【試作】齢千歳の妖狐と少年陰陽師が出会いやがて夫婦になって幸せに暮らす話(仮題)
ジャック(JTW)🐱🐾
第壱話 大妖怪・女狐ヒルコの封印
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女狐ヒルコは、その高い妖力と老練な手練手管を駆使して、人の世を翻弄し、最盛期には時の帝すらも操るほどの、まさしく悪しき
しかし、女狐ヒルコの天下はそう長くは続かぬ。
悪行を見咎めた高名な陰陽師の手により、死闘の末に、都外れの岩戸に封印される運びとなった。
当時最も強い力を持っていた陰陽師、
彼の命を賭して構築された封印は堅固で、安々と解くことなど、さしもの大妖怪にもできようはずがなかった。
かくして、大妖怪・女狐ヒルコは封印され、平和な時が訪れた。
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――かに、思われた。しかし、女狐ヒルコは、封印されただけで、滅ぼされた訳ではなかったのだ。
長い長い年月、百年間もの雌伏のときを過ごした果てに、その封印は内部から解かれようとしていた。女狐ヒルコは、封印されてもなお抵抗を諦めてはおらず、内部から陰陽師の掛けた術式を破壊していたのだった。
女狐ヒルコを封じていたはずの重々しい岩戸が、煙とともにゆっくりとひび割れて砕けてゆく。
(うれしや……うれしや……ようやく忌々しい封印が解かれる……!)
かたかたと封印の岩戸が揺れ崩れ、中から巨大な狐の前脚が姿を見せる。それこそが、大妖怪ヒルコの真の姿の一部であった。麗しき
解放された封印は、今はまだ左腕の分だけ。最盛期の力を未だ発揮できぬヒルコは、しかし地響きのような歓喜の笑い声を上げる。
『覚悟せよ、人間ども。この世のすべて、再び平らげてくれようぞ』
その刹那、封印を強化するために放たれた未熟な陰陽術の気配がした。ヒルコは、左手から生やした鋭い爪でいとも簡単にその術を弾くと、岩戸の中で唸り声をあげた。
『誰じゃ……誰じゃ、妾の祝いの日に、水を差すものは……?』
「――陰陽師、
陰陽師の
『小童。貴様のようなものが、妾を封印するじゃと? 当代の帝も、陰陽師の当主も、落ちぶれたものよな。小童一人で、妾をどうにかできると思っておるなど片腹痛いわ!』
「……それは、百も承知です。それでも、僕が担わねばならぬのです。陰陽師、
しかし、
『つまらぬ……封印明けの腹ごなしにもならぬわ……』
腕だけ封印を解いた女狐ヒルコは、春秋の未熟な術を文字通り爪弾きにして、春秋の喉元に鋭い爪を突き立てた。女狐ヒルコは、封印されて以来、一度も人間を喰っておらず、腹が空いていた。
いっそ、このまま春秋を喰らってやろうと思った。
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「っ……!」
春秋が身をすくませる気配と、恐怖の汗の匂いがした。
久方振りに感じる人間の怯えた気配に、人を脅かす
ヒルコの得手は妖術だが、曲がりなりにも千年を生きた大妖怪。
単純な膂力だけであっても、か弱き人の子に負けるはずがなかった。
女狐ヒルコが、左手に少し力を込めるだけで、春秋は簡単に死ぬ。
『……陰陽師の小童。言い残すことはあるか?』
がちがちと春秋の歯が鳴っている。本能的な恐怖を味わっている事が伝わった。女狐ヒルコは、愉快な気持ちで春秋の返答を待ってやった。沈黙が降りる。助命を嘆願してくることを予想して、嗤った。
憎き陰陽師の子孫が、女狐ヒルコに命乞いするとなれば、それはどれだけ無様なものになるであろうか。
にたにたと嗤うヒルコの殺気を前にして、おびえきった少年の返答は、しかして予想外のものであった。
「ありません」
凛と響いたその言葉を聞いて、女狐ヒルコはにんまりと嗤った。
――春秋は陰陽師としての矜持を失っていない。
ただそれだけのことであったが、仇敵たる陰陽師、
