顔立ちの整っていない王族

怪人X

顔立ちの整っていない王族



 俺はかつて日本という国で暮らしていた記憶がある、いわゆる前世の記憶を持つ転生者である。

 まるで漫画や小説のような異世界転生。魔法もあるファンタジー要素満載世界、しかも転生先は小国ではあるものの王家の第三王子だ。

 となればこれは剣や魔法でチートとかがある系のやつか、と思えば特にそんなことはなく。

 であれば前世の知識を活かした内政チートか、と思えば大した記憶も保持してなく。

 ならば乙女ゲーム的なやつか、と思えば特にそんなことはなく。

 それならば神や精霊の愛し子的な、と思えばそんなイベントが起こることもなく。

 後継争いもなく平々凡々に時間は過ぎ去り、十八歳まで通った学校も大きな事件はなく、婚約破棄などは自分も兄たちもすることはなく無事卒業。


「まったく、何なんですかねぇ……」


 学校を卒業し成人を迎えた俺は、王太子となった第一王子である兄の補佐をしている。

 残念ながら頭の出来は普通で剣技はいまいちなので、宰相にもなれず騎士団にも入れず本当にただの補佐である。一応王子教育は熟してきたので、上級文官くらいのレベルの仕事は出来るけれど、人を指導したり引っ張っていく才は案の定というか何というか、やはりない。

 それでも一応王族なので、他国の賓客対応とか身分が必要で責任の伴う仕事は出来るけれど。腹芸はどうやら顔に出やすいみたいで出来ないそうなので、交渉にはまるで不向きとは言われたが。

 何のために転生したのか、とても謎だ。


「どうしたフィー。陰鬱な表情をして」


 やたらキラキラしたオーラを振り撒きながら俺の頬をツンツンと人差し指でつつき、話し掛けてくるのは、俺の兄だ。王太子の方。ちなみに第二王子である次兄は騎士団に入っている。


「兄さんはいつ見てもキラキラしてますねぇ」

「ん?何だ急に。フィーはいつでも可愛いぞ」


 兄は金髪碧眼で顔立ちがものすごく整っていて、どこからどう見ても美男子だ。ついでに性格も良い。頭も良い。

 次兄も同じく、驚くほど顔立ちが整っている。両親である王と王妃二人とも美男美女だから当然といえばそうなのだが。

 ただ、何故か俺だけは顔立ちがお世辞にも整っているとは言えなかった。

 何と言うか、特徴のない顔。味気のない顔。ブサイクとまではたぶん言われない程度、のはず。たぶんだが。目や鼻、口など単体で見れば王か王妃どちらかに似ているから血の繋がりを疑われたことはないものの、何と言うか両親のちょうど悪いところを選りすぐって集めて出来たようなのが俺だった。

 だが、何故かやたらと兄二人には溺愛されている。末っ子は例え普通顔でも可愛いのだろうか。


「兄さんに可愛いって言われてもなあ」

「何だ、不満か?お前のつぶらな瞳はいつも愛らしいし、小さな鼻も口もとても可愛いぞ」


 と言いつつ、長兄は俺の頭をよしよしと撫でる。もう成人しているのにこの扱いである。


「この菓子も食べるか?ほら、フィーが好きなお店の新作だぞ」

「えっ本当ですか」

「ああ。並んで購入してきたのだ」


 長兄の側近が、だな。並んだのは。

 ちら、と側近の方を見ると、にっこりと笑顔を向けられた。いつもありがとうございます……。


 俺が長兄の仕事を補佐するようになってからというものの、毎日こうした休憩、というかお茶タイムがある。

 その度に長兄がはりきって色々準備しているのだが、側近たちにとっては迷惑極まりない時間なのでは、と思っていた。だがどうやら長兄はめちゃくちゃ仕事人間らしく、俺が補佐に入る前はろくに休憩も取らずにバリバリ働き、逆に心配を掛けていたらしい。だから俺がいることによって長兄が適度に休憩してくれることを感謝されている。


「おいし……」


 外はカリカリ中はしっとりのカヌレである。めちゃくちゃおいしい。

 そう、異世界の食事情は前世日本並みというか何なら日本以上においしい。おかげで食事チートは出来なかったわけだが、よく考えれば自力で作れる料理なんてそんなに多くないし、こんなカヌレとか洒落たもののレシピなんてまったくわからないので、何もしなくてもおいしく食べれて幸せだ。


