第23話 銀の魔弾編 22

アザミは苦笑いを浮かべた。


騎士は自分の正体がゴブリンもどきであったという。


なるほど、この部屋を能力によって封鎖した以上、誰かが入れ替わることなど到底できるはずもない。


ましてや、二メートルもある巨漢が一瞬で室内に侵入してくることなど不可能だ。信じられないが、騎士の言葉は真実なのだろう。


「ほんと、やってらんないわよ、まったく」


乱れていた呼吸を整うのを待たずして、アザミは弱弱しく立ち上がる。


命という灯が揺さぶられている気がした。


体験したこともないような、凄まじい勢いで血が循環している。


額のあたりだろうか、そこにある血管がアップテンポな曲のように、猛烈に脈を打っている。


これが、殺し合うという感覚なのだろうか。


帝国にいた時に模擬戦を何度も行った。


七災魔との戦いを想定して、眷属との戦いを想定して、もちろん、対人戦も想定してのことだ。


その時は、このような感覚にはならなかった。


戦いとはこんなものか、と。思った以上のものではないな、と。そう感じた。


けれど今思えば、それはあくまでも訓練の域を出ていなかったからだ。


戦闘、殺し合い。そういった命を懸けた実践をアザミはまだ一度も経験したことがない。戦場に一度も立たずして、何を分かったような気でいたのだろう。


怖い。


一人で戦うとは、こんなにも心許ないものなのか。


こんな経験したくなかった。高校生らしく、平和に暮らして、穏やかに過ごし、やがて安らかに死んでいく人生を歩みたかった。


でも、そうはいかない。ここで戦わなくては、私に先はない。


ここは異世界で、元の世界のルールなど通用しないのだから。


「あの場所に帰れずして死ねないっての……」


アザミは岩石のように重たい腕を動かし、ブレスレット型の霊魂器に触れた。彼女とサキの周囲に障壁が展開され、再び騎士の前に立ちふさがる。


「まだ、それだけの壁を生み出せる、か。霊魂器の質も年々高まっているとみえる」


「ざっけんじゃないわよ。こんなの霊魂器の力でも何でもない。ただのド根性よ」


「……なるほど、確かにそうだな。霊魂器の性能を引き出せるかどうかは、勇者の資質や性格、相性によって決まるもの。それを失念していた。素直に詫びよう……だが」


黄金の騎士は脇に控えていた大剣を片手で握り、舐めるようにその刃先をアザミに向けた。


「こちらにも相応の事情がある。これはお前たちのためを思ってのことなのだ。申し訳ないが、ここで仕留めさせてもらう」


大剣を構える騎士から研ぎ澄まされた殺気を感じ取った。大粒の汗がアザミの背中を伝った。


次の瞬間、剛胆に、そして軽々と振るわれる巨大な大剣。


それは風切り音を奏でながら、アザミの張った障壁に容赦なく切り込む。


一枚、二枚、三枚。


何十にも重ねられ、アザミたちを守るために張られた壁は、障子を破るかのごとく易々と引き裂かれていく。


「くそっ、くそっ、くそっ!」


アザミは障壁が破壊されると同時に新たな壁を生み出すも、再生が間に合わない。大剣が肉薄することを許してしまっている。


……ここまで、なのかしら。


追い詰められ、弱気になりつつある自分を認識しながらも、アザミは霊魂器から決して意識を逸らさなかった。


モーターをフル稼働させるように能力を発動していく。


己に降り注ぐ痛痒すらも原動力に変えながら、ただ一心に、障壁を展開し続けることだけに集中した。


呼吸を荒げながら前を見た。悔しいが、もう自身を守る壁は何枚とない。


大剣の切っ先はものの数秒でこちらに到達することだろう。やはり、ダメなのか。


と、本格的な諦めが脳裏をよぎった、その時。


「アザミさん、耳!」


背後から聞こえた声に、咄嗟に振り返る。


見据えた先には、心配そうにこちらを見やるサキの姿があった。戦いに夢中で忘れていたが、彼女には彼女の役割があったのだ。


笛を握った彼女の周囲には、いくつかの黒い影のようなものが渦巻いている。


察するに、能力発動の準備が整ったらしい。ギリギリではあったが、これは、どうやら。


「粘り勝ち、みたいね」


アザミは不敵に微笑んだ。


勝利への確信、そして、黄金の騎士が辿ることになる最悪の結末を予期して。邪悪に。

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伝説の武器は勇者の死骸で出来ている 横月へたの @yokozukihetano

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