ファンタジー系Vtuberの秘密

里予木一

ファンタジー系Vtuberの秘密

「いやー、ごめんごめん。ちょっとワイバーン退治の依頼が長引いちゃって」


 そんな言葉で彼の配信は始まった。


 いつもの、英雄としてのロールプレイ。


 彼は企業に所属しておらず、配信のスタンスは自由なのだが、徹底して『自分がファンタジー世界の住人である』姿勢を貫いている。


 普通ならばちょっとしたきっかけで現実世界の商品名や、アニメ、漫画など様々なことを口に出してしまうのに。


 彼はそういった姿を一度たりとも見せたことがない。たまに視聴者のコメントを拾って、それなに? と聞く程度だ。


 それどころか、Vtuberの配信の代名詞とも言える、ゲーム実況すら行わない。


 ……いや、一度だけ見たこともないボードゲームの配信をしていたけれど。


 じゃあ何をしているかというと、まず雑談。ただそれも、自分のことを話すというよりは悩み相談やテーマに沿った話題が中心で、プライベートの話はほとんどしない。


 そしてもう一つが『魔物を退治する時の戦い方』をやたらクオリティの高い3Dで再現してくれる配信。これが彼の人気コンテンツだ。


 金髪碧眼のいかにも英雄然とした彼が剣を使い、凄まじい身体能力で演舞のように戦う様を見せてくれる姿は確かに迫力があり、一方で架空の敵に大真面目に戦いを挑む姿はシュールな面白さもある。


 3Dクオリティの高さや違和感の全くない動作から、本当に個人勢なのか、どこかの大金持ちなんじゃないか、とも言われるが、正体は完全に謎だ。


 Vtuberにありがちな、前世や中の人がバレるということもなく、ひたすら自分のペースで楽しそうに配信を行なっている。普段何をしているかもよくわからない。長期間配信がない時もあれば、連続で姿を見せる時もある。サラリーマンではなさそうだ。


 Vtuberさん同士ではコラボなんかが当たり前に行われるものだが、彼の場合その機会は多くない。ゲームをしないから当然である。


 ごくたまに、雑談のゲストで呼ばれたりもするが、その場でもロールプレイの姿勢を一切崩さないので、コラボ相手も割と扱いづらそうにしていた。


 普通に考えれば、物珍しさで多少は人気が出るだろうが、同業者としても扱いづらく、キャラクターではない『素』の彼を見ることができないのだから、そこまで人気にはならないだろう。


 キャラクターが見たいのならば、創作物の中にいくらでも存在するからだ。Vtuberの魅力は様々にあるが、キャラクターの中から垣間見えるその人の『素』の部分や考え方、価値観に対する共感がその一つだろう。


 だが、彼にはそれがない。常に異世界の英雄としての姿だ。ある意味、全てが虚構で、お芝居のよう。それは見ている側として、少し寂しさを感じるところでもある。


 それなのに彼は安定して人気があった。話を聞く限り、普段の配信以上に『メンバー限定』配信が面白いらしく、その登録者がとても多いんだとか。


 少しSNSで調べてみたが、その内容は一切明かされていない。メンバーになっているファンの呟きからわかるのは、その満足感、面白さ、そして、唯一無二の存在であることだけ。


 だんだん、興味が深まってきた。余裕があるわけではないが、さりとてそこまで高価なわけでもない。私は彼のメンバーシップに加入してみることにした。


「今日も配信見てくれてありがとうー、このあと少しメンバー限定の配信をするので、興味がある人は見に来てください。今週あったことを話します」


 今まではあまり気にしていなかったが、プライベートなことはメン限で触れられているらしい。もしかしたらそこで、本人の『素』が見られるのだろうか?


 ドキドキしながら、配信を待つ。──と、配信画面に、文字が表示された。


 『この配信の内容を他言してはいけない。メンバーシップに加入した際、あなたには契約魔術が執行された。約定を違えれば、その瞬間に配信者に関するあなたの記憶は消去される。尚、他言とは、SNSや文章への記述、動画、切り抜き等、他者が閲覧可能な出力全てのことを指す』


 やたら物々しい文章に少し恐怖を感じると同時に、ここまで設定が徹底されていることに感心もした。画面上に文字がしばらく表示されたのち、彼が姿を現す。


「はい、では、メン限配信始めたいと思います。来てくれた人ありがとう。一応、さっきの注意を読んでない初見さんもいるかもなので改めて。この配信の内容は誰かに話すことも、どこかに書き込むことも、切り抜くことも厳禁です。破ろうとした瞬間に俺に関する記憶が全て消えます。一応影響が出ないようにはしてもらってるけど、なるべくならやりたくないからみんなよろしくね」


 コメント欄は皆一様に、肯定の返事をしている。だんだん怖くなってきた。これは宗教の類ではないだろうか? 登録したことを後悔しそうになったその時。


「じゃあまず今週の出来事、話そうかな。さっきも言ったんだけど、近くでワイバーンの目撃情報があってね、依頼を受けて仲間たちと退治しに行ってたんだ。その時の写真がコレね」


「えっ?」


 思わず声が漏れた。


 画面に映されたのは、まるで映画のように緻密な、翼の生えた大型爬虫類が空を飛んでいる写真。


 コメント欄からは驚きの声が上がっている、が、そこまでの異常事態という感じではない。せいぜい、大きな蜘蛛を見つけたよ、という程度だ。


「このワイバーンは結構大型でしかも群れだったんだよね。数が多くて結構大変だったんだよ」


 次に映し出されたのは、その有翼爬虫類が地面で血を流し、その前でピースサインをしている彼の姿。


 コメントには、さすが、カッコいい、という称賛の声。え? どういうこと?


「まぁでもね、なんとか仲間の魔術師とシーフが遠距離から翼を破ってね、地面に落としてしまえばなんとでもなる相手だった。一応固定カメラで動画撮ったので流すけど、もし流血とか動物が傷つくのダメな人は見ないでおいてね」


 ……ワイバーンは動物なんだろうか?


 そこから流れ出したのは、なんというか超ハイクオリティの映画のような映像だった。


 咆哮をあげて襲い来るワイバーン。矢や炎の術で応戦する冒険者たち、翼を破られ落下するワイバーンに飛びかかり、手にした剣で喉を斬りさく、自称英雄の『彼』。


 彼はその後も色々な話をしてくれた。他にどんな魔物がいたか、どんなものを食べたか、近くの村には何があったか。全てが架空の物語のような、そんな話を。


「じゃあ今日はそろそろ終わりかな。次はまた来週ね。今度はバジリスク退治の依頼なんだ」

 

 配信が終わった後、私はしばらくパソコンの前から立ち上がれなかった。


 嘘のような本当のような、奇跡のような、夢のような、そんな時間だった。


 ……もしかしたら彼はすごい映像クリエイターで、先ほどの動画も全部作られたものなのかもしれない。


 他の人に話しても、何も起こらないかもしれない。


 ──でも、もし真実だったら? この奇跡のような時間は永遠に失われてしまうのだ。


 本当でも、嘘でも。少なくとも私の人生に今、新たな喜びが生まれた。来週のメン限配信が、彼の話を聞くことが、楽しみで仕方がない。


 もしかしたら、彼の他にも同じような配信者がいるのかもしれない。世界には思った以上に秘密がたくさんあるのかもしれない。


 それを知ることができただけで、世界はこんなにも輝いて見える。


「とりあえず、バジリスクについて、調べてみようかな」


 ──最近の異世界には、職業『配信者』もいるらしい。

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