異世界転生者放火殺人事件
楽天アイヒマン
異世界転生者放火殺人事件
イカロスの翼の行方…迷宮に閉じ込められたイカロスは、父の作った蝋の翼で飛び立ち、脱出に成功する。しかし彼は夢中になって飛び続けるあまり、父との約束を破り、太陽に近づき過ぎてしまう。その結果、太陽の夏によって翼が溶け、海に墜落死してしまう。ここで疑問なのが、解けた翼はどうなったのかということだ。いくら太陽に近づき過ぎたといっても、完全に消えてなくなった訳ではなく、空を飛ぶのに適さない形になってしまったと考えるのが妥当である。とすれば変形した翼は海の底に沈んで、今頃どこかの砂浜に流れ着いているだろう。果たして翼はどのような形をしているのだろうか。みるに耐えない醜い脂の塊か、美しい蝋細工か…
「いらっしゃせ〜」午前3時を回ってもたまに客は来る。国道沿いのコンビニだから大体はトラック運転手だ。彼らは大体トイレとエナジードリンクを目当てに来店する。事務所で廃棄になった弁当を食べていた途中での来客だったから、俺の唇には唐揚げのカスがくっついていた。
このバイトももうすぐ10年になる。店長より歴が長いから、廃棄の弁当を食っても何も言われない。作家志望でコンビニバイトしかやってない俺には常に金がない。この弁当が生命線だ。
「ありがとうございあした〜」思った通り、客はトイレを使った後、エナジードリンクだけ買っていった。すえた臭いがレジ前に残る。やっぱりトラック運転手だ。おそらく長距離で風呂に入っていない。軽く舌打ちをすると事務所に戻り、弁当の残りを貪り食う。
さて、腹もいっぱいになったし、早く小説を書き上げないと。賞レースの締め切りまで後三日しかない。今回のテーマは流行りの異世界転生だ。傾向からしてこのテーマが受賞する確率が高い。これで当たれば職業作家として生きていける。
書きたかったものと違うがしょうがない。決して惰性で書いているわけではない。小説を書くのは楽しいことだ。だけど何かモヤモヤしたものが胸の中に残っている。言語化しようとしても難しい。売れている小説家なら的確に言語化できるんだろう。だから俺は作家にもなれない、趣味で小説を書いているフリーターなんだろうな。
「物語を書きたいという衝動はとっくになくなって、余熱だけでペンを走らせている。」いい一文だ。応募する作品の中でも登場させてやろう。
集中力が高まってきたタイミングで、朝番のアルバイトが出勤してきた。業務の引き継ぎをしているうちに考えていたアイデアを忘れてしまった。忘れてしまったということは大したものじゃなかったんだろう。余計なことをぐずぐず考えていたせいか、小説は全く進まなかった。タイムカードを切って朝飯と割引になったビールを買う。
店から出ると朝日がちょうど登ってくる所だった。ビルが太陽の光を反射してひどく眩しい。なんだか馬鹿にされた気分になって、ビールの缶を開けた。近くを通りがかる出勤途中の社会人たちが小馬鹿にした表情で通り過ぎていく。
俺はモノを書く才能はあったが、力の試し方を知らなかった。世間と相入れられない自分を認めるために、才能に対しての過信と不安が黒く渦巻いていた。黒々とした感情を込めて、道ゆく社会人たちを睨みつけた。俺に敵わない奴ら、俺より下等な奴ら、俺がなりたくてもなれない奴ら。
あまりに必死に彼らを見つめ続けたせいだろう。俺は赤信号に気づかなかった。クラクションで我に帰った時はもう遅かった。鈍い衝撃を感じて俺はゆっくりと宙を待っている。トラック運転手の死にそうな顔が見える。ああ、これで異世界転生でもできればいいのにな。走馬灯があまりに一瞬で通り過ぎてしまったため、俺はそんな馬鹿なことを考えていた。ゴキッと音がして、目の前が真っ暗になった。
「目が覚めましたか?」定まらない視界の端に白衣の老人が見えた。天井が揺れている。
「ここは?」喋って驚いた。全然呂律が回らない。
