節制に飽きた天使が欲望全開で地上に降り立つと

錫石衛

天使の欲望、そして絶望、一筋の希望

 羽の手入れは天使の身だしなみの基本である。大天使サマエール・クロノ・ホワイトは朝起きると羽を櫛で解いていた。彼女の美しく繊細な天使の羽は純白できめ細かくとても美しい。天使の顔立ちはほぼ全員整っているものである。そこで美しさの決め手となるのはそれ以外の部分だ。サマエールは羽がその決め手だと思っており、その手入れを怠ったことはない。


「綺麗だなあ。私の羽」


 鏡に映る自分の羽を見ながらサマエールはうっとりしていた。だが、時間を見てサマエールは慌て出す。手入れに時間をかけているがいつもその際に時間を忘れてしまう。自分達を作り出した創造神デミウルゴスへの祈りを集まり行うのだ。遅刻するとひどく厳しい説教が待っている。そうして外に出た時天使の友達に会う。


「ベリエ、おはよう。急がなきゃ」

「まあまあ、慌てていても仕方がない。ここはゆっくり話でも」

「また後でね」


 その天使ベリエ・アンネ・アストロイドはいつも遅刻している。青い翼を持ちショートヘアーの彼女はボーイッシュだが背は低く見た目は可愛い。羽の手入れも行き届いている。枕を抱く彼女を脇目に私は羽を広げ飛んでいく。


 天使の世界の町並みは見渡す限り真っ白で四角い家々だ。その中心である。創造神デミウルゴスの教会だけが城のような様式であり、そこに猛スピードで飛んでいく。教会に入る。ギリギリ間に合ったようだ。まだ、靴を脱ぐ天使達もいた。私も靴を脱ぎ室内用の靴に履き替えた。そして巨大な祭壇の前まで足を運んだ。


「みなさん。共に祈りましょう。ああ、神よ私達が平穏に過ごせていることに感謝いたします。これからも人々の模範となるように努めていきますのでよろしくお願いいたします」


 熾天使してんしメタフィスが代表して神に感謝を伝えてそれに合わせてサマエール達も祈りを捧げる。手を組んで皆でお祈りしていた時にサマエールは馬鹿馬鹿しいと内心で思っていた。天使は生活をする上で地上の人々の模範となるような行動をするように言われており、守れなければ厳しい説教が待っている。羽目を外したいという欲求が彼女を満たしており、このお祈りにも意味があるのか疑問を抱いていた。祈って神様の声が聞こえたこともないしと思っていた。


 だが、今日この日は彼女に声が聞こえた。優しそうなおじいさんの声だ。他のサマエール位の地位の天使達にもその声は聞こえていたようで少し辺りがざわめいている。


『この声は大天使だけ聞こえるようにしている。地上で救世主を探してくれぬか?志願者だけでよい。救世主を選ぶことに成功した天使は地上にとどまることを許可する。そしてその者の手助けをするのだ』


 サマエールはそれを聞いて真っ先に志願しようと考えた。天使が人々の模範とならなければいけないのはこの天使の世界天界にいる時だけだ。つまり、志願すれば羽目を外すことができるとも言える。


「静かになさい。大天使達よ。初めてのことかもしれませんが、お祈りの最中です。神の声にじっと耳を傾けるように」


 メタフィスが大天使を叱咤しったすると辺りは静まる。そのままお祈りを続行することになったが、それ以降は声は聞こえてこなかった。


 お祈りが完全に終わった後は仕事である。天使の仕事というのはそれなりに多い。死者の転生先を決めたり、呪われた地上の品を浄化したり、教会の人間に対して神託を下したりする。そこに向かう最中でサマエールは説教部屋の中からベリエの声を聞いた。


「だからさあ、こんなお祈り無意味だって。神託が下りたっいうのもどうせ集団幻覚でしょ?」

「何を言っているのですか! 反省しなさいベリエ・アンネ・アストロイド!」


 いつもサマエールと意見が合うことが多いベリエだが、この件に関しては流石に違った。サマエールの気配に気付きベリエはドアを開ける。サマエールは何事も無かったように去ろうとするが、説教する天使カマラ・トーラ・エルソルに呼び止められる。サマエールは遅刻しそうになったことを説教されるのかと思った。だが、カマラからサマエールが聞いたのは別の言葉だった。


