第3話 アデュルトとエクレール(その3)

 3日かけて中継都市に到着したのが夕方頃だったもので、ここでひとまず宿をとった。

 なんせアレイフ大草原は本っっ当にデカい。アスガルスは大草原のちょうど真ん中にあって、暗森林まで徒歩だと1週間以上はかかる。

 そのため大草原のあちこちには中継都市やキャンプ場が点在しており、宿をとったのもその一つ。

 その翌日に馬車に乗ってアスガルスに着いたのが真昼頃で、今は麦畑亭で依頼の報告をしている。といってもこういった報告はアデュルトの方が精確だから、俺は一足先に酒を飲んでいる。


 (ここの酒、本当に薄いな…)


 そんな飲めるほうではないが、やっぱ度数の高い酒が一番だ。金があったら飲みてぇ。


 「よっ。戻ったぞ」


 「斥候レンジャーは足音殺すのが癖なのか?」


 気がつけばアデュルトが戻ってきた。


 「これでも同期ん中じゃ鈍臭いんだがな」


 「生存能力以外が劣ってる斥候レンジャーってそういんもんなのか?」


 アデュルトは斥候レンジャーと言ったが、それは斥候レンジャー系列の役職ってだけで本当の斥候レンジャーではない。

 精確には生存者サバイバー、森林での生存能力がずば抜けて高い斥候レンジャーのことだ。隠密能力や攻撃能力、俊敏性が低く、戦闘なんかまず出来ない。その代わり探索能力や道具の作成能力に長けている。


 「まぁな。それより、ここにすげぇ大者が来てるぞ」


 「大者?」

 

 まーたアデュルトが目をかっぴらいてる。

 どんな大者かとギルド受付カウンターに目をやると、一際異彩な男が立っていた。

 フード付きの黒いマントに、分厚い手袋とブーツ、肌が一切出てない。フードは蛇の頭そのままのデザインで、一瞬魔蛇人ナーガかと思った。しかもその蛇の頭は、死んでるはずが異様な威圧感を放っており、人目みるだけで普通の人間とは程遠い。

 

 「なんだあれ?人間か?」


 「聞いて驚け。Aランク中級冒険者『紅鴉くれないがらす』だ」


 思わず酒を吹き出しかけた。

 まじもんの大者じゃねぇか。

 

 「お前もおどろくよな。しかもあの『紅鴉』だぞ!」

 

 「ごほ、。名前は聞いたことないが、どんなやつなんだ…?」


 「あの闇大蛇ダークサーペントを単騎で討伐した凄腕の暗殺者アサシンだ。知らねぇのか?」

 

 「セジリト暗森林の頂点捕食者をか!?」


 アデュルトが年甲斐もなくすげぇニヤニヤしてる。


 「……おれがどうかしたのか?」


 突然声を掛けられ、思わず跳びはねてしまった。声の方を追うと、真横に黒蛇フードの男が立っていた。


 (『紅鴉』…!?真横だってのに全然気づかなった)


 アデュルトも肝を抜かれたかの様に驚いている。感覚器官に優れたアデュルトすらも気付かなかったのか。

 

 「おおっ!ちょうどあんたの話してたんだ。どうだ、奢るから少し話に付き合ってくれねぇか?」


 そう誘われた『紅鴉』は無言で席に座った。


 (普通に座るんかい。にしても顔が全然見えねぇ、フード覆ってるからか?)


