第一章 花より機械

 近年の温暖化により、桜の見頃は年々足早に過ぎてゆくとはいえ、入学式を終えた大学構内の桜はまだ多くの花を残していました。もっとも葉桜になってしまって、かなり緑色が混ざってはいましたが。

 国府台商科大学は、千葉県内でも有数の商業に特化した大学です。学生のうちに起業する者も多く、日本経済を支える一助になっていることは疑うべくもないでしょう。

 いわばエリート校。にもかかわらず、校内をトボトボと歩く、明らかに新入生と分かるセミロングヘアの少女は覇気がなく、入学を喜んでいる風ではありませんでした。


「小出瑠璃ッ! 何をいつまでしょぼくれているの。うっとおしい」


 不意に背後からどやされ、少女はビクリと肩を跳ね上げました。


「サ、サキ……」


 振り返った少女は、そこに幼稚園以来の腐れ縁である幼なじみの姿を見つけ、その名を口にしました。


「ええ、ええ、貴女とは前世からなにか因縁があったのではないかと勘ぐりたくなるくらい腐れ縁も極まった橘サキ様よ。それより、何なのそのドヨドヨした空気は。せっかくの浮かれた空気もあなたのせいでどんよりしてきてるのよ。志望校でなかったのは可哀想に思うけど、いつまでもウジウジしてられるとこちらまで気が滅入るわ」


 右肩から小さなショルダーバッグをかけ、ストラップを右手で握って左手は腰に添えて、勝ち気そうな顔でサキは言い切りました。対して同じようにショルダーバッグを右肩にかけているものの、しょんぼりしている少女はというと、情けない声をあげてしまいます。


「だってぇ」

「だってもだっこちゃんもないわ。最終的にここへの進学を決めたのは貴女でしょう。だったらこの際腹をくくりなさい」


 ぱん、と背中を平手で叩く友人に、少女はようやく背を伸ばしました。しかし、すぐにしおしおと背を丸めます。


「機械関係の学科は一個もなかった……」

「ここは商科大学よ! 無くて当然でしょうが!」


 まったく、とサキは未だにメソメソしている友人の姿にため息しきりでした。


「いい、瑠璃? 環境を選ぶのも人なら、環境を変えるのも人なの。こうなったら自分の思い描く環境をどうやれば手に入れられるのか、その無駄に高性能な頭で考えなさい」

「それって褒めてるの? 貶してるの?」

「一応褒め言葉だと思っときなさい。その方が精神衛生上、楽でしょう?」


 まったく、とサキはため息をつきました。グレー系統でコーディネートされたスーツに、最低限ながら効果的に配された装飾品を配し、顔立ちを引き立てる化粧を施して完全武装したその姿は、新入生と言うより既にどこぞの女社長のような風格を漂わせています。

 対して瑠璃はシックな黒スーツ。装飾品は全くなしというシンプルさで、化粧もしているのかどうか疑わしいです。美人と言うほどではありませんが、整った顔立ちで可愛らしく、低身長も相まってクラスのマスコット扱いされそうな雰囲気がありました。


「ほら、お昼ごはんはおごってあげる。正門前の町中華で」


 サキに背中をグイグイ押されながら正門を出ました。県道に垂直に出る正門前の50メートル程度の道は下り坂になっており、その左手には小さなビルが2つ、ぽつんぽつんと建っています。正門を出てすぐの四階建ての一階に『覇道軒』と書かれた店舗用テントがかけられていました。かなり年季の入ったビルでしたが、入ってみるとリノベーションしたのか内装は綺麗なもので、古さを感じません。

 厨房からは美味しそうな匂いが漂い、先ほどまでの長々とした入学式の諸々(特に来賓の、どこぞの議員先生らしい人の、あまり中身のない長ったらしいだけの挨拶)でストレスと空腹を訴える胃袋を攻撃してきます。腹の虫が鳴ったのは瑠璃とサキ二人してほぼ同時。気づいた瑠璃が吹き出してしまい、ようやく暗い空気は雲散したのでした。


「おっ、新入生だね?」


 声をかけてきたのは、カウンターキッチン内で料理しながら顔を上げた、バンダナにエプロン姿の若い男性でした。瑠璃はアルバイトの人かと思いましたが、サキは彼を知っていたらしく、


