【短編】10に足らない少女と、純白の白羽無垢

ほづみエイサク

本編

「えっと、20って、いくつなの?」



 少女が訊ねると、微笑む存在があった。


 人が50人は入れそうな洞窟。

 そこを埋め尽くさんばかりの巨躯。

 その体に見合うほどの羽を持ち、たった1枚の羽根だけでも少女と変わらぬサイズだろう。


 洞窟に開いた穴から入る陽光が、その姿を照らしていく。

 

 真っ白な羽に、丸々としたシルエット。多くの人間は初見で、ぬいぐるみと見まがうだろう。


 シマエナガ。


 そう。超巨大なシマエナガである。

 彼は『羽神様』と付近の村であがめられている神格である。



「20は〝10〟の2倍だ」



 シマエナガの小さなくちばしから、ナイスミドルなバリトンボイスが発せられた。

 ギャップが凄いのだけど、少女の頭の中は『20』でいっぱいだ。



「〝10〟の……2倍……?」



 少女は自分の指を曲げて必死に考えているけど、全く理解できていないようだ。



「ふむ。幼子にどう説明したものか」



 数を教えるのは意外と難しい。

 1から順序良く教えていけばいつかは覚えられるだろうけど、羽神様は人間に何かを教えた経験がない。

 自分自身には手指もないからかなり頭を捻っているのだけど、その動作すら愛らしさに満ちている。



「10はわかるかね?」

「えっと、その――」

「10は両手の指の数ぞ」

「あっ、そっか!」



 電球に灯りが灯ったみたいに、パァッと顔を明るくさせる少女。



「じゃあ、〝20〟は?」

「〝20〟は10の倍ぞ」

「倍……?」



 かわいらしい指で〝20〟を数えようとしているけど、どう数えていいかわからずにジッと自らの指を見つめている様子だ。

 その姿が微笑ましかったのか、羽神様の頬がフルフルと揺れた。



「折った指を、もう一度開く。そうすると〝20〟になる」

「あっ。なるほどー。さすが羽神様っ!」



 少女は理解できたのが余程嬉しかったのか、少女は羽神様のモフモフに抱き着いた。


 この時、羽神様は気付いていない。

 少女の指は、両手合わせても〝8〟本しか存在していない。

 あまりにも体のスケールが違い過ぎて指の本数なんて見えていないし、人間の指が〝10〟本なのが当たり前だという固定観念にとらわれているせいだろう。



「ちゃんと覚えた。『両手の指を全部折った後に、また全部広げた数』。その歳になるまで、絶対に忘れない」

「ああ。ゆめゆめ忘れるな」

「うん、わかった!」



 ニヘラと笑う少女を見て、羽神様は真ん丸の目をわずかに細めた。



――おーい、おーい!

 


 洞窟の外から大勢の足音。少女の名前を呼んでいるようだ。



「あ、迎えが来たみたい」



 すこし名残惜しそうにしている少女に対して、羽神様は優しく背中を押した。

 


「ふむ。では行きなさい」

「あ、言い方きつい」

「これは命令ゆえにな」

「命令って、絶対にうんっていわないといけないやつ?」

「ああ」



 少女は少し考えた後「わかった!」と元気に返事をした。


 

「ありがとう。羽神様」

「もう迷子にはならぬようにな」

「えー。迷子も悪くなかったけどなー」

「なぜだ?」

「羽神様に優しくしてもらえたから」

「……早く行くがよい」

「うん。またねー。約束忘れないでねー」



 少女は姿が見えなくなるまで手を振り続けて、洞窟から出ていった。



 独りのこされた羽神様は、妙に静かに感じる巣穴を眺めながら、少女に触られた箇所は優しく掻いた。


 約束か、と彼は思い出していた。

 なぜ〝20〟の数え方を教えていたのか。

 それは洞窟に迷い込んできた少女の願いからはじめっていた。



――ねえ、羽神様、私、羽神様とずっと一緒にいたい。



 なぜだ?