「県立の総合病院です。〇〇さん、あなたは頭を打って三週間ほど昏睡状態でしたが、目が覚めてよかった。ゆっくりリハビリしていきましょう」
「〇〇さんって、誰ですか?」
「あなたの名前ですよ。頭を打った後遺症で見当識障害があります。しばらく違和感を感じるでしょうが、一過性のものです。すぐ慣れるでしょう。ではこの後簡単な検査がありますので、その時になったらお呼びします。明日からはリハビリがありますので頑張りましょうね」
医者はそう言って部屋を出て行った。変な気持ちだ。自分の名前や居場所、時間に違和感がある。三週間も眠っていたというが、体感では七〜八時間眠った感じでしかない。ゆっくり体を起こすと、信じられないほど痩せていた。浮き出た血管に何本もの透明なチューブが刺さっている。頭に違和感を感じ触ってみると、包帯でぐるぐる巻きになっていた。病室には鏡がないのでわからないが、さぞ悲惨な見た目をしているのだろう。
やることがないのでベットに寝転んでいると睡魔が襲ってきた。ゆっくりと意識が泥の中に沈んでいく…
短い夢を見た。火を吹きながら走るトラックに僕は轢かれた。その勢いのままビルの間を飛んでいる。僕の体は激しく発火している。こんなに輝いているのに、誰にも見えていないようで、みんなスマートフォンしか見ていない。なんだかむかついたので地上に降りて肩に手をかける。『おい』その瞬間周りの人間全員が灰になった。誰もいなくなってしまったので僕は寂しくなって大声で泣いた。
「〇〇さん、起きてください。」
ゆっくりと目を覚ます。年増の看護師が無表情で立っている。なんだかひどく喉が渇いた。
「検査の前に水飲んでもいいですか?」しかし、にべもなく断られた。検査前は飲食厳禁らしい。ずいぶん愛想のない看護師だ。
俺はキャスターのついたワゴンに乗せられ検査室へ連れて行かれた。なぜか警察官も一緒についてきた。看護婦に聞くと警備員らしい。妙な奴らだ。たかが検査に警備員ねえ。
レントゲンとか見た事ない機会で色々な検査をされた。随分大袈裟な検査だったが、異常はなく後一週間ほどで退院できるらしい。しかし検査の最後の面談で変なことを聞かれた。
「何か妄想とかの症状はありませんか?例えば自分は別の世界から来たんじゃないかと…」
上の空でいた俺は、ハッとして医者の顔を見つめたが、医者は不思議そうな顔をしてこちらを見ている。もう一回聞き直そうと思ったがやめておいた。何か変なことを言って退院が伸びたらたまったものじゃない。
検査が終わった次の日からリハビリが始まった。想像していたよりキツくはなく、少しの筋トレとSPIテストらしき一般常識の確認くらいだった。最初のうちは違和感の方が大きかった。今まで自分が常識だと思っていたものが事故によって揺らいでしまったのだ、無理はない。だけどパズルのピースが徐々にハマっていくように、欠落していた常識が俺の中に収まっていった。
そうして一週間後、俺は退院出来た。事故の時にノートパソコンは壊れてしまったようで、賞レースには間に合わなかったがしょうがない。筋書きは頭の中にある。スマホで書き上げて、また次に応募すればいい。
しばらく入院していたので次の出勤日はいつかバイト先に電話で問い合わせた。すると俺はクビになっていた。曰くいつ目が覚めるかわからなかったこと、後遺症が残る可能性が高いことからクビという事になったらしい。到底納得できないから、コンビニまで行って店長に直談判した。しかし出てきた店長は俺の記憶にある小太りの中年ではなく、痩せた青年だった。名前も違う。混乱している俺に店長は残念そうな、しかし冷たく語りかけた。
「〇〇さん、僕としても残念です。僕にとってオーピニングから一緒にやっている〇〇さんは信頼できるスタッフでした。しかしいつまでもシフトに穴は開けられない、ご理解ください」
「いや、俺はオープニングスタッフじゃないし、あなたのことも知らない。店長の渡辺さんはどこ行ったんですか?」
「この店はずっと僕と〇〇さんで回してきたじゃないですか。しっかりしてください」
