謎のセールスマン

 ある日のこと、まだ六時にもなってないのにトビーが、

「ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン」

 いつものチャイムの連打、ちょっと早いお帰り。

「はいはい」

 聞こえるはずのない返事をくり返し、ピーが裸足でとびだすと、

そこには見知らぬ男が立っていた。

「やられた!」

 トビーだと思ってドアを開けたことを悔やんだ。

 でも、人の家をおとずれるのにピンポンの連打なんてやる?

 そいつの服をみると「あの会社の人だ!」ってすぐわかった。

 だって、CMガンガン流してる害虫駆除会社の茶色のつなぎを着ているもの。

 この時、ピーの動揺はおおきく、まさに顔から火が出る勢いだった。

 まさかまさか、トビー以外でピンポンの連打を繰り出してくる人間がいようなんてどうして想像できよう。借金の取り立て屋ならやりそうだけど、セールスマンがそんなことするなんて考えられない。

 いままでのピーは訪問販売とのやりとりは大概インターホンで済ましてきた。そのほうが、面と向かって断るよりも楽だから。

 目の前の業者は高校生といってもおかしくないほど若い、まるでサッカー少年のような色黒でほっそりしている。それはいいんだけど、ずっとニタニタ笑っている。ピンポン連打に裸足でとびだしてきた女がいたらそりゃ笑うだろう。ピーは自分のことを見下されているようでむかむかした。

 セールスマンの間で、ドアをあけさせることがいかに重要視されているか。やり手のセールスマンにいわせるとドアさえ開けさせれば勝ったも同然だとか。

 だから、出会わないようにしてきたのに腹立たしい。

「こんにちは、〇▽◇の者です。ただいま無料でおうちの害虫診断をさせていただいております」

 すぐにセールストークをはじめる、きっとマニュアル通りにしゃべってるんだろうな。

 この戦いはピーに不利であった。まず、ドアを開けてしまったことが痛い。だからといって負けるわけにはいかない。

「なに、相手は学校出たばかりの青二才じゃないか」って、

「こっちは結婚して家も建ててりっぱにやってるんだぞ!」

と、自分にはっぱをかける。

 こっちの答えは最初からNOに決まっていた。「タダほど高いものはない」って昔の人もいってるように無料で終わるわけがない。害虫がいればもちろんだけど、いなくてもあれやこれや有料のサービスをすすめてくるに決まってる。ここは防御して乗り切ろう。説明中も断ることしか考えてなかったので真剣に聞いていない。

 もしも、まじめに聞いて相手のペースに持ち込まれでもしたら大変なので心は閉ざしたまま、こうしておけばコロっと騙されるはずがない。

 ところが、それぐらいではダメだった、耳栓をして音を遮断しておくべきだった。

 少年のようなセールスマンは長くてつやのある黒髪で、外回りで日焼けした肌は油紙のように水をはじき返しそうだ。まだ体に余分な脂肪がついてないので会社から支給された作業着にはかなり余裕があった。見た目は弱そうだが、それも計算のうちだったのか。後にこの男のことを「悪魔のセールスマン」と呼ぶことのなるなんて夢にもおもってない。

 これまでにも多くのセールスマンが我が家を突撃訪問した。当時、多かったのが瓦の葺き替えと塗装、それから新聞の勧誘もおおかった。大概はインターホン越しに断るのだが運悪く家に帰ってきた時に玄関先でつかまってセールストークを一通り聞かされることもあった。

 でも、いままでは心を閉ざす作戦で負け知らずだった。

 いまはどうかしらんけど新聞の勧誘を暴力団の組員がやってるって噂があった。うちの家にもやばいおっさんが来たことがある。青に紫の縞のスーツを着たパンチパーマのいかついおっさんを見たとき、すぐヤクザだと思った。だって、紫のメガネに舶来の金時計をはめ、太い指に幅広の金の指輪をいくつもつけた人に大手新聞をすすめられてごらん。もはや暴力だよ。

