始まりの鐘

 二学期が始まってから、俺はまだ一度も学校に登校できていない。

 それはまさに九門鏡子の『もう二度と学校に登校できない』という予言のとおりであり――俺はまだその運命を乗り越えることができたわけではない 。


 そんな不安を抱えながら歩いていると、広い川を渡る大きな橋にさしかかる。

 忘れもしない。

 二学期の始業式、俺はここで一人の女子と出会った。


 そこから俺の運命は大きく狂わされたのだ。


 そして今日もまた橋の上に一人の女子がいた。

 赤いブレザーとチェック柄のスカート。色素の薄めな髪は軽くウェーブがかっており、背丈は小学生みたいにちっこいがツリ目がちで気の強そうな印象を受ける。


 言うまでもなく俺の知らない奴だ。

 けど俺には一種の確信めいた予感があった。

 こいつ絶対話しかけてくる。


「ねえ。そこのモブ男」

「フハッ!」


 思わず俺は噴き出した。

 予想通り過ぎてもはや笑えてきたのだ。

 仕方ないから相手してやるか。


「ハハハハハハ!」

「てキモッ! なんで笑ってるの!?」

「よう。久しぶりだな我が妹よ」

「違うけど!? 誰が妹よ! そんなわけないでしょ!」


 あれ、違ったか。

 となるとあとはもう一人。


「冗談だ。そろそろ来ると思っていたぞ……セレナ」

「な……っ! ど、どうして私のことがわかったの……?」


 おっ。こっちだったか。

 だったら。俺は困惑する女子へと告げる。


「さあな。だが一つだけ忠告しておこう。お前達の戦いはまだ終わっていない」

「えっ」

「縁があればまた会おう――異世界の勇者よ」

「どうしてそれを! あなた、一体……?」


 俺は女子へと意味深な笑みを浮かべ、そのまま通り過ぎた。



 ―――よし!


 咄嗟の判断だった。登場する前フリのあった女子が二人いた。父親と一緒に別居中らしい俺の妹か、あかりちゃんが異世界で魔王と戦った時の仲間らしいセレナという子だ。もしそのいずれかなら、先に言い当てることで主導権を握ることができる。相手の設定に合わせたそれっぽい台詞も上手いことハマったらしく、相手にとっての衝撃イベントへとすり替えることができた。


 ともあれこれでイベント回避に成功。


 一方で疑惑はより強いものとなった。

 例の『登校できない運命』はまだ終わっていない。


 そして同時に、今の一瞬で改めて考えさえられたことがある。



 俺は本当に――学校に行きたいと思っているのか?



 新しい学校への転校。

 失われてしまった過去の記憶。

『神隠し』の生き残りという特殊な境遇。


 これからの未来を精一杯生きてみせると改めて誓った今においても、全く無いと言い切ることができるだろうか。

 学校に行きたくないという、後ろ向きな気持ちが。


「……どうでもいいな」


 しかし俺はすぐに思考を切り替える。

 一人で自分の部屋とか自分の世界にこもるから暗いことばかり考えてしまうのだ。


「今日こそ行ってやるよ。学校」


 俺が無事に学校に辿り着きさえすれば、暗い気持ちや運命を覆すことになる。


 今日こそ切り開くんだ。

 俺の未来を。


 橋を渡り終えると、広い公園沿いの緑道に出る。

 ここまで来れば学校までもう少しだ。

 時間もギリギリだけど、このままいけばなんとか間に合うハズ……!


 しかし俺は公園から出て来た二人の女子生徒が「あのヒト、殺されちゃうんじゃ……」「でもウチらじゃなんもできないし……」などという不穏極まりない会話をしているのを耳にしてしまった。

 まさか――公園で、誰かが何者かに襲われているのか?


