れば濁って見えるのだろう。

それでもいい、ただ、誰でもない自分になって、ピリオドを打ちたかった。





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徒夢 あじふらい @ajifu-katsuotataki

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