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ショートショート*2(現代モノ・ちょっぴり恋愛)




美しい波と書いて美波。


それが彼女の名前だ。中学と高校を女子校で育ち、やりたいことのために共学の大学へと進み、卒業した。

そうして、今、目の前には彼女の心を乱して止まぬ男が座っている。


「こんにちは。その、ご無沙汰してます」

「おう」


男は軽く手をあげて席を立ち上がった。二人のいる場所はささやかな喫茶店だ。


男は美波の大学の先輩であった。別の先輩の友人として紹介されたのが、男である。

二人は語らった。



近況のこと。

二人の母校のこと。

共通の趣味のバスケのこと。



「今日、いっぱいピアスつけてますね」

「全盛期ほどではねぇよ?」

「知ってますよ。だけど、このところ、ピアスの穴が減っていた気がしていたから。少なくとも5個はあったような?」

「よく覚えてんなホント。つけすぎててもつまらないだろ。それに、会社では悪目立ちをしてしまう」



そうかもしれない、と彼女は心の中で思った。


「お願いがあるんですけど」

「ん? なんだよ」

「イヤーカフを一緒に選んでほしいんです」

「なんで? お前ピアスとかイヤリングとか、そういうの嫌いだと思ってたんだけど」



嗚呼、とても恥ずかしい。付き合いがそこそこだからこそ、か。

けれども。しっかり言わなければ、伝わるものも伝わらないのだ。



「耳につけてみたいって思ったんです。イヤーカフはシンプルなのに見た目がかわいくて!そういう理由からです」

「なんだかピアス全般を馬鹿にされてる気しかしてないんだけど。そもそも選ぶのに、俺いるか?」

「す、すみません……」



指摘されると返す言葉は見つからない。確かに、男が言う通りにただ利用するだけして、自己満足に繋げたいだけなのかもしれない。


それでも。



男は静かに息を吐いた。
諦めなのか、思考を整理したかったのか。後者であって欲しいけれど、もう止まることはできない。


「別にいいけど。やっぱ穴空けてると変に心配されるし。そういうものだって思ってるけどさ」

「あの、貴方みたいに……つ、つけてみたくて」

「ごめん、聞こえなかった。なんて?」

「お揃いみたいにつけてみたいんですよ! 貴方の好きなものを私も共有してみたい。勿論自分で候補はきちんと絞ってあります。もしかすると、もう候補が決まっているかもしれない 」

「卑怯だな。これがいいだろって言う権利がない訳か」

「卑怯でも構いません。貴方と一緒がいいのです」


一息ついて、美波はじっと男の瞳を見つめる。男が話し始めるのを待っている。
一方で男は、視線を上下に彷徨わせたり、頬杖をついてみたり、座っていたテーブルへ向けて俯いてみたり。

やがて、二人の目線は交わり、男の方から逸らされた。



「わかった。今から店にいくか」

「え? いいのですか。というか、これからいきなり?」

「行きたくねぇなら別に俺は構わないが」

「ああそんな! いきます! いきますから! いかせてください! 」

「店だからもう少し静かにしてくれ……」

「ああ、そうでした。……では、もう少し声を抑えねば」



ああ嬉しい、と自分の世界に入りかけている美波を一瞥して、大概甘いなと男は自嘲する。






美しい波。砂浜に水平線上の太陽。


振り回すのは御互い様。

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