……犯人は、お前だ。

コカ

……犯人は、お前だ








「――犯人はお前だ」


 歩きなれた高校からの帰り道。僕の問いかけに足を止めてからの長い長い無言の後、夕日に染まった彼女はそう言った。


 真冬の風が彼女の束ねた後ろ髪を僅かになびかせていき、メガネの奥の切れ長の瞳が僕を射抜く。

 どんな言葉も場違いのように思える空間で、ふふ。と、ごまかすように少しだけ彼女は笑みをこぼすと、親指と人差し指でピストルを作ったまま、こちらに向けて、もう一度口を開いた。


 とても優しい声で、「犯人はお前だ」と、僕に。





 ――じつは推理小説が好きなんだ。


 もう一年ほど前か、彼女が僕に明かしてくれたはじめての秘密である。

 教室で見る寡黙で優等生な彼女ではなく、黒縁メガネの奥で照れ笑う姿は印象的だった。


 きっかけは些細なことで、僕のバイト先に、彼女が本を買いにきたのだ。

 叔母の経営する流行らない古書店の入り口にふらり。客の大半を中高年が占めるこの店で、あいさつだろうか、軽く頭を下げる彼女の姿は、まるで映画のワンシーンのようだったと覚えている。


 はじめは客の一人として応対していたのだが、なにが彼女の興味をそそったのか、この小汚い店に定期的に足を運んでくれるようになった。


 最初の頃の無反応から、しばらくするとたまに相づちを返してくれるようになり、


「いらっしゃいませ」


「……こんにちは」


 か細くだけど挨拶してくれたのは一ヶ月経った頃かな。そのうちに二言三言と会話が続くようになり、


「そのシリーズ、僕も読んでるよ」


 いつからか、笑顔も見せてくれるようになった。


「ふふ。この作者、少しトリックが強引で敬遠されがちだけど、地の文の言い回しやテンポが独特で、」


「「そこがクセになる」」


 彼女の言葉へ見事に被せ、してやったりとニンマリする僕に、彼女はやられたと苦虫を噛む。そんな店舗で見せる彼女の表情や仕草にいつしか、掛け替えの無い友人として扱うようになっていったわけで。


 もちろん彼女が僕のことをどう思っているかはわからないが、自然と一緒に下校するようになり、僕の他愛ない話で笑ってくれる。少なくとも友人のひとりとしては扱われていると信じたい。




 そんな彼女の変化に気がついたのは昨日の事だった。


 僕の抱える問題を彼女に打ち明けたその時だ。

 そう。いつもの帰り道で、僕の話に彼女は振り返り、


「ねぇ、その話。私に聞かせてどうするの?」


 あからさまに不機嫌な顔を見せたのだ。


 さっきまでどこか寄って帰ろうよなんて、笑っていたのに、何が気に触ったのか分からなかった。

 僕はただ、どうしようかと意見を聞きたくて相談したのだけれど、最後まで言わないうちにこの状態である。どうやら、何かしらお気に召さなかったらしい。


 彼女は少し眉間にしわを寄せ、しばらくの間、ただじっと僕の顔を見つめると、ふいっと踵を返し、ずんずんと行ってしまった。


 コートの裾がふわりと広がり、思わず呼び止めようと思ったが、初めて見る彼女の表情と、彼女の背中から吹き上がる目に見えない何かに気圧されてしまったのか、僕はその日、とぼとぼと、後ろをついて歩くしかなかった。





