安楽死について
島尾
思ったこと
安楽死は家族のため―― 「死にたい」娘のエゴ、「生きてほしい」親のエゴ 涙ながらに口に入れた致死薬
というタイトルの記事を見た。完治しない難病を患う彼女は、安楽死を望み、スイスまで行ったという。すんでのところで死ぬことをやめたが、今なお安楽死をしたいという。
私は、安楽死に反対である。ゆえに彼女の安楽死にも反対する。自分の命を操作することは原理的に不可能であり、自殺をした者はその直前「自分ではない何か」になっていたと思っている。すなわち厳密に解釈するとこの世には他殺しかないという、それが私の前提として存在する考えである。
ところで、賛否は人による。ここで自分の意見を述べたところで無駄である。よって自分が最も死に近づいたときの経験をもとに、安楽死について一つ考えてみようと思い立った。
私が大学を辞めて半年の間、父親が毎日のように電話をかけてきた。父親は私のことを迷惑者と断定している。大金をかけて育てたのに一つも結果を出さなかったからだという。私は結果を残すことを強要されていた。具体的には、卒業資格を取得できる独立行政法人にレポートを提出しろというもの。しかし私は退学したことによる激しいストレスに襲われていた。レポートどころの話ではなかった。しかし毎日毎日電話がかかってきて、少し不機嫌な対応をしたら即座に怒号が飛ぶ。私はなるだけ笑顔になって父親を喜ばせた。電話が終わると、殺意がわいた。毎日これの繰り返しで、もう死んだほうがマシだと思った。絶食したり、1カ月も風呂に入らなかったり、半年も寝たきりと変わらない日々を過ごした。
だが極限が来るものだ。死にたいと思ったら、食わねばならぬと体が動く。体からの獣のような悪臭に1カ月以上耐えることはできず、自動で風呂場に向かう足。そして、父親とこれ以上関わるのは危険だと認識したときに着信拒否にした指。命ある私は、脳の命令とは別に、命を次の時刻まで繋ぎ止める機能が存在しているのだと知った。それは全人類になのか不明だ。ただ、全人類に備わっていそうな気がしている。
いかに苦しくとも、死ぬには足らないかもしれない。とはいえ、生きているという実感もわかない。そういうときを、経験する人が存在するということだろう。そして同時に言えるのは、そのような苦境中の苦境に立たされた人の横で、ほとんどの人が普通に暮らしているということだ。A地点で葬式が執り行われている中、B地点では結婚式が挙げられているだろうし、別の多くの地点では仕事やら学校やら家事やらを忙しなくやっているはずである。そう考えると、苦しむことが些細なことに思えてくる。池の中で赤虫が身悶えしている光景が思い出された。
安楽死について 島尾 @shimaoshimao
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