――だって、羽神様、かわいいから。



 かわいい? 我がか?



――うん。言われたことない?



 我は常に恐れられ、敬られる存在である。



――へー。みんな見る目ないなー。



 お主が変わりものなのだ。



――そんなことより、羽神様と一緒にいるならどうすればいい?



 生贄になるしかなかろう。



――じゃあ、私、生贄になりたい。



 望んでなるものではなかろう。人は人とともに生きるべきだ。



――えー。羽神様と生きたいのに。



 ふむ。そうか……。

 だが、20歳にならねば、生贄として不適当である。



――えっと、20って、いくつなの?



 回想を終えて、羽神様は未来に考えを移す。



 彼女が次来るのはいつだろうか。



 考えた後、彼はすぐに首を横に振った。

 なにせ、少女はかなり幼い。

 まだ8歳だ。



(20歳になるころには、我のことなぞ、とんと忘れているであろう)



 人は人の世界で暮らすべきである。


 彼は羽神様。

 山の自然を守る者にして、山の化身として崇められている神様。


 すでに500年以上は生きているだろうか。

 そんな彼が驚愕するのは、たった8年後の話である。





 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★





 

 羽神様は露骨に困った顔を浮べている。

 8年経っても姿に変化はないが、ただでさえ可愛らしい目付きがさらに柔らかくなっているように見える。



「また来たのか」

「はい。また来ました」



 目の前にいるのは、見目美しい少女――いや、すでに立派な女性と言える美貌をしているだろう。

 巫女服に身を包んだ少女は、悪戯っぽい笑みを浮かべながら羽神様をモフモフしている。



「昨日も来たであろう」

「一昨日も来ましたよ。もっと前も」

「毎日来るやつがおるか。そんな巫女は過去に一度もいなかったぞ」

「一度もいなかったからって、これからもいないなんてことはないですよ?」



 羽神様がため息をつくと、少女の長い黒髪がサラサラと揺れた。



「羽神様。私、毎日通うのは疲れてきました。もちろん、羽神様とは毎日会いたいですよ? ですけど、村からこの洞窟を往復するだけで一日のほとんどを使ってしまいます」

「毎日足を運ばなければよかろう」

「通い妻にはもう飽きました」

「週に1度で十分であろう」

「あ、通い妻を否定しませんでしたね。嬉しいです」

「お主、話を聞く気がまるでないな……?」



 少女は「あー、聞こえない」と言わんばかりに耳を塞ぐジェスチャーをした。



「それに、お主は生贄にはまだ早い」

「私はもう15歳。立派な大人です」

「おぬし、言っていたであろう。『20歳になったらまた来る』と」

「嬉しいです。8年も前のことを覚えていてもらえるなんて」

「我にとっては昨日のようなものだ」

「さすが羽神様です。ですが、少し言い回しを」

「ほう?」



 羽神様の眉間に、わずかにシワが寄った。

 いや、シマエナガの眉間にシワが寄るかはわからないが、少し不快に感じたのは確かだろう。



「『両手の指を全部折った後に、また全部広げた数』の歳になったら、生贄にしてやる。そう言ってましたよね? ほら、私の指はコレ・・ですから」



 少女は自分の指をマジマジと見せつけた。

 両手合わせて〝8〟本しかない。

 生まれつきなのか事故のせいなのか、羽神様は知らないし知る気もない。


 少女は指を1本1本折りはじめた。


 