「そうかそうか、並んだ甲斐があったものだ」


 長兄の側近がね。並んだのは。まあ、いちいちつっこむのは野暮というものだ。







 さて、このように王家とは思えないほどただ一人顔の整っていない俺だが、これでも婚約者がいる。

 今日は仕事終わりにディナーに出掛ける約束をしていたので、正装に着替えてから馬車で迎えに行った。婚約者は侯爵家のご令嬢なので当たり前だが家もすごく大きい。あと、御多分に洩れずお人形さんのような絵に描いたような美人さんである。

 せめて俺が地味顔でも、ワイルド系に寄っていたりとか糸目だったり眼鏡だったりしたのなら何かしらが彼女に刺さる可能性もあったかもしれないが、何もないので恐らく彼女からは普通に地味だと思われているはずだ。よく婚約者を続けてくれているものだ。感謝感謝。


「フィー様、お待ちしておりました」


 出迎えてくれた婚約者はブラウンの落ち着いたドレスを纏っている。俺の髪と目の色がブラウンだからなのだが、本当に色まで地味で申し訳がない。

 だがそんな地味色のドレスさえ着こなしてキラキラ輝いているのが、俺の婚約者様である。すごすぎ。


「お待たせ、アンジェ。今日も相変わらずとても美人さんだね。ドレスもよく似合っている」

「ふふ、ありがとうございます」


 これはお世辞でもなんでもなく本心だ。本当に何故こんな良い子で美人さんが俺の婚約者なのか、心の底からの謎だ。

 褒められたアンジェは驕った様子もなく、うっすらと頬を染めて微笑んでいる。


 そんな美人すぎる婚約者様をエスコートして、馬車で移動する。向かい合って座り、それぞれ隣には俺の側近と侍女が着席した。婚約者といえど密室とかで二人きりにはなれないんだよね。常識とかマナーは大事。


「フィー様はお仕事には慣れましたか?」

「少しずつだけれどね。アンジェも、大変だろう?覚えること、多いだろうし」


 アンジェは侯爵家の一人娘で、後継だ。俺は婿入りする形となる。

 俺が長兄の補佐をしているから、アンジェは侯爵家当主の仕事を覚えているところなのだ。元々後継教育は受けていて、俺と同じく学校を卒業後から本格的に取り組んでいる。


「ええ、でも、とても楽しいです」

「そっか。何かあってもなくても、俺に話していいからね」

「はい。ありがとうございます」


 どうやらアンジェは当主としての仕事は好きらしく、婚約する前から自分が後を継ぎたいのだと聞いていた。

 当初は侯爵家のご令嬢なので兄二人どちらかと婚約を、という話もあったのだけれど、その話は詳しくは聞いていないが流れたらしい。まあ長兄と婚約となると家は確定で継げないし、次兄もまた仕事が複雑で忙しいから、妻になったのなら侯爵家を継ぐのは無理ではないにしろ難しいだろう。

 俺は自分が婿に行って当主をやれる器があるかと考えれば、普通にないので、アンジェが当主になることは賛成だ。男性が当主となることが貴族社会では多いものの、女性は後を継げないという法律があるわけでもなかったし。それにアンジェは努力家で、頭も良ければ人望もある。領民にとっても見ず知らずのどこぞの野郎が継ぐより、親しみのあるアンジェが当主となった方が安心だろう。

 好きなことを仕事にしているとはいえ、何の苦労も悩みもないわけではないはずだ。

 そのあたりはやっぱり将来的に婿となる俺が支える分野だ。なのでなるべく時間をとって婚姻前からお互いを知る時間を設けているし、些細なことでも話をするように心掛けている。


 お店に入り、ディナーを楽しみながら、マナー違反にならない程度に楽しく会話をする。

 傾けてきた時間の分、お互い良い関係を築けているとは思っている。言葉通りアンジェは何かあってもなくても色々なことを話してくれるようになったので、俺はもはやアンジェの家の庭師のおじいさんの、生まれたばかりの孫の名前まで知っている。折角話を聞いたのだからとちょっとしたお祝いの品を贈ったら、庭師一家どころか何故かアンジェにまで喜ばれたりした。


