四度目の朝
――それでは次のニュースです。星玲学園高等学校で六百四十二名もの生徒や職員が行方不明になってから、既に六十九日が経ちました。
――まだ原因は不明とされていますが、同じく近辺で度々起こっている行方不明事件との関連も含めて引き続き調査が行われ――
「またこのニュースか……」
家のリビングで朝食をとっていると、お馴染みのニュースが流れてきた。
それは人類の常識を超えた未曾有の大事件『神隠し』についてのもの。
大規模な捜索が連日行われてきたが、行方不明者達は未だその手掛かりすらも一切見つかっていない。ただ代わり映えの無いニュースだけが毎日のように繰り返されるだけだ。
ちなみに俺は、なんとその『神隠し』の生き残りらしい。
とは言っても、その日を境に記憶喪失になったせいでイマイチ実感はわかないんだけど、
――虫。牛乳をよこせ。
今や身近となったとある存在が今日も俺に不可思議な現実を突きつけてくる。
「……冷蔵庫に入ってるんで、自分で取ってくださいよ」
俺は冷静に言葉を返す。
家族でもないのに朝から普通に俺の家のリビングにいて、朝食のコーンフレークにかける牛乳を当然のように要求してきた金髪の幼女。
なんか『破滅の魔王』らしい。
『神隠し』で行方不明になった数百人の生徒や職員を生贄にして、この世界へと召喚されたのだとか。
――何を見ている。
「ああ、いや。改めて本当に魔王なのかなーと思ってただけですよ」
――ふん。まだそんなことを言っているのか、貴様は。
金髪の幼女はリビングをぺたぺた歩いて、自分で冷蔵庫を開ける。小さい手に紙パックを取って席に戻ると、冷たい牛乳をコーンフレークの入った器にどぱどぱ注ぎ始めた。
相変わらず魔王ぽさが欠片もないムーブ。
これでは普通に素直なだけの女児だ。
――我の目を見よ。
『破滅の魔王』はコーンフレークをがりょがりょ食べながら俺を睨む。
その瞳は吸い込まれそうな紅い色をしていた。
――『血塗られし太陽』と呼ばれた父より受け継ぎし瞳が、その証だ。
「『血塗られし太陽』……なんか聞いたことありますねそれ」
具体的には『Bloody Sunrise』とかいう、記憶を失う前の俺が書いていたらしいノートのどこかしらで。もしかしてこの子も古村さんみたいに熟読して影響受けちゃったのかな?
なんであれ、だ。
「……お前もいつか、元の世界に帰してやるからな」
生贄にされて行方不明になった人達も、こちらの世界に戻さないといけない。なんか異世界から来た国王(こいつ自体が意味不明なんだけど)の情報が正しければ、この魔王ちゃんと入れ替わりで異世界に転生しているかもしれないのだ。
『神隠し』の生き残りである俺にはその責任がある。気がする。
というか、なんか俺も『神隠し』に間接的に関与してなくもないっぽいし。
いや、記憶喪失だから確かなことは何もわからないんだけどね?
――何か言ったか?
「別に。ただの独り言ですよ」
まあ、その問題もいずれ何とかなるだろう。
元凶となる少女は、最後に受け入れてくれたのだから。
俺が望むような日常を共に歩むことを。
その日常には人類滅亡とか魔王とか、そういうややこしいのは一切ない。
だから機会を見てそのうち頼んでみよう。この魔王を生贄に儀式したら、六百人超えの転移者達もこっちの世界に戻せるはず。戻せるよな。戻せなかったらどうしよう。
――虫。呆けている場合か。
「ああ、はいはい。なんです?」
――そろそろ『ぶりぴゅあ』の時間だぞ。早くちゃんねるを変えろ。
「……もう。だからテレビのチャンネルくらい自分で変えてくださいよ」
『ぶりぴゅあ』というのは『破滅の魔王』お気に入りの魔法少女アニメだ。十年以上も続く人気シリーズらしく、本来は日曜朝に放送されているのだが平日も朝の八時から昔のやつを地方局で再放送していて――うん?