 もちろん気にし過ぎなだけかもしれない。

 それよりも俺は学校に行かないといけないのだ。

 寄り道する時間の余裕はない。


「……くそっ!」


 しかし俺は気が付けば公園に向かって走っていた。

 ここでまた理不尽なイベントに巻き込まれ、そのせいでまた学校に行けなくなるのかもしれない。


 けど――それは俺だけの問題だ。

 困っている人を見捨てる理由にはならない。

 母さんに顔向けできないような選択の先にある未来に、価値なんてないんだ。


「こ、こいつらは……」


 噴水のある広場に出る。

 そこにいたのは、見ただけで三十近くいる黒い獣だった。

 漆黒の犬と鳥、それらが一斉に獰猛な眼を向けて何者かを取り囲んでいる。


「誰か! 誰かおらぬのか! 助けてくれい!」

 

 そいつは王冠に赤いガウンという、トランプのキングのような初老の男で――


「って国王かよ! クソどうでもいい! 」


 速攻で引き返す。

 再び学校への道を走っていく。

 そしていよいよ最後の角を曲がり――見えたッ! 校門ッ!


 時間はあと一分もない。

 遠目に見ると風紀委員ぽい生徒が校門に手をかけ始めている。

 あれが閉じられれば、遅刻扱いとなってしまう。


 最後の直線、後はもうただ全力で走るしかない!


 だが走る俺の真横を同じスピードで駆ける何者かがいた。


「お前は……」

「チッ! こんな形でまた会うとはな!」


 見覚えのある男――いつかも会った青バンダナの不良だ!

 こいつ同じ学校だったのか!?

 よりにもよってこのタイミングで!


 肩と肩をぶつけ合い、必死に走る。

 風紀委員ぽい生徒によりスライド式の校門がいよいよ閉じられていく。

 俺達が辿り着く頃には、おそらく一人分のスペースしかない。


 同じくそれを察した青バンダナが「おらあ!」と俺の体を弾こうとする。

 その目は必死だった。

 自分の中の何かを守り、貫くために戦う男の目――今の俺と同じだ。

 事情は知る由もないがこいつも多くの苦難を経てこの場所に辿り着いたんだろう。


 ただ俺にも負けられない理由がある。


 およそ一月前に手の届かなかった校門。俺の未来。

 今度こそ俺は――不法侵入という搦め手ではなく遅刻のような中途半端な形でもなく堂々と真正面から完全無欠なる登校を遂げなければならない!



「おおおおおおおおおおおおおおおお!」

「があああああああああああああああ!」


 閉じられる校門。


 身命を賭して走る俺と青バンダナ。



 果たして一人分のスペースに滑り込んだのは――――俺の方だった。



 ゴールテープを切るランナーの如く校門をくぐる。


 そのままどちゃりと、前のめりに倒れ込む。


 すぐに体をひっくり返して天を仰ぐと、そこには青空が広がっていた。



「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」



 思わず両手を突き上げて叫んだ。


 やった! 

 やったぞ!

 俺はとうとう学校に登校することができたんだ!


 視界に広がる青空が涙で歪んでいく。

 やってしまった、という思いはやはり少なからずあるのだと思う。

 これから始まる新しい高校生活への不安が無いわけではない。


 けれど。


「望月君……おはよう」

「また運命を変えて見せるとは。本当に見上げた男ね」

「そんなに急いでどうしたのゆう君! わかった! うんこだ!」


 俺のことを待ってくれていたみたいに見下ろしている三人の女子。


 古村綾。

 九門鏡子。

 天城燈。


 俺の傍には彼女達がいる。

 これからの未来を共に過ごすことになる頼もしい仲間達だ。


 ゴーン、ゴーン、ゴーーーーーーン……!


 ちょうどそこで予鈴が鳴り響く。

 それは俺の新しい高校生活の始まりを祝福する鐘の音だった。



「そうそうゆう君! 一緒に異世界に行った四人でこの世界でも勇者として一緒に戦っていこうって話になったの! だから今度ゆう君ちに四人で魔王倒しにいくね!」


「あるいは望月悠希。今の貴方ならば、人類滅亡の運命すらも変えることができるのかもしれないわね。立ち向かう気があるのなら……私が導いてあげるけど?」


「それより望月君。生贄にするよりも実効性のある全校生徒の使い道を思いついたよ。私達の活動を通して自分達がいかに滅ぶべき存在であるかを理解してもらい、高校卒業後は魔王様の眷属として有効活用しつつみんなで人類を滅ぼすの。た、楽しそうじゃない?」




 ……始まるんだよな?



(おわり)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

いくら俺に構ってほしいからって、全校生徒を魔王召喚の生贄にして消したくらいでお前のことを好きになると思うなよ 黒衛 @mukokuro04

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