マウス・ホール
竜松昇平
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20XX年、ワールドゲームアワードの授与式が東京で開催されていた。関係者、マスコミ、ゲームファンなど千人ほどの観客で会場は賑わっている。この式の様子は、様々なメディアで世界中にライブ配信されていた。
注目は、なんといってもゲーム界に革命を起こした、否、世界に革命を起こしたといっても過言ではないゲーム機器『マウス・ホール』である。
このゲーム機には、ゲーム会社№18が開発した最新型VR機器が搭載されていた。VRゴーグルからの視覚的刺激だけでなく、ヘッドギアから経頭蓋直流電気刺激法を用い、脳に微弱の電気刺激を与えることで、触覚だけでなく臭覚までも再現でき、限りなく本物に近い臨場感を生み出すことに成功していた。
世界中で大ヒットしたことでゲーム会社№18は、最優秀ゲーム賞ハード部門、ソフト部門の2冠を初めて満票で獲得するという偉業を成し遂げている。
「それでは、この人類史に革命をもたらしたと言っても過言ではない、最新型VR機器『マウス・ホール』の開発者であります、株式会社№18代表、立川克由さんをご紹介しましょう」
立川克由が司会者の紹介を受けると、会場から割れんばかりの拍手が巻き起こった。立川はある場所からリモートでの登場だった。壇上に等身大の立川の姿が、まるでそこにいるかの如く3D映像で浮かび上がる。
「皆様、ありがとうございます。このような素晴らしい賞を頂き、しかも満票での選出、万感胸に迫るとはこのことかと。本当に、本当にありがとうございます」
立川は目に涙を浮かべながら、会場の観客に向け深々と頭を下げた。
このゲームがもたらした革命とは何か。
まず、第一弾ソフトとして様々なスポーツを体験できる「ワールドスポーツパラダイス」が発売された。人気プロスポーツからオリンピック競技、ニッチェなアマチュアスポーツまで、実際にプレーしているかのように遊べるこのソフトは瞬く間に世界中で大ヒットした。
手に伝わる温もりや痛み、鼻を擽り、ときには摘まみたくなるほどの匂いが再現され、様々なスポーツの現場にいなければ感じられないことを体験できた。それだけでも世界は熱狂したが、今となれば、まだ世界はとんでもなく面白いゲームが出たという程度の反応だった、というべきだろう。
すべては発売後に判明した。このソフトには世界の一流プロスポーツ選手のプレーを追体験できる「mimic」という機能が備え付けられているのだが、この機能を使うと脳内にそのプレーをするための新たな神経ネットワークが構築され、後々自身のプレースタイルもそれに酷似していくという作用があることがわかったのだ。特に球技においてその傾向は顕著だった。
勿論、プロ選手と一般人とでは単純な体格差だけでなく、人種間の骨格の違いや、当然の如く男女の性差もあるため、似たようなプレーができてもプロのレベルになるわけではない。
だが、ゲームプレーヤーと身体特徴(特に骨格、次に筋量と心肺機能)の近い選手を「mimic」すると、僅か2週間ほどのトレーニングで驚くほどそっくりなプレーができるようになることがわかったのだ。
このことが判明すると、様々なプロスポーツ、社会人、大学が我先にと「マウス・ホール」をトレーニングに取り入れた。大学や社会人の若手選手の中には、遊びでやっていたゲームを通じて別スポーツの方が適性があると判明すると、思い切って競技転向する者も現れるほどだった。
最近では高校生以下の部活動は勿論、体育の授業にも取り入れるべきという議論まで巻き起こっている。
「マウス・ホール」は人生を変える道具、と言われるようになり、今や才能ある者の身体を鍛えるのではなく、鍛えたうえでどの才能がその身体に相応しいかを見極める時代とまで言われ始めている。
これが何を意味しているのか。
たとえば、優れた選手と同じトレーニングを積めば誰しも同じプレーができるようになるか?