 アンジェとは一応お互いの仕事が落ち着いた頃、一年後くらいを目安に婚姻の準備を進めている。

 その頃には俺も長兄の補佐の仕事にも慣れているはずなので、婿入りと同時にアンジェの当主の仕事も手伝う予定だ。後継教育は念の為にと俺も学生時代に習ったが、勉強したことと実際にやってみることは別だからね。

 アンジェが体調を崩したりした時の為にも、不在期間をサポート出来るほどに仕事を覚えるのは婿の仕事だ。


 そんな感じに、実に平穏な日々が続いている。

 何故前世の記憶を持って転生したのか、謎すぎる。


「そういえばフィー様は、占い師さんのことをご存知ですか?」

「占い師さん?」


 おいしいディナーに舌鼓を打ちながらアンジェに問われた内容に、首を傾げる。占い師さん。職業としてあるのは知っているけれど、恐らく特定の人物のことをアンジェは話しているのだろう。


「ごめん、知らないと思う」

「そうなのですね。女性のみのお茶会の時に、よく話題になるのです」

「なるほど」


 世界が変わっても女性って占いとか好きな人が多いんだな、としみじみ思う。

 市井の話題は兄たちが情報を集めたり側近に聞いたりするが、いかんせん周りには男性が多いので、聞いた覚えはない。


「とても良く当たるらしくて。大雨を言い当てたり、一年先の作物の不作を予言されて備えたらその通りになったとか」

「それは随分、本格的だね」

「噂なので、どこまでが真実かはわかりかねますが……」


 そこまで話して、アンジェは言い淀む。

 視線だけを俯きがちにしてまばたきが増え、左右に揺らぐ。うん。これはアンジェが何か言いたいことがあって、言いづらいけど言いたい、の仕草だね。こういう時に急かすと言わなくなってしまうし、再び喋り出すまで大人しく待つのが正解だ。

 普段は淑女然としているアンジェだけれど、こうして二人(周りに侍女とかはいるが)の時にはこうして自然な姿を見せてくれる。そういう時はしゃんとした美人さんが年相応より少し幼く見えて、すごく可愛らしい。

 ちなみにこれは俺だけではなく侍女たちも楽しみな姿らしく、ちらりと控える侍女に目を向ければぷるぷると可愛さに悶えている姿が見える。必死に表に出さないように堪えているようだが、何とか無表情に抑え込んでも体の震えは誤魔化せていない。でもわかるぞ、可愛いよね。

 デザートが届いてそれを堪能しはじめた頃、意を決しました!と言わんばかりの力の入った表情でアンジェがこっちを見た。うん、とても可愛い。もはや侍女たちは直視出来ずに顔を背けている。


「その占い師さん、その、あの、その、……相性占いも、しているそうなのです」


 アンジェは真っ赤になり、そのあのそのの後はものすごい小声になりながら、そう話した。耳を澄ませて待っていたから聞こえたけれど、震えてか細い声も可愛い。


「そうなんだ。じゃあ今度、二人で行ってみようか?」

「……!は、はいっ!」


 そして満面の笑顔である。尊さが国宝級すぎる。

 鼻歌でも聞こえてきそうなほどのご機嫌さで、アンジェはデザートを堪能し、ディナーは穏やかな空気でお開きとなった。







 圧倒的筋肉である。

 何が、というと、次兄だ。騎士団で働き盛りの次兄の鍛え抜かれた筋肉をもって、全力で抱きつかれている。力加減がちょっと出来ない方なので普通に痛いし、胸筋に顔が埋まって息苦しい。


「フィー!!!!二日ぶりだな会いたかった!!!!」


 なお、声も大きい。耳がキーンとなる。

 二日ぶりとは思えないテンションだ。長らく会えていなかった先での再会のようだ。まあこれもいつものことといえばそうなのだけれど。

 とりあえず、俺が妹ではなくて良かった。この筋肉の圧は女性にはつらいだろう。


「兄さん苦しい」

「おおっすまんな!」


 ようやく離され呼吸が楽になる。

 次兄もまた長兄と同じく金髪碧眼の美男子だ。ただスラリとしたいかにも王子様な長兄とは違い、次兄は具合良く筋肉のついた頼り甲斐があるタイプだ。力も強く実力もあるけれど、脳みそまで筋肉ではなく、それなりに勉強も出来る。筋肉もモリモリとついてゴリラのようになっているわけではなく、マッチョではあるがいわゆる細マッチョ寄りな感じなので、女性受けも良いようだ。