「サマエールさん。ベリエの友達なのでしょう?説明してあげてください」

「いや、仕事なので」

「ほらほら困ってるよ。いい加減やめなよ。ボクを説得して何になるのさ?」

「いえ、これは重要な問題です。あなたも一応は大天使なんです一応は。なので神託が下りた時のことをサマエールさんからたっぷりと説明してもらいます」

「うわっ、説教されるより面倒臭めんどくさい」


 その後、サマエールが起きたことを丁寧に説明し、ベリエが疑問を持って反論するなどして3時間が過ぎた。仕事どころではないと彼女は思った。天使の仕事に給料が発生する訳ではないが、こういう場合は信仰に関する部分が優先される。つまりサマエールはこの場合ベリエを説得することを優先しなければならなかった。何かご褒美があってもいいのではと彼女は思ったが今までそんなことはなかった。ベリエの頑固さにもイライラしていた。


「はいはい分かりましたよ。で、これで終わりでいいんですよね?」

「いいんですよねじゃないわよベリエ! 私がどれだけ疲れたと思ってるの!?」

「ごめんごめん」

「はあ、すいません。本来私がやるべきできたがここまで頑固な天使もなかなかいないもので。あっ何かあげる訳ではないですよ。それも天使の節制の内ですから」

「ちっ」


 我慢は限界に近い。彼女はこの生活から今すぐにでも脱出したかった。普段はのんびりしているベリエを仕方がないと思って世話をしている彼女だが、今回は彼女に対してもサマエールはムカついていた。

 

「何か問題ですか?サマエール?」

「問題ありません! 行くわよベリエ」

「うへー」


 こうしてサマエール達は仕事に向かった。ベリエとサマエールは同じ場所で仕事をしていて、人の手ではどうにもならない呪われた地上の品を浄化して地上に戻す仕事をしている。仕事場に向かう中で大体ベリエはうたた寝しているが、今日は真剣な目をして私に問いをかけてきた。


「それでさ、行くの? サマエールちゃん?」

「行くわよ。こんな生活もう嫌よ」

「それは凄く分かるけどさ。あの神様って何か条件付けて来そうな気がしない?ボク達にこんな生活強いてる位だし。例えば毎日重りを付けて歩かないといけないとかさ」

「重り? 何の意味があるのよ。天使の能力であれば救世主なんて探すのは余裕なはずよ」

「そうかなあ。ま、行くのならボクも応援するよ。確かに節制ない生活はボクもしたいなあ。ふわぁ」


 話している間にベリエは立ちながら眠りについてしまった。その状態でサマエールは仕事にベリエの手を引いて向かう。怖い上司のツァリーヌに事情を話したところベリエだけが激怒を食らった。サマエールは1人呪いを浄化する仕事を進めるのだった。




 志願した天使が地上に降り立つ。その日がやってきた。志願した大天使達はその大半が優等生とも言える真面目な天使達だ。サマエールはその中では劣等生とでも言うのだろうか。ともかく名声が高い天使達の中で話せそうな天使を見つけたいと思った時、ある天使が目についた。ベリエである。


「ベリエ、行かないってことじゃなかったの?」

「いやぁ、ボクも地上に降りたいし」

「あら、説教コンビのお二方じゃないですか」


 サマエール達に声をかけてきたのは四大天使と呼ばれ特に慕われている天使の1人ガブリエラだった。腹黒いという噂があるが、サマエールが関わりたくない天使の1人である。その噂が合っているからだ。


「絶対に私が救世主を見つけ出す」

「あら、凄い自信。でも本当に大丈夫ですかね? なんせ」

「おいガブリエラ。分かってるよな」

「大丈夫ですよウララさん。ちゃんと神からの約束は守ります」


 ガブリエラの毒舌をウララという筋肉質の黒い肌をした女天使が来たことにより回避したサマエール達だったが、ベリエが考え込むような顔をしていた。ベリエは真剣な時はとても真剣であり今まさにそんな表情をしている。


「嫌な予感がする......」

「ベリエ......」


 その言葉は重く、サマエールは励まそうとしたがどう言っていいかが分からなかった。そうして大天使達に神託が降りる。


諸君しょくん。良く集まってくれた。諸君らを人間界に下ろすがこれを悪用しようとする天使が現れると私は考えた。なので条件を課す。ここにいる全員不細工な人間の姿で人間界に下ろす。天使の名を口にするのは禁止、もちろんその姿になってもいけない。ただし救世主を見つけ出した暁には救世主の守護者として天使の姿で人間界に留まっていいことにする』


 辺りがざわめく。優秀な天使達ですら動揺どうようしている天使が多い。サマエールはと言うと放心していた。ベリエはやはりと暗い目をしている。


「嘘......」

「嘘じゃないよサマエールちゃん。ボクはついて行きたかっただけなんだけど、これじゃあ何かあった時も助けに行けるか分からない......創造神デミウルゴス......ひどい神様だ......」