答えは無論、そうとは限らない。
筋肉増強剤を使えば誰しも優れたスポーツ選手になれるかというと、これも違う。
そう、そこには残酷なまでの才能の壁が存在しているからだ。
しかし、このソフトの「mimic」という機能は脳に直接働きかけ、その才能を脳に植え付けてしまう。才能の壁をいとも簡単に取り払ってしまう。
このゲーム機の最大の革命は、脳を作り変えてしまえるということなのだ。
「この賞の喜びを私は、父と母、そして孤児院の北河先生に伝えたいと思います。両親とは小学5年生を最後に会っていません。私はその年に児童福祉施設に預けられました。正確には児童相談所に一時保護され、その後、北河こども園という施設に預けられたのです。両親からは酷い虐待を受けていました。殴る蹴るは当たり前、よっぽど邪魔だったのでしょう、家の近くの踏切で父親に言われたんです。いいか、電車が来たら飛び込めよ、と」
突然の告白に、会場から驚きの声が漏れた。
「勿論、私は怖くて飛び込めませんでした。すると、父親は途端に機嫌が悪くなるんです。なぜ飛び込まなかったかと殴られます。俺が殺したら刑務所に入れられるかもしれねぇだろ! てめぇが勝手に死んでくれれば助かるんだよ! と怒鳴り上げました」
あまりの内容に今度は深い溜息が会場から零れる。
「ただ、その様子を見ていた近所の人の通報で私は保護されます。そして、北河こども園での生活が始まりました。ここが、また……酷かった。園長の北河が、ペドフィリアだったのです」
会場は静まり返った。誰も反応を示せなかったのだ。
「入園後、私は慣れない環境になかなか寝つけない夜が続きました。そしてある晩、北河園長が部屋に来るように言いました。眠れないのなら私のベッドで一緒に寝ようと」
すすり泣くような声が会場のあちらこちらか聞こえ始めた。
「北河先生は手練手管でした。ベッドで私の頭を撫でながら言うのです。克由君、両親の元に帰りたいかい? 嫌だろう? じゃあ、ここで暮らしていくしかないね。大丈夫、殴られたり蹴られたりするようなことはないよ。少しの間、私の言うことを聞くんだ。最初は、ちょっと痛いかもしれない。でも、慣れたら平気だよ。それどころか気持ちよくなるかもしれないから、と」
「ノー!」と女性の大きな声が会場に響いた。
同時通訳機器をつけた海外の招待客もそれぞれの言語で嘆きの声を上げている。
「私は犯されました。犯されている最中、北河先生は私にこう命令するのです。『先生、愛してるよ』と言いなさい、と」
気分が悪くなり、何人かが会場を出ようとした。しかし、会場の扉はどこもカギが掛けられ出られない。
「さて、私は本日とある場所からこの授与式に参加しています。どこかは言えませんが、子供たちがたくさんいるところです。一人、呼びましょう。来てくれるかい」
そう呼びかけ、立川が手招きすると一人の女の子が3D映像になって現れた。女の子はバレエダンサーの格好をしている。そして、ステージの端に向かって手を振りながら「パパ!」と笑顔を見せた。
「サプライ~ズ!」
両手を広げてお道化てみせる立川の前で、女の子も一緒に両手を広げた。
「あっ、えっ、ユキエ?」
司会者の男性が驚き、本当に自分の娘か確かめようと3D映像へ駆け寄る。
「えへへ、驚かそうと思って」
「えっえっ、何どういうこと?」
事態が上手く飲み込めない男性を尻目に、立川は話を続けた。
「本来ならユキエちゃんは家にいるはずだよね」
「うん、バレエのレッスンが終わって家で夕ご飯を食べてるころ」
「そうか、確かユキエちゃんのパパは忙しくってバレエの発表会に来れなかったんだよね?」
「うん、だから今日見せてあげるの」
嬉しそうに話す女の子に、「ユキエ…‥」と司会者の男性はほっとしたように笑った。
「そう、パパにとってはこれが最後のチャンスだしね」
立川はわかりやすい作り笑顔で、キョトンとする女の子の両肩に手を置く。
「さて皆さん、サプライズはこれだけではありません。カメラの角度を変えてみましょう。それ!」
カメラアングルが変わると、ステージ一杯に子供たちが現れた。下は5歳から上は12歳くらいまでだろうか。百人、否、二百人はいる。その子供たちが一斉に「サプライ~ズ!」と声を上げた。女の子がバレエの格好をしていたように、各々バラエティに富んだ格好をしている。
「お子さんをお持ちの皆さん、見覚えのあるお顔じゃないですか? 皆さんを驚かせるために子供たちはここに来てくれましたよ。ご家族、会社、とても協力的でした。まぁ、それはそうでしょうね、今回のワールドゲームアワードの主役と言っていい私が、サプライズを企画していると聞けば、誰だって協力しておいた方がいいと考えますよね」