「はい、そうですよ。貴方は店長の長谷部さんですよね? 先代からこのお店を任された」

「おや、俺を知ってるのかい」

「ニュースになってましたから。常連の学生が店を畳むと決めた先代を説き伏せて、店を存続させるために会社を立ち上げる形で後継者になったと」


 にこやかに述べるサキを、瑠璃は相変わらずのアンテナっぷりだなぁと感心しきりでした。この幼なじみは、昔から口コミはもちろん、テレビや新聞を欠かさずチェックし、最近はインターネットもファクトチェックしながら縦断するという情報強者っぷりなのでした。

 高校時代から株もやっており、既に一財産築いたんじゃないかという噂でした。商科大学を選んだのも経営を学んで起業するためだと本人が言っていましたし、株で儲けたというのもあながち噂だけではないのかもしれません。

 瑠璃が『すごいよねー」などと呑気に友のことを脳内で評している間にも、サキはおすすめのメニューを聞き出しているところでした。


「では、味噌ラーメンを1つにチャーハンを。瑠璃もそれでいい?」

「うん、いいよ」


 瑠璃はチャーハンが大好きなのです。そして味噌ラーメンがこの店のおすすめなのでしょう。サキはいつもそういう注文の仕方をしてくれますから、安心しておまかせできてしまうのです。

 店内には続々と学生が訪れて、席があっという間に埋まってしまいました。メニューを見るといずれも学生が気軽に頼める程度の値段設定ですし、写真を見る限りボリュームもそれなりのようですから、学生に人気なのでしょう。

 人がどんどん入ってくることもあってしばし待たされはしましたが、瑠璃たちの前に味噌ラーメンとチャーハンが運ばれてきました。時々メニューの写真より少なかったりするメニュー写真詐欺というのが話題になりますが、この店は逆に多く盛り付けられているように感じました。


「採算とれてるのかな」


 思わず呟く瑠璃でしたが、じっとラーメンを見たサキは「大丈夫じゃない?」と応えました。


「見たところ、もやしでボリュームアップしているみたいだし、その他の野菜類はいずれも小さめにカットされている。想像だけど、地域の農家から形が悪くて市場に出せない野菜を安く買っているんじゃないかしら。チャーシューもどうやら自家製。牛肉も部位によってはかなり安く抑えられるし、あとは料理次第で柔らかく美味しくすることは可能。まあ、一番重要なのは、学生の懐に優しく、かつ美味しくて胃袋を満たせる料理だという事実よね」

「最後、身も蓋もないよ」


 瑠璃が苦笑しながらお箸を手に取り「いただきます」と手を合わせたその時です。


「ねえねえ、君たち、新入生だろう?」


 軽薄そうな声がかけられました。顔を上げると、見た目だけはきちんとした身なりの若者が立っています。

 髪は短めに切りそろえて清潔で、上下とも黒一色のコーディネートで決めています。しかし、どこからどう見ても米国のIT長者を真似しているとしか見えません。顔は悪くありませんでしたが、残念ながら服装が似合っているとは思えない風体でした。

 これでカッコいいと思っているのなら末期的ねと思いつつ、余計なトラブルは避けようとサキは笑顔を作って「ええ」と答えました。


「やっぱりね。俺は三年の櫛田っていうんだ」

「櫛田先輩ですか。それで、何の御用でしょうか」


 暗に、こちとらこれからお昼ご飯だって見れば分かるだろ、とっとと要件を済ませて退散しろやコラというメッセージを、目つきと声音でそれとなく伝えたのですが、櫛田青年は残念なことに非常に鈍感なのか、敢えて無視したのか、サキの隣の席がまだ空いていることをいいことにひょいと腰を下ろしました。

 ちょうど入ってきた女性客がそこに座ろうとしていたのに、乱暴に押しのけてです。決定的瞬間を目撃した瞬間、サキはもちろん瑠璃もこの先輩に対して元々抱いていなかった好感度がマイナス領域へと突入していました。その時点でまともに相手するのもバカバカしくなり、二人とも先輩に声をかけられたからと止めていた箸を持ち直し、ラーメンを食べ始めました。


