リミットブレイカーズ!
犬神 長元坊
プロローグ 第一回江戸川ドローンレース
『レディスアン──ジェントルメエェェン! 記念すべき第一回江戸川ドローンレースにお越しの皆様、お待たせしました! テクニックを競う様々なコース競技も全て終え、いよいよ最終競技であります。細かい挙動を競うのもドローンレースの醍醐味ですが、これより行われるのはアンリミテッドクラス! 一番速いのは誰かを競う、シンプルかつ大迫力となるであろう競技です! 競技に使われるドローンは、電動モーターを使うこととサイズの規定がある以外は全て自由! どんなマシンを組み、いかにして操るかが勝負の分かれ道となります! まずはコースをご紹介しましょう!』
東京都と千葉県を隔てる江戸川下流域、そこに架かる橋の一つである市川橋を中心に、大音声のアナウンスが流れていました。
会場となっているのはその両岸。土手の上も、橋のたもとに近い開けた道も、整備されたグラウンドも黒山の人だかりです。彼らの目当ては、まさにこれから行われるアンリミテッドクラスのレースでした。というのも、
『飛ぶことが許されるのは、これまでのレース同様両岸の間のみ! そして、これまでのレースより長いコースが設定されております。スタートは新葛飾橋、ゴールはここ、市川橋。途中、コースを示す赤と青のパイロンが多数、設置されておりますので、赤は左、青は右を飛ぶことになります。コースは周回型ですが、新葛飾橋と市川橋の間の非常に長いものになります。これを三周した後、最初に市川橋の下をくぐり抜けた者が勝者となります! このゴール直前は周回コースから400メートルほどの直線コースとなりますので、最もスピードの出る箇所になると予想されます! ちなみに、ドローンの世界記録は時速480キロ。なお、このドローンの製作者は510キロまで出せると豪語しています。今日はその記録が破られるか? 大注目です!』
そう、日本から世界新記録が出るかもしれない公式レースなのです。事前から注目も高く、テレビやネットで中継番組が複数組まれているほどでした。
『お次はドローンを操るレーサー達をご紹介しましょう!』
アナウンスと同時に、会場に設置されたパブリックビューイングに10人の男女が映し出されました。老若男女、様々な人たちでした。
『エントリーナンバーワン、三星重工ドローン研究会所属の優勝請負人! 坂本ヒューガ!』
胸に1と大書されたゼッケンをつけた、スラリとした体形で背も高い、白い口ひげをたくわえた初老の男性が人差し指だけを立てた左手を高々と上げました。
『おおっと、坂本選手、もう優勝宣言か!? 国内外の数々のドローンレースを制してきた伝説の男と、彼に最新のドローンを提供してきたチームは伊達ではない! 果たして坂本選手を破る新時代のレーサーはこの中にいるのか!?』
その後もアナウンスは次々と選手を紹介していきます。読み上げられる肩書もかなり大仰です。深紅の稲光だとか、大空の勇者だとか、嵐を切り裂く双翼だとか。
次々紹介され、ついに最後の一人を残すばかり。
最後の一人は、背中まである黒髪をポニーテールにまとめた、サイドに赤く『KONODAI』を図案化したラインが入っている白いレースクイーン姿の人でした。
『さあ、選手紹介もいよいよこの十人目でラスト! エントリーナンバーテン、地元、国府台商科大学の学生チーム『リミットブレイカーズ』の永遠の挑戦者、東堂晶!』
アナウンスに応え、車椅子に腰を下ろしていたレースクイーン姿の人は傍らの少女の肩を借りて立ち、右手を上げて振りました。
『彼は元は陸上の選手だったそうですが、大学入学間もない頃に交通事故に遭い、二度と立つことはできないと言われるほどの重傷を負いました。しかし今、彼はここに立っております。挑戦し続ければ、限界など無いのだということを証明するために! そしてええ、『彼』であります! よく見れば色々ともっこりしているのが分かりますが、性別など気にならないほどの麗しさです! 正直私も惚れてしまいそうです!』
