半濁点、夢を食べる動物
小狸
掌編
「私の作品をパクりましたよね?」
そんなダイレクトメッセージが届いていることに気が付いたのは、仕事が終わり、いつものように、ブックマークから小説投稿サイトへとアクセスした時の話である。
私は、さるサイトで小説を書いて、ネット上に投稿している。
まあ、学生時代からの趣味の延長、と言ったところだろうか。
最近は、当時書いたものを改稿してアップしたりもしている。
書くのは主にミステリとかホラーとか私小説めいた掌編小説とか、どこか陰鬱な小説である。まあ、私自身が明るい人間というわけではないので、そこは生来の気質なのだろうな、と思っている。
昔は新人賞に出していたこともあったが、仕事が忙しくなってからは、めっきり投稿することができなくなった。
小説家を夢見ていなかった、小説家になどなるつもりはなかった。
と、言えば、それは嘘になる。
なれたら良いな、くらいの感覚であった。
一発で新人賞を受賞し、選考委員全員を納得させる物語を提出できれば良いのだが、人生はそんなに都合良くはいかないだろうということもまた、分かっていた。
他の人より本を読んでいた、とか。
小説家にならなければいけない絶対的な理由がある、とか。
私にはそういうのはないのである。
故に就活も、大学3年の4月ごろにあっさり内定をもらったし、今もその会社で働いている最中である。
そんな中、とあるフォロワーからのダイレクトメッセージが、私の目に飛び込んだ。
既読を付けてしまったことを、後悔した。
その人物からのメッセージは、こんなものだった。
『私の作品をパクるのを、やめていただいても良いですか?』
『あなたが令和■年■月■日に投稿した「
『正直にお答えください。パクりましたよね?』
と、以上である。
「……………」
少々考えた末、真実を話すことにした。
『「不死儀式」は、私が数年前、学生時代に書いた小説を改稿して公開したものです。あなたの作品をパクりようがありません』
返信を待つ間に、その人物のプロフィールを調べた。
調べたと言っても、小説投稿サイトを見に行ったというだけある。
サイト上には、たった2作しか、作品を投稿していなかった。
そしてその作品は、未完であった。
「…………いやいや」
過去にタイムトラベルでもしなければ、パクりようがない。
そう思ったのだが、返信は、予想の斜め上であった。
『いえ、パクりだと私が思っています。今すぐ削除していただけませんか』
と。その人物から来た。
「…………」
今すぐ、削除?
その文章を見て、まあ正直薄々気付いていたことだが、私は理解した。
ああ、成程。
これは、何を言っても通じないパターンだ。
こういう類の、話が通じない人間というのは、いる。
私の小説の感想欄にも、時折感想という体で誰にも通じないような言葉でお気持ち表明をすることでしか自己表現ができない可哀想な人間が現れる。その中傷を、その言葉を、少なくとも作者が見て、何か感じるということすら想定できない心の
人の気持ちとかどうでも良くね、それよりこの作品なんかムカつくから何言っても許されるよね、だって多様性なんだから、その程度も受け入れられないなんて作家向いてないんじゃないの、辞めた方が良いよ――とか、平気でそういうことを言う連中。
そういう人間は、相手にするだけ無駄である。
奴らの目的は批評でも講評でもなく、こちらの精神を傷つけることなのだから、真面目に向き合うことに、そもそも意味がない。
意外とそういう人間に限って、自分が批判の対象されることには弱かったりするのだが。
さて。
どうしようか。
ここで削除すれば、私はパクリ作家ということになる(作家と呼べるほど数は書いてはいないけれど)。
少なくとも、パクったことを認めたことになる。
そんな事実はないので、わざわざ消す必要はない。
ならば、どう対処しようか。
しばらく考えた後、その人物の小説を読むことにした。
パクリだというのなら、どこかパクリかを読ませてもらおう。
読んで。
そして――。
「えー……」
溜息と共に、そんな声が出た。
確かに、似ている部分はある。
舞台設定と、小技のように用いられるトリックは似ていると思ったし、良いアイディアだと思ったことも事実である。
ただ、パクリかどうかと言われると、微妙なところである。
ネーミングセンスもキャラ造詣も違う、似ているのは根幹のところなのである。
しかも、私の作品も、その人物の作品も、大して出来が良いというわけではないという共通点があるのが、どうしようもない点である。
面白くないのだ。
読んでいてつまらない。
別に続きが気にならない。
私の大学時代の初期の作品なので面白くないのは当然だが、この人、マジで作家目指していたりするのだろうか。
フォロワー1桁、作品数2作。
偶然私を見つけて、叩く対象にしたとしか思えない。しかも相手の方は、まだ完結していないのだから、どうしようもない。
どうすんだよ、これ。
考えに考えた末。
私はこう返答した。
『○○様の作品、拝読させていただきました。大変面白く、続きが気になる作品だと思いました。私の書くものとは全く違う面白さを秘めた作品だとお見受けしたのですが、私の勘違いでしょうか?』
すると相手は機嫌を良くしたのか、
『ありがとうございます。数年間温めていた傑作です』
と、返答があった。
数年間温めてこれかよ。
と思ったけれど、それは言うまい。
静かにそのフォロワーをブロックした。
(「半濁点、夢を食べる動物」――了)
半濁点、夢を食べる動物 小狸 @segen_gen
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