「わたしが生きている限りこの新聞をとる!」っていっちゃった。断るときは刺されるかもしれないとおもった。死ぬほどのおもいをしていまの新聞にこだわる必要なんてないのに。

 あぶないとみたら新聞を変えればよかったのに、つい意地を張っちゃった。

 命がけで守った愛読の新聞屋さんにおっそろしい勧誘員がきたというと、

「流しの勧誘員がいるんです」とのこと。契約した数に応じて手当が支払われるからけっこういい商売なのだとか。こんなにも人生経験を積んだわたしだから目の前の若造に負けるはずない。

 ところが、この若者はいままで見たこともない新手だった。

 彼は、馬鹿みたいに裸足で飛び出してきた女をみて「クッ、クッ、クッ、ククク」と込み上げてくる笑いを必死にかみ殺している。

 ピーはイライラしていた。恥ずかしさと石の床においた足の裏が冷たいのが原因で、いまさら靴を履きに戻るわけにもいかず、はやくセールスマンを帰らせ家の中に入りたかった。石の床からじわじわ冷えがあがってくるのに耐えきれず片足をあげてもじもじやってる。「早く帰れ!」と心の中で罵倒した。

 自分自身が、いつの間にやらチャイムの連打を聞くと飛び出す<パブロフの犬>になっていたことにひどく腹を立てていた。トビーのせいだ、トビーの馬鹿馬鹿馬鹿、彼が腹ペコで帰ってくるからかわいそうだから「どちらさまですか?」なんていったら「ぼくや!」って、「冗談言うてる場合じゃない!」っていらつくから、近頃じゃインターホンでたしかめもしなくなった。

 たしかに、良識ある人間が連打なんてしない。なので、連打=トビーの図式が出来上がった。こんなことをしていたトビーも悪いけど、人の家を訪問するのにピンポン連打って信じられへん。なぜ、わたしが辱めを受けなくてはならない。 怒りで爆発しそうだ!

 奴はしつこく害虫診断をすすめてくる。

 耳も目のように蓋があればいいのに、開いたり閉じたりできれば必要ない会話をシャットアウトして世の中の犯罪被害者も減るだろう。

「いりません!」

 ピーの意志はかたかった。最終的にはこっちが決定権を持っているのだから「うん」といわなければいいわけで、食い下がる奴と押し問答である。

 早く家の中に入りたい、いいかげんにしてほしい。石の上がこんなに冷えるなんていままで気づかなかった。いつもなら短時間で家の中に戻れるのに、こんなん拷問やん。

 こっちは勝負に勝ったつもりではやく帰らせようとしていた。

 ところが、ある会話の後、気が付けば「ゴンゴンゴンゴン」ゴングが打ち鳴らされ、ピーはリングにあおむけに倒れていた。

「あれ?」

 こういうのってボクシングとかレスリングとか格闘技ではあるよね。優勢だったはずが逆転負けするのって、スポーツ以外でもおこるんだ。

 後で、相手がなんといってその言葉をひきだしたか思い出してみると一瞬のスキをつかれたというか、気が付いた時にはやられていた。

 すぐに猛反省した。OKだけは絶対に口が裂けてもいうものかって警戒していたのに、なぜ、あっさり了承してしまったのだろう。

 あの時の状況を思い出そうとした。なにが起こったのか知る必要があった。

 奴は終始、気味の悪い、飴のようにねちゃついたニタニタをやめなかった。ピーは恥ずかしさと悔しさではらわたが煮えくりかえっていた。

「奥さん、無料診断受けたっていいじゃありませんか?」

 やさしい口調なんだけど毒があるというか、ピーの感情を逆なでするような憎らしい言い方。

「こんなことをためらっているなんて信じられない」

 そういう意味合いの言葉だった。それが、ピーの閉ざされた扉をこじ開ける。

 あれが鍵だったの? あんなの、ピッキングだよ。人を馬鹿にしてる。

「こんなことぐらいやらないなんてあんたはおかしい」といってるように聞こえた。

「だったら、みてもらう」と興奮していってしまった。

 いってしまって、やっちゃったと気づく、いまさら引き返すことはできない。

 まんまと相手の術中にはまったのである。

 セールスマンが帰って、とんでもないことしてしまったとオロオロして大変だった。ピーは、すぐに実家のお母さんに電話した。

「はい、枇杷びわです」

「お母さん、ウチ。さっきな。害虫駆除業者がやってきて『無料診断をやらせてほしい』って、もちろん断るつもりやったのに、なんでか知らんけどうまいようにやられてしもて、明日無料診断にやってくることになって。それで、午後二時に業者がくるんやけど一緒にいてもらえへん」