 そして長兄と同じく、地味顔の俺のことを何故かやたらと溺愛している。


 騎士団に届ける書類等の用事が時折あるのだが、その時は必ずといっていいほど俺が行くことになる。というのも、次兄のコレである。

 次兄とは普段長兄ほど頻繁に会うことがない。俺は長兄の補佐だし、仕事は基本王城だ。当たり前だが騎士団ではない。次兄としては騎士団を手伝ってほしかったようだが、残念ながら俺にそっち方面の才能はなかった。

 だがどうやら次兄は定期的に俺に会いたくて堪らなくなるらしく、俺が不足すると仕事が手につかなくなるそうだ。どういうことだよ。


 そんな謎事情もあって、騎士団へ用事があり次兄も忙しくない時には、休憩も兼ねてお茶を飲む。

 いや他の人たちに迷惑だろ、と思ったしそう話したのだけれど、どうやら俺不足中の次兄はヤバイらしく、何故か騎士団に訪れるたびに騎士の人たちに感謝されている。本当に何でだよ。


「フィー、地方に行った時に、フィーの好きなお菓子買ってきたんだ」


 と次兄は誇らしげに話すが、地方に行ったのは次兄の部下たちであって次兄ではないはずだ。片道一週間は掛かる道のりだと聞いているし、次兄には二日前に会っている。

 顔や性格は似ていなくても、こういうところは兄たちはそっくりだ。


「ビスケットうま……」

「そうだろう、そうだろう!!」


 地方で栽培している小麦で作られた素朴なビスケットだ。これ、おいしいんだよね。ただ遠いから買いに行けないんだ。買ってきてくれた騎士さん、ありがとう。


「フィーは可愛いなあ」

「兄さん、弟とはいえ成人した男に可愛いはないよ」


 とはいえ長兄にも散々可愛い可愛い言われているので今更だけれど。もう慣れた。







 仕事が休みの日。先日の約束通り、俺は婚約者のアンジェと占いへ来ていた。平民、というよりはちょっと裕福な商家風といった服装で。

 言っておくが地味顔の俺はものすごく似合っている。もう本当に生まれながらの平民としか思えないレベル。

 アンジェは……どこからどう見ても貴族がお忍びの為に変装しています感を隠しきれていない。シンプルなワンピース姿で髪も飾りをつけず複雑に結わずにポニーテールにしているだけなのに、どうしてこんなにも高貴なオーラが出まくっているのか。

 やっぱりあれだな、美人さんだからかな。


 占い師のお店はそこそこ繁盛しているらしく、待ち時間が発生したが、アンジェは待つことは苦ではないようで二人で話しながら楽しんで待った。

 護衛は近くにもいるし、遠くからも見守っている。あんまりゾロゾロ引き連れていたら目立つからね。


「次の方どうぞー」


 お店の中から声がした。次は俺たちの番だったので、俺とアンジェと護衛二人とで店内へと入る。


「こんにちは」

「よろしくお願いします」


 中はいかにも占い、といった感じの薄暗い空間で、正面に黒っぽい布を頭から被った占い師と思しき人が座って待っていた。テーブルにはいかにもな感じで水晶っぽい透明な丸い玉がデデンと置いてある。

 何かすごい、前世の占いの館感……。


「とても雰囲気のあるお店ですね、フィー様!」

「そうだね、アンジェ」


 アンジェは初めて訪れる不思議な場所にわくわくしているようで、普段より声が幼く感じる。キョロキョロと落ち着きなく店内を眺める姿も新鮮だ。


「わーすごい美女と、美女とー……地味メン?」


 占い師さんが美女と野獣とでも言うような雰囲気で無理矢理俺とアンジェを例えた。別にそうまで無理して例えなくても。というか今、地味メンって言ったな。この世界に地味、という言葉はあってもメンはない。イケメンとかそういう単語はないからね。だからこそアンジェも少し怪訝そうに首を傾げている。

 この人もしや俺と同じ日本からの転生者かな。そうは思っても別にこちらから言う必要も問う必要もないし、構わないか。


「あの、……相性占いを、お願いしたいのです」


 恥ずかしいのか顔を赤らめて、ぷるぷると子鹿のように震えながら話すアンジェ。

 薄暗いし、占い師さんは深く布を被っているので、俺から見て占い師さんがどんな顔をしているのかはわからない。だがアンジェの可愛さに恐らく悶えていることだろう。『くっ可愛い』という噛み殺したような声が聞こえたような気がした。

