蒼き炎のジャヤシュリー 挿話集

佐斗ナサト

第7.5話 交渉

 スヴァスティの市場は格子状にどこまでも続いていく。たくさんの売り物にジャニの頭がくらくらしてきたころ、バーラヤがふと、ある店の呼びかけに足を止めた。

「旦那、聖地で作った腕飾りだよ! 娘さんにどうだい」

 自分とバーラヤが親子と勘違いされているのだ、とジャニが気づくまでしばらくかかった。バーラヤがくつくつと喉を鳴らした。

「まあ、私も子や孫がいておかしくない歳ですからな。――店主、いくらだね」

「毎度! 五本で小貨六枚だ。縁起物だよ」

 店主の手の動きにつられて店先を覗き込む。色とりどりの紐を編んで作られた腕飾りがいくつも並んでいた。

 バーラヤが、ふうむ、と不満げな声を上げた。

「高いな。小貨一枚しか出せん」

「あれ、旦那! そいつは厳しい。だが別嬪べっぴんの娘さんに免じて、まけてあげよう。五枚でどうだい」

 バーラヤの目が自分の方に向いたので、ジャニは慌てて姿勢を正した。

「いるかね?」

「い……いえ、買っていただくわけには」

「だそうだ。では失礼する」

 そのままバーラヤは店先を去ろうとする。店主が大声を上げた。

「待った! 大まけにまけて四枚だ。こいつで勘弁しとくれ」

「二枚」

「三枚。三枚だ。二枚ぽっちじゃ、うちの坊主に食わせるロティカー〔注:パン〕も買えねえ」

 店主が三本の指を立てる。バーラヤはそれをしばらく見つめた末、小袋から三枚の貨幣を出した。

「結構。息子さんのロティカー代にしてくれ」

「毎度あり! さ、お好きなのをどうぞ」

 ジャニは戸惑ってバーラヤを見る。バーラヤは目を細め、ジャニに囁いた。

「遠慮なさるな。こういったことも聖地の楽しみといえなくもない。記念の品だとお思いください」

「……ありがとう、ございます」

 腕飾りをもう一度見やる。様々な色が錦のように並んでいる。

 美しいものを自分の意思で選ぶのは、もしかすると初めての経験かもしれなかった。ほんの少し、頬に熱が灯った。

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