第19話
フェーズの変わる匂いがする。
レオは見事、第一志望の東京藝大に合格。亜希ちゃも、4月から仕事を辞めて本格的にwebデザインの仕事をする。
もう、今まで通りに会えなくなる。なんか、私だけ取り残された感じ。これは、焦りなんだろうな……。何となく、心がザワついてるのはそのせいだろう。
海斗さんは、俺はずっとここに居るって言っていた。でも、これまでと同じように甘えちゃいけないような気もしている。
お母さんが言った、『甘えることは信頼しているから』って言うのは、ただ寄りかかる事じゃない。機能不全家族で育ったからと、もうその家族もいないからと、不安定な気持ちを自分の境遇のせいにして諦める事でもない。それじゃ、依存体質だった耳が聞こえなくなくなる前の私と一緒じゃないか。みんなが離れていって、死にたいとばかり思っていた当時の私が蘇る。
でも、刷新された今の世界でたくさんの愛を受け取ってきた。だから、今度は自分の足で歩き出す時がきてるのかもしれない。でも、何ができるんだろう?何がしたいんだろう?
そんなワクワクと不安を同時に感じていた。
レオから呼び出しがあった。
『卒業式の日、三時にあの公園にきて』
大学合格と卒業祝いも兼ねて、花束を持って公園に向かう。3月はお別れのシーズン……。これまで自分も何度も繰り返してきて慣れてはいるものの、嬉しい反面、やっぱり淋しい。
まだ少し肌寒い青天。いつもの猫がいる場所に着くと、やっぱりレオの隣には海斗さんがいた。
「おめでとう!レオ!」
制服姿で卒業証書を持ったままのレオを見て、目頭が熱くなる。こんなに大きくなってと言う保護者の気分だ。大きな花束をレオに渡す。
“ありがとう!”
そう言って、レオはまた私に抱きつこうとしたけど、海斗さんがレオのブレザーをつかんで後ろに引っ張る。
“そういうのは、どさくさに紛れてって言うんだよ”
海斗さんのお決まりの行動にみんなで笑った。温かい空気の中で、レオが切り出す。
“大学には進まないことにしたんだ。パリに行く。来週、あっちに行くよ”
急な告白に、私も海斗さんも固まる。
「せっかく受かったのに?凄いところじゃないの?なんで?」
“藝大でたら、拍がつくだろう?気持ちはわかるけど、卒業してからでも遅くないんじゃないのか?入学したくて、何年も浪人する奴だっているのに……”
“元々、学校に興味無いんだよね。箱って感じでさ”
両親は?これからどうするの?絵をやめるの?
私と海斗さんは、矢継ぎ早に質問を投げかける。レオは、俺に興味津々だねと嬉しそうだ。
“親は、『あなたの人生なんだから、今やりたいことをやりなさい』って人達なんだ。高校だって、口を出されたこともない。自由だけど、自分の人生は自分の責任でしょうって感じだからね。途中、余りにもつまらなくて退学も考えてたくらいだよ。でも、海斗先生に出会って、絵が好きな変な奴にも出会って、美大クラスは本当に楽しかったよ!みんなが目指してるなら、一緒にやってみようかなって思って、高校中退は辞めた。やるなら最難関に挑戦しようって、自分の力を試したんだ”
“だから、受かったところで目標達成っていうか。みなみと初めて会った時、俺の絵を見て言ったろう?『楽しく想像しようよ!人生は、思ったことを何でもカタチにできるんだ』って。受かるためとか、美術にたけた人間の総評じゃない。絵の事なんてわからない、純粋でまっすぐな目線で。あれ、マジで嬉しかった。俺の絵の言葉をちゃんとくみ取ってくれるんだーって。あれが、きっかけだった気がするんだよ”
“みなみ、絵ってただ好きなように描くだけじゃないんだよ。この前描いた二人の絵。白い梟や妖精、青い薔薇だってちゃんと意味があるんだ。それをするにはさ、俺自身も色々なところに行ったり、人に触れたりして経験も知識も増やさないとダメだと思った。だから、まずは美術の聖地、パリに行く。そこから、色々なところに旅をしようと思っているよ。俺の決めたことを聞いて、両親はもう拠点をパリに移してる。父さんも母さんも、あっちこっちに行って時には何カ月も居ない時があるくらい自由なんだけど、一人じゃない。安心して帰れる場所がある、喜んでくれる人がいるのはやっぱり嬉しいよね。だから、心配しなくても大丈夫だよ”
絵はやめない、俺の声だから。
フラフラしているように見えて、誰よりもしっかりした考えを持っているレオ。私たちの心配よりも、はるか上の方にいた。
似たようなことを亜希ちゃんが言っていた。『私にとって、文字は声だから』。自分を表現するためのものは、何でも良い。耳が聞こえなくても関係ない。他人の声や目を気にして、自分を失わなければなんてことないんだろうと思った。
パリの住所も教えてくれ、“空港には二人ともきてね!”とお見送りもしっかり要求された。要求されなくても絶対行くけど。
レオの晴れ姿と三人で写真も撮る。
これからのレオはどうなっていくんだろう?すぐに名声を響かせそう!そうしたら、レオが遠くにいてもわかる日がくるんだろうな……。楽しみ!新しい未来に一歩踏み出したレオは、見違えるほど大人に見えた。
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