 それからアンジェと二人で隣り合って、水晶を挟んで占い師さんの正面に座った。護衛は側で待機している。

 水晶は特に光ったり何が映し出したりとかはせず、何の為にあるのかは謎状態だ。よくある占い師のイメージ通り、水晶に両手を向けてウンウン唸っているけれど、何も起こらない。パフォーマンス感がすごい。絶対その水晶、占うのに必要ないよね。


「えっまじか」


 しばらくすると占い師さんのそんな声が聞こえる。

 ちなみに、マジという言葉もこの世界にはない。ただ占い師さんの驚いたような声と行動に、アンジェはそわそわした様子になった。


「あの、占い師さん。どうかされたのですか?」

「いえ、ちょっと驚いて……」


 そう言うなり、占い師さんは俺の方をチラチラ見てくる。


「お兄さん、すごくモテる……人気者の星が出てるんですけどォ……」


 占い師さん、めちゃくちゃ自信なさげである。わかるよ、俺は自他ともに認める地味顔だからね。とても王族とは思えないほどの。

 実際兄二人はしっかり顔が良かったものだから弟の俺に期待をして他国からいくつか縁談が幼い頃に持ち上がったのだが、幼い頃から変わらず地味なので、ほぼありのままの絵姿を送ったり実際に顔を合わせてみて遠慮された経歴がある。

 兄二人が国内で先に縁談が決まっていたから俺は関係強化の為にも他国と縁を繋げた方が本当は良かったのだろうが、まあ恐らく出来なかったから国内貴族のアンジェのところへ婿入りとなったのだ。

 つまり、モテたことはない。いや、勿論アンジェとは良い関係を築いているとは思うけれど。


「それはないと思うよ」

「ですよねー!!」


 俺の否定に即座ににっこりと笑う占い師さん。これはこれで普通に失礼じゃないか?事実だし、別に良いが。


「そんなことはありません!フィー様はすごく人気です!」

「えっ」

「え」


 珍しくちょっと怒ったようなアンジェの反論に驚く。占い師さんも先程まで大人しい淑女だったアンジェの姿に驚いているようだった。


「いや、アンジェ。それはないよ?」

「フィー様に自覚がないだけで、とても人気です」

「いやいや。実際、他国の縁談上手くいってないからね?」

「ですがご家族みんな過剰なほどフィー様が好きですし、側近の皆さんもそうですし、私の家族もですし、それに、それに」

「まじかー。あたしの占いすげー」


 つらつらと話し続けるアンジェを見て、感心したように占い師さんが呟く。自画自賛していないで助けてほしい。好きだと言われるのは嬉しいが、ちょっと恥ずかしい。


「世の中、顔じゃないんですね!」


 ……占い師さんはもう少し建前とかを学んだ方が良いと思う。


「ちなみにお二人の相性はすごく良いですね!何でだろ、美女と地味メンなのに」

「フィー様、相性良いそうです!」

「お兄さんがまろやかなオーラなんで、それで周りを包み込んでる感じですね」

「わかります、とてもわかります」

「しかし本当に過剰なほどの愛を注がれているようですねぇ。お姉さん以外からも、だいぶ強めですよ」

「兄弟仲も良いですものね」


 二人はものすごく盛り上がっている。

 まあ、こんな風に相性占いでキャッキャとはしゃげるくらい国は平和、というのは良いことだよね。

 そうなると俺が前世の記憶を持って生まれてきたのはただただ謎だけれど、広い世界だ、そういう人もいるものなんだろう。

 せめてもうちょっと顔立ちが整っていればなーと思わないこともないけれど、家族仲は良好だし、婚約者からもそれなりに好かれてはいるようだし、これ以上を望むのは欲張りというものだ。人間、欲をかくと碌なことにならないからね。







 *







「うーん。今日もよく占ったなー」

 暑苦しいローブを脱いで、売上金を持って自宅へと歩いて帰る。王都での占い師業は順風満帆で、これが転生者特典というものか、と彼女は思う。ある程度ストーリーとして起こることは知っている、という他にも、きちんと占い師として少しばかりの現在や未来が見えるのだ。