 状況説明うまいこといえたかわからない。感情が高ぶって声が裏返って、もう、泣きだしそうだった。

「ピロコさん詳しく説明してくれる」って、いつものことながら冷静である。もういちど同じことを丁寧に説明した。

「はい、わかりました。明日の二時ね」

 なんて、やさしいんだろう。わたしみたいなダメな娘がこんなすてきな母を持っていいのか、世の中はなんて不条理なんだろう。もっと出来のいい娘の母であってもおかしくないのに。

 お母さんに悩みを打ち明けたらほっとした。母さえ来てくれればあんな奴にやられることはない。

「ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン」

 本日二度目のチャイムの連打。ピーはゆっくり歩いて行って玄関のドアののぞき穴からトビーを確かめて鍵をあけた。

「おそい!」

 やっぱり、怒った。

「だって、トビーがピンポン連打するやろ。それと同じことするセールスマンがやってきたんや、だから知らんと鍵あけてしもたから、気を付けることにしたの!」

「ふ~ん、でも、こっちから見てたらピーがのぞき穴から見てるのまるわかりやぞ!」

「えっ!」

 実は、玄関ドアの横に曇りガラスがある。そこから、外にいる人の姿が見える。顔まではわからないけれどシルエットならなんとなく。逆をいうと、表にいる人が家の中の様子をのぞくことも可能なのだ。これには気づかなかった。

「今度から、曇りガラスから見えない位置に立つことにするわ」

 それだけいうと、食事の用意をする。

 いつものことながらCM中に待ちに待った報告をする。

「さっきの続きなんやけど、害虫駆除の人が来てな、明日無料の害虫診断をすることになってしもた。怖いからお母さんに来てもらうことにした」

「ふ~ん」

 たぶん、彼も、お母さんがついてるなら悪いのにひっかからへんやろうと思っている。

  

 次の日の午後二時、例のセールスマンが予定通りやってきた。

 なぜか「ピンポン」は一回鳴らしただけ、

「おじゃまします」って、良識人みたいな顔しやがって。

 昨日とおなじつなぎを着ている。そして、昨日は持ってなかった大きな黒革のボストンバッグをさげてる。中身がパンパンでとても重そう。

「診断で使う道具でも入ってるのかなあ?」って気になる。

 やっぱり、今日もニタニタと粘りつくような笑いを浮かべてる。気色悪い奴や!

 こっちはお母さんが三十分も前から待機していたので昨日とはちがって心に余裕があった。これで、鬼に金棒や、うちの母親はいままでいろいろな修羅場をくぐっており負ける気がしなかった。

 ところが、相手も負けてなかった。

 家に入ってくるなり「おトイレをお借りしてもよろしいですか?」だって。腹に手を当てていままさに、うんこをもよおしてきたようなことをいう。

 これにはカチンときた。普通さあ、人の家を訪問するのであればトイレは済ましておくのがマナーだし、仕事にきた家で開口一番「トイレを借してほしい」なんて。こんな図々し奴は初めてだ。本当は「いや!」といいたかったが出物腫物ところ嫌わずというし、断るのも大人げないので我慢した。

 奴はトイレに入った。なかなか出てこない。心配になってくる。何してるんや!