この辺りから不穏な空気が漂い始めた。ライブ配信の同接数も世界記録を更新している。
「では、ここからが本当のサプライズです。ユキエちゃん、バレエをパパに見せてあげよう。準備はいいかい?」
「うん!」
音楽がかかる、女の子が踊り始める。拙い踊りを観客は固唾を飲んで見守っている。何も起こらないでくれと願いながら。
しかし、女の子を見守る立川の手に長い刃物が見えたとき、そこにいた誰もが、嫌な予感が当たってしまうのだと悟った。
女の子がくるくると回り始める。
次の瞬間、立川はその刃物を素早く横に振った。
シャーっと音を立て女の子の首から血が吹き上がる。回りながら床に倒れ込む女の子。一瞬、時間が止まったようになった会場に観客の絶叫がこだまする。
ゲボッボボと血を吐く女の子に「ああ、苦しいね、すぐ楽にしてあげるからね」と立川は優しく語りかけ、「それ、ぐっちゃぐっちゃ、ぐっちゃぐっちゃ」と笑いながらリズミカルに女の子の腹に何度も刃物を突き刺した。
「や、やめろ~!!」
司会の男が飛び掛かって止めようとするも3D映像だ、すり抜けて止めることはできない。
「なんで⁉ なんで⁉ う、嘘でしょ? 本当じゃないでしょ? 作り物の映像か何かでしょ?」
泣きながら問い質す男に立川は残酷な事実を告げる。
「あぁ~残念ながら、現実です。あなたの娘さんは今、死にました」
そう言って髪の毛を掴み女の子の顔を父親に向けた。
「嘘だと思うんなら確認してごらんよ、ユキエちゃん、家にいないよ」
「嘘だ! 嘘だ! 誰か連絡を、家に連絡を」
会場中が阿鼻叫喚し、子供のいる親は確認を急いでいる。映像の中から子供たちの「パパ、ママ、助けて!」と泣き叫ぶ声も聞こえ始めた。
「次は誰にしようかな~」
立川は笑いながら泣き叫ぶ子供たちの方へ近づいていった。
混乱する会場の中で、冷静に事態を分析する者も何人かいた。
「立川と子供たちのいる場所を特定できないのか?」
「話からすると、北河こども園じゃないのか?」
「どこから中継を繋いでいるんだ? 逆探知は難しいのか? では、映像から特定することは? ある程度の広さ、イベントホールか体育館のような場所、心当たりがある者はいないのか?」
「マウス・ホール、イギリスにそんな地名があったはずだが?」
「家族に連絡を取って、子供たちがどこに連れていかれたか、きっと保護者として誰かがついていっているはずだ」
だが、どれも見当違いで即座に場所を特定することはできなかった。
「それでは、この子にしよう。ジョン君、我らがゲーム会社№18のライバル会社、アメリカのカウボーイ・ゲームスの創設者スミス氏の息子さんだ」
「Stop fooling around!」
〈ふざけるな!〉
3Dの映像を険しい顔で睨みつけていた男が怒鳴り上げた。
〈おい、まだ連絡は取れないのか⁉ 速くしろ!〉
スミス氏の部下と思われる者たちが、あちらこちらに連絡を取っているが一向に息子の居場所は掴めないでいる。
〈息子は、ボーイスカウトのキャンプに行っているはずだ! 確かめろ!〉
〈ボス、残念ながら息子さんはそこにはいません。奥様に連絡を取ったところ、立川の誘いを受け日本に向かったと〉
〈くそ! なんてことだ〉
泣き叫ぶジョンの髪の毛を掴み、無理矢理に引きずりながらカメラの前に連れ出すと、立川はいきなりジョンを抱え、ズボンもパンツも脱がし、おしりを丸出しにした。
「さて、彼には特別に私と同じ目に遭っていただこう」
そう言うと立川は刃物の柄を強引にケツの穴にねじ込み始めた。
〈痛~い!! 父さん、助けて、父さん!!!〉
居ても立っても居られず、スミス氏もわかっていながら3D映像の立川に飛び掛かった。
〈やめろ、バカ野郎!! 俺はアメリカの大統領とも知り合いなんだ。アメリカ軍に頼んでお前の居場所を突き止めてやるからな! 絶対逃がさないぞ!〉
「お~面白いね。君のパパは実に頼りがいがあるよ。ほれ、ぐりぐり、ぐりぐり」
〈ぎゃー! やめて! 死んじゃう、死んじゃう!〉
刃物の柄は瞬く間にジョンの血に染まった。
「はっはっはっはっ。確かにアメリカ軍が動けば私は見つかるだろうね。でも、何時間後だろう?」
スミス氏は形振り構わず、今度は下手に出て息子を救おうとした。
〈ま、待ってくれ。何が望みなんだ? お前の言うことを聞こう。なんでも言う通りにするぞ〉
「私の望みか……。これね、私なりの仕返しなんだ。では、彼らにスポットライトを当てましょう」
そう言うと、会場から出ようと大勢の人が押しかけている出入り口にスポットライトが当てられた。
「会場からは、どうやったって出られないから、もう諦めなよ。お三方」
ライトの中には立川の父、母、そして北河園長がいた。皆、顔面蒼白だった。
