ハラキリ法ができてから世の中は少し変わった。
津堂獣
ハラキリ法ができてから世の中は少し変わった。
ハラキリ法ができてから世の中は少し変わった。
この法律は簡単に言えば、不祥事を起こした政治家や企業のトップが切腹する法律である。
忍耐強さで有名なホワイト大佐にも、ついに我慢の限界が訪れた。
立場上、様々な横暴や隠蔽を見てきた彼は革命のために立ち上がり、その堂々とした姿は民衆を味方にした。
すさまじい勢いとなった革命の波で政府を飲み込んだ大佐は、すぐさま新体制が整え、このハラキリ法を公布したのである。
のちの演説にて、ホワイト大佐は次のように語った。
「かつて東洋のある国では、無礼や非があった者が自分の腹に刃を突き刺し、その命をもって謝罪した! 素晴らしい覚悟と精神力ではないか! これこそが現代の我々に必要な魂であり、正しき自浄作用なのだ!」
耳がおかしくなりそうなほどの大喝采を浴びたホワイト大佐の命令により、不祥事の報道とトップの切腹はセットになった。
こうして、ハラキリ法ができてから世の中は少し変わり、我々は見苦しい記者会見や、要領を得ない声明文に腹を立てる必要がなくなったのである。
公布からしばらくして、ホワイト大佐は多額のワイロを受けとっていたことが暴露され切腹した。
ハラキリ法ができて私はどうなったか?
ある朝、出勤すると、デスクに見慣れない書類があることに気が付いた。
「おはようございます、社長」
不意にかけられた声の方向に、ひとりの男が立っている。
私を社長と呼んだ? 大した成果も出さず、出社しては時間が過ぎるのをじっと待っているような私を?
「まだお読みになっていませんか?」
改めて書類に目を落とすと、私を今日から新しい社長に任命する。といった旨の文が簡潔に記されている。
「私は昨日まで前社長の秘書をやっていた者です。そして今日からあなたの秘書に。」
「……ハラキリ法と関係が?」
「社長室をご案内します、こちらへどうぞ」
やられた。
強烈なめまいに、思わず壁にもたれかかる。
こんな状況、考えられる可能性はひとつしかない。
この会社は私の知らないところで悪事を働いており、それが近いうちにバレそうなのだろう。
切腹するのは企業のトップであり、私という捨て駒がその役に選ばれたのである。
前の社長は今ごろ、家族とともにハラキリ法の手が届かない海外でのんびりしているのだろうか?
社長室は、私が住むボロアパートの2倍は広かった。
「今日からここが職場です。あるものは何でも、ご自由にお使いください」
罪悪感を薄めようとしているのだろうか?
「必要なものがあれば、ご用意いたします」
死刑執行の前日、最後の食事は何でもリクエストしていいぞ。と言われた囚人の気分だ。
コーヒーを淹れますのでおかけください。と促されるまま、高級そうなソファに身を沈め、巨大なテレビに電源をつける秘書をただ眺めていた。
ニュース番組のアナウンサーがハキハキと喋る様子が映り、しばらくして、新政府が開いた緊急会見の映像に切り替わる。
切腹したホワイト大佐の後を継いだ指導者が記者に囲まれていた。
「……ハラキリ法は、大昔の野蛮な行いを参考に制定された法律であり、極めて暴力的かつ非人道的である」
こんなに画面が大きいのに、新たな指導者の顔からはどんな感情も読み取れない。
「……よって、ハラキリ法は廃止とする」
その言葉をきっかけに、会場内の記者たちが一斉に怒鳴りだす。
『自分が切腹しないための保身じゃないのか!』
『ワイロを受け取っていたのは、ホワイト大佐だけじゃないとの疑惑がありますが?』
『これまで切腹してきた人々について、どうお思いですか!』
指導者の表情は変わらない。
「詳細は後日公表する」
静かにそう答え、指導者はヒステリックな叫び声に目もくれず壇上を後にした。
その姿は、実に堂々としたものだった。
呆然としていて気付かなかったが、電話が鳴っているようだ。
出てみると、しわがれた男の声が元社長の秘書だと名乗った。
「どうやら、間違って印刷した書類が君に届いたようで……」
電話の向こうでは小さく波の音が聞こえる。
「……書類はすぐに回収しよう。もちろん、今後起こる問題についても……」
電話しながら歩き回っているのか、身に着けているであろう金属が触れ合う、チャリチャリとした音も聞こえてきた。
「そうですか。調査して分かり次第、追ってお伝えしますね。」
電話を切り、電話線を抜き、まだ私の体の形に合わせてへこんだままのソファに身を戻す。
「コーヒーをいただけますか?」
ハラキリ法ができてから世の中は少し変わり、私に核心の部分をはぐらかす話術を学ぶ機会を与えた。
ハラキリ法ができてから世の中は少し変わった。 津堂獣 @kemono_tsudo
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