妖精の鍛冶師
無頼 チャイ
面白おかしい悪戯の行く末は……
パンジーの花びらのように明るい黄色の髪、篝火のように魅入ってしまう赤色の瞳、睫毛のちょっと長い、幼い少女のような妖精。人間からこっそりと拝借した色とりどりの布切れを身体に巻き付け、仕上げに糸を通して合わせた衣服を着て、当てもない自由気ままな旅をしていた。
「本日は晴天なり〜」
花の香りがする蜂の背を、高級絨毯のように踏み立ち、しっかりとした筋の通った
薄羽を通って日光は、キラキラと葉脈を思わせる緑の模様を大地に落とす。
フェイは、こんな日が好きである。
真っ暗な雨雲が雨粒を落としきり、黒から白へ、曇天が晴天へと変わるその時、妖精の羽よりも自由で、雲よりも軽い虹色の橋が現れる。どっしりと重く湿気た空気が、日に当たってキラキラ輝き、小さな胸を満たす喜びに打ち震える。まるで雨粒が陽の種火を捕らえ、その活気を惜しみなく全ての生物に分け与えているような、こんな日が、たまらなく大好きである。
フェイは羽も腕もうんと伸びをすると、どっさりと腰から蜂のベッドへ沈んで、日の輪に合わせるように右手の人差し指と親指で輪っかを作って遊んでいた。
フェイは変わり者である。妖精は住処とした土地を仲間と共に暮らし、それ以外の生き物に関してはイジメるように追い出す。けれどフェイは、住み慣れた土地を持たず、こうして小鳥や蜂の背に跨り、どこに向かうとも知らずにのんびりとする時間を愛する妖精。ゆえに彼女は、時に旅に愛され、時に旅から試練を与えられ、どの妖精よりもたくましく、どの妖精よりも人生を謳歌していた。
絹やシルクを思わせる日のカーテンに手を伸ばしながら、三つ編みにした二本の髪をゆらゆらと風に揺らしていた。
「お?」
茶目っ気を感じさせる声。
フェイは、過る度にため池ににらめっこをする遊びに興じていたのだが、蜂が微かに揺れたことに気付き、蜂の頭の上から先を覗いた。
「人間……の子供か!」
横たわった人間が普通より小さいところを見て、フェイはズバリと言った。
さてさて、答え合わせでも、という風に、フェイは子供よりも子供らしく笑んで子供の上に蜂を停止し、じっくりと見下ろした。
「ハハッ! やっぱり子供じゃん!」
フェイは満足げに笑い声を上げ、答え合わせの結果に喜んだ。
ひとしきり喜ぶと、彼女の中で一区切り着いたのか、蜂の頭をゆっくりと撫で、ムフッとした表情で何かを伝えた。
「ありがとね。ボクはちょっと遊ぶから、ここに降りるよ」
そう言って、軽やかに飛び立つと、蜂の背から子供の背に落ち着地する。
「バイバーイ!」
明るい声に蜂は羽の振動で返すと、どこかへと飛んでいった。
蜂の姿が見えなくなるまで手を大きく振っていたフェイは、さて、と子供の頭へ登っていく。
大きな毛を掻き分け、斜面に立つと、黒い毛がしっかりと地肌に根付いてるのを確認し、大丈夫と分かると強く握り、えいやっ、と飛び降りた。
びよんびよんと上下に弾むが、気にしない様子で、それが収まると、フェイは自分より大きな耳のおっきな穴の暗闇に、にししと悪戯っぽく笑む。
「起きろー! 狼が来るぞ! 熊が来ちゃうぞ! 悪い妖精がやってくるぞー!」
手に持つ黒い毛を全身で前後に揺らして、思いつく限りのこの世の怖いものを口にする。
すると、手に持つ毛を含め、フェイの見る巨大が瞬間大きく動いた。
仕上げという風に、篝火のような瞳が煌めく。
「空が落ちるぞー! 大地が浮くぞー! 天変地異だぞー!」
「うわぁぁー!」
悲鳴を上げながら、黒毛の子供が起き上がる。何事かと周りを必死に目にし、忙しなく首をぐるぐる回して辺りを見やった。
子供は状況が分かっていくと落ち着いていき、やがて、宝石のような赤色の瞳を、疲れ気味に地へと向けた。
「寝てた、のか。僕は」
困ったように表情を歪ませ、晴天の空と対照的に、雨に打たれる子犬のように、低い嗚咽を上げ始めた。
「逃げなきゃ、でも、どこに行けば……」
「やあやあコドモ! この声が聞こえる!」
「うわぁ!?」