 サマエールは一粒の涙を流す。彼女の美しい姿も羽も地上にいる時は見られることも無いし何より不細工な人間の姿だ。天使の能力がその間は確実に使えないだろう。悲しみと同時に怒りも感じる。サマエールはデミウルゴスに対する復讐心をも抱きながらこうなれば欲望だけでも満たそうと地上に追われるように転移して行った。




 サマエールが転移した時、彼女は1人だった。周りには誰もいない。近くにいたベリエも他の天使達も一緒ではないのだろう。サマエールは自分の顔を水溜まりに映る風景から確認した。髪は長いが先頭が禿げていて、眉は毛虫のように太い。目は腫れているように形が悪くて小さく睫毛まつげは無い。鼻は低く大きく染みがたくさんついていた。


 サマエールは町にいたが夜だ。真っ暗であまりこの町の様子は確認できないが、サマエールはとりあえずこの町を歩いてみることにした。だが、目は天使の姿よりも悪い。町の様子は分からず、宿がどこにあるかというのも把握できない。そもそも彼女にはお金も無かった。


「野宿しかないのね......」


 町にはホームレスもいる。夏で暖かい時期だったから良かったものの、町中には糞便ふんべんが散らかっている。サマエールは人間界に関してはほぼ無知だ。来る前に調べることはできないことはなかった。本は図書館で借りることができたし、人間の生活や情勢にそれなりに詳しい天使もいた。糞便が落ちている場所を避けてサマエールは腰を下ろす。腐臭が漂いサマエールは嫌になった。そんな中でも今日は休まなければならないと彼女は眠りについたのだった。




「オークがいるぞ」

「追っ払え」

「私はオークじゃなくてだ......ミエルよ」


 サマエールは朝起きた後に町の人間達に石を投げられたり殴られそうになったりするなど攻撃されていた。その不細工な顔が一発強く殴られ腫れて更に形が悪くなる。人々の攻撃を完全にとは言えずともかわしながらサマエールは町の外まで追い出された。みな今のサマエールよりはいい顔をしている。助けてくれる人間はいない。彼女を攻撃するか無視するかだけだった。


「酷いよ。オークって。私は人間の姿をしてるはずよ」


 サマエールは1人呟くが返す人はいない。そこには草原が広がっていた。数匹ゴブリンがこちらを見たが顔を見るなり去って行った。不細工過ぎてゴブリンも襲う気にならないということだろう。水溜まりが見つかったので改めて自分の顔を確認した。やはり不細工で顔が腫れていることもあり見方によっては確かにオークに見える。


「あぁー!!」


 それを見てまた泣き出してしまうサマエール。それを誰も見守ることなく草原にその悲鳴とも思える泣き声は響き渡った。




「うぅ。もう、大丈夫......これからどうしよう」


 サマエールが泣き止んだ後にお腹がぐぅと鳴る。昨日から何も食べていない。人間としての体を持たせるために彼女は知恵を振り絞った。ゴブリンの居場所を襲うことを彼女は計画する。彼女はこの容姿では襲われないことを確信していた。


 そうしてサマエールは草原を歩き見つけたゴブリンと目を合わす。ゴブリンは逃げるが追跡する。ゴブリンはサマエールに背を向けている。気付かれていない。その後どんどん進んでいき、住みかのような場所にやってきた。ゴブリンは洞窟に入ろうとした時にサマエールに気づいた。こちらを威嚇し始める。


「「キシャー」」

「2匹しかいないのね。なら工夫すればこの体でも」


 魔物という生き物は殆どが性格が悪い。中には心の綺麗な魔物もいるがまれである。また、種族として心が邪悪ではない人型の魔物は魔族と呼ばれる。今は迫害されているが、彼らは基本人間と変わらない。それはともかく戦いである。サマエールはゴブリンに気付かれないようにしながら集めた木の枝や草、葉っぱを一瞥いちべつする。そしてゴブリンが体当たりしてくる中で木の枝を折って尖らせ床に撒いた。ゴブリン達はそれに気を取られるがその間にゴブリンを横切る。そして持っていた木の枝で一匹に切り傷を入れる。


「ギシャー!!」

「今のうちね」


 サマエールはゴブリンのいた洞窟に入り込む。そこにはがらくたがたくさんあったが、果物が数個あった。サマエールはそれを一気に口に放り込む。酸っぱさに彼女は顔をしかめるが、関係なく全部を食いくした。