「――何だってンだよ、いったい」


 昨日一晩考えた結果、所詮は出来の悪い脳みそである。とくに答えなんて出やしなかった。


 もしかして、これは喧嘩なのだろうか。


 僕と彼女の友達という間柄であるが故のちょっとした諍いなのだろうか。

 両者間でそれほどの友情を育んできたと考えれば嬉しくもあるけれど、なんともかんとも諍いの発生する理由が見当たらないのが困ったもの。

 となると、ちょっとだけ彼女の機嫌が悪かっただけなのかもしれない。物静かで穏やかなタイプとはいえご機嫌斜めな日ぐらいあるだろう。


 そうだそうだ。なんなら僕の気のせいかもしれない。


 僅かな期待を抱きつつ、もうほとぼりは冷めただろうかと、朝、いつものように声をかけてみた。

 けれど、どこか元気のない声で、彼女は「……おはよう」とだけ。

 笑顔と共にが常なのに、あからさまに彼女は元気がなかった。

 その際、少しだけ何かを言いたげな表情を見せたが、なぜそんな顔をするのだろう。今にも泣きそうな顔で、足早に去って行ってしまった。


 本当に何なんだ。その時から、胸の奥が重たくて仕方がない。


 結局、その日一日どこか避けられているようにも思え、学友たちも、彼女の変化に気が付いた様子。

 もともと見てくれの良い女の子である。

 元気いっぱいに周りを引っ張っていくタイプではないけれど、出しゃばりすぎず、でも学校行事などは不器用ながらも全力を尽くし周りを立てる。そんな立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。古風な言い回しを現代風に型にハメれば彼女になるだろう。

 休み時間は黙々と読書にふけり、それに合わせて後ろで縛った長い黒髪に白い肌。大きな黒縁のメガネは純文学少女然とした野暮ったさ満点だけど、よく見たら美人。声は小さいけどキレイ。

 はじめはその寡黙さ故、扱いに困っていたようだったクラスメイトも、体育の時間で見せた体操服から覗くその四肢の素晴らしさにはチェックメイト。

 分け隔てない人の良さもバレてしまい、あれよあれよと時を置かず彼女の人柄と美は周知のものとなっていた。


 当然、僕らは華の高校生。

 血気盛んな若者なんだ、鼻息の荒いヤツも出ては来る。

 どうにかして声をかけようと画策する男子は後を絶たなかったが、寡黙で清廉な雰囲気に気圧された者が半分。ええいままよと強引に行ってしまったが為に人見知りな彼女に距離を取られ、速攻でクラスの女子達に処された者がもう半分。


 あっという間に高嶺の花となったそんな彼女の様子がおかしいとなれば、クラスを上げての大騒ぎになるのは当たり前で。


 口々に、

 「何か知らんが、きっとお前のせいだ。悪い事は言わん、さっさと謝りをいれてこい」だの

 「ちょっとさー、あーし達、別にアンタの事とかどーでもいいけどさー、あの子なんとかしてやんなよ。――殺すぞ?」だの。

 同じような内容で僕は一日中、責められ続けた。


 あぁくそ。と、ひとりごちてしまう。


 この状況は、一体全体どういうことか。彼女の行動も、自分の置かれた立場も、まっくもって意味不明。

 なんなら、こっちが泣きたいくらいだ。

 実の所、僕自身、すこぶる体調が悪い。朝から胸の奥が、どうにも重たくて仕方がないのだ。


 こうなったら、彼女に直接問いかけるしかない。


 朝からずっとあからさまに避けられ続け、心はバキバキにへし折れてはいるが、このままウジウジと悩んでも、ろくな解決策など出てきやしないのだろうから、いわゆる伸るか反るかの大ばくち。