想像がふくらんでくる。ほんとうはうんこなんて嘘っぱちでトイレで情報収集してるのとちがうのか? ウチらの動向を探ってたりして。

「盗聴器や盗撮機械をセットしているのではないか?」

「トイレタンクや天井裏を調べてるのとちがうか?」

 悪い想像しかしない。

 しばらくして出てくると「すっきりしました」といわなくてもいいことをいう。

「やめてくれよ!」

 見ず知らずの人が自分家でどんなうんこしたか想像してまう。

 腹が痛いといってたからビチ糞かもしらん。ピチピチのうんこは飛び散る。便器が汚れたかもしれん。考えたらきりがない。「しかたがない」と自分をなだめるも、心はかき乱されっぱなし。

 やっと害虫診断が始まった。

「床下に入る場所はありませんか?」

「さあ?」

「床下収納はありますか? そこから入ることができます」

「はあ」

 一瞬パニックになった「エッ、まずいぞ!」って、まさか床下収納から入るなんて知らなかったもんだから、部屋は片付いているけどそこにはいらんものを詰め込んだままである。前もっていってくれればいいものを、どうしょう? 

 でも、入るところがそこしかないのなら仕方がない。

 床下収納って、新しい家には大抵ついている。実家にはなかったので、なんて便利なんだろうって、使わない鍋や食器、保存食なんかを入れておくのにもってこい。一階の床下全部を収納庫にしてほしいぐらい。

 我が家の収納庫はキッチンの中央の床板に五十センチ四方の金枠がはまっていて周りと同化している。

 こうなったら仕方ない、やるしかない。金属の一部を押すと取っ手が飛び出すようになっていて、恥ずかしいと思いつつ蓋を持ち上げる。おもったとおり中はぐちゃぐちゃ、そりゃそうだろう、私以外だれが片付けるというのだ。不用品を放り込んだままになってる。いただきものの土鍋、空のペットボトル、夏物のスリッパ、広告やレジ袋がぐちゃぐちゃ「ああ!」目を覆いたくなる。これって生活指導の先生にやばいもん見つかった生徒の気分、赤面ものである。

 奴は冷静沈着で顔色一つ変えなかった「取り外させてもらいます」といって深さ五十センチはあろう収納庫を持ち上げる。こんなことができるなんて知らなかった。

 入れ物を外されたそこには四角い闇がぽっかりと口をあけていた。そこから冷たい風がスースーと上がってくる。奴は慣れたもんで狭くて暗い空間にイタチのようにもぐっていく、床下をずっとほふく前進で進むつもりのようだ。 

 細い体がこういう時に役に立つのだな、太っちょにはムリな仕事だ。

 出てくるまでの間、お母さんとリビングでTVを見ながら待っている。

「どんな結果がでるのだろう? きっと難癖つけてくるだろうな」と思いつつ、ふたりとも無言でTVの音しかしない。

 だって、奴がふたりの会話を盗み聞きしてるかもしれないのにないしょ話もできない。

 奴が床下をゴソゴソと移動する音がする。たしかに板の下から「キャーキャー」とお化け屋敷で聞こえてくるような悲鳴をあげながら進んでいく。なんてうるさい奴なんだろうとあきれる。あまりにもひどいので、わざとやっているのではないかと疑った。

 十五分後ぐらい、ミーアキャットのように穴から顔を出すと、暗黒世界で見てきたことを報告した。

「床下にカマドウマがいっぱいいました」

 悲鳴の原因はこの蟲だったのか。

「シロアリはいませんでした」

 よかった。

「これをみてください。家を建てるときに出た木の切れっ端が放置されたままになってます」

 とんでもない病巣を発見したようなことをいう。

 そういうと、机のうえに地下世界から持ち帰った木片を転がした。

 それは二センチほどのいびつな四角形で土がついていて湿気っており、絶体さわりたくない代物だった。

「このままにしておきますと害虫の格好の餌になります」

 とっても心配してるという顔でいう。

 ピーはこれと同じものが床下にいっぱい落ちてる風景を想像して、置き去りにした大工に腹を立てた。シロアリの餌になったらどうしょう? 