興奮気味のアナウンスに苦笑しながら、手を振っていた晶は肩を貸してくれている少女に声をかけました。
「ありがとう、瑠璃。君があの時、手を引いてくれなかったら僕はここにいなかった。きっと引きこもったまま、腐っていたことだろうね。でも、こうして自分の好きな姿で、自分の限界に挑戦できる。こんな幸せなことはない」
「何言ってるの」
晶に肩を貸している少女はえへへ、と小さく笑いました。
「確かに私はきっかけだったかもしれない。でも、一歩踏み出すのを決めたのは晶クンだよ? 私の方こそ、夢に力を貸してくれてありがとうって言わなきゃ」
アナウンスはそのまま、各チームのドローンの紹介に移って、映像もドローンが並べられた新葛飾橋近くのゴルフ場に変わっていました。もう自分達が映っていないことを確認すると、瑠璃は晶を車椅子に再度座らせ、指定の操縦位置へと押していきます。そこには仲間の何人かが既に控えており、晶がリラックスして腰を下ろせるリクライニングチェアも用意されていました。
「いよいよね」
晶専用のデバイスギア──ドローンのカメラが捉えた映像を映し出すスクリーンが、目の前に浮かび上がっているように見えるVRマシーン──を手に待ち構えていたのは、瑠璃の数少ない友達の一人で、学生チームとしてエントリーしているこのサークルのボスでもある橘サキでした。彼女の存在もまた、ここまで瑠璃と晶が来れた力のなったのは間違いありませんので、感謝の気持で胸をいっぱいにしながら二人とも一つ大きく頷きました。
晶を慎重にリクライニングチェアに座らせ、デバイスギアを渡すと、彼は慣れた手つきで装着しました。ちょっとしたゴーグルを身につける程度の手間なのですから当然ではありましたが、ここまで装着しやすく、かつ皆を満足させるような性能を実現するまでに作成した試作品の山を思い出すと、実に感無量になる瑠璃でした。
アナウンスはドローンの紹介を終え、天気についての最新情報を読み上げていました。現在は無風に近い南風。春の暖かな空気も相まって過ごしやすい一日になりそうです。それはつまり、ドローンが風の影響をあまり受けないということ。好条件ですが、それはライバルチームも同様です。
「油断禁物。しっかりね」
「誰に向かって言ってるの」
「たまに慢心して凡ミスすることのある我がチームのエースレーサー様」
「はっきり言うねぇ」
苦笑する晶に、瑠璃は「そうね」と一瞬思案してから「そうだ」と笑顔を浮かべて告げました。
「優勝したら、何でも一つ、私に出来る範囲でお願い聞いてあげる。学食奢ってもいいし、なんなら大学前の波動軒の全部盛りラーメンでもいいよ?」
「あのねえ、僕はそんな食いしん坊キャラじゃないんだけど。どちらかというとそれは瑠璃の食べたいものでしょ。──そうだねえ、うん、もし優勝したら欲しいものがあるかな」
「おっ、なになに?」
にぱーと笑って次の言葉を促す瑠璃に、くいくいと人さし指を2回ほど曲げて顔を近づけるよう要求する晶です。はいはいと近づけた彼女の耳元で、彼は「──」と短く告げました。とたんに瑠璃が面白いように真っ赤になって、バネじかけのおもちゃのようにのけぞって離れました。周囲のサークルメンバーに指示を伝えていたサキがたまたま見ていておや、というように笑いましたが、瑠璃にはそれどころではありません。
「駄目?」
半透明なデバイスギア越しにちょっと悲しげな表情で問う晶に、瑠璃はうぐ、と詰まりました。しかし何でもと言ってしまったのは自分自身です。ならばテメエのケツはテメエで拭くもんだと普段から言っている身の上としては、応えられる言葉なんて他にありません。
「お、女に二言は無いっ!」
「良かったぁ」
へにゃりと笑うアキラは可愛くて、ずるいと思う瑠璃なのでした。
それからコントローラーを手に、明らかにさっきまで以上にやる気をみなぎらせている晶の姿に、瑠璃は彼と出会うことになった一年と数ヶ月前のことを思い返していました。
そう、あれは桜満開の入学式の日のこと────
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