「イヒヒ。驚いたかねびっくりしたかねおっかないね〜! この声は君にしか聞こえないんだよ。ボクがどんな存在なのか、分かるかい?」
イヒヒ、と口に手を添えてフェイは笑う。
最近フェイがハマってる遊びは、こうして寝てる人間を起こして、耳元に自分が何者なのか問いかける遊び。
特に子供は面白く、雲だったり太陽だったり、果てには神様だったり、笑えるものでは飼っている犬だったりと答えた。
さてはて、この子供はどんな存在と答えるのだろう。フェイは子供の答えにワクワクと全身を震わせて待つ。最高に愉快で痛快な存在を言ってくれると信じて。
その時が来る。がくんと子供が沈む振動に耐えた後に、静かに声はした。
「恩人様。どうか、助けてくれませんか」
「おんじん? いやいや、だからボクの存在を答えておくれよ。どんなものでも良い、君の想像力が行く果て、そこに答えがあるのさ」
フェイは解答のやり直しを要求した。今度こそ面白おかしい答えに期待して。
子供は少し考えるように固まった後、両手をゆっくりと組み、祈るように答えた。
「どんなものでも良いのなら、僕はあなたが鍛冶師ならと、そう思いたいです」
「カジシ……」
フェイは顎に手をやり思い返す。あ、とそれが人間の職業で、鉄を打ち、剣や鐘、大釜何かを作る火の人間だと察し、ふふんと偉そうに鼻を鳴らした。
「そうだ。ボクは鍛冶師だ! 大地を溶かして鉄を曲げ、大雨の粒がたっぷりと入る大釜さえ作る偉大な鍛冶師だ。よく分かったな子供」
「本当に鍛冶師なのですね! なら、あなたに作って欲しいものがあります。どうか、僕の願いを聞き届けてくれませんか!」
「良いともいいとも! ボクは偉大な鍛冶師。どんなものでも作ろう。君が望むなら、雲を貫く城さえも、日のベールさえ切り取る剣さえも、大地よりも巨大な猪さえ煮込める大釜だって作ってみせよう!」
フェイのなりきり遊びは加速する。子供のお願いなど、聞くだけ聞いて、後は無視してしまえば良い。
そんなことよりも、一体どんなお願いをするのだろう。フェイの関心はそれだけに注がれていた。
そして、子供はお願いをする。
「指輪を、作ってください」
「指輪か」
「はい。金の輪で、宝石が嵌め込まれた指輪です。宝石は夜を閉じ込めたようなものです。それを、それさえ作って頂けるのなら、僕は使命を果たし、その後死んでも構わない!」
「……」
フェイは考えた。目を鼻に寄せるように考えた。
こんな熱心なお願いをする人間なんて見たことあっただろうかと、死さえ怖がらず、目にも見えない相手に懇願する人間なんて、フェイの世界には存在しない。
だからこそ、フェイは想像する。この子供の行き着く先は、面白おかしい結末を連れてくるのでは、と。
妖精の好奇心は猫にも負けない。フェイが旅を始めたのは、この世界への好奇心からなのだから。
「良いぞ良いぞ。その指輪作ってやろう!」
「本当ですか!」
「もちろんだとも。ただ、夜のような宝石はよそう。それよりも、晴れやかな朝のような宝石を付け、輪の表面には植物や蝶が活気付く姿を装飾しよう。ボクはその方が好きだからな」
「それでも構いません! どうかお願いします!」
「分かった。なら約束だ。次の日の朝、ここに来い。君の望む指輪を置いておくからな」
子供が頷くと、フェイは手を離し、そそくさと近くの草に隠れた。
その日の夜。フェイは蝶や蜂から近くの湖を聞いてやって来た。
大きな湖は妖精の背丈にすれば大海と同じだった。だがフェイはにんまり笑って近づくと、しっかりとした
「えっへっへ! フェイ・ファイヤワークスが羽を羽ばたかせるんだから、楽しませてよ!」
丸い月の浮かぶ湖面に爪立ち、くるりと回る。キラキラと新緑のような鱗粉が周りに漂い、それが、徐々に広がっていく。
「鍛冶師は確か、鎚と金床、火と水を使ったよね。ならボクは!」
荷物から小さなランプを取り出す。蓋を開けると、周りに漂う鱗粉を取り込むように振って、フェイはにこやかに笑ってランプの中身をためていった。
