エピローグ、女帝ヴァイオラ、皇配ミシェルと共に新たな未来へ

 自分の秘められた欲望という答えを手にしたであろう兄を、私も祝福したい――と思ったが、その気持ちは続く文章が目に入った途端、霧散した。


『きっと不幸なヴァイオラは、日々幸せの絶頂を味わっている俺様がうらやましくて仕方がないだろう。お前はせいぜい、高笑いが得意な男オンナと逆転した関係を楽しむがよい』


「何よこれ!」


 私はさすがに怒りの声を上げた。辺境伯領にいる兄の耳にも、スーデリア王女が王子だった発表は届いていたようだ。ミシェルはまるでこたえていないらしく、


「おーほっほっほ! かわいいヴァイオラ様はあたくしだけのものよぉ!」


 ふざけた裏声で高笑いを披露した。


 こめかみを押さえつつ、私は最後の段落に目を走らせた。


『俺様はもう、帝国に戻ることはない。

 なぜなら俺様は、今ようやく「誰かのために生きたい」と思えるようになったのだから。

 ――この身も、心も、すべてを捧げる相手に出会ったのだからな』


「ようやく終わった!」


 私は疲れ果てて、手紙を投げ出した。ソファの背にもたれると、窓の外で暮れゆく空が視界に入る。


「セザリオ様もユーグ様も、運命のお相手に出会えて、めでたしめでたしですねえ」


 メイの言葉にうなずきながら、ミシェルはいささかホッとしたように私を抱き寄せた。


「少なくとも今後、セザリオが皇位継承権を主張する心配はなさそうだね」


 同意の言葉を口にしようとしたとき、窓の外から大聖堂の鐘の音が聞こえてきた。


「ヴァイオラ様、ミシェル様。そろそろバルコニーに立つお時間かと」


 ニーナの言葉が終わらぬうちに、夕闇が迫る窓越しの空で、ぱん、と閃光が弾けるのが見えた。それを合図に次々と花火が打ち上がる。紅、金、紫――暮れなずむ空に光の華が咲き乱れた。


「武器庫の火薬が余っていたのよ」


 冗談めかした私の言葉に、ニーナが無邪気な少女のように手を叩いた。


「もう爆弾や兵器は必要ありませんものね!」


 私は何も答えなかった。


 だが隣に座るミシェルがわずかに眉をくもらせ、声をひそめた。


「少し減らしただけだろう?」


 私は彼に向き直り、同じくささやき声で答える。


「もちろん。まだたくさん残っているわ。民の命を守るために火薬は必要ですもの」


 残念ながら私たちの暮らす世界は、武器庫をからにできるほど平和ではない。


 ミシェルは一瞬、長いまつ毛を伏せ、それからすぐに顔を上げた。海の色をした瞳に、安堵と憂いが交錯する。悲哀を払拭するように立ち上がると、片手のひらでバルコニーの方を示した。


「広場に人々が集まっているようだよ」


 庭の向こうに広がる宮殿前広場から、熱気のこもったざわめきが、風に乗って聞こえてくる。


「さあ、行こう」


 私をエスコートするように右手を差し出したミシェルは、舞踏会の誘いをかける貴公子さながら。深紅のローブには純白の刺繍でスーデリア王国の紋章が施され、その下から青と金の装飾が美しいジレがのぞく。婚礼の正装に身を包んだ彼の堂々たる勇姿に鼓動が速くなる。


 ソファから立ち上がった私は、彼の手を取ろうとして、ふと用事を思い出した。


「待って。すぐ戻るわ」


 踵を返し、内扉を通って自室に入る。誰もいない部屋に時折、花火の打ち上げ音が響いた。


 壁には豪華な金細工が施された大きな鏡が掛けられ、その下には猫足の白い鏡台が据えられている。


 私は引き出しを開け、兄に渡したものより一回り大きな宝石箱を鏡台に乗せた。蓋の中央には真珠母貝マザーオブパールが嵌め込まれ、一輪の薔薇をかたどっている。


 静かに蓋を開け、右手の薬指から母の形見の指輪を外した。中張りの天鵞絨ビロードの上にそっと乗せる。


「今まで私を見守っていてくれて、ありがとう」


 蓋を閉める前にもう一度、ペリドットのきらめきを見つめた。


「もう大丈夫。私にはミシェルという新しい家族がいるから。未来へと歩いて行けるわ」


 左の薬指には、ミシェルと交わした結婚指輪が白銀の輝きを放っている。


 宝石箱を引き出しにしまって立ち上がった。


 再び内扉を開くと、ミシェルが変わらぬ笑みを浮かべて待っていた。何も訊かず、優雅な手つきで私の指を手のひらに乗せる。


 広場では民衆が私たちを待ちわびているだろう。


 花火が咲き誇る夕空の下、私とミシェルは手をつないでバルコニーへ一歩を踏み出した。




─ * ─




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