俺は店長と名乗る青年からの哀れみの視線を背に受け、店を出た。俺の頭がおかしくなったのか?いや病院では正常だった。しかしあの面談の最後の質問はなんだ?妄想、異世界?ぐるぐると回る思考は答えを出せないまま、俺は街を彷徨いた。いつも通りの見慣れた街、しかしどこかに違和感がある。この違和感をうまく言葉にできないから俺は作家にもなれない、小説家になれないフリーターなんだろう。なんだこの言葉、どこかで言ったことがある。そうだ、あのコンビニで小説を書いているときにぐだぐだ考えていたことだ。
頭が壊れそうになり、俺は部屋へ戻った。部屋はいつも通りだった。安心してベッドにダイブする。そのままスマートフォンを開き、俺が応募しようとしていた賞レースのサイトを開く。確か昨日が受賞作品の発表日だったはずだ。ページを開きランキングを見る。俺はしばらく呆然とした。
受賞した作品は俺が構想していたタイトルと同じだった。まさかと思い、中身を読んで愕然とした。タイトルも中身も、俺が応募するはずだった作品と全く同じだ。作者名だけが違う。どういうことだ、盗作?いや、そんなわけない、俺が小説書いていることは誰にも言っていない。全くの偶然?いやそんなことあるわけがない。俺の混乱した頭は混乱し続けて、ついにある結論に達した。
俺はトラックに撥ねられて異世界に来ている。
しばらくは信じられなかった。医者の言う見当識障害で俺の妄想かと思った。しかしいくらなんでもありえないことが多すぎる。俺は知らない男によって仕事をクビになり、知らない男に作品を乗っ取られた。こんなことあっていいはずがない。食い入るように俺の作品だったものを見つめ続けた。どうやら書籍化も決まっているらしい。来月販売するとのことだった。不思議と悔しさはない。ただぼんやりとした非現実的な浮遊感が俺を包んでいる。
飽きることなく受賞した作品を読み続ける。一番最後のページに行ったらまた最初のページへ。日が沈み、朝日が登っても読み続けた。正気に戻ったのは午前12時を回った頃だった。目の痛みと激しい眠気に襲われて、目を閉じた。ささくれだった俺の心に眠気がとろりと絡みつき、意識は夢の世界へと旅立った。
短い夢を見た。火を吹くトラックがこっちに向かって走ってくる。トラックはクラクションがわりに叫ぶ。『そうだ、そのまま行け』僕は軽く頷き、原稿用紙を燃料にして走り出した。コンビニでガソリンが売っていたので水分補給しながら出版社に向かった。僕はそこで爆発した。光線銃で火を放った。後悔はない。みんな灰になった。
目を覚ました。なんの夢だったかは覚えていないがひどく喉が渇く。おそらく医者から出された薬の副作用だろう。台所に行って水をコップいっぱい飲む。今日は働き口を探そう。コンビニバイトをクビになったんだ。小説を書きながら働けるバイトを探さなきゃ。
「不採用です」
「今後の活躍をお祈りしております」
「不採用です」
「今後の活躍をお祈りしております」
「今後の活躍をお祈りしております」
全滅だった。それもそうだろう。ろくに職歴もないくせに入院歴がある。誰だって雇いたくないに決まっている。そうやってモタモタしているうちに貯金は底をついた。そして明日は俺のものだったはずの本が出版される。絶望的な気分に浸っていた時、ある考えが天啓のごとく俺の頭に閃いた。
もう一度俺のいた世界に戻るしかない。それは俺を異世界に送り込んだトラックとあの本の出版の阻止によってなされるべきだと。何をすればいいか、はっきりと頭の中にイメージできた。
俺はガソリンスタンドに向かい、車にガソリンを入れた。今時どこも厳しく、携行缶に給油できない。しょうがないからドラム缶用の給油ポンプを使い、車から携行缶にガソリンを移し替えた。そして護身用に大ぶりな包丁をホームセンターで買った。まず現場の下見をしよう。