ある程度ためると蓋を閉じ、軽く振った。すると、小さな発光が集合し、キラキラと輝きながら、炎のような温もりをランプ越しに与える。
「よしよし!」
そしてそれを、湖の近くの土に置き、お菓子を貰える子供のような無邪気な表情を浮かべながら、ゆっくりと蓋を開けた。
「うわっ!? ふっ、あっはっは!」
鱗粉が吹き出し、同時に、炎のようにメラメラと燃える。ランプの口から、鱗粉を噴射する炎が迸った。
「成功! そして、散らばった鱗粉を集めて、捏ねてと!」
粘土を弄るように、鱗粉は土と一緒に集められ、捏ねられ、固められていく。よく捏ねられた土は、フェイと同じ大きさくらいの輪っかになった。土色は金色に染まり、月光を反射してキラキラと輝いていた。
「最後は、朝焼けのような宝石か。え〜と」
草むらに潜り、どこだどこだと声を上げながら、フェイは草の葉を調べ回る。
すると、雫をためた葉っぱに辿り着き、フェイは小躍りするような仕草を見せたあと、慎重に、雫のたまった葉を取り、それを燃え盛るランプの近くに持っていった。
リングの天辺に、王冠のような窪みを作ると、よいしょ、と雫を慎重に、葉の先から伝えるように落とした。
「出来た。後は焼くだけ!」
身体全体で喜ぶフェイは、そこら辺で拾った小石を両手に持つと、仕上げとばかりに炙られる金の輪の天辺、雫の表面に石を打ち付けた。
不思議なことに、雫は飛び散ることはない。むしろ、叩かれたところが凹み、どんどんと面を作るほど、内部に複雑な光を反射していった。
フェイは納得いくまで雫を叩く。妖精の鱗粉はその度に弾け、大地や宙に手の届く星々を広げていく。
「っし! できたー!」
手にした花の棘を、金の輪が冷める前に内側に刺していた。それはフェイ・ファイヤワークスという意味を持つ妖精の言葉。
フェイは金の指輪が完成しかけた時、名前を彫りたいと思った。それはこの指輪がフェイの最高傑作なんだということを忘れないため。妖精は気ままである。そのため執着はしない。だけど、思い出はいくら残っても良い。この指輪が次に出会った時、誰が持っていたのか、どこにあったのか、その行方を知ることは、妖精の悪戯としては最高に謳歌しているだろう。
「にしし! 旅は道連れってね!」
フェイは指輪を持って約束した場所に持っていった。側にふかふかな花があったため、そこで眠りについた。
翌日、花が朝日を求めて伸びをする頃、フェイも伸びをして、欠伸一つを吐いて起き上がる。
すると、早速足音が近付いた。フェイは木の洞に隠れると、やって来た子供の姿にニヤけた。
だって泣いてるのに幸せそうじゃないか。
だって膝を折っているのに、天を仰いで感謝を述べているじゃないか。
おかしいね。おかしいね。面白くってニヤけちゃう。
フェイは子供が去る時まで、吹き出しそうな口を抑えて、その光景を見守った。
やがて子供がいなくなると、幸せそうに肩で息をするフェイの前に、小鳥が一羽立ち止まった。
ちょうどいいやと、その小鳥の背に跨って、また旅を再開した。
これはずっと後に聞いた話し。ある日朝焼けのように煌めく指輪を付けた王子が現れた。その国は王子の故郷で、指輪を身に着けた王子は、暗く煌めく指輪を付けた、王子の叔父にあたる王様に玉座を賭けて決闘し、叔父を倒した。
見事復讐を果たした王子は、その夜の様な宝石の指輪と、朝焼けのような指輪を夫婦の指輪として、国宝にし大切にしたという。
誰が解いたか分からないが、指輪に書かれた言葉が人名だと判明し、王子は恩人を探したという。
『フェイ・ファイヤワークスという鍛冶師を探せ!』
平和な国の民達が後にも先にも王子を心配したのはこれだけだった。指輪は細工師の専門だと、大臣達は説明したそう。
だが、王子は合っていると言ったそうだ。
『最高の鍛冶師は指輪さえ作る。妖精語も使えるぐらいな』
妖精の鍛冶師 無頼 チャイ @186412274710
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