「ふー。これでしばらくは大丈夫」

「「キャー」」


 ゴブリンが入ってきたのを見計らい、その瞬間に重いがらくたの重そうな物を思いっきりたくさん投げつけた。大半は外れるが、うまい具合にゴブリン2匹にの頭に当たる。頭に当たった時にゴブリン達は気を失った。


「ここで寝泊まりしよう......うぅ、何でこんな目に合わなければならないの?」


 サマエールは呟く。ゴブリンの死骸がそこにある。それを見て人間の体にはたんぱく質も必要ということを思い出す。サマエールは迷った後ゴブリンを食べる決意をした。




 そうして数週間、サマエールはゴブリンを襲いその住みかから食べ物を盗んで倒せた時にはゴブリンを食べることをしていた。自分が何のためにここにいるのか分からなくなっていた。


「はあ、これじゃあ言われた通りただのオーク。そもそもここに来た目的って何だっけ?」


 そう言いながら草原を彷徨さまよい草原を歩いていた時、悲鳴が上がる。後ろの方からだ。それは馬車だったが、ゴブリンの集団に襲われていた。馬車は走っていった。1人の美しい少女を残して。長い黒髪の整った顔立ちの彼女は絶望していて倒れたまま動かない。サマエールは立ち上がる。幸い武器や注意を引きそうな物はたくさん持っている。


 少女に夢中になっているゴブリン達にいかりを鞭のようにゴブリンの頭めがけてたたきつけた。これでゴブリンの大半は死亡する。だが、1匹生き残っていた。肩に当たって痛そうにしている。こちらに気付き邪魔をするなと言わんばかりに木の棍棒こんぼうを持ってサマエールの方にやってくる。サマエールは武器を針に変えて素早くゴブリンの脳天を突き刺した。


 生き物を殺すと人間界も天界も含めたこの世界では強くなる。サマエールの人間の姿もゴブリンを倒し続けたことで鍛えられていた。


 それはともかくサマエールは少女に近寄る。少女を別の場所に移動しなければならない。ゴブリンに襲われない場所へ。


「大丈夫?怪我はない?」

しゃべるオークさん、助けてくれてありがとう」

「あなたはどこから来たの?」

「近くの町だよ。でももうあそこには戻りたくない。うぅお母さん」


 少女が泣き出してしまう。サマエールはティッシュを持ってないので温かい声をかける。

 

「もし場所を知ってたら私があなたが行こうとしてた所に連れてこうか?」

「ほんと! ありがとう。オークさん優しいね」

「サ......ミエルよ。あなたは?」

「サミエルね。私はロヤ。よろしくサミエル」


 サマエールと言いかけたがうまい具合に取り繕えたことにほっとするサマエールだった。彼女は似た偽名になってしまったが悪くないと思ったのだった。そうして少女に連れられた後はゴブリンを追い払い続け、無事少女を送り届けることができた。サマエールはロヤを助け別れを告げるまでに今まで味わったことのない幸福を感じた。




 そうしてサマエールは元の狩猟生活に戻るんだと思っていた。夜になる。また1人だ。会話に飢えていたことに気付き今は更に飢えている。そんな時に長い黒髪の美青男がこちらに向かってきた。


「君か。妹が言ってたオーク、いや人は」

「あなたは?」

「僕はパスカル・ピピン。ロヤの兄だよ。妹を助けてくれてありがとう」

「そんな! 私は当たり前のことをしただけよ」


 パスカルはサマエールに頭を下げる。サマエールは悪い気分ではないが戸惑っていた。突然イケメンが現れて自分と話してくれているこの状況にだ。


「君、良かったら僕とパーティを組んでくれないか?君も1人みたいだし。僕は......その......組めなくてさ」

「何か事情があるみたいね。それならありがたくそうさせてもらうわ」


 頭を上げたパスカルはサマエールを誘う。この時サマエールは天使以外の仲間を手に入れたのだった。




 そうして、サマエールがパスカルと共に行動するようになった後は、彼女は天界にいた時よりも天国にいるような気分だった。パスカルは何故だか人々に毛嫌いされているのだが、サマエールと一緒にいることで彼自身にも影響を与えていた。


