証明写真機の中には
後櫓うたまろ
証明写真機って雰囲気あるよね
『では、写真付きの履歴書をもって明日の16時にいらしてください』
「あ、はい。わかりました。はい、はい。失礼します」
電話を切ってスマホをベッドに投げつける。
おかしくね。
何で前日の夜中に連絡来るんだよ。急すぎだろ。
……飛ぶか。
夜中に、しかもあんな生気のない声で対応してくるバイト先とかどう考えてもまともじゃないだろ。
よし、飛ぼう。
すべてを諦めてベッドに潜り込もうとしたとき視界の端に赤い封筒が写り込む。
何通も。
年金、社会保険、住民税、電気、ガス代。
おまけに家賃も。
全部滞納してる。
……流石にまずいか。
× × × ×
部屋の隅に埋まっていた皴だらけのワイシャツに、カビの匂いが付いたジャケットを羽織って夜道を歩く。
ズボン? んなもん短パンに決まってんだろ。
明らかにアンバランスで不細工な恰好。
それでも人に見られなければ無問題。
今だけは切れかけの街灯に感謝しとくか。
しばらく歩いてやっとのことで証明写真機にたどり着く。
人一人いない寂れた駅前。
飲食店の一つでもやってればいいのに、落書きだらけのシャッターが下りた店しかない。
時折赤色の回転灯に照らされる街は不穏とか不気味といった表現がしっくりくる。
小奇麗な街灯一つでもあれば雰囲気は変わっただろうが、あいにくその街灯も落書きだらけで目も当てられない。
さっさと撮って帰ろう。
暗くて寂れた駅前の中で煌々と輝く証明写真機の明かりに向かって歩いていく。
あと数歩というところまで近づいたところで、初めてカーテンの下から見える一組の足に気が付いた。
サンダルの隙間から見える深紅のネイルと、美白と一言で言ってしまうのが憚られてしまうような柔らかなふくらはぎが対照的でやけに印象に残る。
絶対美人だろ。
ついついそのおみ足の先に繋がる人物のあれこれを想像してしまう。
それと同時に今の自分のみすぼらしい格好を見られるのは非常にまずいとも思う。
下手したら不審者として通報されてもおかしくない。
それはまずい。
非常にまずい。
免許も保険証も持ってない、マイナンバーも放置してる俺に身分を証明できるものなんてない。
いったん離れて中の美人が出てくるの待ってるか。
× × × ×
おかしい。
三十分は待ってる。
職質もされたし。……まぁ、こんな格好してればそれも当然か。
まじでどうなってんの。
いったん声かけてみるか。いったんね。
別に中身が美人かもしれないとか、ワンチャンなんかいいことあるかもしれないとか思ってないしね。
ただ三十分以上中にいる美人が何してるのか気になるっていうか、心配してるだけでマジでなんもやましいこととかないし。
十分自分に言い訳をして証明写真機に向かって歩いていく。
カーテンを目前にしていったん深呼吸。鼻から大きく吸って口から静かに吐く。
こんだけ綺麗な足なんだからいい匂いするかと思ったけど、別にそんなことなかった。
生臭い肉の匂いがしただけだった。
「あのー、すいません、大丈夫ですか?」
返事はない。
まじで大丈夫か?
楽観的だった頭の中が徐々に沈んでいく。
「あのー、開けますよ?」
それでも返事はない。
事件か? それとも病気か?
嫌な想像が脳裏をよぎる。
カーテンに手をかけてもう一度深く息を吸う。
相変わらず肉の匂いがした。
「開けますよ?」
もう一度声を掛けてからカーテンを力任せに開く。
「は?」
居るはずの美人はどこにもいなかった。
小奇麗な壁を無機質な白色の照明が照らしていた。
「つめたっ!」
短パンしか履いていない無防備な俺の足に冷たい何かがふれる。
「――は?」
足だった。
カーテンの隙間から見えたおみ足が俺の汚い足にもたれ掛っている。
やけに生気のない白い肌に、赤黒く変色した断面がやけにリアルだった。
黄ばんだ骨と、様々な管の断面が緻密に再現されていた。
そのリアルさが俺を冷静にした。
なんだよ、作り物かよ
焦ったー。
ガチで事件かと思ったわ。
病人がいたわけでも、何か物騒な事件があったわけでもない。
悪質ないたずらに社会不適合者が引っかかって、ちょっとびっくりしただけ。
事件性は皆無。
なら、別にいいか。
わずかに湧いた犯人への怒りもそこそこに、邪魔な生足をどかして写真機の中に入って行く。
気味の悪い重さと感触をどうやって再現してるのかは少しだけ気になった。
× × × ×
無事に写真の印刷も終わり、証明写真機の中の椅子から立ち上がる。
カーテンに手を掛けたとき、突然外から優し気な男の声が聞こえた。
「どうでしたか? 私の作品は」
は?