 彼女は、『ヒロイン』である。


「……最高のバッドエンドをあなたに」


 今日訪れた二人組の客を思い出して、彼女は呟く。そして、前世でプレイしていたある乙女ゲームを思い出す。


 最高のバッドエンドをあなたに。

 よくあるような、そんなフレーズ。乙女ゲームとしては尖っているかもしれないけれど。

 その乙女ゲームには、ハッピーエンドがない。そんな世界に生まれ変わってしまったことに当初彼女は絶望した。が、すぐに何とか回避しようとあれこれ行動をした。

 舞台は学校だから、平民の特待生枠で入学しないように頭の悪いふりをした。舞台に立たなければどうということはない。相手役はこの国の第一王子と第二王子なのだから、普通に暮らしていれば平民の彼女が会うことはないのだ。


「今日来たお客さんは兄弟仲良いみたいだったけど、あのゲームだと兄弟仲最悪だもんね。家族は仲良い方が、やっぱり良いよね。物語で架空のものだからバッドエンドでもエモい〜って泣けたけど、現実ではほんと勘弁だよ」


 彼女にとっては顔も知らない、この国の第一王子と第二王子。仲が良いとか悪いとかは平民である彼女には大した情報は流れてこない。

 ただそれでも乙女ゲームが既に終わった時期である現在でも国は戦禍に巻き込まれてはいないし、王族はみんな存命だ。占いで滅ぶ未来も今のところ見えていない。


 ゲームの世界では第一王子が頭脳派、第二王子が肉体派で、とにかく二人は仲が悪かった。幼い頃から気が合わず、喧嘩ばかり。しまいには王位争いまで発展して、ヒロインはそれに巻き込まれていく形になる。

 後継争いで国は荒れ、どちらを選んでも待つのは死。心だけは結ばれる、メリーバッドエンドというやつである。


 とはいえ現実はどうやら少し違うらしく、ゲームにはいなかった第三王子が生まれていた。

 だから似たような世界だったのだろう、と彼女は結論を出した。


「ただいまー」

「あ、おかえり」


 家へと帰った彼女を出迎えたのは、しばらく前に無事に結婚した幼馴染であった青年だ。


「今日も楽しかった?」

「うん、すごく!」


 彼は占い師という珍しい職業で働く彼女のことを応援してくれている。結婚したのだから家のことをやってほしい、なんてことも言わずに。幼い頃から言動挙動がちょっとおかしかった彼女のことを、ずっと自由にさせてくれたまま愛してくれている人だ。


「なんかねー、顔は地味なのにやたら好かれる人が来たよ」

「へえ。雰囲気が優しいとか?」

「そんな感じかな。短い時間だったけど、あたしもちょっと癒された感ある!貴族っぽいんだけど、平民のあたしにも普通に話してくれたし」

「それはすごいね」


 こうしてその日にあったことを話したりして、一緒に食事をする。穏やかで優しい時間。


(うん。やっぱり現実はハッピーエンドに限るよね!)


 王都の片隅で『ヒロイン』はにこにこと、ただのモブであった青年と笑い合う。


 ここが本当にゲームの世界であったとは、彼女は知らない。生涯、知る由もないことだ。

 ゲームには存在していなかった第三王子が生まれる前までは、第一王子と第二王子は喧嘩ばかりしていたことも。はじめは生まれてきた第三王子を敵視していた兄王子も、弟がどうやらとても平凡であると気付くと、まるで牙を抜かれたようになったことも。第三王子は前世の記憶があった為に、子供の頃から随分穏やかな性格をしていたのだ。

 兄二人の喧嘩にまだ幼かった第三王子が間に入って怪我を負ったことがあった。体格差もあり、殴られた傷で高熱を出して三日三晩ほど寝込んだのだ。本人は高熱のせいでそのことはすっかり忘れ去っているけれど。

 普段へらへらと笑っている穏やかな弟の死にそうなほど苦しむ姿に兄二人は戦慄した。それからだ。打って変わって溺愛が始まったのは。

 『弟は弱いのだから守らなければならない』と。そして守るものが共通した二人は、喧嘩の頻度も減っていったのだった。何故なら喧嘩をすると、守るべき弟の表情が曇るから。

 かくして、物語は始まらなかった。

 最高のバッドエンドは、この世界には訪れないのだ。





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