「朝……八時?」
リビングの壁に掛けられた時計を見る。七時二十三分。
振り返り、テレビ画面に表示された時計を見る。七時五十九分。
この状況が意味することは一つしかない。
さっきから見てた時計、三十分以上前から止まってたっぽい。
「なんでだよ!」
俺は朝食もそのままに、慌てて立ち上がる。
――どうした。どこに行くのだ?
「学校ですよ!」
やばいやばいやばい。
よりにもよって、なんで今日に限って――こんなタイミングで!
――待て。我はこの後、貴様と『しゃんはい』に興じるつもりでいたのだぞ。
「帰ったらいくらでも相手してあげますって!」
制服には既に着替えてある。
テーブルに置いてあったスマホをポケットへ突っ込み、学校指定の鞄を肩にかける。
そして俺はドタドタと慌ててリビングを走った。
――おい、虫。
玄関へと続く扉に手をかけたところで、頭の中に声が響いた。
もはやお馴染みとなった合成音声めいたアニメ声だ。
――ふむ。まあ、なんだ。気をつけてな。
「はい! 行ってきます!」
スマホで時間を改めて確認。八時三分。
家から学校までは歩いて三十分くらいだ。予鈴の鳴る八時半までに校門を通ればセーフなので、まあちょっと早歩きくらいでいけば十分に間に合うだろう。
体の調子を確かめながら並木道を進む。
「うん、大丈夫そうだ」
それにしてもこの一月の間に脇腹を刺されたり階段から転げ落ちたり屋上から飛び降りたりしたにもかかわらず二週間程度の入院と自宅療養を経てほぼ完治している俺の体の頑丈さというか生命力は一体どこから来てるんだろうな? 『終末の焔』の元エージェントじゃあるまいし。
とはいえ、こうやって外を歩くのは久しぶりな気がする。『破滅の魔王』の忠告通り、車とかにだけは注意した方がいいだろう。
「トラックにぶつかったら異世界に転生させられそうだし……なんてな」
「ヒュフフフ……待ちわびましたよ?」
「へっ」
一人で寒い冗談を呟いていると、いきなり何者かに声をかけられた。
朽ちたような灰色のスーツにシルクハット。奇術師のような風貌だ。声からして男のようだが灰色の髪は長く、肝心の顔は仮面に隠されていて見えない。
およそ普通の町中にいるには極めて不自然な存在だ。
つうかマジでなんだこいつ。
「ええと……どなたですか?」
「私は『終末の焔』が七紅星の一人。【寛容】のリジュラよ」
「……は? なんて?」
「ヒュフフ。どうやら【崇拝】からの情報に間違いはないようですね。まさか【純潔】ともあろう者が、記憶を失っておいでとは。ヒュフフフ! これは傑作だ!」
リジュラと名乗る男は仮面に手を当てて愉快げに哄笑をあげる。
「では教えて差し上げましょう。確かに泡沫の宴は終わった。しかし我々は火種をまき続けていた。そう。新たなる混沌と破滅……その幕開けとなる時に向けてね!」
「…………」
「そして我々の悲願であった『血塗られし太陽』はついに天上へと堕ちた! 断罪の時は来たれり! 今こそ不徳たる人類を終末の焔により焼き尽くすのだ! さあ、目覚めるがいい我が同朋よ! また【純潔】の使徒として我々と共にこの世界を正しき終末へ――」
「もういいから!」
俺はグーパンでその横っ面をおもっくそブン殴った。
【寛容】のリジュラは「ぐハッ!」と車道へ飛んでいき、ちょうどそこに走ってきたトラックに激突して異世界に転生した。
「さて、いくか」
俺はまた並木道を歩く。
いやいや、なに今の。
さっきの不審者が何だったのかは知らない。
しかし俺には一つ心当たりがあった。
先日、俺は古村さんを説得することができた。
これで人類が滅ぼされるという運命は変わった――そう思っていたのだが。
「…………」
確かに、前は『不法侵入』という形で無理やり学校に辿り着いただけで。
今にして思えば、今日の朝に限ってリビングの時計が止まったことからしておかしかったのだ。
つまり。
『貴方はもう二度と学校に登校することはできない』
とあるエセ占い師が予言していたもう一つの運命は。
不自然なまでに俺の登校を阻む、嫌がらせのようなイベントは。
二度あることは三度あり、いよいよ四度目となる今日の朝に至って、なおも。
まだ終わっていない。
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