「ちょっと、おーい、先輩が話しかけてんでしょ。失礼じゃないのかい?」

「これからお昼を食べようという後輩の邪魔をするほうがはるかに失礼です」


 もやしの山を崩しながらピシャリと言い返すサチに、櫛田先輩とやらは口の端をひくりと痙攣させて言い返せませんでした。そこから視線を瑠璃に移し、小柄で子供っぽい容姿の彼女ならくみしやすしと見たのか、声をかけました。


「君はちゃんと聞いてくれるよね? 俺、こう見えて学生の身で起業しててさ、最先端のロボティクスをマネジメントしてんのよ」

「本当ですか!?」


 がばと輝かせた顔を上げた瑠璃に、しめしめかかったと思いながら櫛田先輩は「マジマジ」とヘラヘラした笑顔を浮かべました。実を言うとこの男、別に起業などしていません。それらしい横言葉を並べて若い女の子の関心を引き、ホテルに連れて行っておっせっせして、それをスマホで撮って動画をSNSに掲載して自慢するのが目的という最低なナンパ野郎でした。しかし。


「どんなロボを作っているのですか?」

「えっ」


 えー、すごーいとか年収はいくらなんですかーといった反応を期待していたのに、全く方向性の異なる反応が返ってきて櫛田先輩は面食らいました。


「ロボティクスということは、工業系? それとも近年関心の高まっている福祉関係? あるいは災害現場に供する目的の救助や復興目的の作業機械? ああ、一般の土木建築を代替する建築機械というのもいいですね。もしくは二足歩行や四足歩行の研究目的かヒーリング用途のペットロボ──」

「え、ええ、え?」


 矢継ぎ早に畳み掛けられ、目を白黒させながらどうすればよかったのかと半ば以上後悔する櫛田先輩でしたが、そこへ追い打ちをかけたのはサチでした。


「先輩、ロボティクスとは言わずにITとか言っとけばよかったなんて思ってません? その場合、なんて聞く、瑠璃?」

「その場合、ソフトウェアとハードウェアのどちらに関わっているのか、開発なのか、維持管理なのか、アップデーター、あるいはハッカーとしての活動なのか、根掘り葉掘り聞くよー」

「というわけです。声をかけた相手が悪かったということで、退散してくださいません? 私たち、ラーメンが伸びる前に食べてしまいたいので」


 うぐぐ、と櫛田先輩は唸りました。かなりレベルの高い美少女とマスコット的な可愛らしさの少女、二人を諦めきれないのです。が、その肩をポンと叩き、次いで万力のように握りしめる手があります。


「おい、櫛田の弟よぉ」


 地獄の底から湧き上がってくるかのような声音で凄んでいるのは、先ほどサキと朗らかに会話していた長谷部さんでした。


「ナニ注文もせずにナンパに勤しんでるんだこの野郎。言ったよな? 次、同じことをしたら出禁だって」

「ひぃっ! 長谷部さん! い、いや、俺は客として来ていて」

「客ならさっさと注文して食ったらすぐ出ていけ! 見てたらお前、他の人が座ろうとしているのに割り込むわ、食事中の後輩に話しかけて妨害するわ、マナーがなってねえ! お前に食わすものは一切ねえ。分かったら出ていけ! 出禁だ! 二度と店に入ってくんじゃねえ!」


 ひいぃ、と情けない声をあげながら櫛田先輩はこけつまろびつ、出ていきました。


「済まねえな。あいつの姉はできた人物なんだが、あれはどうしてああなったんだか。厨房に引っ込んでて対応が遅れた。これは詫び代わりだ」


 唐揚げが2つ乗った小皿を瑠璃とサキの前にそれぞれ並べる店長──長谷部さんに、サキはいえ、大丈夫でしたからと辞退しようとしましたが、結局は受け取りました。瑠璃はというと唐揚げも大好物なので、そわそわしながらサキの対応を見ていましたが、サキが折れたのを見るやパクッと一口で一個味わうと「おいしー!」といい笑顔になりました。