「まったく、情けないよね。まんまと誘き出されて」
ジョンを虐める手に力がこもり、悲痛な叫び声が轟く。
「色々あったけど私の生みの親、育ての親には変わりない。また一から関係をやり直したいんだ、とメールを送ったら即返事が来たよ。こんなにバカな連中なんだと思ったね」
どうやら三人が、立川の両親と園長であることが観客にもわかった。
「こいつらか!」
「こいつだ、こいつもだ!」
周囲の観客たちが次々に指を差す。
「私も無闇矢鱈に子供を殺そうとは思いませんよ。こういうのはどうでしょう? そこにいる三人を血祭りにあげてくれたら、その人の子供は助ける。三人の目玉、耳、指、内臓、どこでもいいです。体の一部を切り取ってください。それを持っている人の子供は殺しません。いかがです? 面白いでしょ? ただし、全世界に中継されていますからね。それなりの覚悟がなければいけませんよ。できますか?」
親たちが「どうする? どうする?」と相談を始めた。
「考える時間はないですよ。一分後、一人殺します。決めてくださいよ。そうだ、まずそのワールドゲームアワードのトロフィーを三人のケツ穴にぶっ刺しましょう。それでは始めますよ……はい十秒……二十秒」
そのとき一人の男がステージ上にあるトロフィーを手に取り、三人の元へ走り出した。
スミス氏だった。
自分がやらなければ次に殺されるのは十中八九ジョンだと思ったのだろう。走ってきた勢いそのままに、まず北河園長の頭をトロフィーで殴りつけた。
〈ケツ出せ、糞野郎!〉
「ははっ、いいぞ! ジョン君、やっぱり君のパパは勇敢だ!」
そこからは雪崩を打つように人々が襲いかかった。
親の狂気と三人の断末魔。
「悪く思わないでくれ」
「もとはと言えばお前たちが悪い」
「許して、これするしかないの」
自己正当化する声とともに地獄絵図と言っていい光景が繰り広げられた。
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「ごめんなさい、ごめんなさい! お願い許して!」
叫びながら1人の女性が目を覚ました。
「母さん、やっぱり最初に目覚めたのは母さんだったね」
「……あなたは、克由? ここは、どこ?」
「ここは立川研究所だよ。母さんは私の実験に協力してくれていたんだよ」
「実験? そうだ、そういえば、そんなことを……何年かぶりにあなたから連絡が来て、それで最初は半信半疑だし、何より私たちのことをあなたがよく思っているはずもなく……」
「あの後、父さんの暴力は母さんだけに向けられ、結局離婚。一人貧しく生きていた。それを経済的にも支援するからとここに来てもらったね」
「そうか、そういえば、そんなだった気が……」
「今は記憶が混乱しているね。無理もないよ。ただ母さん、研究のためにもどんな物語だったか忘れぬうちに教えてほしいんだ。この『マウス・ホール』の治療ソフトの中で見た物語はどんなものだったか」
「物語? 今のは、この機会の中で見た偽物の世界?」
「そうだよ、夢みたいなものさ。どう、安心した?」
「夢? そうなの? 本当?」
そう言って立川の母親は泣き始めた。
「そうなるのもわかるよ。脳を作り変えるほどの物語だから。まぁ、母さんは父さんの暴力もあって、追い込まれた状況で僕を虐待してたから、根っからの悪人というわけではなかったからね。治療は一番早く済むだろうなと思ってたんだけど、やっぱり最初に目覚めたね」
そう言われ母が隣を見ると、立川の父と北河園長が『マウス・ホール』の装置をつけベッドに横になっている。
「ごめんなさい、私、本当に酷いことをしたわ……」
「しょうがなかった。今はそう思ってるよ。『マウス・ホール』はトラウマの治療にも役立つみたい。私だって仕返ししてやろうと思ったことはあったけど、それだと父さんや母さん、北河園長と一緒になってしまう。だから、この直接脳に刺激を送る『マウス・ホール』の研究を始めたんだ。ゲームは資金を得るための手段だったんだけど、そのゲーム開発のお陰で一気に研究が進んでね」
「あなたは凄いは、本当に誰に似たんだか」
「それより、どんな物語だったの? ……うん、ほう。ああ、三年前の授賞式が舞台だったんだ。うん、えっ⁉ 嘘でしょ⁉、うん、えっ、あぁ~、そんな……。ちょっ、ちょっと待って。私、そんな酷い奴なの? 内臓まで、そんな人間じゃないよ」
「そうだよね、こんな凄い研究をしてる子が……。ごめんよ、母さん、悪い夢を見てどっと疲れてしまったみたいで」
「うん、無理もないよ。夢は五臓の疲れって言うから」
マウス・ホール 竜松昇平 @huphone
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