2100年の初体験

雨 杜和(あめ とわ)

AIロボットⅢ型α




「AIロボットⅢ型αは、すごいわよ。はじめては彼がお勧め」

「ロボットに彼と言うの? ヴィア」


 親友であるヴィアが、彼女の空中マンションにロボットを手配してくれ、そして、私は泣いていた。


「なぜ、泣くの」

「ヴィア、わからないの」

「さあ、薬茶を飲んで落ちつくのよ。彼に任せれば、全ては何てことなくなるから」

「でも、結婚式は二日後よ」

「だからよ、一夜くらい先に経験すべきじゃない」

「でも、怖いの」


 その時、ドアがノックされた。

 例のが来たのだ。正式名称はAIロボットⅢ型α。


「どうぞ、入って」とヴィアが言った。


 シューっと機械的な音を立ててドアが開く。


 私はドアの向こう側に立つの姿を見て、ただ唖然とした。人間とかわらない。いえ、人間以上。

 白いシャツを襟元で開き鎖骨を見せた完璧な色っぽさ、完璧な容姿を備えたが気怠げに立っていた。


「じゃ、私は出て行くわ」

「ヴィア」


 あわてた私は、その拍子に薬茶の入ったカップを床に落としてしまった。


 ガランという音が無粋に響く。


 ヴィアは構わず外へ出て行く。

 入れ替わりに彼は中へ歩いてくると、カップを拾い、近くのテーブルに置いて、「シーツが汚れましたね」と言った。


 今、この時、私たちの一番の問題はシーツが汚れたことであって、……彼がここにいることなど、些細ささいなことでもあるように。


「あの……、私が、どう見えるの?」

「難しいご質問です。あなたは僕の権利を買い取られた。ご主人である方を評価できる立場ではありません」

「私は、あの、買ったつもりはないの」

「あなたのされた行動を他のどんな言葉で伝えればよろしいでしょうか」

「それは」


 彼は困ったように鼻と上唇の間を人差し指で触れる。どこか迷っているように見えた。なんて人間的な動作で、その上、完璧に美しいのだろう。


「僕が怖くて、泣いてらしたのですか」

「ええ、そう。たぶん、怖い」


 ふいに彼が吹き出した。

 ずっと我慢していたけど、もう限界だというように。その声はおおらかで、こちらまで笑いが伝染してくる。まるで人間のようだ。


「あなたは何か勘違いなさっているようです」

「笑わないでください」

「申し訳ない。ただ、矛盾しているからです」

「私が?」

「第一に、あなたは僕を買った。第二にあなたは混乱されて自分のしたことの理由を、こともあろうに僕に聞いている。実際、おびえるべきは僕だと言うのに」

「あなたが怯える必要があるの?」

「そうです。例えば、この空中都市からダイブして落ちなさいと言われても、拒否できる立場ではありません」


 私は彼がからかっているのだと気がついた。

 いや、この場をなごませようと冗談を言っている。十秒ほどあとで気づいたけど。その十秒は遅すぎて致命的だと思った瞬間、自分が言うべきことに思い至った。なぜ、もっと早く気づかなかったのだろう。


「私は結婚が怖くて、その、夜のことだけど。はじめてで、だから……」


 彼は私を見ていた。

 その目は優しく、ただ、私を見つめていた。


 彼が、そっと私の右手を取った。その時、私の手は私のものではなくなった。

 彼の完璧な手は適温に温かく、ほどよく柔らく、ほどよく硬かった。そのなかに収まる私の手。


「もう、何も言わなくてもいいのです」と、彼は言った。


 私の人差し指を持ち、やさしく自身の唇で触れ、右手を背中へ添わせた。


「わたし、わたし、はじめてで」

「わかっています」

「目を閉じて」と、彼がささやいた。

「……は、はい」


 それから、言葉はいらなかった。

 彼が指を鳴らすと、自動的に部屋の照明が落ちる。

 それは夢のようで、人生においてすべてが完璧な一夜になった。


 私はすべてを記憶に刻んだ。


 天井まで届く窓とか。

 星明かりが格子窓の間から青白い光とか。

 私たちを暗がりに隠すベッドの端とか。

 そう、その、すべてを記憶したいほど、特別な瞬間──。


 とろけるような優しさで、まるで弦楽器を爪弾くように、彼の指が私の肌を伝い、繊細な音楽を私の唇から漏れさせる。

 羽毛が通り抜ける、触れるか触れないかの感覚……。

 焦らされる快感に耐えられなくなり身体が熱く火照ほてる。私は彼が鳴らす高性能の楽器になっていく。


 唇から、思わず吐息がもれた。


「あなたは美しい」


 彼のつぶやきが耳もとをかすめる。恥ずかしくて、身もだえしそうで、私の手が思わず彼の手を抑えた。

 それにも彼は逆らわない。

 優しく、優しすぎるくらいに、焦らされて。手のかわりに彼の唇が肌に触れる。


「あ、あ、あ」

「僕にゆだねて……」


 彼の唇が私の名前を形づくり、それは私の知らない別の名前になる……。



 ・・・・・・・・・・・





 翌々日、私は結婚した。

 そして、新婚初夜でベットに入り夫と向かいあっている。

 ……、何も起こらないし、何も起こせない。


 おそらく、彼もロボットと経験したにちがいない。


 私たちは快楽を知ったが、ベッドの上で互いに見つめ合う以外に、その先をどうすれば良いのかわからなかった。


 たぶん、きっと、あの一夜が過ちだったのだろう。

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2100年の初体験 雨 杜和(あめ とわ) @amelish

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