 ある日、パスカルがサマエールに大切な話があると言い宿に泊まる。だが、入った時に違和感に気付く。1人部屋だ。


「サミエル、君に伝えたいことがある」

「な、何?」

「僕は最近この町に来たんだ。その前まではエルフの集落に住んでたんだよ」


 パスカルが言うと人間の耳の形だった彼の耳がエルフの尖った物になる。サマエールは通りで美男な訳だと思うがそれよりもこの部屋に呼び出した訳が気になる。


「それでエルフの集落は人間に滅ぼされて、僕と妹と母さんは3人だけ生き残った。ここの人達にはばれてるんだよ僕達の正体が」

「えっ、でも隠せてないの?」

「隠せてない。こんなの噂が広まれば人間はすぐに疑いをかける。それで冒険者をやってる時、孤独だった僕を救ったのは君だ。好きだよサミエル」

「!!」


 サマエールは不細工な顔を赤くする。1人部屋ということはそういうことだろう。できれば彼女は彼と天使の姿でしたかったが、創造神に逆らうと何をされるか分からない。サマエールは笑顔で返答する。


「嬉しい。でもいいの?こんな不細工な女で」

「君じゃなきゃ駄目なんだ」


 サマエールはパスカルに押し倒される。その後互いをむさぼり合い、やがて互いに眠りについた。




 朝起きた時、パスカルはいなかった。書き置きがしてある。サマエールはそれを読んで青ざめた。


 サマエールへ

 僕の告白を受け入れてくれてありがとう。僕は故郷を滅ぼしたゴールに復讐ふくしゅうしに行く。奴は強いし多分僕は死ぬけど君といれて幸せだったよ

 パスカルより


 それを見たとたんにサマエールは天使の姿になる。ゴールとはゴール・ガ・ウォルフォードのことだろう。その屋敷はここから離れている。天使の羽で飛び立ち現場に向かった。




「くっ」

「ふんっ、やはりあの時のエルフか。復讐のつもりか?ただの蛮勇ばんゆう犬死いぬじにだな」


 屋敷ではパスカルとゴールが戦っていた。パスカルの方は重症でゴールは無傷だ。そうしてゴールがとどめをさそうと剣を振り下ろそうとした時に窓が割れる。そうしてサマエールが入ってきて光の剣を魔法で作りゴールの一撃を受け止める。


「君は......まさかサミエル」

「サマエールよパスカル。今まで黙っててごめんなさい」

「なっ! 大天使サマエール! 何故ここに! あまりにも分が悪い」


 逃げようとするゴールをサマエールが作り出した光の剣で一刀両断する。そうしてサマエールはパスカルに近寄る。酷い怪我だが、彼女の魔法で治療した。傷はみるみる塞がっていった。


「どうして私だって分かったの?」

「いつも君といたからさ。ありがとう。でも、大丈夫なのかい?君はあえてその姿にならないでいたんだろう?」


 思い出してサマエールは不安になる。するとサマエールの姿が薄くなり始めた。これは自身が本当に消えているわけではない。うっすら天界と思われる白い景色が見える。恐らく帰されるのだろう。


「ああ。戻されるのね」

「サマエール!」

「ごめん。私は救世主を探しに不細工な女に......いいや」


 サマエールは話を省略してパスカルの唇にキスをして抱きつく。パスカルは顔を赤くした後両腕をそっとサマエールの体に絡ませる。


「大好きよパスカル」

「僕もさ。大好きだよサマエール」


 そのままサマエールはパスカルと消えるまで抱き合っていた。




「大天使サマエールよ。お主は救世主を見つけないまま天使の姿になった」

「すいません。デミウルゴス様」


 転移した先は創造神デミウルゴスの前だった。だが、その表情は何かを考えており怒っているようには見えなかった。


「お主には選択肢がある。1つは天使に戻りこれまでよりも過酷な仕事をすること、そしてもう1つは天使の羽を捨て、サマエール・クロノ・ホワイトという名前を使い羽以外は天使の容姿のまま人間となることだ」

「いいんですか! 私はパスカルともっと一緒にいたいです!」

「そうか。じゃが既にサマエールという大天使は堕天使となり悪魔となったという神託を人間に与えている。大天使サマエールの名前であり容姿も同じお主は迫害されるじゃろう。決定に変わりはないかサマエール?」

「はい! 慈悲をありがとうございます。デミウルゴス様」


 


 こうしてサマエールは人間界に戻る。消えたその場に、パスカルの前にいた。パスカルは泣いていたが、サマエールを見た途端に飛び付いてきた。そしてサマエールとパスカルは抱き合う。


「良かったぁ!!」

「私も嬉しい」


 2人の目には涙が浮かんでいる。その時間は2人にとって人生で経験したことがないくらい幸福なものだった。

 

 


 

 

 


 

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