(……嗚呼、そういえば、
ヒルコは、ゆっくりと春秋の喉元を爪で撫でた。春秋が、死の恐怖で身をすくませるのがわかった。しかし、ヒルコは、ほんの僅か春秋の首元を引っ掻く。
「痛っ……!」
ヒルコの爪は、春秋の首元に、星型の呪いの印を刻んでいた。
『――妾を封印した憎き血脈の最後の一人を、こんなところで楽に死なせてやりはせぬ。そうじゃ、苦しめて、この世の苦しみを全部味わわせてから殺してやろう! その
春秋が、緊張のあまり唾を飲み込む音が聞こえた。強まった恐怖の匂いに、ヒルコは口を引き裂くように大声で嗤った。
『嗚呼……ようやく、封印が解ける。残念じゃったの、
封印を破って出てきた女狐ヒルコは、岩戸を蹴破り、その全身を顕にした。麗しい毛並みの九尾の大狐は、威風堂々たる風格で、足元に震える春秋を見下ろした。そして、ぽかんと口を開けた。
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『……は? なんじゃ貴様。小童じゃとは思っておったが、本当にちっぽけな
春秋の姿を見て唖然とする。
春秋の年の頃は、七、八歳にも満たぬ様子だった。しかも、春秋は、ぼろぼろの衣服をまとって、痩せ細ったガリガリの姿をしていた。
術式が描かれた札を持っていなかったら、浮浪児と身間違えるほどの貧相さ。ヒルコは呆れ返って、一瞬声も出せなくなった。
(これでは、苦しみを与えるまでもなく死んでしまうではないか。そんなのは、つまらん! つまらん!)
そう思いを巡らせながら、春秋のための食餌を取りにいった。ヒルコが封印された三条山の地形は、百年経っても変わっていなかった。妖術で川魚を仕留め、運んで投げつける。しかし春秋は、腹を鳴らしながらも動かず震えていた。ヒルコは舌打ちをする。
『……食え、小童。毒など入っておらん。殺すつもりなら、今すぐにでもできるのじゃからな』
「……生では、食べるなと、母様がおっしゃいました」
『貴様、案外図太いな? 妾に魚を焼けと言うておるのか?』
「い、いえ、そういうわけでは……」
ヒルコはしぶしぶ爪の先に狐火を灯すと、それでじっくりと魚を焼いてやる。やがて、魚の焼ける香ばしい匂いが周囲を満たした。
『……ほれ、これでいいじゃろう。食え、これは命令じゃぞ』
春秋がごくんとつばを飲み込んだ。ようやく匂いに釣られて、春秋はその魚を口にした。はぐはぐもぐもぐと、喉につまらせそうな勢いで食べている。
『ふん。脆弱な小童め。世話の焼ける……』
鼻を鳴らして呟きながら、春秋の食餌を見守っていた。春秋は、黒い髪と瞳をしていた。世代を経てはいても、その面差しには
(――嗚呼。
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満腹になったらしい春秋は、倒れるように眠りに就いてしまった。緊張と体力の限界だったのか、起きる気配は全くない。ヒルコは、成秋の死後何があったかを詳しく春秋に聞き出そうとしていたのだが、情報源たる餓鬼が寝てしまえば情報も得られない。
『……おい、起きろ、起きるがよい、小童、返事をせよ、さもなくば喰ってしまうぞ、おい』
ヒルコは爪で春秋をつついて動かそうとしたが、全く反応がなく、熟睡しているようであった。諦めてため息をついたヒルコは、ぶつぶつと変化の術を唱え始めた。
『ああ……やむを得ん。先ずは、市井の様子を確認しに行くとするかの』
ヒルコが変化の術を紡ぎ終わると同時に、ヒルコの姿が縮み、黄金色の髪と瞳を持つ美女の姿に変化する。変化術は、ヒルコが最も得意とする術であった。ヒルコがまだちっぽけな子狐であったころから、化けるのは得意であった。
ヒルコは、近くの人里の灯りを目指して歩き始めた。
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ヒルコが封印されていた百年間の間に、人里は劇的な変化を遂げていた。