 もうこの授業が終われば放課後だ。これを逃せばまた明日も同じ未来が待ってる。

 そうなれば僕の心は持ちそうにない。クラスメイト達の鬱憤も破裂するかもしれない。

 多少強引にでも話をするしかない。結果的に、もっと酷い事になるかもしれないが、理由がわかれば解決策はきっとある。後は野となれ山となれだ。


 とにもかくにも、さっそく僕は行動に出ることにした。


 放課後、教室を出て行く彼女と一瞬目が合ったが、諦めたような、それでいて疲れたような顔で微笑んだのはなぜだろう。

 その顔に後ろ髪を引かれつつも野暮用をしっかりと片付けて、――僕は走った。

 彼女が教室を出てどれくらい経っただろうか。

 途中、先生の怒鳴り声を聞いたが、今は無視しよう。明日が怖いけど、今の僕にとっては、大したことではない。


 はやる気持ちというのはこういうことを言うのだろうか。


 僕は、階段を飛び越え、下駄箱をすり抜け、いつもなら、彼女と出る校門も今日は一人で駆け抜ける。

 なんだかいつもより木枯らしが体を冷やしてくるようだ。この冬はこんなにも寒かったのかと改めて実感してしまう。

 でもなぜだろうか、うまく説明できないけれど、彼女に一刻も早く会いたい。

 会って、話して、笑い合えば、きっと暖かくなれる。そんな妙な確信が僕の心の中にはあったのだから。


 ――ほんの少しのような、随分走ったような、不思議な感覚の中、僕は彼女の後姿を見つけた。


 くくった後ろ髪に、あまり運動の得意でない、細みの身体。いつもより、うつむきがちに歩いているようだが、間違いない。僕が彼女を見間違えるわけがないのだから。

 ここまで全力疾走である。

 肺も足も火がついたように熱い。ノドの奥も棘を飲み込んだように痛かったが、――僕は彼女の名前を呼んだ。


 彼女の細い背中がビクリとはねた。


 瞬間的に、振り返った彼女は目を見開いて、なんだ、そんな顔もできるのか。心底驚いたような表情を見せてくれた。今日一番の感情のこもった顔だ。


「え、なんで、どうして」


 肩で息をする僕に、少女は少し困惑した声色で投げかけてくるもんだから、


「おぅ、一緒に帰りたくて」


 切れる息の中、僕はそう返した。とっさに笑ったつもりだったが、うまく笑えているだろうか。

 彼女は今朝のように何かを言いたげな顔を見せると、言葉を無理に呑み込むように、目を泳がせた。

 そして、僕と目を合わせないまま、


「……相手に悪いから、ダメ」


 一言、絞り出すようにそうつぶやいた。


「相手?」


 だが、意味が分からない。相手とは、なんの相手だろうか。そして、なぜそんなに悲しい顔をするのだろうか。


「昨日の手紙のだよ」


 疑問が顔に出ていたのだろうか、少し声色強く、再度彼女は足元に視線を移した。


「……あぁ。あの手紙の事か」


「他に無いじゃない」


 そうだった。そういえば、昨日そのことで彼女に相談したのだった。


「なに? 惚気話なら他を当たってもらいたいんだけど」


「なんだそりゃ」


「……そんなの聞きたくもない」


 どこかふて腐れた幼児のような、ふくれっ面の彼女に向けて僕は笑うしかない。まぁ、他者からしてみれば興味の無い自慢話ほど退屈なものはないか。


 ――笑い事じゃないわ。


 そんな、彼女の声が風に乗ってきた。

 いつもなら聞き逃すほどの細い声量が、今だけはハッキリと。

 でも、非常に恥ずかしい結果に終わったのだから、これはもう笑い飛ばすしかないのだ。だって、


「イタズラだった」


「……え」


 そこで、ようやく彼女と本当の意味で目があった。今日初めてだろうか、なんだかとてもうれしくて、僕は自然と笑顔をこぼしてしまう。


「誰も居なくてさ、ヒドいよな」


 そう、つい今しがたの事である。

 指定された時刻に指定された場所。せっかく間に合うように行ったのに、笑っちゃうよな。人気の少ない特別棟の一番上、何をするでもなくガランとした踊り場に数十分、ひとり寒空の下で待ちぼうけだもんな。

 そういえば着いて早々にどこからか、複数名の笑い声と


 『調子にのんなよ! ブサイクが!』

 

 『あの子は迷惑してんだよ! ばーか!!』


 的な罵詈雑言が聞こえてきたのを思い出し、今の自分が置かれている状況と照らし合わせて、ははぁん、なるほどと自分の置かれた状況を理解してきたわけだ。


 常日頃からクラス外にごまんと居る彼女の美貌に狂ったヤツらから疎まれてるらしいと薄々聞いてはいたが、まさかな。こんな僕とあの子に何があるって言うんだよと笑って相手にしてなかったんだけどさ。


