いらない

白川津 中々

◾️

子供がほしい。


夫にそう言われて、私は深く沈んだ。

結婚する時にお互い「子供はつくらない」と決めていた。経済的にも精神的にも二人で生きていく方がいいとしっかり話し合ってから籍を入れたのだ。それをなぜ反故にしたがるのか。わけを聞いとみると、くだらないものだった。会社の同僚や上司から小馬鹿にされるというのだ。要は世間体である。


「やっぱり、大人として、夫婦として、子供がほしい」


大人として。

そんな台詞がとても、軽薄に感じられた。

私も彼も子供のまま大人になったような人間だ。子育てなどできるわけがない。それが分かっているのに、他人からどうこう言われたからという理由で互いに不幸にしかならないような未来を望むのか。彼に対して、怒りと悲しみの気持ちが混ざり、涙が溢れた。


「そんなに辛い事じゃないと思うんだ。蓄えも増えたし、きっと幸せになれるよ」


吐き気がした。私はそんな風に幸せになんかなれない。彼は私ではなく、自分の理想とする私に似た何かとの生活を夢見ているのだ。


「子供はいらない」


そう告げると、彼は最初ニヤニヤしながら何か言っていたけれど、次第に感情的になって「どうして分かってくれないんだ」と怒鳴った。


分かるわけがない。私は子供なんていらないんだから。


誰かと関わるのが嫌で、それでも生きていかなきゃいけなくて、それを分かってくれたから好きになって、一緒になったのに、今更、今更……


「また話そう」


いくらか冷静になった彼はそう言って部屋を出て行った。いつもの酒場に向かったのだろう。

何かあるとすぐお酒に溺れたがる人間に子育てなんてできるわけがない。それが分からないのだろうか。それとも、自分だけは変わらない生活ができると思っているのか。だとしたら、救いようがない。


「そういうところが子供なんだよ」


彼の残影に向かって吐き出す。

直接言えない私も、子供だ。


だから私達は、子供なんて育てられない。二人で死んでいくのが一番いい。それが無理なら、一人で死んでいくしかない。


「一人で、か……」


左手の薬指を見る。

銀色のリングが、いつもより重く感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

いらない 白川津 中々 @taka1212384

現在ギフトを贈ることはできません

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