 この男もどうせなら木片をもっと持ち帰ってくれればいいものを。ムカムカしてきた。

「今回の診断ではシロアリはみつかりませんでしたが、害虫がいなかったからといって手放しに喜ぶことはできないのです。なぜなら、今回は偶然いなかっただけなのですから。明日になれば害虫があらわれるかもしれません。このおうちにいつまでも住み続けていただくためには害虫が発生しない環境を作らなくてはなりません。当社では害虫駆除だけではなく害虫から家を守る仕事もさせていただいております。

このおうちのように木片が落ちていますと害虫の餌になります。しかし、奥さんが床下に入って掃除をするのは大変なことです。当社では専門のスタッフが床下を掃除する床下クリーンプランをご紹介させていただいています」

「きたきた」

 やっぱり、思った通り有料の話がはじまった。ボストンバッグからパンフレットを取り出した。

「また、木の家は湿気に弱く、害虫は湿気った木が好物ですので床下に湿気がこもらないように当社が開発した床下換気扇をつけることをおすすめさせていただいております。木材が乾燥しているとおうちの寿命が延びます」

 商品を熱心にすすめてきた。無料診断の真の目的はこれだったんだ。シロアリがいなかったからといってあっさり帰るはずがなかったんだ。

 ピーはお母さんがいるから、この男を恐れることなく「いりません!」といい、奴もあきらめたかのように見えた。

 ところが、話にはまだまだ続きがあった。

「わたくし、これから用事があって出かけなくてはいけないのですが、バイクですのでこのカバンを持っていけません。一時間ほどで戻ってきますので、ここであずかっていただけないでしょうか?」

 わけのわからないことをいいだす。

「もしも、ここに置かせてもらえないととても困るのです」と情に訴えてくる。

「車でくればよかったのですが、バイクなので持っていくことができないのです」

 なんてこというのだろう? 見ず知らずの人の家に大切な商売道具の入ったカバンを置かせてほしいなんて、普通なら絶対いわない。怖いこという奴や!

「このお願いを断る人なんていませんよ」といってるようにみえる。ピーにも選ぶ権利があるはずなのに、有無をいわせない。これこそ奴が悪魔のセールスマンの所以である。

 これも「マニュアル」の力なのか? 

 またしても口車にのせられて謎のカバンを預かることになった。

「催眠術でも使ってるんじゃないだろうな?」

 自分が術でコントロールされてるんじゃないかって心配になってくる。

 お母さんはそばにいてくれるけど、よほどのことがない限り手出しをするつもりはない。

 まあこれぐらいならだいじょうぶか。奴が早く用事とやらを片付けてカバンを持ち帰ってくれればいいだけだ。

 奴はほんとうにカバンを置いてどこかに出かけてしまった。このカバンの意味について考えれば考えるほどわからなくなる。実はこの家にカバンを置くことが目的でわざとバイクに乗ってきたのかも。用事だって真っ赤な嘘かもしれない。だとすると、このカバンの中身が気になってくる。なにが入っているのか覗いてみたくなる。 

 でも、ちょっとまてよ。それが相手の思うつぼだったりして、見たことが分かる仕組みになっていて、後でそれを追求されるかもしれないぞ。お金を請求されたり高いプランに加入をせまられたりするかもしれない。

 ピーはお母さんにいっぱい話したいことがあった。どうすればいいのかってこと、でも、このカバンのせいで自由な会話ができない。もしも、盗聴器が仕組まれていたならこちらの考えは筒抜けだし、その可能性はありうる。たぶん、親子で話し合うだろうから盗聴器で反応を見るつもりなのかもしれない。もしも、いい反応をしていたら猛プッシュして契約をとりつけるつもりか。なにが入っているのか調べてみたかった。でも、調べたことが相手にばれないとも限らない。とんでもないものが入ってる可能性もあった。まるで、なにが飛び出すかわからないビックリ箱か、玉手箱なのだ。