 いやはや、おおかた今回のコレはそいつらの仕業だろう。


 僕はほんの少し彼女と親しいだけで、ただ同じ話題で盛り上がって、笑って、隣に並ぶと不思議と心地いいだけ。それ以上ではないしそれ以上を期待しているわけでもない。彼女もきっと同じ気持ちだろう。

 それなのに。

 逆恨みというか勘違いというか、まったく、学生の貴重な放課後をなんだと思ってやがる。


 彼女にはただのイタズラだろう。昔から、こういう遊びが男子の中ではたまにあるんだよ。

 そう自嘲的に笑うと、彼女は、信じられないといった表情を少し見せ、


「なにそれ。全然笑えない。むしろ腹立たしいんだけど。何そいつら。ムカつく……」


 眼を三角にしてご立腹である。スクールコートの裾を握りしめ、見たこともない顔で悪態をつき始めたのだ。


「私がどんな気持ちで、昨日、グチャグチャになったのに、信じられない、ほんと、信じられない……」


 終いには出会った頃と同じくらいの蚊の鳴くような声で、ぶつぶつと口ごもる始末である。

 でも、僕の為に怒ってくれているのなら悪い気持ちはしない。まぁ、良いじゃないか。と僕は彼女に笑いかけた。


「どうせ、断るつもりだったし」


「……え?」


『どうして?』そんな表情を張り付けた彼女に僕はもう一度笑いかけた。


 もともと昨日は、どうやって断ったらいいのかを聞きたかったのだ。

 でも、僕はこんな経験初めてだし、そもそもはじめて会った人とすぐにお付き合いするってのは抵抗がある。

 ただ、相手は真剣にこの手紙を書いたと考えていたからさ、断り方も重要だなと頭を悩ませていたわけで、同じ女子生徒の意見を参考にしたかったのだ。


「でも、でもでも! そんな事聞かなかったじゃない!」


「手紙をもらった。の、時点で不機嫌になるからだろ?」


 話を最後まで聞かなかったのはそっちじゃないか。


 まるで僕のせいだと言わんばかりに珍しい勢いで喰ってかかってきたもんだから、少し手厳しいお返しをしてやった。

 たぶん、今の僕は小憎たらしい顔をしているだろう。


「もし、誰かさんが探偵役なら、どんな事件も迷宮入りだろうね」


 彼女をからかう機会なんてめったにないものだから、少し楽しくなってしまう。


 ついには堪えきれずクツクツと笑いはじめた僕を、


「うううう……」


 悔しいやら恥ずかしいやらそんなごちゃまぜの表情のまま、彼女は唇をかみしめ、言い返すことができないのだろう。小さく唸りながら睨みつけてきた。






 ……なんだか、少し風が出てきた。そんな冬の夕暮れ時。


 拗ねたようにむくれた彼女と並んで歩く。

 そういえばと、僕は枕詞を一つ置いて、疑問を投げかけてみた。


「どうして、僕が手紙をもらうと不機嫌になるんだ」


 昨日の晩から続いた謎解き。どうにか解決した今も、僕はそこだけがまったく理解できないでいたのだ。


 彼女は、はっとした表情になると、うつむいたまま、口元だけをわなわなとふるわせた。


 夕日のせいで、前髪が影を落とし、彼女の表情はうまく読み取れない。


 数十秒か数分か。

 そんな沈黙の後、彼女はようやく顔を上げ、僕の顔を見た。いや、睨みつけてきたと言った方がいいのだろうか。少し、うるんだ瞳のまま、どこか覚悟を決めた表情で。


 そして、


「……仕方ないじゃない」


 一言つぶやき、一歩、二歩。

 彼女はお互いのつま先が当たる距離まで近づくと、さっきの意趣返しか、手でピストルの形を作り、僕の心臓に突き付けた。



「――犯人は、お前だ」



 僕は、本当に心臓を撃ちぬかれたのかもしれない。


 すぐそこに見える、夕日に負けないくらい真っ赤に染まった彼女の顔は、まるで映画のワンシーンのようだったのだから。









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