「いぃい、物でしょう? ここ最近の中でも渾身の出来でしてねぇ」
作品? ってか誰だ?
「私も一目惚れしてしまいましてねぇ」
一方的に話しかけてくる男の声は徐々に熱を増していく。
「写真機ってほら、誘蛾灯みたいじゃないですか。街の明かりが消えても、周りに人がいなくなっても煌々と光り続ける。特にこの街の、この駅前は素晴らしい!」
聞きたくもないことを延々と話し続ける狂人との間には、こんなにも頼りない布切れ一枚しかない。
「そんな誘蛾灯に、美女の足を付け足すだけでこんなにも、こんなにも蠱惑的になるだなんて。こんな素晴らしいことはないと思いませんか?」
出口もふさがれて逃げ道はどこにもない。
勢いよく飛び出して逃げようにも、声の近さ的に男はカーテンに張り付くように話しているのだろう。
恐怖で思わずカーテンに掛けていた手を引っ込める。
「なぜ、その綺麗な手を引っ込めてしまうのですか? 男らしいごつごつした骨格であるのに、傷や荒れ一つない苦労知らずの美しい手を。……もっと私に見せてくれたっていいじゃないですか」
息が詰まる。
後退ろうにも冷たい壁に背中を押し返されてしまう。
「お願いしますよ。もっと、もっとじっくりあなたのことを見せてくださいよ」
その一言と共に俺と狂人の間にあった頼りない布は、一瞬にして取り払わてしまう。
「やっぱりきれいだ……」
灰色のスーツを着た線の細い老人だった。
恍惚という他表現できない表情を浮かべて一歩、証明写真機の中に踏み込んでくる。
「もっと……もっと近くで……できるなら永劫私の手に」
一か八か。
手を伸ばしてきた老人を、伸ばされた手ごと跳ねのける。
案外というべきか、予想通りというべきか。
線の細い老人はあっけなく吹き飛ばされ、写真機の出口が開いた。
必死に走る。走――る。
走っているはずなのに、地面が目の前に迫っていた。
あまりに突然の出来事に受け身すら取れずに顔面から、アスファルトに叩きつけられる。
顔面の痛みも、星が瞬く視界も無視して立ち上がって走る。
走っているはずなのに、一歩目すら踏み出せないまま地面が迫ってくる。
相変わらず受け身なんて取れないまま口内に激痛が走る。
「逃げないでくださいよ。悪いようにはしませんから」
反射的に声の方に振り返る。
明滅する視界のせいで、ぼんやりとした人影が近づいてくることしかわからない。
「手は……傷ついてないようですね。よかったよかった。貴方が受け身の取れないどんくさい人で良かったですよ」
徐々に近づいてくる人影から逃げる。
尻もちをついたまま情けなく後退る。
生暖かい感触が尻を伝いながらも、必死で逃げる。
「おや? 存外に痛がらないものなんですね? やはり男の子といったところでしょうか」
痛いに決まってるだろクソジジイ。
内心毒づきながら必死で後退する。
視界の明滅も徐々におさまり、老人の姿がはっきりと浮かび上がる。
逆光で良く見えないが、手に何か持っている。
濡れた光を放つそれに対して、脳内が最大級の警鐘を鳴らしている。
「あまり地面に手を付かないでください。せっかっくの綺麗な手が傷だらけになってしまうじゃないですか。」
直後太ももから激痛が発せられた。
「いっでぇぇぇ!」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い――。
踏まれた個所を抱えてのたうち回ろうにも、抱えようとした場所そのものがなかった。
「大丈夫、悪いようにはしませんから」
腿から下がなくなっていた。
そう認識して痛みが来る前に、視界で閃いた何かを最後にすべてが暗闇に塗りつぶされた。
証明写真機の中には 後櫓うたまろ @oinari4696
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