第20話 完結
レオの旅立ちの日、美大クラスの子たちも来て賑やかかと思ったら、空港には私と海斗さんしか居なかった。
「みんなは?」
“二人にしか言ってない”
別に今生の別れでもあるまいしと、レオはあっけらかんとしている。
“海斗先生、ちょっと二人で話しがしたいからあっち行ってて。大丈夫、抱きつかないから!”
いつも俺にあっち行ってろって言うから仕返し笑。そう言うレオは、本当に海斗さんを慕ってる。
“みなみは、海斗先生が好きなんでしょ?涙をまっすぐ見せられる相手って心を開いてる証拠だと思うんだ。気持ちはちゃんと伝えた方がいいよ。答えは怖がらないで、言うことの方がが大切”
“先生は、良い人だよ。だって、俺が先生のこと好きなんだから。俺が好きになった人はみんないい奴なんだ。もちろん、みなみもね”
レオが気付くくらい、わかりやすかったのかな。そんなことより、レオのその自信はどこから来るんだろう笑。でもそういわれると、レオが側に置きたがる人は、みんな良い人に見える気がするから不思議だ。そして、私もその中の一人になっていることが嬉しかった。
“文字変換アプリはさ、少しだけゆっくり話さないとちゃんと変換されないよね。だから、こっちも言葉を丁寧に表現しようと思うんだ。そして、みなみの言葉を待てる人。みなみのこれからの人生は、そういう優しい人ばかりになっていくよ”
うん。ありがとうレオ。笑って送り出したかったのに、優しさと寂しさで涙が止まらない。父のことを聞いた時は軽口みたく言っていたレオだけど、レオなりに気にしてくれていたのかもしれない。大丈夫だよレオ。もうそうなってる。あんなに生きづらかったのに、生きてて良かったって思うもの。
“みなみ、泣かないで。俺の声が聞こえなくなちゃう。みなみの目は耳なんだから”
涙の止まらない私に困って、レオが海斗さんを呼んだ。
“二人にこれ、俺が飛び立ったら見てね”
そう言って、レオは私と海斗さんに絵をプレゼントしてくれた。
「私からも!」
荷物にならないようにと5㎝角の小さなキャンバスに、大きな筆を持って虹を描く小人の絵を描いた絵を渡す。
“見ていい?”
「もちろん!まだまだすぎて恥ずかしいけど……」
レオのこれからを想いながら私なりに表現してみたけど、稚拙でスキルにも雲泥の差がある人に絵をプレゼントするなんてどうかしてた。レオの新しい一歩が嬉しくて、そのテンションのまま描いたけど、こんな私が……という後悔が顔をだす。
“かわいいね!これは、虹を描く俺かな?希望と未来を描いていくってことだよね。ありがとう!”
ちゃんと伝わってて、凄く嬉しかった。海斗さんとレオが私の絵を見て笑顔になってくれている。さっきまでの小さな自分が一瞬で吹き飛ぶ。私がレオの絵の感想を言った時にした、レオの小躍り。私は実際には踊らないけど、本当にそんな感じ。
忘れられない感情、忘れたくない光景。
私からレオに抱きつく。今回は、海斗さんの引き剥がしはない。レオは、“やっとだー”と笑いながら、私をぎゅっと抱きしめてくれた。それから、海斗さんとレオも。一言二言交わして、また海斗さんがレオを小突いている。
“じゃ、またね”
まるで、明日もいつもの日常みたい。
そんなレオらしい軽い感じで、レオは新しい世界に旅立った。
屋上でレオの乗った飛行機を二人で見送る。
「海斗さん。私、海斗さんが好きです。海斗さんの描く絵も、先生としても、人としても、男性としても……」
緊張も思い切りもなく、自然に言えた。自分の気持ちを怖がることなく言葉にできたのは、紛れもなくレオのおかげだ。
“ありがとう”
それからの海斗さんの言葉を遮るように続ける。
「でも、答えは言わないで貰えませんか?YESでもNOでも、なんか前に進めなそうで……。自分から言って、ごめんなさい」
たくさんの優しさを受けてやっとスタートラインに立ったばっかり。YESだったら頼ってしまいそうだったし、NOなんて言われたら立ち直れなさそう。自分の足で歩いてみたいとそう思った。
海斗さんは優しい笑顔を私に向け、また空へ視線を戻した。
“俺さ、教室を一旦閉めようかと思ってるんだ。レオが卒業式の日に言っていたことが頭から離れなくて。俺も絵だけで勝負することに、もう一回挑戦してみようと思う。もっと世界も見て、自分の個展を開けるようにね”
“正直、若いレオが羨ましかった。まだまだ何でも出来るだろう?あいつの両親は、ネットで名前を検索したら出てくるような有名人なんだよ。だから、サラブレッドの血筋だからなんてやっかみもあったりしてさ”
“俺だって本当は、画家だけでやっていきたかった。でも、やっぱり絵だけで食べていくのなんて難しい世界なんだよ。それを肌で感じて撃沈して……。何年も……何十年も、『自分の本当』から目を背けてたんだ。そうしたら、四十歳になってた。もういい歳だしとか、美大を目指す子たちの指導者だからとか、絵を好きな人を増やしたいとかさ。そうやって、出来ない理由を正当化して自分をごまかしていたように思う。諦めた自分を見たくなくて、そんな恥ずかしい自分を隠していただけだったんだよ”
