第4話

 帰り道、公園を抜けて帰ろうとしてその脇に立っている存在感を主張しない市民会館が目に入り、ふと思い出した。そういえば、写真展今日からだったな。

 立ち止まって見ていると、何人か中に入っていく人がいる。私も釣られるようにして、ふらふらと市民会館の中へ入ると、案内板には「家族の写真展 右手入口」と書いてあった。

 目的もなく、ただ写真を見ているとなんだか悲しくなってきた。肥川先輩は、人を撮るのが上手かった皆川さんと比べてしまうのだろう。自分にはもう風景しか撮れないと、思い込んでいるのかも知れない。全ては、皆川さんの写真を撮れなかった後悔から。

 私まで鬱々とした気持ちになってしまう。知らなかった方がよかった? 気にしない方がよかった? そうして、色んなことを忘れていく方が本当はよかったのかな。その時の感情や、大切な人の顔も思い出せなくなるのが、救いになるんだろうか。

 私は家族の写真展を見ながら、そんなことはない、と思った。こうして並んでいる写真のどれもが、思い出を切り取っている。大切な人の一瞬を切り抜いて、覚えていられる方がきっといい。

 気が付けば次々に作品を見ていた。ふと、一枚の写真の前で足が止まる。

 辺りの風景は真冬なのだろうか、白くぼんやりとしているけれど、お揃いのマフラーをつけている若い夫婦にぴたりと焦点を合わせている。被写体の二人はお互いに違う方を向いているけれど、寄り添う姿には信頼感を感じさせて、温かみを感じさせる。

 この、写真は。既視感を覚えて、思わず急いでスマホを取り出し、肥川先輩に連絡を取る。

「肥川先輩!」

「どうしたの、そんなに慌てて」

「市民会館の展示会に――早く来てください!」

 私の切羽詰まった様子に、肥川先輩が電話越しでも分かるくらいたじろいで返事をした。それから、三十分くらいして肥川先輩がやってくる。

 そして、その写真の前に立ち止まると、息を呑んだ。

「この……撮り方は、この写真は――」

 肥川先輩の瞳に涙が浮かび上がって、その目は写真の左下に添えられているプレートへと移る。撮影者、皆川志映。その字を見た瞬間に、肥川先輩は会場を隈なく見渡した。だけど、すぐに肩を落とす。

「いるわけない……だって、」

 そう自分に言い聞かせるように、肥川先輩は少し震えながら呟いた。視線が落ち、地面を見つめている。そんな肥川先輩に声をかけようとした時、私の背後から声がした。

「肥川君?」

「……!」

 肥川先輩が顔を上げたのと同時に、私も振り返る。そこには、微笑みを浮かべて佇むポニーテール姿の女性が手にカメラを持って立っていた。

「皆川、さん……!」

 この人が、皆川さん。私が呆気に取られていると、肥川先輩は意を決したように迫っていく。私のことなんてもう目に入っていないのだろう。皆川さんの前に立った肥川先輩は、伝えたかった一言を口にした。

「僕っ……僕、最高の一枚を撮りますから! だから、被写体になってください!」

 伝えたのは、謝罪でもなく。ただ、あなたを撮らせてほしい、と本心だけ。

 私は、その瞬間に自分がやるべきことを目の当たりにした気がした。肥川先輩の姿を見て、唯君の言葉を思い出す。

「思い出として残すより、伝えた方がいい想いもあると思うぜ」

 そうだ。ただ、残すだけじゃダメなんだ。本当に言いたいことは、伝えないといけないんだ。そう気が付いた瞬間、私は気が付けば走り出していた。

 二人が話している内容も気にはなるけれど、それよりも早く、早く南条さんに想いを伝えたくなって。

 思い出に残したいだなんて、それだけで満足なんて出来るはずなかった。どんな結果になってもいい、この想いを残したい。届けたい。あなたが好きですって、一緒にいたいんですって。

 息を切らして学校まで戻ってくると、南条さんを探した。三年生の教室に向かう。ふと教室の中に人影が見えて、覗いてみると窓の外を見下ろしている南条さんがいた。私は、恐る恐る扉を開く。

 南条さんがこちらに気が付いた。

 私は思わず上擦りそうになる声を落ち着けて、彼の名前を呼ぶ。

「南条、さん」

「……お前、あの時の」

 近づいていく私を、南条さんは腕を組んでじっとこちらを見下ろしながら思いがけない言葉を告げた。

「須藤江奈、だろ?」

「え!?」

「中学、一緒だったよな。あの頃は名前を知らなかったが、肥川や唯に聞いてやっと分かった」

「う……え、えっと、その……?」

「それで? 何の用だ」

 まさか、南条さんが私のことを中学の時から知っていてくれたなんて思いもしなかったから、漏れる言葉もたどたどしくなる。何を言えばいいんだろう。せっかくこうして話せているのに、何も言えないままでいいわけがない。

 肥川先輩と皆川さんを思い出す。それに背中を押されるように勇気づけられた気がして、ぐっと息を呑むと南条さんの顔を見て正直に告げた。

「あの、私っ……南条さんのこと……好きなんです!」

 自信なんてあるわけない。だけど、伝えなきゃ後悔する。でもやっぱり返事は怖くて、顔を上げられなかった。

 でも、ちらりと見た南条さんの顔は、顔を真っ赤にして驚いていて。まさか私の方から告白されるとは思ってもいなかった、と言わんばかりだった。私がそれに気が付くと、微笑んでくれる。夢にまで見た、南条さんの笑顔が私に向けられている。それがとても愛おしくて。

 あなたの映った写真を思い出だけにしておくのは嫌だから、もっと撮らせてほしい。

 そして、願ってもいいなら。その隣に立っているのは、私がいい。


(END)

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君を映す 芹沢紅葉 @_k_serizawa_

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