アヤ・シーナ事務所のアルバイト
雲条翔
お題を全部ぶち込んで
「まさか闇バイトじゃないだろうな……住所、ここであってるよな」
ある雑居ビルの入り口の前で、スマホの画面を確認しながら、躊躇しているフリーターの俺。
割のいいバイトをネットで探しているうちに、「このバイト」に辿り着いたが「日給1万円」「なんでも命令に従うこと」と胡散臭い言葉が並ぶ。
詳細は「業務上、極秘の情報も含むため、当日、会場でお伝えします。健康な男女であれば問題ありません」となっているので、何をやらされるのか分からないまま、不安や恐怖を抱えて、スマホの地図機能に導かれるまま、来てしまったのだけれど。
とにかく、日給1万円! 今日さえ、我慢すればいいのだ!
飛び込んでみるしかない!
このビルの三階のテナント、「アヤ・シーナ事務所」だな。
名前からして怪しいな。まあいい。
俺はドアをノックすると、「すみません、バイトの申し込みをした
中には、事務机が5つほど並んでいた。
ファイルの詰まったキャビネットに囲まれ、傍らには簡易な応接セット。
本当に、単なる事務所、という印象だ。
その事務机のひとつには、リクルートスーツのメガネの女性が座っていた。
愛想は無く、一切の笑顔は見せないけれど、凜とした雰囲気で、仕事ができそうな人だ。
すっと立ち上がり、女性は「この事務所の所長、亜屋といいます」と自己紹介し、名刺を渡してきた。
「アヤ・シーナ事務所 所長 亜屋 椎菜」と書かれている。
まさか、「アヤ・シーナ」がフルネームだと思わなかった。
「今日やってもらう仕事は、これです」
亜屋さんは机の引き出しから一冊のファイルを取り出し、俺に見せた。
「内容は簡単です。このマニュアルを見ながら、手順通りにすればできます。スマホの専用サイトにアクセスしてもらい、以下の文章を打ち込むだけでいいのです。マニュアルで数ページに渡って書いてありますので、一字一句、間違いの無いように」
ぱらぱらとページをめくると、よく意味のわからない文章の羅列があった。
分かるのは、これが日本語だということくらいだ。
「それだけで、ホントに日給1万、ですか?」
「日給1万? ああ、それは誤記ですね。日給10万の間違いです」
「え、今なんて? 10万? 日給が?」
「ええ、そうです。1じゃなくて、10、です。成功報酬になりますので、今日中に作業が終われば、です。不満ですか? 骨折り損のくたびれもうけにならない、妥当な金額だとは思いますが」
「いや、その、不満じゃないですけど……」
俺は、嬉しさよりも、不信感が募ってきた。
よく理解できない文章をスマホのサイトに打ち込むだけで、10万だと!?
やっぱり、犯罪の片棒を……。
「あー、用事を思い出しました! すみませんけど、帰らせてもらいます」
怖くなった俺は、つま先から、くるりとUターン。
ドアに向かって、早足で歩き出す。
もう帰る! 帰ってやる!
いくらバイト料が高額でも、警察沙汰はイヤだ!
そう思ったのだが、ドアが開き、入ってきた人物とぶつかりそうになった。
「あの、バイトに申し込んでいた
そこにいたのは、制服姿の可愛らしい女子高生だった。
テレビに出ているアイドルのような、とびきりの美少女。
「こちらに座ってください」
亜屋さんは女子高生を机に座らせ、俺と同じように「このマニュアルを見ながら……」と簡単な説明をした。
こちらを見ると「古月さん。用事があって、帰るとか言ってましたか?」と確認してくる。
「ちょっと私は、用事があって、ここを離れますので。戻るのは一時間ほど後になります。それまで、二人きりで作業してもらうことになりますが……古月さんがキャンセルとなると、えーと、別の人を探すしか」
亜屋さんのセリフに、俺はときめく。
美少女とひとつの部屋でふたりきり!
薔薇色とも言える幸せな時間じゃないか!
さっきまで「闇バイトじゃないか」と暗澹たる気分だった俺の心は、羽が生えたかのように軽くなった。
「あ、用事ってのは勘違いでした。帰るの、やめます」
「そうですか。じゃあ、机に座って、作業を開始してください」
亜屋さんは、いくつかの諸注意を告げたあと、
「制限時間内に、必ず終わらせること。完成させないと、成功報酬は無いですから。それと、あなたの目の前にいる
念押しして、去って行った。
へぇー!
芸能事務所に所属しているアイドルと、俺はふたりきりで、アルバイト!