“でもさレオを見ていると、あーレオは、俺と違って何があってもこうやって生きていくんだろうなって思っちゃうんだよね。さっき、レオに『お前には才能がある。頑張れよ』って言ったんだ。そうしたら『海斗先生もでしょ』ってさ笑。出来ない理由を並べている自分が馬鹿らしくなって、やってやるよって思ったよ笑”
長く生きてきたからこその葛藤が絶対あったはず。なきゃおかしい。しがらみも生きるために働くということも、何もかもが年齢を重ねれば重ねる程、若い時とはけた違いに重い鎖となる。その重い鎖を一気に引きちぎって、飛び出す海斗さんはかっこいい。やっぱり、私の好きな海斗さんだと思った。
「素敵です!応援しています」
“ごめんね。途中で投げ出す形になっちゃって”
「全然平気!今度はちゃんと、自分で探しますから。私も絵を続けますよ」
「私、みんなが先に行ってしまったような焦りを感じてました。油絵だってそう。まだ、デッサンも次のステップに進んだばかりで、個展なんてだいぶ先の夢でしかない。でも、そもそもそんなにそれを目指しているわけでもなくて、それしかないような気がしていただけ……。ずっと、何がしたいのかわからなかったんです。だけど、さっきレオが私の絵を見て、私の描いた絵がちゃんと伝わってるんだって思ったことが凄く嬉しくて。そして笑ってくれているレオと海斗さんの顔をみて……絵本作家になりたいなって思いました。お偉いさんの評価より、見てくれる人の心に少しでも響いたらって。耳が聞こえなくなったけど、見ることでもきっと伝えられるんですよね。私が、海斗さんやレオの絵に動かされたように。さっき、泣いている私にレオが『みなみにとって目は耳だろう』って言ったんです。同じように耳が聞こえない子供たちにも届けばいいなって思いました」
“みなみさんにピッタリだね。確かに、さっき見た絵も絵本から飛び出してきたような絵だった。物語の始まりみたいな絵で、次が気になったよ”
そういえば、レオと初めて会った時にいた弁天様の子にも、『絵本みたいだね』って言われてた。お母さんも『見る人が幸せになればいい』って言ってたっけ。
渦中にいる間は、その時に起きていることが何なのか全くわからないけれど、次のステージに足を踏み入れると、まるで伏線回収のように、あの時の答えがわかってくる。
私は次のステージに進んだんだと、しっかりと感じた瞬間だった。
飛行機が青い空に吸い込まれて見えなくなる。私たちは、ベンチに腰を下ろしてさっきのレオの絵を開く。私には欲しいと言っていたあの絵を、海斗さんには梟と妖精の絵だった。
“レオが俺に絵とは……”
親ほど年の離れた俺に向かって、それも課題の絵だし。と言いながらも、嬉しそうな海斗さん。
私の方は、最初見た時より手を加えてあって、花を形どった雲はハート型に変わっていた。緑の上の生物たちも笑っていたり泣いていたり、慰めている子、飛び回っている子など、さまざまな色や形で表現されている。裏を見ると、レオからのメッセージが書いてある。
「海斗さん見て!」
短く、男の子らしいちょっと乱雑な文字で……。
『楽しく想像しようよ!人生は、思ったことを何でもカタチにできるんだ
頑張れ! 2025/3/25 LEO』
“俺もかな?”
『ありがとう 2025/3/25 LEO』
“みじかいな笑”
でも、その五つの文字列には、レオの気持ちがいっぱい詰まっている。たった五文字にこれまでのことが走馬灯のように浮かんできて、目頭が熱くなる。レオの絵を見ながら、もうすぐ春になるちょっと寒い青空の下で二人で語り合った。
レオは、私たちの指針となっていることなど気付かない。わかるはずもない。でも、私の何気ない言葉もまた、レオを動かし、亜希ちゃんの自立へのきっかけとなっていたのかもしれない。
本人が気が付かないだけで、無意識に発した言葉が、誰かの何かに繋がっているのだとしたら……それだけで、自分の存在意義になっているんじゃないのかな。
自分の存在が無意味に思えた時、それはステージが切り替わる鐘のようなもの。そのステージでの存在が無意味となっただけ。
なんだ、私が無意味な存在なわけじゃなかった。
ほらね、また伏線回収されていく……。
心の鎖の鍵を見つけては開けるを繰り返し、その度に自由になっていく。鎖を付けたままでは高くは飛べない。何歳でもいつでもどんな時でも鍵はきっと手の中にあるんだから、外せば空高く飛んでいけるはず。
F100号の絵が完成する頃には、私たちはどんな世界を歩いているんだろう。
“さあ、行こうか”
新しいフェーズへと、私たちは歩き出した。
耳は幸せを運んでくれた 月乃ミルク @milkymoon
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