貴方にならエスコートされてもいい

イシザワ ヨミ

第1話

自分の性別がよく分からない。


生物学的な性別に納得できないとか、異性の格好をしてみたいとか、そういう訳でもない。どう取り繕うとも、自分は男であるし、その性を捨てようとも思わない。


只、然し。


身近なあの人を目にすると、己の妬む心を揺さぶられてしまう。



キリのない考えにふけていれば、自身の玄関は客人の到着を告げる。


「こんにちは。入りますね」

「よぉ」

「今日はとても寒いですねぇ」


彼女は入ってきて早々、鞄に詰めていたのだろう書類を取り出しにらめっこを始める。マフラーは外さないでいる、外した方がいいのに。

自分のことは棚に上げて、身に付けている大きめのピアスをそっと撫でる。髪は金に近い色合いでブリーチをしているし、V字に大きめに開いたシャツを中に着ている。


こちらの気なんて知らないで。


「今日は研究室にいかなくていいのか?」

「ああ、行きたいのは山々なんですけど、一緒に研究してる仲間が用事があるみたいで。二人でやらないと意味がない作業ができないから、切り上げてきちゃったんです」


彼女は工学系の学士を持っていて、修士や博士号を取ってでもやりたい研究があるらしい。周りは、教授を含めて男だらけ。

他の男に目移りするんじゃないか・・・なぁんて、そんな子供じみた感情は抱かないが。


自分はどうなのだろうか。

彼女と自分は三歳離れている。元々の出会いはやはりバスケを通じてだった。彼女はマネージャー、自分は選手。

大学は二年前に卒業した。今は希望していたスポーツ用品店で働いている。新卒二年目といったところか。

小さい頃からバスケットボールをやっていた。シュートが入ったら楽しくて楽しくてしょうがなくて。中学二年生の時には全国大会へ出場した。しかし、全国の壁はとてつもなく高かった。負けた。

自分たちを踏みにじった相手校は、皆がエースだった。隙間なんてなかった。自分に才能なんてものはなかった。それを認めるのも、悔しくてたまらない。

高校はスポーツ推薦で入学することになった。なんでもいい、バスケをしようとくぐった先には、かつて自分を負かしたエースの姿があった。

目の前が真っ暗になるかと思った。奴は確かに実績に裏付けされたプライドの高い男だったが、同時に努力家でもあった。自分のちっぽけさを痛感するのみだった。

奴と共に最後の年に全国優勝を成し遂げ、奴は国立の医学部へと進学していった。

自分は一浪をして、有名私立の経済学部へと進学した。バスケットボールに関わっていくことを諦められず、かといって選手としてはもう区切りがつきつつある。ならば、スポーツ用品店に就職して選手のサポートができないかと考えた。経営学に手をつけるなら、経済の知識は必須だろうと、自分なりに頭を働かせた結果だった。なんやかんやで奴に感化されて、スポーツだけではなく、勉学も頑張ってみようと思えたことは、自分にとって幸運だったのだろう。


「・・・とても、楽しそうだよな」

「それは勿論! 大変なこともありますが、仮説を立てて、実験して、仲間と文献の情報を共有して・・・研究を共に成し遂げたら嬉しいんですけど、同時に寂しくもなるんです」

「なんだか、わかる気がする」


何を言っているんだ。この頃ほとんどそんな瑞々しい感性を持った覚えがないだろうと自分をチクリと刺す。バスケを始めた頃には確かに感じていたかもしれない。自分より才能がある者を妬み、追い付こうとし、身の丈に合ったと言いつつバスケには程遠い進路を歩んでいる。


「周りが異性だらけで、やりにくいとか考えたことねぇの?」

「なぜ? やりたい研究に男や女が関係あります?」

「まぁ、ないな」


変なの、と彼女はにこりともせず言の音を吐いた。また、醜い感情が体全体を支配する。

彼女は今の学部ではなく、元々医学部を目指していたらしい。父親が医師をしていて、自分もやってみたい。ありふれた理由かもしれない。

しかし、どうやら希望の医学部へ行くには試験の点数は足りなかった。さぞ無念だったろう。彼女はその時どうしたか?

現役で、第二志望にと考えていた工学の道を選んだ。なんでも、高校へ入ってすぐの頃には親と話し合って医学部がダメだった時も予め決めておいたのだという。

彼女もまた、奴とは違う意味合いで天才だ。天才たらしめる能力の向上心も忘れない。なにより、彼女は現状そのものを誰よりも楽しもうとする。

誰よりも格好いい。その辺の男たちより余程勇ましい。


対して自分は、その辺の男より女々しいのではないか。自分は彼女にふさわしくないのではないか。・・・彼女から、離れた方が彼女のためになるのではないか。


「今日はスポーツ用品店に行きませんか」

「なんで? オレはいいけど君は特に用事ないだろ」

「・・・まぁ、ないですけど。そんなのはどうでもよくて、デートのお誘いですから」

「デートのお誘い」つい、鸚鵡返しになってしまった。

「今日は予定もなくなってしまいましたし、ご一緒しようかと思いまして」

「つまらないと思うが。バスケだけじゃないところも見るし」

「うーん、確かに分かんないですね。半分も。だけどね、貴方が今一生懸命、心血注いでいる分野を見ておきたいと思うのはいけませんか? それとも、私がいたらゆっくりしにくい? 」

「別に、そういう訳でもないけど」

「ならば行きましょう。善は急げです」

「引っ張るなって、逃げないから」

「ああ、でも────」


彼女は微笑んで、たおやかに手を差し出した。


「麗しいお兄さん、私と共に来てくれますか?」


なんて美しいのだろう。

気障な台詞が気障すぎない。自分が女で、彼女が男ならもっと心を軽くできたのか。そんなことを考えるのも失礼だ。


彼女を大切にしたい。

貴方にならエスコートされてもいい。


差し出された手を取って、玄関を開けた。

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貴方にならエスコートされてもいい イシザワ ヨミ @yomixi23

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