 ビビって手を触れることさえおそろしくなり、奴が置いた位置から一ミリも動かしてない。

 お母さんとふたりで当たり障りのない会話をして、奴の帰りを待つ。

 しばらくして、奴が帰ってくるとなぜかうれしくなった。これで奴と盗聴器入りのカバンとおさらばできると思ったら自然と笑顔になった。

 ところが、奴が黒いカバンを持ち帰っても心安らかにはなれず。疑心暗鬼に陥る。

 だって、怪しいところばかりだったから。

 まず怪しんだのはトイレに細工されたのではないか? ってこと。奴の後、だれもトイレを使ってなかった。気になるので調べにいく。だって、うんこした人の後に行くって臭いとか気になるから行かなかったんだけど、さすがにもう臭わない。いや、元々うんこなどしていなかったのかも。もっとも心配だった盗聴器もしくは盗撮用カメラを捜す。貯水タンクの蓋をずらして中をのぞいてみたり、ウォッシュレット用の電源に盗聴器がついてないか調べたけれど見当たらない。シンプルなトイレなので小細工はできそうにない。でも、高性能な機械を仕込まれていたなら発見できないかもしれない。

 もしも、ピーがトイレでうんこしてる姿を覗き見られたら恥ずかしすぎる。その映像をネタに金を要求してくるかもしれない。


 トビーがいつもの時間に帰ってきた。

 もう、連打はしなかった。「ピンポン」とだけ鳴らす。それだと、ほかの人と区別がつかないので「不便だな」って気づく。なんか、いい見分け方ないかな。

 さっそくトビーに報告。

「今日業者がきた。シロアリはいなかった。でも、木の切れっ端がいっぱい落ちてるんだって、それからカマドウマがいっぱいいるんだって」

「ふ~ん」って話にのってこない。だから、話は終わっちゃった。

 でも、いつものようにTVを見ながらごはんを食べていると「ゴホン、ゴホン」ってせき込みだし「なんか薬のような臭いがする」っていいだした。

「薬を撒いたんとちがうか?」

「薬は撒いてないけど」

 もしかすると、奴が床下を這いずり回ったせいで、ほこりやカビが舞い上がってるのかもしれない。トビーって鼻が敏感で、風呂のカビ取り剤を使った日は臭いから風呂に入らない。

 契約を結ばなかったことは成功だった。そもそも奴を家に入れたことが間違いだったのだが、これはトビーのピンポンの連打が悪い。

 もしも、奴が悪徳セールスマンならポケットにシロアリをしのばせて床下におり時限爆弾をセットしてくることもできたはず。

「うちの床下に時限爆弾しかけられてるのとちがうかな?」って考えると怖くなった。床下ってすぐ足の下なのに簡単にいくことができない。どうなってるのかわからないからくよくよ考えて精神衛生上よくない。

 もう、なるようにしかならないと開き直るしかない。

 その日から数日後、おもわぬ出来事がおこる。

 ピーが実家に行くとお母さんが「TVのニュース見た?」っていうわけ。

「なんの?」っていうと

「この前の害虫駆除業者が○○町で違法な販売をして警察に捕まったらしいよ」っていう。

「えっ?」」

 そんなニュース見てなかった。ぜひとも見てみたかったので実家のTVをつけてチャンネルを回したがニュースをやっていなかった。

 お母さんによると害虫駆除業者は訪問販売でやってきて、無料の害虫診断をするといって高齢女性宅にあがりこみに不安をあおって高額なプランに加入させていたという。しかも、おなかが痛いといってお便所を借りるのだとか。やりくちがうちと一緒だった。

「ええー」ってびっくりした。

 やり方がみんなおなじなのかもしれない。ピーの家にやってきた男と捕まった男が同一人物かどうかはわからない。ただ、おなじ手法を使っていたにちがいない。マニュアル通りにやってたのだ。

 ピンポン連打からカバンを置くところまですべてマニュアルだった。

 人の心理をうまくついたものだ。ピーはこれからの悪党は心理学を勉強しているから、それに対抗するためにはこちらも心理学を学ばなければと悟った。

 さっそく、心理学の本を買いに書店に行ったのだが、まだ読んでなかった。ピーの悪いところがでた、のど元過ぎれば熱さ忘れるというやつだ。早くしないと、また次の悪党が現れるというのに。

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蟲の門 A・スワン・ケイトウ @08038661259

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