出版社は交差点の角にあった。歴史のある建物で壁の所々に大きなシミがある。入り口には警備員が立っていて、携行缶を抱えて入るのは無理そうだ。となると無理やり突入するしかない。突入に最適なのは馬力のある四輪駆動だ。レンタカー屋に電話し、トラックを手配する。
夕方頃レンタカー屋に行き手続きをする。店員は嫌に親切で、まるで俺が今から何をするか勘付いているかのようだった。俺は優越感に浸りながら、店を出た。もうここに戻ることはない。車を戻すことも、この世界に戻ってくることも。
4時半頃に出版社近くの交差点についた。帰宅ラッシュが始まる前だったので、人通りはまばらで。まるで嵐の前の静けさといった風情で、幸せそうな親子連れや下校途中の学生が歩いている。俺はこの世界とのお別れ前に、幸せな光景を目に焼き付けた。
俺は赤信号でも止まることなく、アクセルを踏み込んだ。警備員はいち早く異変に気づき、俺を必死に止めようとしたが、車には敵わない。警備員を引き摺りながら、ロビーに突っ込む。ロビーにいる全員呆然としている。俺はみんなが硬直している間に、素早く車から降り、出入り口付近にガソリンを撒いた。我に帰った男数人が駆け寄ってきたが、俺の方が早かった。ジッポライターに点火して、床に放り投げた。一瞬にして燃え広がる。これで誰も逃げられない。男の中の一人が怒声を上げながら組みついてくる。俺は素早く包丁を抜き、男の首に突き立てた。彼は脱力してゆっくりと崩れ落ちていく。申し訳ないが、俺が元の世界に帰るためだ。許してほしい。
非常ベルが鳴り響き、職員は大パニックになっている。社員の奴らは2階の窓から逃げようとしているようだが、無理だろう。トラックに積んでいたガソリンが流れ出し、火の手は建物の外にまで広がっている。飛び降りたところで焼け死ぬだけだ。飛び降りなかったとしても、やがてみんな煙にまかれて窒息死だ。
さて、あとは原稿を燃やしデータを壊して仕舞えば、本が出版されることはない。腰が抜けて逃げ遅れた女社員を包丁で脅し、原稿の場所を突き止めた。社員は弱々しい声でどうしてこんなことを、と仕切りに呟いている。俺は彼女に、懇切丁寧に教えてやった。決して悪意からの行動ではなく、元の世界へ帰る手段なのだと。彼女には難しくてわからないらしいが、しょうがないだろう。いきなり異世界に飛ばされたなんて話、信じられるわけがない。どうにも可哀想なので、包丁で楽にしてあげた。
原稿を燃やして、全ての準備は整った。煙のせいなのか、意識が遠のいていく。これで目を覚ませば、俺は元の世界に戻っているはずだ。そこでは俺の作品が受賞しているはずだ。ゆっくりと意識が遠のいていく。俺は抵抗することもなく、意識を手放した。
「目が覚めましたか?」定まらない視界の端に白衣の老人が見えた。天井が揺れている。
「ここは?」喋って驚いた。全然呂律が回らない。
「県立の総合病院です。〇〇さん、あなたは頭を打って三時間ほど気絶していました。軽い脳震盪ですね。目が覚めてよかった。」
俺はゆっくりと息を吐いた。違和感は消えた。俺は元の世界に戻れたのだろう。
「大丈夫です、〇〇さん、きっと良くなりますよ」
そういって医者は病室から出ていった。
症例:1 小林裕也(32)の場合
患者はトラック運転手(現在離職済み)として勤務中、被害者〇〇をはね死亡させてしまう。事故の際、小林は一心不乱に被害者のノートパソコンで、執筆中の作品を読み耽っていた。救急車で搬送の際に激しく暴れ、ノートパソコンを破壊。自責の念からか、自身を〇〇だと思い込み、会社を退職、小説の執筆を開始する。〇〇の遺族が出版社に依頼し、本の出版が決まった所、自身のアイデアを盗作されたと思い込み、出版社に放火。本人も火傷を負うが、新しい手術の被検体として延命。現在県立〇〇精神医療センターに入院中。
異世界転生者放火殺人事件 楽天アイヒマン @rakuten-Eichmann
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