 よく見るとマントと鎧は全面漆黒の鱗でできていた。おそらく全部あの闇大蛇ダークサーペントの物だろう。


 「ここはよく古参の冒険者が来るが、まさかあんたとここで会えるなんて、色々と話を聞きたかったんだ」


 アデュルトが親しげに話しかける。よくこんな得体のしれない人間に、物怖じせずに話しかけれるな。


 「さっき受付で見たが、依頼終わりか?」


 「……そんな所だ。皇帝豪熊ロードグリズリーの首を、組合に卸しにな」


 しれっと頂点捕食者の名前を出しやがった。

 

 「最近出没したって噂は本当だったんだな」


 「学園生徒が襲われたって事件のか?」


 俺もその話は聞いた。4人重症で1人が軽傷で済んだのが奇跡って言ってたな。


 「…皇帝豪熊の縄張りが拡大していた。例の学生が迷い込んだ領域は以前、特に魔物は居なかったはず」


 「魔物の動きが活発してる噂は本当だったんだな。で、皇帝豪熊との戦いについて聞かせてくれねぇか?」


 アデュルトの質問に、紅鴉は一呼吸置いて答える。


 「大して強くはなかったな。上位銀熊を連れてなかったし、本体も負傷して満身創痍だった。罠を張ったら簡単に死んだな」


 「あの森の皇帝が部下を連れてないなんて珍しいな」

 

 「既に先客が殲滅したんだろう。…奴が万全だったらそこそこ厄介だったな」


 「近衛熊衆ガードベアーズを殲滅!?まさかそんな強い奴が、一体誰なんだ?」


 またアデュルトが1人でテンション上がってる。こうなるとガキっぽくなって気味悪いんだよな。


 「おいアデュルト、一旦落ち着けって。その紅鴉って人も困って…、居ない?」


 お互いほんの少し目を離した瞬間だったが、席に座ってたはずの紅鴉は既に何処かに消えていた。アデュルトも同じく驚いている。


 (おいおい幾ら無警戒だったとはいえ、斥候レンジャーのアデュルトすら気付かずなんてあるのかよ)


 まるで最初から紅鴉なんて居なかったような。 

 しかし空席に置かれた飲みかけのグラスと酒代の硬貨だけが、さっきまでの会話が幻でないことを物語っていた。


 「不気味な男だ。まるで幽霊か幻とでも話してたみたいだ」


 「闇討ちに長けた暗殺者アサシンってのは聞いたが、Aランクは俺ですら気付けないとは…」


 アデュルトは呆気にとられた様子で、机に置かれた硬貨に触れる。


 「奢ってやるって言ったのに律儀に酒代置いてきてるぞ、律儀だな。硬貨置く音すら聞かせないなんて、流石だよ」


 「そういえばアデュルト、依頼の報酬はどうなったんだ?」


 「おっとそうだったな。それじゃ早速報告だ」


 依頼報告と報酬の受け取りは基本的にアデュルトがやってくれてる。そして報酬の内訳を報告した後に、俺に渡される。この報告の瞬間が何気にワクワクする。ちなみに1つの依頼をパーティーで請けた場合、人数分の報酬が渡される。


 「まず依頼の方だが、残念ながら失敗扱いでこの程度だった」


 そう言ってアデュルトは懐から5枚の硬貨を机に置いた。翼と太陽の紋章が描かれた銅貨が灯を受け鈍く輝いている。


 「500ガルム、たった1泊分か」


 「まぁこれに関しての情報は大して得られなかったからな。そしてこれが狩人鷹ハンティングヴァルチャー2匹分」


 そう言って机に出したのは、銅貨2枚分。


 「酒代にもなんねぇ額か。やっぱモンスター討伐はあまり金にならんな」


 モンスター討伐に関しては倒した頭数分しか報酬が出ないし、その報酬金も大して多くない。


 「そして、これが地竜アースドラゴン単眼巨人サイクロプスの縄張り争いの報告分だ」


 机に出されたのは硬貨がずっしりと入った麻袋だった。音からしてかなり入っている。


 「この分でなんと7万ガルム」


 「そんなに!?」


 「異成種の単眼巨人、成長途中と思われる地竜、その2体の戦いだから。異成種に関する情報と生態調査はかなり高く設定されてるんだ」


 「探究が冒険者の本領、これもギルドの方針か」


 「何はともあれ、これで暫くは生活に困らないな。早速今晩はお祝いだ、高い店に連れてってやる」


 「おお!」


 

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閃光の勇者外伝〜題名無き冒険談〜 バジルソース @bagiru

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