満ちて欠けて、欠けて満ちて

呂兎来 弥欷助(呂彪 弥欷助)

満ちて欠けて、欠けて満ちて

 風に揺れるカーテン。

 開いている腰高の窓。

 隔てた先に見えるのは、闇夜。

 そこに足をかける、ひとりの人物──。




 近頃、夢を見る。

 繰り返し、繰り返し、少しずつ進んでいく夢を。


 昨日は、忽然とひとりの人物が表れただけだった。

 今日は、その人物が腰高の窓に足をかけた。


 コマ送りのように一コマ減り、その分の一コマが進んで行く──そんな風に思い出しながら、僕は朝の支度を済ませた。


 転校して数ヶ月が経った。

 数ヶ月前、両親が離婚した。

 よくある話で、悲劇でもなんでもない。ありふれた話だ。


夏澄カスミは、どっちに来たい?」

 そう聞かれても──なんて答えられずに、期待しているのだろうと察して、本心を見出す前に口が勝手に動いてしまった。


 後悔はしていない──多分。

『一緒にいる家族が違う苗字だと不便だから』

 それだけの理由で、氏名が変わった。


「変えられるなら、この性別を間違われやすい名前の方を変えたかったのに」

 ボソリと吐き出た言葉は、後悔なのだろうか。




夏澄カスミ

夏澄カスミくん」

 嫌いだったはずの名前なのに、この性別では珍しい名前だからだろうか。一発で氏名を覚えられ──クラスにいる苗字だからと、名前で呼ばれるようになった。


 人には恵まれたのだろう。

 そう思えば、やはり案外悪い選択ではなかったのかもしれない。


「明日、テストだって」

「『小』テストでしょう?」

夏澄カスミくん、前の学校で習っていた範囲なんだっけ? いいなぁ、教えてよ」

 思春期な年齢に差しかかったのに、男女問わず無邪気に話している。

 僕は、きっと今のクラスが居心地がいいのだ。

「いいよ」

 にこっと笑えば、

「やった~!」

「じゃあ、俺んにみんな来るか?」

「いいね~!」

 こうして、みんなもパッと笑って、ワイワイと盛り上がる。


 ワラワラと立ち上がって、はしゃいで歩いて──そんな明るい輪に、浮かずに入っているような気になる。




 元気で野太い声が響いて、にこやかなおばさんが飲み物を出してくれて、やさしい言葉をかけてくれて──ああ、なんて、非現実的なのだろう。


「みんな~! 夏澄カスミくんが教えてくれるから、114頁を開いて~!」

 明るく仕切る高い声も、梅雨時期に晴れた空にとても似合う。


「大袈裟だよ。恥ずかしい」

『い~じゃ~ん』『よろしくお願いしま~す』

 ああ、賑やかだ。


 僕は、本当に──浮いていないのだろうか。




「ただいま」

「あら、おかえりなさい」

『遅かったのね、心配したわ』なんて、早口が耳を通過していく。

「ご飯食べたら片付けておくから……ごめんなさい」

 ふうと吐かれた一息が、強烈な主張を投げつけてきた。『いいわよ』という言葉は、果たして表面通りなのか──こんな風に感じるのは、同性じゃないからかもしれない。




 開いている腰高の窓。

 隔てた先に見えるのは、闇夜。

 そこに足をかける、ひとりの人物──その人物からは、羽が生えた。


 水面から顔を出したかのように、息を吸う。


 あの部屋は、前の家の僕の部屋だ。

 そう気づいて、ドキリとした。


 夢の中の人物は、僕だ。

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満ちて欠けて、欠けて満ちて 呂兎来 弥欷助(呂彪 弥欷助) @mikiske-n

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