 1、2、3、4、5、6、7、8……



 細い指は全部折れて、今度は開きはじめる。



 9、10、11、12、13、14、15、16。



 そこで、指は全て開いていた。



「私が数えると、ほら、16です。来年にはもう生贄になれます」

「…………」



 呆れた顔をした羽神様を前に、少女はしたり顔を見せつけている。

 もはや思春期の親子のようである。



「その前に『20歳になったら改めて来い』と言ったはずだがな」

「そうでしたっけ? 小さい頃なので覚えていないかもしれません」

「都合のいい記憶だな」

「この8年間で身に着けた、私の世渡り術です。この8年、巫女になるために苦労したんですよ? 私は元々農家の娘ですから」

「それは苦労したであろうな」

「まあ、元々の巫女候補が生贄になるのを嫌がっていたんですけど」

「正常な反応だ」

「それでも周囲を説得するのには苦労しましたよ。こんな指ですし。8本しかないなんて、タコかって話ですよっ!」



 少女が渾身の自虐ネタを披露すると、羽神様は彼女が吹き飛ぶほどに深いため息をついた。




「お主、言ってて悲しくならぬのか?」

「もちろん悲しいですよ。本当はこんな8本だけしかないなら、手そのものがなければよかったのに、といつも思っています」

「……それは極論ではないか?」

「あーあ。16歳で生贄になることを認めて頂けたら『この指に生まれてよかった』って思えるんですけどねー」



 冗談なのか本気なのか、傍目からみれば区別がつかない少女の顔。

 羽神様はまんまるの瞳でジッと見つめている。



「なあ、お主。嘘をついておらぬか?」

「……なんですか?」

「いや、何かを隠しておるであろう」

「……そんなことないです」

「いや、絶対に隠しておるな。お主がここまで強引になっているのは、異常だ」

「嬉しいです。そんなに私のことを理解してもらえて」

「はぐらかされぬぞ?」

「はぐらかしませんよ。いつか話さないといけないことでしたから」



 少女は意を決したように、羽神様にまっすぐな視線を向けた。

 


「寿命です」

「寿命とな?」



 基本的に死を知らない羽神様は一瞬『寿命』の意味を理解できなかった。



「私、あと3年、よくて4年しか生きられないらしいんです」



 少女の告白を聞いて、羽神様は瞼を閉じた。



「それで、急いでおったのか」

「そうです」

「20歳では間に合わぬと」

「その通りです」

「病か?」

「心の臓が蝕まれているそうです」

「治らぬのか?」

「無理だと言われました。治すにしても、」



 羽神様はしばらく考えた。

 少女を助ける方法を。

 しかし、いくら神様と言ってもお金なんてものは持ち合わせていないし、彼は山を守ることしかできない。




「それでは、これをもってゆけ」



 少女の目の前に落ちたのは、純白だった。

 羽根が10個。

 1つでも少女が抱えて運ぶには難しいサイズだろう。



「命令しよう。1年後まで、この羽根をふんだんにあしらった白無垢をこしらえ、袖を通すがよい」

「それって……」

「命令だ。不服か?」

「……ありがとうございます。これ以上ない至福です」



 羽神様は、少女の顔を見ないようにしていた。

 見てしまったら、自分が神でなくなる気がしたのだろう。



 それから1年後。



 村から洞窟へと、行列が伸びていた。

 その先頭にいるのは、見るものすべてを虜にするような艶やかな新婦だった。


 まるで嫁入りするシマエナガのような、純白の白無垢。


 洞窟の中に入っても、羽神様は何も言わない。

 まるで豆鉄砲を食らったように、目を瞬きさせるばかりだ。


 少女は命令を待っている。

 ずっと待ち望んだ、羽毛のように暖かい命令を。


 羽神様は自分の胸中に湧き出る未知の感覚に戸惑いながらも、口ばしを開く。



「そなたの一生を――そのすべてを、我に捧げよ」

「はい。私のこの儚い人生の全てを御身に捧げます」



 周囲には、少女の雄姿を見届けるため村中の人々が集まっている。

 村人たちから見れば、彼女のことは『自ら犠牲になった巫女』と見えるだろう。

 だれが想像しようか。

 500年を生きる羽神様と、余命いくばくもない少女の胸中を。


 少女が羽神様に口づけをすると、どこまでも純白の羽にべにが沁み込んでいく。


 巨大な体と比較すると、シミにすらなっていないだろう。

 だが、その巨躯はブルブルと震え、山中の小鳥が一斉に飛び去っていく。




 その時の羽神様の顔なんて、字におこすまでもない。










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