「あんたね……あたしゃあんたのお母さんか?」

「お世話になってまーす、サキお母さん」


 笑いながら答える瑠璃に、毒気を抜かれたようになってサキも「まったく」と呟きながらもそれ以上は何も言わずに食事を続けるのでした。


「入ってきた時はこの世の終わりみたいな顔してたが、元気が出たようだな」


 長谷部さんが笑います。


「よけりゃ相談にのるぜ? ちょうど客足も止まったところだしな」


 確かに見回せば、席に着いた全員に料理が行き渡り、食事を終えた人が出ていく姿もちらほら見えます。どうやらピークは過ぎたのでしょう。先ほど、瑠璃の隣に座ろうとして櫛田先輩に押しのけられていた女性も、無事にチャーハンにありつけたようでした。まずは礼儀としてサキと瑠璃、二人とも自己紹介しました。続いて口を開いたのはサキでした。


「ひと言で言えば、この娘のお母さんが非常なうるさ型で、この娘が機械いじりするのをよく思ってないのよ」

「ほう?」

「二言目には良い大学に行って良い会社に入って良い男を捕まえなさい。母さんはそうしてきたんだからって、自分と同じ生き方を押しつけるタイプ。自分自身は常に現状に不満をぶつけるのに、そうした価値観から一番脱却できてない人。で、この娘はこの娘で機械いじりが病的に好きで、求める性能のためなら材料から手作りしちゃうレベルの機械オタクなのよ。お父さん譲りみたいね。だから、浦安の方にある工業大学を受験したんだけど、お母さんにこっちも受けないなら金は出さないなんて言われて、仕方なしに滑り止めのつもりで商大も受験したのよ。結果、どちらも合格。本人的には本命の工業大学に行きたかったんだけど、学費その他諸々をお母さんに出してもらっている以上その意向に逆らえずにこっちに来たってわけ」


 サキの説明に、瑠璃もうんうん頷いています。


「ていうか、あんた自分のことでしょ。私に説明させないでよ」

「ええっ、サキが自分から喋りだしたのに!」

「あんたが喋りださないからでしょ!」


 ぺし、と友人の頭をはたくサキとえー、と抗議する瑠璃の大変仲の良い様子に、長谷部さんは苦笑しながら「なるほど」と頷いていました。


「工科志望だったのか。なら、しょぼくれるのも分かるな。瑠璃ちゃんと言ったか。何か、こういうものなら作れるみたいな得意分野ってあるのかい?」


 この手の人は自分の好きなことを喋らせるだけでも元気を取り戻すことがあります。長谷部さんもそのつもりで話題を振ったつもりでした。しかし。


「こういうのを作ってました」


 彼女がテーブルの上に置いたのは、指先でつまめそうな大きさの透明なガラス瓶でした。しっかりと蓋をして密閉された中には、赤みを帯びた銀色の、少し粘度のある液体が入っています。


「これは?」

「高伝導ポリマーです」

「え?」


 一瞬『こうでんどう』を漢字変換できずに聞き返してしまった長谷部さんに、瑠璃は説明し始めました。


「超伝導はご存知ですよね?」

「まあ、あらましくらいは。確か、絶対零度という環境では、電気を通す物質の電気抵抗がゼロになる現象だったか。その際、電気を流している物質──超伝導物質は磁石に対する反発力を持つため、上に磁石を載せようとすると浮いてしまう。それを撮影した画像や映像が知られているな」

「ええ、その認識で間違いはないです。伝導率を計算する式とかもあったりするのですが、長くなるので今は省きますね。超伝導を利用することが想定されているメカとして、リニアモーターカーなどがあります。ただ、問題は絶対零度を実現するには莫大な電力や触媒が必要になるということなんです。液体窒素などの超低温の気体を使って、常にコイルを冷やし続けないといけないのですが、液体窒素はすぐに気化して失われるという欠点があるのです。なので、現在は多くの化学者が、常温で超電導反応を実現するための研究を続けています」


 ここまではいいですか、と瑠璃は小さく首を傾げて長谷部さんに問いました。彼が「うん、大丈夫。なんとかついていけてる。にしてもずいぶん饒舌になったねぇ」と苦笑すると、


「すみません、好きなことを話し始めるといつもこうでして。──現在のところ、完全な常温での超電導は実現していません。絶対零度より高い温度で超伝導反応を引き出すことには成功していますが、液体窒素などによる冷却が必要なことに変わりありません。また、室温に等しい気温での超伝導を実現したという研究もありましたが、特定の条件下のみの話でした。なので、常温超伝導は当面実現しないものとみて、私は常温でできる限り電気抵抗の低い物質を作れないかと試してみたんです。現状もっとも伝導効率の高い物質である銀をイオン化し、流動性の高いポリマーのゾルに混ぜ込むようにしたんです。これで、1.53✕10のマイナス30乗に近い抵抗率を実現しました」