こんな幸せなことがあろうか!
ドアの閉まる音がしてから、少しの沈黙。
俺は、「さて、はじめるかな」と、机に向かってマニュアルを開き、やる気アピールをしてみせた。
「えーと、古月さん、でしたっけ」
さっそく、衣沙内萌絵ちゃんは、話しかけてきた。
「集中力、ある方ですか?」
「え、集中力? う、うん、ある方だと思うけど?」
なんでそんな質問をするのか。
「ふうん。じゃあ、ちょっと本気出しますね」
萌絵ちゃんは、制服の襟元のリボンを引き抜くと、制服を脱ぎ始めた。
「あーあ、なんかこの部屋、暑いなぁー」
そんな棒読みのセリフを言う萌絵ちゃん。
目に見える肌色の面積がみるみる増えていく!
ブラウスを脱ぎ、スカートも……。
あっという間に、萌絵ちゃんは、下着姿に。
いや、違う。
これ、ビキニの水着だな。
なんともスタイルの良い女の子が、部屋の中で、水着姿。
俺に肉体美を見せつけるように、ポーズをとったり、カラダをくねくねと動かして、目線とスマイルを向けてくる。
これって、ど、どういうこと?
そして、俺の耳元に唇を寄せて、ささやいてきた。
「気づいてます? これ、テレビの撮影なんです。ドッキリ的なやつ。部屋の中に、あちこち隠しカメラがあって、撮られてますよ」
「はぁ!? 隠し撮りってこと!? マジかよ!」
「あ、キョロキョロしないで! 気づいてる、ってバレちゃうでしょ!」
萌絵ちゃんは、俺の首を押さえようとして、俺の首に抱きつくような姿勢になった。
肉体の接触面積が一気に増えて、心臓が跳ね上がる。
俺の耳に、甘い息を吹き込みながら、小悪魔のささやきは続く。
「聞いてください。これ、女の子に免疫なさそうな一般の男の子が、色仕掛けで迫られても、ちゃんと仕事を完遂できるか、っていうパターンの番組です。つまり、入力する業務自体には、意味がなくて、最後までできるかどうかの試験。古月さんは、文章を入力し終えたら成功で10万。私は、古月さんの仕事を阻止できれば、10万」
「俺はバラエティ番組で笑い者になるのかよ……意地でも作業を成功させて、10万円もらってやる」
「言っときますけどね、私、結構ギリギリな、セクシーなグラビアもやってるんで。オトコのヒトの心をかき乱すのは、得意なんですよね……。さっき、集中力ある方だって言ってましたけど? 大丈夫ですか? 心臓バクバクなの、伝わってきてますよ?」
「君は、知ってて、この仕事を受けたの?」
「ええ、事務所に正式にオファーが来たので。私は事情を知っている仕掛人のひとり。撮影されてるって知らないまま、あなたに勘違いされて、押し倒されてもイヤだし。そんなことされたら、VTRがお蔵入りですもん。私、来月にはファースト写真集が出るので、PRのために各方面に顔を売っておきたいんですよね。なので、あえてカメラの存在を教えちゃいました。ここは共同戦線といきましょうよ。ね? あなたは、仕事を続けようとするけれど、私に気を取られて作業が進まず、悶々として下さい」
「出来レースしろってのかよ、俺だってカネは欲しい」
「私も10万ほしい。事務所の取り分を差し引いても、デビューしたばかりのグラビアアイドルには大きな収入です。ねえ、このテの番組は、過剰で笑えるぐらい、エッチで積極的な演出の方がウケがいいから、あなたにとっても、ハッピーな時間になると思うけどなあ……どうですか? 古月さんは、多分、成功報酬ナシで終わるでしょうけど……損はさせませんよ?」
ハッピーな時間……だと。
耳まで真っ赤にしながら、俺は黙って、頷いた。
萌絵ちゃんは、「物分かりいいですね」と笑うと、体を離した。
両腕を組み、腕にのっかった、豊満な胸元が、たゆんと揺れる。
俺の視線は、ついそこに吸い寄せられてしまうが、萌絵ちゃんはそれを分かったうえで、蠱惑的に微笑んだ。
「この部屋、暑くないですかぁー? 汗かいちゃう。ほら見て、ムネの谷間に汗の雫が」
俺は、マニュアルに視線を戻した。
断言する。俺は負ける。
ただ、敗北確定の時間まで、10万円分の元は、とってやろうと思った。
アヤ・シーナ事務所のアルバイト 雲条翔 @Unjosyow
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