しかし、そこでは、『
あまつさえ、当代の帝は陰陽師を不要な者として排斥しているという。『血鎖』さえあれば、妖退治には困らぬと言うのだ。
陰陽師を名乗れば罪人扱いとなり処刑も有り得るという凄惨な行状に、ヒルコは顔をしかめた。
「……妖を退治し、人里の安全を守っていたのは陰陽師ではないか? たかが百年ごときで、それを忘れるなぞ、人間は愚かで嘆かわしいのう……」
ヒルコは金持ちそうな男を適当にたぶらかして金品をせしめたあと、ついでにその男に春秋の着替えや食べ物を買わせ、幻術に掛けて姿をくらます。この程度の化かしは、ヒルコの
ヒルコは久方振りの娑婆を満喫した後、優雅な足取りで春秋の元に戻った。
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しかし春秋は、まだしぶとく寝ていた。ヒルコはため息をつくと、思い切り着替えと食べ物を放り投げて春秋の顔にぶつけた。
「小童、見苦しい格好でいつまでも過ごすな。妾の前に立つならば、相応しい格好をせよ」
ヒルコは言い放つ。ようやく起き上がった春秋は美女に変化したヒルコの姿に戸惑いながらも、頷いて襤褸布を脱いで着替えた。
「ありがとうございます」
着替え終わった春秋は、頭を深く下げてそう言った。その無様ともいるような姿を見て、ヒルコは皮肉げな笑みを浮かべる。
「ほう。陰陽師のくせに、
「『親切にしてもらったらお礼を言いなさい』と、母様に習いました」
毒気を抜かれたヒルコは、フンと鼻を鳴らしてそっぽを向く。しかしヒルコは、不遜な笑みを浮かべてすぐに振り返ると、春秋を見下した。
「勘違いするなよ小童。妾の目的は、ただ一つ。貴様にこの世で味わえる苦しみの全てを味わわせてやることよ。生・老・病・死のみならず、
それを聞いた春秋は、唾を飲み込み、俯いた。
「……はい。僕は、貴方を封印しようとして失敗しました。最後の陰陽師として、あるまじき失態を晒した僕は、どんな目に遭わされる覚悟もできています」
春秋のつむじを見おろして、ヒルコは口が裂けるほど凄絶な笑みを見せる。
「――話は最後まで聞くが良い。苦しみを与えるために、まずは、貴様に極上の幸せをくれてやる。貴様、どうせ、迫害されてまともな飯も食ってきておらんのだろう。幸せを知らぬものの苦悩など、たかが知れておる。幸せの絶頂ですべてを奪われた人間の顔を、妾に見せてみよ」
それを聞いた春秋は、戸惑ったように質問を返した。
「極上の幸せって具体的には……?」
「そうじゃな、例えば……」
するとヒルコは、尊大な笑顔を浮かべ、あっけらかんと告げた。
「貴様を天下人にしてやろう」
「えっ?」
ヒルコは、かつての栄光を思い出しながらカッカッカと高笑いした。
女狐ヒルコは、その高い妖力と老練な手練手管を駆使して、人の世を翻弄し、最盛期には時の帝すらも操るほどの、まさしく悪しき
「妾は、齢千歳の大妖怪、ヒルコじゃ。妾に掛かれば出来ぬことなどない! 至高の贅沢、権力、酒池肉林、何でも手に入れさせてやろう! 無論、その後、奈落の底まで叩き落としてやるのじゃがのう! 愉快愉快!」
「えっ、いや、そうじゃなくて、僕、天下人になりたいなんて一言も……」
春秋はそう言ったが、嗤い続けるヒルコはもはや何も聞いていない。ヒルコは、春秋の首根っこをつかんで、塔郷に繰り出していった。
「まずは、陰陽師の復権じゃ! 妾を封印せしめた輩共の格が低いのは耐えられぬ! ――さあ、ゆくぞ小童!」
「えっ? う、うわああああ! 待って! 待ってください! 首が! 首が! くるしい!」
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これが、齢千歳の女狐ヒルコと、陰陽師、
これは、ヒルコと春秋が夫婦になり、死に別れるまでの物語である。
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