 ちなみに銀は1.59✕10のマイナス18乗です、と続ける瑠璃に、長谷部さんは目を大きく見開いていました。次々と出るとんでもない言葉に理解が追いついていないようです。


「これを元に、モーターも試作したんです。このゲルは、円筒形の容器にある程度以上の量が充填されると、渦を巻くような分子構造になるので、応用しました。従来のモーターに比べ、回転効率が十倍近く高まり、発熱は七分の一程度に抑えられます」


 ここまで語り、瑠璃が見上げると長谷部さんはどこぞの宇宙をバックに背負った猫みたいな顔つきになっていました。


「──はっ! ──ああ、すまん。意識が飛んでいた。それが本当なら、とんでもないものを作ったもんだな」


 はあ、とため息をつきながらモーターを眺める長谷部さんに、サキが「いえ、もっととんでもない事実があるんですよ」とニンマリしながら告げました。「え?」と振り返る長谷部さんですが、サキの続けた言葉に今度は少女マンガの『恐ろしい子!』みたいな表情になる羽目になったのでした。


「この娘、その高伝導ポリマーやモーターを作製する機械を作っちゃったのよ」



 長谷部さんが平静を取り戻すのに、少女たちがラーメンとチャーハンを平らげる程度の時間が必要でした。


「いや、驚いた」


 驚いたなんて一言では済まない内容だったが、と肩をすくめながらも、長谷部さんはサキに顔を向けて続けました。


「察するに、君は友人のこの発明をどこかの企業に売り込みたいんだね?」

「御賢察です」


 良い伝手はないでしょうかと尋ねるサキに、長谷部さんはいたずらっぽそうな笑顔で「別の選択肢もあって良いんじゃないかな」と応えました。


「別の?」

「ああ。君自身が起業するんだよ。自分たちで生産するのもいいし、あるいは製造業者に機械や生産のための知識を渡す代わりに使用料を取るという形でも良い。そのためにも、まずその高伝導ポリマーについての論文を発表し、併せて特許を取るべきだ。これは当面、赤字でも構わない。2年後に黒字にするくらいの計画を立てて起業することだね」


 なにしろ、既にこの店を株式会社化して存続させることに成功した先人の言葉です。サキは興味深そうに聞いています。のみならず、いつの間にか手帳を取り出して走り書きしているのでした。


「これは瑠璃ちゃん、君にとってもメリットのある話だと思うよ。まず、サキちゃんと共同経営という形にすることで、たとえ初年度赤字だとしても比較的安定して収入が出来る。その収入を利用して、工学を学ぶのはどうかな。それはそれとして、商科でも基本的なことは学んだほうがいいと思うよ。前々から考えてたんだが、技術者はちゃんと商売のことも知ったうえで仕事をしたほうが良いんしゃないかな。今はまだ、開発者とか技術者、研究者の地位が高いとは言い難い。何かを作り出したとしても会社に所属していると特許は会社のものになり、開発した本人への見返りが少なすぎる。商業的なスキルも身に着けて、正当な報酬を手にできるよう武装すべきだと思う」


 だから、この大学で学ぶことは決して無駄じゃないはずだ、と長谷部さんは笑ってみせました。

 聞いている瑠璃はというと、それこそ目からウロコが何枚も落ちているかのような心持ちで、なるほどと頷いています。


「ありがとうございます、長谷部さん」

「いやいや、俺の方こそ面白い話が聞けた。良ければ今後、当店をご贔屓に。ちょっとサービスもするから、また面白い話を聞かせてくれよ」


 礼を言う瑠璃に、長谷部さんは呵々大笑して返しました。



 こうして小出瑠璃は橘サキと共に、入学したばかりながら起業することになったのでした。

 ドローンレースが行われるまで、あと一年と3ヶ月。



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 作中の大学およびラーメン店にはモデルがありますが、あくまでもイメージとしてのモデルであり、現実の大学、店舗とは関係ありません。

 どうぞご理解お願いいたします。

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リミットブレイカーズ! 犬神 長元坊 @kes1976

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